34・遼平の願い
『俺の知っている、北沢 雪江……?』
丑三つ時を迎えたメタトロンの艦橋に、遼平の声がこだまする。
その声を聞いたのは修助達一家や双葉だけではない。一の恋人の和奈に留まらず、かつて一に助けられた少女達に加え、メタトロンクルーもレコーダーを用いて聞き逃さないよう構えていた。
一方の遼平は、その唇が僅かに震え、緊張しているのが伺える。しかしすぐにぎゅっと口を結ぶと、意を決して口を開いた。
『これから話す事は、修助や父さん母さんが生きていたら、いずれ話そうと思っていた事だ。だが臆病だった俺はそれを先延ばしにして後悔している。だから今全て話す。まず、俺が知っている北沢 雪江は、修助達が死ぬ二年前に殺された』
殺された。その一言に場が凍てつき、どよめきが聞こえる中で、遼平は話を続ける。
『修助が送ってくれたデータにあった顔写真、生前の北沢 雪江そのものだった。彼女は当時中学生でありながら、出版社のライトノベル新人賞で大賞を勝ち取った才能ある逸材だった。だが一部の心ないバカが、俺の作品である”アビリティー・ガールズ”を盗作したと根も葉もない情報をネットで流し、出版社が炎上した。出版社は火消しの為に大賞を取り消し、彼女のペンネームでもある雪歌 都子も、ネットの闇へ葬られた。俺はそれが気に入らなかった。生きている内に出会えるか分からないほど面白い作品を、こんな若さで書ける事実は、とてもいい刺激になった。雪歌 都子としてのデビュー作である”散華”は、書店に並んでいる分は回収されて処分された。まだ俺の部屋にあるが、修助は読んだか?』
「俺にはちょっと話が難しいから、ゆっくり読もうと思ってた。読み終える前に死んじまったのが、悔しいよ。そういや北沢さんの住んでいるアパートにも”散華”があったな。ウェルクがアパートに襲撃してきた時に、奴が本棚から取り出してきた」
『面白い偶然もあるもんだな。もしかしたら死んでも続きが読めるかもしれないぞ。それはさておき、普通の編集者だったら、そんな曰く付きの作家を担当しようなんて思わないものだ。だが、雪江先生の魅力にハマったのは、俺だけではなかった』
雪江の呼び方が変わった事に、修助は生唾を飲み込む。その表情は仕事の顔と私情の顔が混ざったような複雑な顔だったからだ。
他の作家に関して、評価はすれど、ここまで入れ込む事は無いその態度に、修助は見た事の無い兄の一面をかいま見ようとしている。
『当時、雪江先生の担当になる予定だった編集者がその才能を余所の出版社に持ってかれるのを恐れたのか、ペンネームを変えて別人として作品を書いてくれと頼んだんだ。俺は盗作疑惑の当事者としてその現場に立ち会っていたが、あの時の担当の顔は鬼気迫るものがあった』
しゃべり続けて喉が乾いたのか、いったん区切って麦茶を飲むと、再び覚悟を決めた表情で話を続ける。
『俺もその判断はすごく嬉しかった。”散華”の件はとても残念だったが、別の新作が読めると心が躍った。だがその翌日、彼女は還らぬ人になった……』
その時のショックを、三年も引きずっている遼平の心中を察するのは、いくら仲の良い兄弟であっても無理であったが、それでも修助は涙ぐみながら話を続ける兄の声を聞き逃すまいと神経を集中させる。
『彼女は公営アパートに住んでいた。その隣人の四〇代の男が、通学中の無防備な瞬間を狙って、雪江先生の顔や体を五〇カ所も包丁で刺して殺した! きっと馬乗りになって何度も刃を振り下ろしたに違いない! ニュースを見て、俺はその現場がそこだと思い、交換した連絡先につないだら、彼女の母親が出たんだ。もう何もかもが手遅れだった! 俺がこの事を一人で抱え込んだのは、冷静に考えれば修助はともかく、父さんも母さんも関係ない話だからだ。世間の目から見れば、一人の中学生が、人生詰んでて追い込まれた中年のオッサンに刺し殺された。それだけのニュースだ。食べ物のように消費されたその死は、世間にそこまで関心を集めなかった。だが俺は同じ作家である以前に、俺の作品のファンでもあった彼女が殺された怒りが押さえきれなくて、そいつの裁判を傍聴したんだ。あきれてモノも言えない供述だった。何が”盗作作家を裁いた正義の味方”だ。ただの人殺しじゃないか! そして俺は彼女と交わした約束を守る事が出来なかった悔しさで、しばらく立ち直れなかった。どうして良いか分からなかった。別に修助や父さんと母さんを信用していない訳じゃない。ただ、話すのが怖かったんだ。それを話して何になると何度も自分に言い聞かせた。ただ、気になる事がある』
遼平はひとしきり悔しさからくる叫びを上げた後、メガネを外して涙を拭い、その気になる事を口にする。
『母さんは勘が鋭いから気づいていたよな? どうして声をかけてくれなかった?』
そこまで長々と話して、突然真琴に話題を振る。しかし真琴は微動だにせず、そのまま話を進める。
「お母さんも勘違いが怖かったのかもね。遼平が何か悩んでいるのは分かっていたけど、それを無理に聞き出すのも、遼平の心を踏みにじるようで……だから待ったの。貴方が勇気を振り絞って話してくれるまで。それが間違いだって気づいたのは、車にひかれてからだけど」
母親としての責任感を背負いすぎているきらいがある真琴は、そう言ってため息を吐く。
親の特権だからと子供の心に土足で踏み込めば、結果的に家族から他人以下の関係になるのは良くある話だ。毒親なんて言葉がそれを表している。
親自身はそれが家族としての形だと頑なに考えを変えないが、周囲の目から見れば、子供を奴隷以下のように扱っているように映ってしまうのだ。
真琴はそうなってしまうのが怖くて、踏み込む事はせず、遼平の意志を尊重した。もう少し時間が必要なのも理解していた。だがそれらは全て飲酒運転をしていたドライバーによって全て無駄にされてしまった。死因が解った今でも、そのドライバーに対する怒りよりも、遼平の心に寄り添えなかった自分に、悔しさを滲ませていた様子だった。
『こうして母さん達と話が出来るまで、いろんな後悔が俺の中で渦巻いていた。あの時話しておけば、結果はどうあれ心は軽くなったんじゃないかとか、良い歳して親に甘えたくないだなんてつまらない意地張ったせいでバカを見たとか。考え出したらそれだけで一日が終わりそうだ』
「そう言うのは失ってから気づくものなのよ、遼平。そして、甘えられる存在に出会えたら、生きている内に目一杯優しくして、甘えるの。お母さんは空手のイメージが先行して、双葉にも鋼の心を持っているように見られるけど、実は全然違う。そっちに残っちゃった遼平の事が、心配でしょうがないの」
『そうなのか……なぁ母さん。俺は、そういう大切な存在に出会う事が出来るかな?』
「遼平次第ね。会おうと思えば、お母さんと圭君みたいに出会えるし、思わなければずっと一人よ」
『厳しいな……善処しよう』
母の厳しい言葉に、苦笑いを浮かべながら、今度は修助に頼みたい事があると切り出す。
『修助。俺からの頼みだ。たとえ作家である雪江先生と違う人物であっても、俺の世界に居る雪江先生と一緒に居てくれ。俺が出来なかった事を成し遂げて、彼女の望みを叶えてやってくれないか?』
出来なくはないが、少し無理があるその頼みごとだったが、修助は臆する事無くうなずく。その姿は、母親譲りの力強さが伺えた。
「ああ。わかった。思えば、俺はこの世界に何の為に転生したのか、ずっと疑問に思っていた。きっとこれは二度目の人生を送れっていう単純な神の啓示なんかじゃない。もっと難しい、誰かを幸せにしろって事なんだと思う。その考えが合ってるのか間違っているのか、今の俺には解らないけど、あえてそれを無視して、そう解釈するのもありなんじゃないかって思うんだ」
『正しいとか間違っているとか、周りがどうとかは関係ない。優しい修助にしか出来ない事だと思ってるから頼んだんだ』
「兄貴……」
途方もないほどの信頼を寄せられて、それに気づけなかった修助は言葉を失う。生前にその事に気づければ、もっと兄の作品作りに協力できたのかもしれない。
そう考えていると、まるでそれを見透かしたような事を遼平は言う。
『ずっと言いそびれていたけど、俺がここまでの作家になれたのは、父さんと母さん。何よりも修助の存在が大きい。お前が居なかったら、一を作り出す事は出来なかった。だから、もう一人のお前でもある一と、これからも仲良くしてやってくれ』
「言われなくなって、なぁ一」
「いろいろ複雑だし恥ずかしいけど……気の置けない仲なのは事実だ。執行者のせいで事情が変わっちまったけど、これからもよろしく」
「ああ」
言って、修助と一はグータッチで友情を確かめる。雪江の事で長く話しすぎたのか、丑三つ時からもうすぐ三〇分が経とうとしていた。
「兄貴。もう時間が来てる。また明日、北沢さんの事について、もっと話してくれないか?」
『俺が知っている限りの事は全部話したつもりだ』
「それでもだ。些細な事でも良い。俺も北沢さんと話して、色々聞けるようになるまで頑張るよ」
『わかった。くれぐれも彼女を傷つけるなよ。修助が居る世界では高校生だが、本当は中学生で命を奪われたんだ。敏感な年頃なのは言うまでもないだろ』
遼平から言われた、雪江の学年。中学生にしてライトノベル新人賞の大賞を受賞する実力者。その事実に驚いている間もなく、時間が過ぎたのか、遼平とのビデオ通話がシャットアウトされる。
「時間ね。修助」
「ああ、やる事は決まってる」
修助は覚悟を決めた表情で、皆にこれからすべき事を誓う。
「北沢さんの事実を受け入れ、彼女を幸せにする。まだ会ってそんなに経ってないけど、手助け出来る事は全部するつもりだ」
修助のあまりの真剣な表情に、スケベな姿しか知らなかったアビリティー・ガールズのヒロイン達はその豹変ぶりに、ただただ呆然とするしか無かった。
こんばんは、水です。
ようやく遼平は自らが経験した過去を家族に話し、その無念を晴らす事を弟である修助に委ねます。
修助は兄に言われなくとも、雪江に寄り添うつもりで居ましたが、兄の必死な想いが伝わり、さらに気が引き締まります。
次回は遼平視点を予定しています。それではまた来週。よい夢を。




