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36・画面越しの再会・準備編

「え? 今なんて……?」


「もし、奥様にお時間があれば、私の家に来ませんか? 色々大変な思いをしてきた縁です。ゆっくりお話でも、と思いましたが。迷惑ですか?」


「迷惑なんて……寧ろお邪魔しても宜しいのでしょうか? 棗さんもお仕事があると思います。それを邪魔してしまいそうな気がして……」


 遼平の予想通りの反応。それはそうだと遼平は思った。


 こちらの誘いに対して言葉を選んではいるようだが、普通に考えて独り身の女性に声をかけるという行為自体警戒されるものだ。


 ましてや、相手は自分の口から、家庭内暴力を受けていた事に加え、娘も隣人に奪われた事もこぼしている。いずれも男性が行った事なので、もしかすると男性に対して恐怖心を抱いている可能性もある。


 そう遼平が思案していると、次に出す言葉が頭の中で纏まってくる。


 そうしてまで、彼女を、恵津子を自宅へ招き、丑三つ時を迎えたいと考えているからだ。


「それまで家族で住んでいた一軒家で、今は一人暮らしをしているんです。確かに一人の方が仕事に集中できますが、限度があります」


「あっ……ごめんなさい」


 お互いに家族を奪われた者同士にしか解らない、心の隙間を感じ取った恵津子は、とっさに謝罪の言葉が口に出る。


 それを合図に、遼平は更に強気に出る。


 我ながら最低な事をしていると自覚しながら。


「それにいつか言っていましたよね。時間は沢山あると。無理にとは言いません。ただちょっと見てもらいたいものがありまして」


「見てもらいたいもの?」


「ええ、正直自分一人だけではもう抱えきれないので」


 自分が今遭遇している心霊現象とも言える丑三つ時のやりとり、現状遼平以外は誰も知らないし知らせていない。


 最初は終わるまで一人で抱えようと思っていたが、これが精神的にかなり辛く、自分の作家仲間だった雪江と同姓同名である事を理由に、その母親である恵津子とこの状況を共有しようとしている。


 俯瞰してみれば、遼平の心はとっくに限界を迎え、他人を巻き込むことで人間としての体裁を保とうとしている有様だ。だが肝心の本人が、知りたいという好奇心を押さえきれず、少し言葉を工夫すれば付いてくるかもしれないという淡い期待を抱き始めていた。


「棗さんが抱えきれない事、ですか……」


 世の中の大半の人間は、そんなのは知った事じゃないと突き放す。友人ぐらいになれば話ぐらいは聞いてやろうと思う。恵津子にとって遼平はどんな存在なのか、それを試すような言葉に惑わされた恵津子は、一度家に帰って墓参りの道具を片づけてから、このお寺で待ち合わせましょうと告げて一度別れた。


 遼平の中の狂気が、少しずつ膨らんでいく。


 彼の中で浮かぶシナリオ。画面の向こうの雪江とこちらで孤独に暮らす恵津子を対面させた時、どのような反応を示すのか。


 そんな悪趣味に付き合わされる事など、恵津子は知る由もなかった。


・・・


「遠慮なくくつろいでください。今麦茶を出します」


 あの後、恵津子と約束の時間にお寺で待ち合わせをし、遼平は恵津子を家へ上げた。


 産まれて初めて自分が家にあげた女性が、離婚した人妻だなんて世間が知れば不気味がり、遼平のアンチは炎上ネタが来たと餌を与えられた猿のように喜び、官能小説家が耳にすればそれだけで一冊書けてしまうシチュエーション。


 それでも遼平の頭の中は、修助が意識している少女、雪江と会わせた時の反応の事しか考えていなかった。度重なる勤め先での理不尽や、作家業が軌道に乗ってからの罵詈雑言。そして雪江というファンと理解者である家族三人の死。遼平を疲弊させ、狂わせるには十分すぎるほどの経験を積まされた。


 そんな狂気など気づく事無く、恵津子は清潔に保たれているリビングへ案内され、そこでソファーに座り、麦茶を貰っていた。


 日中が暑く、汗をかいていた為、遼平との約束の前にシャワーを浴び、水分も十分に採っていたのだが、それでもその気遣いは嬉しかった。


「ありがとうございます。戴きます」


 恵津子がゆっくり麦茶を飲む間、遼平はその隣に座り、いつも弟と丑三つ時にやり取りをしているパソコンの電源を入れた。


「実は私が抱えきれない事と関係しているのですが、本日は丑三つ時まで起きていて欲しいのです」


「はぁ……丑三つ時。午前二時ですか」


 不思議そうに首を傾げる恵津子は続ける。


「そのパソコンと何か関係が?」


「あります。ですが口で説明しても信じてもらえないと思うので、実際に見て貰おうと思って本日は誘いました。隠していて申し訳ありません」


 申し訳ありませんどころの騒ぎではない。もしそれで遼平はともかく、恵津子に何かしらの不幸が訪れてしまったら、どう責任を取ればいいのか?


 だが恵津子も娘を失ったショックと、その孤独で心を蝕まれていた。大切に育てて、やりたい事も見つかって幸せに向かっていく娘を、無責任な隣人に惨殺された時の光景が、今でも悪夢になって彼女の安眠を妨げる。


 その結果、遼平の言葉を素直に受け取り、そのまま家にあがってしまった。丑三つ時まで起きてろと言われたのは、これが初めてだ。


「棗さんも、伝えられないもどかしさと苦しみに耐えていたのですね。私もそうでした。娘を失った法事の席の事です」


 そう言って、恵津子はゆっくり立ち上がり、遼平がいつも線香を上げている仏壇の前に正座をし、線香を備えて両手を合わせる。


「周囲の声が、偶々耳に入ったのです。あんな夫と結婚したのが終わりの始まりだと、公営アパートに住んでいる時点で覚悟しておくべきだと、娘の死を笑うような会話を弾ませていたのです。誰がそんな事をすると思います?」


 突然の問いに面を食らってしまった。人の死を祝う奴はネットで飽きるほど見てきたが、本人の聞こえる所で話すマナー以前の問題の人間が居るのは初耳だったからだ。家族三人の葬式の時は父が走り屋時代だった頃の知り合いが来たり、母親の同級生が涙を流しながら悼辞を述べたが、誰もそんな不謹慎な話題で盛り上がるような人は居なかった。


「すみません……答えられません。そんな酷い質問……」


 遼平は申し訳なさそうに俯きながら、上手く回答できない自分を恥じたが、恵津子はそれを気にするどころか、寧ろようやくまともに話せて、まともに聞いてくれる人に会えて嬉しかったのだろう。一度こぼれた言葉は、涙と共に歯止めが利かず、どんどん溢れてくる。


「私を勘当した両親です。夫は人を見る目が無い両親が提案したお見合いで知り合いました。結婚して子供を産むのが当たり前だと言われ、離婚したと伝えたら勘当しておきながら、娘の事は気にかけていました。それを失った私は、母親の才能など無いのに無理をするからだと笑い物に」


「それ以上は言わないでください!」


 こんな感情はいつ以来だろうか、死んだ修助が何度も自分に連絡をよこしてきた時でもここまで心をかき乱されたような気持ちにはならなかった。


 怒りを越えた、形容しがたい感情が、思い込みだけで話す恵津子を止めようと試みる。


「世の中のあらゆる事を、才能だけで片づけるのはただの怠慢です! 恵津子さんは見えない所であらゆる手を尽くして立派な娘に育てていたじゃないですか! その娘は小説の未来を切り開く力を持っていたじゃないですか! それを誇ってくださいよ! でなければ、これから会わせる貴女の娘に、このままじゃ会わせられませんよ!」


 遼平はつい口を滑らせてしまった。あまりの自己評価の低さに我慢が出来なかったのだ。


 言ってからそれが失態だったと気づいたが、ここまで来たらいっそ開き直って話してしまった方が良いだろうと思い、遼平は恵津子を家へ招いた本当の理由を包み隠さず話す。


「貴女をこの家へ招いた上、丑三つ時まで起きていろと無茶を言ったのは、このパソコンを通じて貴女の娘に会わせようと思ったからです! ええ! 私は狂ってる事を言っています! ですが毎日、丑三つ時に私の両親と弟の修助の三人と、このパソコンを通じてやりとりして! その修助が貴女の娘かもしれない女の子と知り合ったんです! 本当に雪江先生なのか、母親の貴女しか解らない事を確かめたいから、それだけの理由で呼んだんです!」


「そうですか……」


 遼平の叫びに対しても、いつものように冷たさを感じる返事をする。しかし振り返った恵津子の頬には、一滴の涙が伝っており、その目には娘に会える期待で輝いていた。


「棗さん……貴方は全てに対してまっすぐに取り組んでいた。娘が作家として羽ばたこうとした時も、ずっとそばにいてくれた。そんな方の言葉を、嘘だと否定できるほどの力は残っていません。私に、夢を見せてください。期待させてください。そうすれば、もう少し生きてみようと思うかもしれません」


 その言葉を紡ぐ恵津子の表情は、娘に会えるのであればどんな事も受け入れる覚悟を秘めつつも、その娘に会えるという期待から、少し頬が緩んだものだった。

こんばんは、水です。


遂に遼平は禁忌に触れようと恵津子を自宅へ迎えます。そこで恵津子がぽつりとこぼした一言一言が、彼女の地獄を現していており、遼平にようやく自分の気持ちを打ち明けられてすっきりした彼女は、一晩でもいいから夢が見たいと彼に懇願します。


次回はいよいよ雪江との対面になります。二人がどのような反応をするのか、果たして転生した雪江は恵津子の娘なのか。その疑問が明らかになります。


それではまた来週。よい夢を。

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