26・学校
「ありがとうございます。棗君のお父さん」
「これぐらいおやすいご用さ、それよりも気をつけて降りるんだぞ。修助が居るとは言え、油断できないだろう」
校舎裏にある職員用の駐車場に車が停まると、雪江は圭一郎にお礼を言う。圭一郎の言うとおり、修助がドアを開けて雪江をいつでも降ろせるようにスタンバイしていた。
「降りれそうか?」
「うん。松葉杖をこうして」
ゆっくりと足を地面につけると、松葉杖に力を入れてゆっくりと立ち上がる。
「鞄は俺が教室まで持つよ」
「何から何までありがとうね」
「気にするな。松葉杖ついて鞄を持つのはしんどいだろう。これぐらいやらせてくれ」
「うん」
修助はその雪江の頷きを合図に、まだドアの開いている車から、雪江の鞄を取り出す。中は教科書類が入っているのか重く、出来れば足が回復するまでぐらいは雪江の荷物持ちになるつもりで居たいという気持ちが強くなっていく。
「送ってくれてありがとう父さん、行ってくるよ」
「ああ、行ってらっしゃい。修助も気をつけるんだぞ、最近何かと物騒だからな」
「肝に銘じておく。家吹っ飛ばされたり、ろくな事無いから」
修助は苦笑いを浮かべながら、それじゃ、と軽く挨拶をすると、ドアを閉めて父親の運転する車の姿が見えなくなるまで見送る。
雪江との仲が進展して、孫の顔を勝手に楽しみにしている圭一郎の車内での独り言など聞こえるわけもなく、修助はバランスをとって歩ける準備を整えていた雪江に向く。
折れた腕はギプスが取れるまで回復したとは言え、あまり負荷は掛けられない以上、その歩行は亀のように非常にゆっくりしている。
今居る場所が、生徒の最も通る校門だったらどうなるかと思うと肝が冷える。横並びで歩いてべらべらと昨晩のドラマや最新の化粧など他愛のない話をしながら歩く女子生徒や、校門で遅刻や危険行為の見張りをしている教師をすり抜け、敷地内でもペダルを漕いで生徒の群れの中を疾走し、駐輪場を目指す男子生徒。負傷している雪江にとって邪魔だったり危険な存在がこれでもかと存在するのが朝の校門なのである。
(父さんの気遣いには感謝しかないな。そもそも一番生徒が通る時間帯に、校門前に車を停める訳にも行かないし)
職員駐車場から昇降口を目指して、一歩一歩確実に進んでいく雪江と、それに併せてゆっくり歩く修助。昇降口付近に近づくと、偶然な事に一と腕を組んで歩く和奈と顔を合わせる。
「おはよう、一。今朝も熱いな、え?」
「そういう冷やかしはもう慣れたよ。な、和奈」
「む? 冷やかしとは何の事だ?」
一の腕に抱きつくように組んでいた和奈は、一の一言と、修助の軽い冷やかしの意味が分からなかった。ただ好きな人とは離れたくないだけであり、一が嫌がる素振りを見せないからやっているだけに過ぎないのだ。
そんな純粋すぎる一面を見せつけられ、冷やかすだけ虚しいと悟った修助は、一とのやりとりに着いていけず、置いてけぼりにされていた雪江を紹介する。
「一、和奈。この子知ってるだろ? 同じクラスの北沢さん。ちょっとワケ有って松葉杖ついているから、何かあったら助けて欲しいんだ」
「ああ、解ったよ」
「うむ、一と修助だけでは、困る事も有るだろう。遠慮なく声をかけてくれ!」
男二人だけでは、荷物持ちや転倒した時に困ることは無いが、トイレへ行く事を考えると、和奈が助けてくれるのは心強い。
雪江は、勢いのある和奈に若干引き気味だったが、女子からの助けが貰える事にありがたみを感じて、たどたどしくもよろしくと挨拶をする。あまりクラス内で交流らしい事をしてこなかった上に、人見知りな部分も有るが故に仕方のない事だが、これを期に徐々に仲良くなって貰えればと修助は考える。
とそこへ早速和奈が率先して自らの上履きに履き替えた後、雪江の上履きを持って履きやすい位置へ持ってくる。
「松葉杖をついて、あまりしゃがみたくはないだろう? それとも、迷惑だったか?」
人に優しくする事を、恋人である一を通じて知ったばかりの和奈。執行者によって生み出された、人を殺す為に産まれた兵器としての弊害のようなもので、ここまでするのはお節介が過ぎるのではないかと、あまり関わらない生徒に対する距離感を測りかねているようだ。
「ありがとう、夜宮さん。よっと」
雪江は器用に片足の靴を脱ぐと、すぐに和奈が用意してくれた上履きに履き替える。
それを確認した和奈は、残された脱ぎたての靴を、雪江の下駄箱へとしまう。
その早さに、修助が入る余地が無く、また、和奈が楽しそうにしている所に水を差す気持ちにもなれず、そのまま見守っている他無かった。
一と修助も共に上履きを履き替えると、今度は階段に差し掛かり、和奈は片方の松葉杖を預かり、雪江は松葉杖よりバランスの取りやすい手すりに捕まりながらゆっくりと階段を歩いていた。
その後ろには、転落しても支えられるよう、修助と一がペースをあわせて歩いている。雪江は少し大げさだよと恥ずかしげにしていたが、階段から転んでまた怪我でもしたら目も当てられないと正論を言われ、彼らに甘える以外の選択肢をつぶされてしまった。
踊り場まで昇り、手すりが無くなると、また手すりがある場所まで和奈から松葉杖を受け取り、再び歩き出す。
その時、五人で横並びで歩いていた女子生徒達が今日はだるいよねと世間話をしながらよそ見をして階段を上ってくる。松葉杖をついているこちらと違って、彼女らの歩行スピードは速く、再び和奈が松葉杖を預かり、手すりに捕まった段階で追いついてしまう。嫌な予感がした和奈は、小声で一旦止まるように雪江に指示し、その女子生徒達が通り過ぎるのを待つ。
案の定、松葉杖をついている雪江の事などまるで眼中に無い彼女達の内、端を歩いていた女子生徒の鞄が和奈の身体に当たり、何事も無かったかのように通り過ぎていく。
「大事は無いか? 雪江」
女子生徒達に軽蔑的な眼差しを送りながらも、雪江の身体を心配するように尋ねる和奈。今まで同性の友人は愚か、友人は歩道橋から助けてくれた上に毎日お見舞いに来てくれた修助ぐらいしか居なかった雪江にとって、そこまでしてくれる和奈に疑問を抱き始める。
「大丈夫、何にもないよ。でも、夜宮さんはどうしてそこまでしてくれるの?」
「見るからに大変そうではないか、自分で出来る範囲で助けてやりたいのだ」
「そう……本当にありがとう。僕一人だけだったら、また病院に行く事になっちゃうね」
洒落にならない事を笑いながら言う雪江の神経が、和奈には理解できなかったが、言われたお礼は素直に受け取っておく。
「うむ、病院に行くという事は、ベッドの上で大人しくしなければならないのだろう? そんな退屈な生活、私はもうこりごりだ」
「僕の場合は、棗君が毎日お見舞いに来てくれたから、そんなに退屈はしなかったな」
「な、毎日だと!?」
和奈がそこまでオーバーなリアクションを取るには、穏やかじゃない理由がある。揺りかご経由で一に助けられるまで、夜宮 和奈という少女はあらゆる異能を行使出来る存在になる為に様々な手術や実験を嫌と言うほどやらされ、実験用マウスと同等の扱いを受けてきた。だから彼女はそのトラウマを想起させる病院や保健室が嫌いであり、そこに居るのは退屈を通り越して苦痛を伴うものだった。
だが、雪江の入院事情を知って、和奈は世間知らずな一面を露呈してしまう。病院に縁のない彼女にとって、修助が毎日通い詰めていた事が驚きでしかないのだ。
「病室では本の事で話したり、動けない僕に代わって本を買ってきてくれたり、それこそ棗君が居なかったら夜宮さんの言うとおり、退屈でつまらない毎日だったよ」
「なんと……病院はそんなに自由だったのか?」
悪びれもせず和奈にぶつかってそのまま去っていった女子生徒五人の事など、もう記憶から消えてしまった和奈は、そのあまりにも自由に過ごす入院生活に驚きを隠せなかった。
尤も、和奈の居た場所は病院の姿をした実験室だったので、まだ入院を経験していない和奈からすると同じような施設だという誤解からくる驚きというのもあるが。
「よほど重傷じゃない限りは、基本誰でも来ても良いはずだよ。って言っても、僕もそこまで病院に詳しい訳じゃないけど」
「何か変な事はされなかったのか? 実験とか……」
「夜宮さんって面白いね。まぁ折れた骨を治すために、こんな堅いもの巻き付けられたりはしたけど」
階段を昇りきって、和奈から再び松葉杖を受け取ったところで、和奈が病院に対して偏見を持っている事に気づいた雪江は、コンコン、と軽くギプスを叩く。
「そ、それは一体?」
「折れた足がくっつくまでの間、固定しておくものだよ。今度暇があったら、和奈も骨折について調べて見ろ。北沢さんが何でそれを巻いているのか、理由が解るから」
ギプスの存在が解らない和奈に対し、修助は呆れた表情で骨折について勉強するよう促す。一もそれを勧めると、勉強があまり得意ではないが、今雪江が置かれている状況を知る為にはそれしかないと思ったのか、放課後は図書室に行くと言いだし、特にやる事の無い一もそれにつきあう約束をする。
朝、登校して教室へ向かい、自分の席に着く。普段何気なくやっている事も、身体の一部が不自由になるとここまで大変になる上、誰もその事に関心を持たない世の中の残酷さは、修助が生きてきた前世とさほど変わらない事に違和感を抱きながら、やっとの思いでたどり着いた教室で自分の席に着くのであった。
(俺は死んで転生したんだぞ。他の転生モノだと、娯楽の趣が強いから、多くの人が直面している困難を主人公一人であっさり片づけちゃうし、兄貴の書いた作品も終盤は苦戦するけど、皆が力を合わせて乗り越える。俺もそんな人生送りたかったよ。こんな現実とごっちゃな異世界モノは反吐が出る)
こんばんは、水です。
退院した雪江と共に再開した学校へ登校します。骨を折った事がある方はわかるかもしれませんが、松葉杖をついて階段って結構怖いものです。他の事でも言えますが、経験していない人にとってそれの何が怖いのかわからないというのがあります。雪江をかばって和奈にぶつかった女子生徒達のように、松葉杖ついているからどうしたの? と、想像できない人が居る事が残念です。
次回は授業風景や休み時間を経て、雪江は一のハーレムに居る女子生徒達と親交を深めます。
それではまた来週。よい夢を。




