27・学校Ⅱ
朝のホームルームが終わり、授業の時間が過ぎていく。国語、数学、英語。窓際の席に座る修助はそれをぼんやりと聞きながらノートに取り、数学の時間には教えるのがヘタクソな教師に悪戦苦闘する隣の席の女子生徒のフォローに回る。
英語の時間に至っては、前世で便利屋のようにこき使われていた経験もあり、英会話でプレゼンを行った経験が活きていた。心が壊れてしまった原因であるブラック企業での経験が、転生を経て役に立つのは、修助としては複雑な気分だ。
そんなやり場のない気分を抱えたまま、一通り流暢に英語を話すと、再び席へ座る。純粋で子供っぽい性格な和奈が大声でかつ大げさに感心するのを、教師や一が落ち着かせる中、数学で修助が世話を焼いている女子生徒が驚きの眼差しのまま彼が席に着くのを見つめていた。
「棗君ってすごいね……先生も絶句してたし、英語ってあんなに綺麗に話せるものなの?」
「相手に聞いて貰えないと会話にならないからなぁ。ほら、訛ってたら日本語も同じで何言っているか解らないだろ? こんなチンケな学校じゃそこまでこだわる事も無いと思うけど、将来困るから真面目にやってるだけだ」
前世は便利屋に仕立て上げられた社会人でした、だなんて口が裂けても言えない修助は、とっさにそれっぽい理由を並べて相手を納得させる。好奇心が強い年頃である為、嘘であってもきちんとした理由がなければ溜飲は下げないのだ。
学生と社会人という心のハンデ。それを理解していた修助にとって、相手を丸め込むのはそれなりに得意なつもりで居た。少なくとも話は聞かず、融通も利かない前世の上司に比べれば、可愛いものだ。
そう思いながら、再びノートにシャーペンを走らせる。次に指名を受けたのは雪江だった。教師は骨折している彼女を気遣って、座ったままで良いからこの例文を読んで欲しいと言う。
そんな事言うなら最初から指名するなよと、修助は心の中で思ったが、指名された雪江は座ったままの姿勢で教科書に書かれた例文を読む。
そんな彼女の声は、意外な事に修助と同じように流暢であり、詰まる事無く読み終えると、教師は再び先ほどの例文の解説に入った。
(北沢さんの声、綺麗だったなぁ……普段の会話は少し茶目っ気を感じさせるんだけど、それとは違う可愛さが有ったな)
修助の頭の中で結構気持ち悪い想像が膨らんでいく。入院している彼女の見舞いに行く内に、淡い恋心を抱くようになるが、修助自身はその事を自覚していない。恋は人を盲目にすると言うが、それを言うには限度があるほどだった。
・・・
昼食の時間になると、修助は真琴に持たされた弁当箱を取り出し、雪江の席へ向かう。
「あのさ。お昼、一緒に食べて良いか?」
「? かまわないけど」
いつも通りに振る舞おうとするほど、修助は緊張で心臓が激しく動くのを感じていた。意識している女の子と食事する事が、こんなにも緊張するとは、前世で異性と関わりを持たなかったが故に、フィクション作品の過剰に描写されたデートシーンによる知識しか持っていない彼は、どうすれば病院でしていたように自然に会話が出来るようになるのか、必死に頭を回転させて考えていた。
そんな修助にお構いなしに、雪江はラップに包まれたおにぎりを二個取り出す。両親がおらず、全ての家事を学業と平行して行わなければならない為、この取り出したおにぎりも朝起きて片足だけで歩きながら作ったのだろう。
そのおにぎりを見た修助は、少しずつ緊張で暴れていた心臓が落ち着いていく。そして、真琴が作ってくれた弁当を、雪江が取りやすい位置へ置いて開く。
「おにぎり二個だけじゃ味気無いだろ。母さんが作った奴だけど、よかったら食べてくれ」
「でも、そんな事したら、棗君お腹空かない?」
「気にするな。これは俺のわがままだ。あんな風に楽しく食べたいと思わないか?」
言って視線を一と和奈の居る方に向ける。雪江も釣られるように向けると、そこには家事が得意な一の弁当箱を見てはしゃぐ和奈の姿が見えた。
改まって雪江は修助の方を向くと、少し睨むような瞳で彼を見つめる。
「棗君。もしかしてあんな風に食べたいと思ってるの?」
その後直ぐに聞こえてくる、一が和奈に食べさせるやりとり。それはもうラブラブだ。
「違う違う、いや、違わない! あそこまで過剰じゃないけど……」
「ふ、ふーん。どうだか。僕がそんなに魅力的に見えるなんて、棗君も変わってるね。でも正直に言うと、おかずをくれるのはありがたいかな」
違わないと言われ、少し照れた様子の雪江は、その照れ隠しなのか正直にという言葉を使って弁当のおかずを提供してくれる修助の事をうれしく思っていた。
そうして二人はいただきますと手を合わせって、少し遅れて食事を始める。そこで修助はある事に気づいてしまう。
箸が一膳しか無いのだ。当たり前ではあるが、真琴は修助の為に弁当を作ったのだ。それに箸をわざわざ二膳も用意するのがおかしい話なのである。
主菜と副菜のバランスが取れた弁当。一膳の箸。分け合うには工夫が必要な訳で……と悩んでいた所、冷凍食品のつくね串に目が行く。
(これなら、この気まずい現状を突破できるかもしれない。まだ間接キスはハードルが高すぎる……!)
一人で勝手に張り切っちゃってる修助を余所に、雪江はラップをはがして露わになったお握りを小さな口で頬張る。
小動物を思わせるような食べ方が、一人勝手に張り切っていた修助の心にダイレクトに響く。可愛くてどうしよう、と。
「あのさ、棗君」
「はい?」
緊張しすぎて少しうわずった声音で返事をしてしまった修助。どうしてそんな声が出るのか不思議だったが、貰えるモノは貰っておきたい雪江は、つくね串を指さして尋ねる。
「がっつくようで悪いけど、これ貰って良いかな? おいしそうだし、残った串で他のおかずも食べれるでしょ?」
「ああ、かまわないよ。俺もそれを提案しようと思ってたんだけど、つくね串が嫌いだったらどうしようかなって、ははっ……」
今更になって万が一の事を考える。修助しか処理できなくなってしまったつくね串、修助が口付けてしまった串。それを使って雪江が……。
(バカバカバカバカバカバカバカバカ! 北沢さんがつくね食べるって言ってるんだから、んな事考える必要ねーだろ!)
修助は心を落ち着かせるために、水筒の中身の麦茶を一口飲む。そのおかげでいくらか落ち着いたのか、周りの喧噪が少しずつ耳に入るようになってくる。
それだけ彼は雪江の事を考えていたのだが、この期に及んで自分の気持ちに気づいていない。
「それじゃ、いただきまーす」
雪江は自覚していないようだが、その可愛らしい言い方も、修助にとっては致命傷になりかねない響きをしていた。そんな彼女の手によってつくね串は拾われ、食べられていく。
串を食べ終えたおにぎりのラップの上に置き、上品に口を押さえて美味しいとはにかみ、他のおかずにも手を出して良いか尋ねる。
「このハンバーグ、貰って良いかな?」
「ああ、良いよ。そのおにぎりにも合うんじゃないかな?」
「そうかも、適当な塩にぎりだし、具なんて贅沢なもの入れてないし。はぁ~今日はなんて贅沢な日なんだろ」
質素すぎる昼食に加え、修助からの施しにより彼女は贅沢をしていると冗談半分で言う。修助もさすがにオーバーリアクションだとつっこみを入れながら、昼食の時間が過ぎていく。
「ごちそうさま。本当にありがとうね、棗君。お腹いっぱいだよ」
「ありがとう。まぁこの弁当、俺が作ったんじゃないんだけど……」
「プライドでお腹は膨れないよ。でも棗君の作ったお弁当、僕ちょっと興味有るかも」
その一言を聞いた瞬間、修助は今日から真琴に料理を教わろうと決意し、雪江に振る舞う事になるのだが、それはもっと先の話。
予鈴がなり、後かたづけを済ませ、次の授業の支度に取りかかる。
体育でもない限り、骨折の影響で動けない雪江は、座ったまま次の授業の支度をして待機する。
修助もいつまでも邪魔していられないと、自分の机に戻ろうとした時、雪江が袖を引っ張って何かを伝えようとしている目つきで修助を見つめる。
「どうした?」
「放課後、時間が有れば、帰る時手伝って欲しいな。さすがに松葉杖ついて、家まで帰れないよ」
「わかった。父さんはまだ仕事の時間だから、俺が何とかするよ」
「ありがとう。タクシーのお金、ちゃんと埋め合わせするから」
「タクシーなんか使わないって。もっと楽で何の必要もない交通手段使うから」
そう言って修助は雪江が何かを言う前にウィンクして席へ戻って行ってしまった。数名の女子生徒がそのウィンクで気分を悪くしたのか、あわててトイレへ駆け込んで先ほど食べた昼食を戻してしまっていたが、雪江はその事を全く気にせず、修助が言った”もっと楽で何の必要もない交通手段”の事が気になって仕方なかった。
・・・
放課後、同じ帰宅部である一に修助は声をかけると、双葉にメタトロンのワープ機能を使わせて欲しいと頼み込む。
理由を知っている一は二つ返事で双葉に伝える事を引き受けると、早速ショートメッセージで連絡を取り合う。
程なくして、職員駐車場の上空から風が巻き起こる。そこにはステルス機能で透明化したメタトロンが居座っていた。
位置が何となく解った修助は、一にお礼を言うと、財布から遊園地の割引券を握らせる。この間真琴との買い物につきあった際に福引きで当たったが、真琴がからかって彼女の一人でも作って行ってきなさいと押しつけてきたものだ。それがこんな形で役に立つのだから世の中解らない。
「一、これ。和奈と休みの日にでも行ってこいよ。今日のお礼って事で一つ」
「ありがと。これぐらいの協力なら、お礼なんて要らないんだけど、和奈の事も考えてくれているなら、ありがたく貰っておくよ」
二人はそう短くやりとりすると、修助は直ぐに離れて雪江の隣に立つ。
「じゃあな二人とも、また明日!」
「ああ!また明日だ!」
修助の挨拶に誰よりも先に反応したのは、雪江の容態を心配していた和奈だった。その大きな声は誰よりも元気で、どこまでも届くと感じられるほど強かった。
そして一瞬でメタトロンを経由して雪江の自宅へとワープすると、そのあまりの出来事に雪江は言葉を失っていた。
思えば、朝の登校もこれを使えば良かったのでは? と思ったが、楽しそうに運転する父親のなんと幸せな表情を思い出した修助は、すぐにその考えを捨てたかったが、もしかすると雪江はこっちの方がよかったのかもしれないと思い、声をかけてみる。
「朝もこれを使えばよかったじゃんって思ったか?」
修助は意地悪するように雪江に尋ねる。しかし雪江はまだ起きた事の整理が付いていないのか、呆然とした表情で周囲を見回す。
「ううん。ただ、これが現実なのかなって」
「現実だ。俺はこのまま歩いて帰るよ」
「待って」
歩いて帰ると言った途端、その歩みを止めるように雪江は声をかける。
「時間たくさん有るから、僕の家に寄ってくれない? 一人じゃまだ大変な事けっこう有るし、男手があると助かるって言うか……」
少し照れくささを感じさせるお誘い。修助は人生で初めて、女の子の自宅に誘われるという一大イベントに、心の中で盛大なカーニバルを開いていたが、それを表に出さないよう必死に耐えながら、そのお誘いに乗る。
片足が不自由な生活というのは、それ程まで不便なものであり、修助としては自分が出来る事が有れば何でもしてやりたいという気持ちが強かったからだ。
こんばんは、水です。
修助はついに気になる女の子の家に上がる権限を手に入れました。ですが彼に課せられた仕事はきちんとこなさなければなりません。足を骨折した雪江の面倒を見る事を。
ですがそれを志願した雪江の様子が少しそわそわしています。これは脈ありなのか、お互い気持ちに気づいていないこの恋はどうなってしまうのか、皆目見当もつきません。
次回はそんな彼らにアクシデントが降りかかります。そしてそのアクシデントから救うのは、孫の顔を楽しみにしている圭一郎と真琴の二人です。この二人をキレさせてタダでは終わりません。
それではまた来週。よい夢を。




