32・ストリートレース
『該当車両を発見。追跡を開始する』
『該当車両はシルバーのクィーンMⅢセダン。不正改造とナンバー隠蔽を行っている為、目視による識別は可能』
『運転手情報が不足しています。Nシステムを始めとした取り締まり機器が動作不良を起こしている為、復旧までの間目視による確認を』
『検問から逃走したドライバーが居る。ナンバーを控えたがそちらの追跡は?』
『最優先は不正改造のクィーンMⅢセダンです。ナンバーを控えたのでしたら、こちらへ合流願います』
修助が座っている座席の隣に鎮座されている無線機からは、本来傍受できない筈の警察無線がこれでもかと傍受されていた。圭一郎はこれらを聞きつつ、メタトロンからの情報や援護を受けながら修助達を助ける為に市街地を突っ切って執行者のアジトへ進入してきたのだ。
そして現在は、修助と雪江を回収し、警察の追跡を振り切ってセーフハウスへと逃げ込むというやりとりを、右耳につけているインカムで双葉に報告している。その双葉から警察の出動状況や道路の封鎖状況等の情報をリアルタイムで受け取り、セーフハウスまでの道のりを遠回りする形で走り出す。
素直にセーフハウスを目指せば、警察がそこに集中するのは目に見えている。そこで、何の目的の無い暴走行為を演出した方が、どの道を走るのか解らず、戦力を分散せざるを得ない状況を作り出す。
執行者の事情を知らない警察の目からすれば、圭一郎のもくろみ通り、無意味な暴走行為で市民を危険に晒しているだけに過ぎない危険なストリートレーサーにしか映らなかった。圭一郎がまさに欲しかった警察のリアクションだ。
その中で圭一郎は自分の知識と揺りかごスタッフの技術の結晶であるこの改造車の乗り心地を堪能していた。
尤も、一般的な乗り心地とはかけ離れた、身体を固定されているかのごとく窮屈なバケットシートに座り、ちょっとでも段差が有れば車体が浮く程の堅いサスペンション。速く走る為だけに特化したそれは、快適な空間とは縁の無い存在だった。
そんな中でも圭一郎は、まるで全方位を監視するかのような目つきで、ミラーに映るあらゆる視覚的情報をキャッチしながら、正面の警察車両を避ける為に更なる加速を試みる。
(加速も抜群だが、シーケンシャルシフトの感触が心地良い。パドルを軽く叩くだけで、すぐにギアを変えられる。今度はサーキットにこの車を持ち込みたいものだよ)
挟み撃ちを狙っていた警察車両を避け、右へ左へと機敏に動きながら、狭い一般道を駆け抜けていく。その狂気の無謀運転に修助はたまらず叫ぶ。
「父さん! どうしてこんなに警察がやってくるのさ!」
「双葉ちゃんによると、上層部が執行者と繋がっていてね。お前達を誘拐したら、揺りかごは必ず助けに来るから、その時に出る犠牲は全て事故に見せかけて欲しいとお願いしているみたいだ。尤も、こっちのやり方は上層部にとって想定外だったようで、慌てて部下に何も知らせず出動させているこの状況に、双葉ちゃんは腹を抱えて笑っているよ」
圭一郎は楽しそうに笑いながら、交差点の赤信号を無視して左折する。後を追いかけてくるパトカーもずっとサイレンを鳴らしているにも関わらず、それを無視した一般車に衝突。一時的ではあるが、圭一郎との差が一気に開く。
「執行者と警察が繋がってるって……執行者は警察と癒着出来るほど発言力が増しているのか?」
「国家予算が回らないんだとさ。治安というのは、良すぎてもダメなんだ。上層部が美味しい思いをする為には、ちょっと治安が悪いぐらいが丁度良い。そうすれば予算が回るし、そのお金を少し貰っても”予算”として計上される上手いやり口があるんだろう。さすがに父さんはその辺の腐った事情は知らないがね」
圭一郎は再び後ろから迫ってきたパトカーと正面から挟み撃ちに来るパトカーに警戒しつつハンドルを切る。
(日本の警察は体当たりをしてこない筈だが……遼平の世界ではこういうものなのか?)
前世の日本は、逃走している車両が無関係な市民を巻き込まない為に、深追いせずにナンバーを控え、後日検挙を行うといった、穏便に済ませる方法を採る事が殆どだが、この世界の警察は違うようで、まるでアメリカの警察のように何が何でも捕まえようとする執念を感じさせる。
それに、現在圭一郎が乗っている車両はナンバーが装着されていない、れっきとした違反車両。ここで逃がせば、あとは車を解体して海外に出荷してしまえば証拠の隠滅は容易い。それを抜きにしても、まるで殺しに来るかのごとく追跡し、その台数も時間と共に増えつつある。
『聞こえる? 圭一郎さん。警察が取り締まり装置へ仕掛けたジャミングに気づいた。メタトロンのサポートとして出来るのは、これが最後。よく聞いて』
前世の警察と今生きている世界の警察でギャップを感じていた圭一郎の意識を戻したのは、インカムから発せられた双葉の声だった。圭一郎はわかった、と一言うなずくと、双葉の言葉を待つ。
『今カーナビにピン留めしてある、川を渡る為の橋が建設中なの。そこは前夜に揺りかごのスタッフが細工をして、川を飛び越えられるように調整してある。その車の性能なら、楽に越えられる筈よ。警察ヘリが出動する前に川を越えてその先にあるセーフハウスへ逃げて。車が地下へ格納されて、そのままやり過ごせるわ』
「ありがとう双葉ちゃん。何から何まで、息子の為に手を尽くしてくれて」
『そういう言葉は、成功してから言うものよ。この無線も、追跡される危険があるから、もう閉じるわね』
「わかった。後は私一人で何とかする」
そういって圭一郎はインカムを外すと、それを助手席に居る雪江に持っててと放り投げ、座席下へと手を伸ばす。
「あの、何をするつもりですか?」
突然インカムを渡され、さらによそ見して座席下から物を取り出そうとする。震えた声で聞かれた圭一郎は片手でハンドルを切り、正面からつっこんでくるパトカーをスレスレで避けながら、その手にしているマスクを被った。
「私の秘策だ。オズワルド・ウェルクと言ったな? 息子と未来の花嫁をさらった報復だ。お前には日本で交通違反を犯してもらう」
圭一郎の息子であり、修助の兄である遼平が手がけた作品の黒幕、オズワルド・ウェルクを精巧に似せたマスクを被った彼は、怒りが伺える低い声音で誰の目から見てもバカをやっているとしか思えない事を言い出す。
確かに被り物をしていれば、運転手が新たに少女をさらったと、追跡に参加したパトカーや取り締まり装置が判断するかもしれない。だがそんな子供だましの手に引っかかるほどバカな連中でも無いはずだ。圭一郎は少しでも時間が稼げればと思ってやった事だったが、兄の代表作である”アビリティーガールズ”全巻を読破し、更に他の作品も読んでいる修助は、ライトノベル特有の”警察組織が動くほどの事件が起きた場合、主人公が所属する組織の方が発言力が上”という秩序が崩壊しているとしか思えない展開を思い出す。
(父さんはその場しのぎのやっつけな作戦だと思っているかもしれない。けど、この状況なら切り抜けられる。ここは現実の日本じゃない! 何もかもが穴だらけなライトノベルの世界だ!)
その無秩序の中で、圭一郎は双葉の最後のアシストである建設途中の橋を目指す。しかしその道へ向かう為の道路には、道幅いっぱい使っての道路封鎖が行われており、とても通ることが出来ず圭一郎はたまらずブレーキを踏む。
「父さん! どうすんだよこれ!」
「慌てるな。素直に突っ込めば、車はお釈迦になり、父さん達の命は無いが」
ただブレーキを素直に踏んで重心が前へ傾き、減速の姿勢に入る。修助と雪江だけでなく、道路封鎖を行って待機していた警察官もついに諦めてくれたと思っていた。
それがとんでもない思い違いである事に気づくには、とても短い時間であったが、あまりにも遅すぎた。
「ぶつけるだけが突破する方法じゃない。こういう方法もある」
唸り、耳に響くエンジンの音、身体が震えるほどのマフラーの排気音。そして修助の臀部から接地感という情報が無くなる。
つまり車がスピンし始めた。車に素人な修助でもわかる。そのまま制御不能になり、土手に突っ込んで終わる。だが圭一郎だけはこの状況を無傷で突破できると考えて意図的に車を滑らせていたのだ。
十分に減速した後、アクセルを全開に踏み、ハンドルを左へ限界まで切る。するとあまりあるパワーでタイヤが空転し、くるくると封鎖された道路の真ん中で定常円を描き始めた。
そこから圭一郎は精密なハンドル操作とアクセル操作でその状態を維持し、さらに周囲を確認し、パトカーがこっちに突っ込んでくるのを待っていた。
パトカーが装着している特殊なブレーキは、よほどスピードが出ていなければ急停車は朝飯前の高性能な逸品だ。
そのよほどのスピード、ブレーキが仕事をする事が出来る限界を超えて圭一郎を追跡していたパトカーは、減速が間に合わず、道路封鎖に従事していたパトカーに次々と突っ込み、圭一郎に逃げ道をあけてくれた。
本来ならば無線でやりとりして、追い込み漁のように徐々に減速するものだが、皮肉な事にメタトロンによるジャミングが発覚し、悠々と逃げられるのも警察無線を傍受されているのではという疑心暗鬼から来る連携不足で情報の伝達が行われなかったのである。
いわゆる、察する能力が求められる状況だったのだ。道路封鎖を行ったチームも、逃走車両一台を確保するのに時間がかかりすぎていると思って行動を起こし、ほかのメンバーにもこの作戦を無線で伝えなくても大丈夫だろうという考えだけでなく、これだけパトカーが横並びしていれば、本能的にフルブレーキをかけて停車してくれるという慢心が、このような大惨事を招いたのだ。
最新鋭の装備が備えられたパトカーが次々とスクラップになる中、部品が道路を埋め尽くしてタイヤに悪影響が出ない内にと、圭一郎は姿勢を整えて、開いた隙間スレスレを走り去る。
だが警察にも意地がある。ここまでの大罪を犯しておきながら、のうのうと逃げようとするのは問屋が卸さないというもの。
「やはり手強いな。このまま橋まで行くぞ!」
助手席の雪江は、ショッキングな出来事の連続で気を失っており、安らかな寝息を立てる中、このまま目的地まで行くという言葉に耳を疑った修助はまだ追いかけてくるパトカー六台を見て叫ぶ。
「さすがに無茶だろ! そもそも橋ってなんだ!?」
圭一郎と双葉だけのやりとりだった為、修助と雪江はここまで何も知らないまま圭一郎の運転に付き合わされていた。その我慢の限界が訪れていたのだ。
「黙ってて済まないな。これから建設途中の橋へ向かう。そこを飛び越えればもう安全だ。だが同時に時間もない。警察ヘリが飛べば、我々がどこに隠れるかも丸裸だ」
「その警察ヘリはさっき帰って行ったよ。たぶん燃料が保たなかったんだろう、給油が終わればまた戻ってくる! 窓から見えた!」
「何だヘリが来てたのか。無線が黙りを決めてたから、何もないかと思ってた」
「言うタイミングが逸れただけだ! 自分の父親が、こんな無茶をするとは思わなかった!」
「はっはっは。若い頃は伊達に三回も崖から落ちていないよ」
マスクを被ったままなので、その笑い声は篭もっており、表情も読めない。だが、修助はその声と父親の性格から、マスクの下は普段通りの穏やかな笑顔を浮かべているに違いないと思っていたし、実際圭一郎は家族と接する時と同じ穏やかな笑みを浮かべていた。
『間もなく、目的地周辺です』
そんな二人の会話に割って入ったのはカーナビだった。双葉が遠隔で設定してくれた建設途中の橋に近づいてきたのだ。
その道のりは険しく、細かな減速と精密なハンドル操作が要求される峠道だ、その丁字路を左折すると、立ち入り禁止の看板をはね飛ばし、明らかに道が出来上がっていない橋が視界に映る。
「う、うわわわわわわわ!」
「突っ込むぞ修助、踏ん張れ!」
圭一郎は修助に喝を入れると、ギアを一段下げてフル加速へ移行する。
回転数を示すメーター針は危険域であるレッドゾーンを示しており、そこから速度を引っ張りシフトアップ。
先ほどまでの丁寧な運転からは想像できない直線加速に、修助の意識は朦朧としていた。そんな彼を追撃するかのように、車はジャンプする。
この瞬間を撃たれるに違いない。そう思った修助は残った意識を振り絞って周囲を確認するが、エレナや真琴、それに一達の頑張りのおかげなのか、空中に綺麗なラインを描きながら、対岸へ華麗に着地する。その着地はまるでスキージャンプの代表選手を思わせる美しさだ。
そのショックで修助は最後の意識を手放し、雪江共々、安らかな寝息をたてて夢の世界へと行ってしまった。
それをちらりと確認した圭一郎は、我が息子ながら情けないと嘆き、バックミラーへ視線を移す。
そこには建設中の橋にビビって急停車したパトカーと、その急停車に反応できず追突してしまい、先頭のパトカーを突き落としてしまい……と行った感じの多重玉突き事故が発生していた。
もうパトカーは追ってこないと踏んだ圭一郎は、事前に双葉と打ち合わせた倉庫へ車を走らせる。
倉庫に格納された車両は、揺りかごのテクノロジーにより、地下へ通じる道が開かれ、ゆっくりと下降していく。
後はこの車を解体して、胡散臭い海外業者に明け渡してしまえば、罪の擦り付けも完了。翌日になる頃には、何食わぬ顔で出勤する圭一郎を、職場の部下達は目の当たりにするだろう。
こうして、ウェルクの劇的な入場によって引き起こされた修助と雪江の誘拐事件は、修助の両親の力業とお人好しが過ぎる一や彼を慕う少女達の活躍によって無事に幕を降ろしたのだった。
その頃、エレナと真琴が最後の二人を倒し、エレナはその内の一人の兵士の恨み言を聞いていた。
「この……裏切り者っ……」
「ええ、私は裏切り者。世界への復讐よりも幸せのカードを取った愚か者よ」
そう言って、エレナはその兵士の心臓に自慢のレーザーブレードを突き立てる。
辺りは死臭に満ち、兵士や研究者の遺体だらけだが、エレナと真琴はまだ誰か居ないか警戒していた。
その時、双葉から通信が入る。
『修助と北沢 雪江は無事に保護されたわ。一達を連れて戻ってきてちょうだい』
「わかった。みんなーっ! 怪我は無いーっ!?」
真琴はそれまでの澄んだ瞳から、身体年齢相応の幼さが残る瞳に戻ると、一緒に戦ってくれた一達の心配をする。
出撃前の約束を、皆が守ってくれているか。それが気がかりで仕方なかったのだろう。
「真琴、それはメタトロンに戻って、ゆっくり確認しましょう」
「そうね。ここは安全ってはっきり言えないし、これだけ暴れたんですもの、じきに警察も来るでしょう。その警察も、圭君追い回してたから、今後体裁を保てるかどうか、心配だわ」
「警察の心配をするのね……まぁ圭一郎さんがどうやって追跡を振り切ったかは、後でゆっくり聞きましょう」
エレナは独り言のように言うと、置いていくわよと急かす真琴の後を追いかけ、メタトロンを目指す。
真琴だけでない、義憤で戦いに参加した一や彼を慕う少女達も、服こそ汚れはしたが、けが人は居ない事に、エレナはほっと胸をなで下ろした。
こんばんは、水です。
真琴達が圭一郎に邪魔が入らないよう頑張ってくれたおかげで、圭一郎は運転に集中する事が出来ました。殴り合い切り合いの戦闘シーンは色んな作品で描かれているので、あまり小説で見かけない(自分がそこまで小説を読んでいないだけかもしれませんが……)カーチェイスによる戦闘シーンを描いてみました。そこには無線を通じた情報戦や、冷静に機転を利かせてピンチを乗り切る姿は、実は殴り合い切り合いの戦闘シーンに通じるものがあるのではないかと個人的に思っています。
それではまた来週。よい夢を。




