96.魔女様、ローグ伯爵が押し入ってきたので、とりあえず隠れる
「なぁっ!? ローグ伯爵が来ているだと!?」
辺境伯はローグ伯爵が来ているとの報告に目を丸くする。
その反応からするに、事前に知らされていなかったことが分かる。
通常、貴族が他の貴族を通告なしに訪れることはありえない。
貴族を迎えるとなると、それなりの準備をしなければならないからだ。
事前通知なしの訪問というのは礼儀知らずか、あるいはよっぽどの緊急事態である場合のみだとされているはず。
うーむ、嫌な予感がする。
さっきはローグ伯爵にガツンと言ってやろうと思っていたけど、あの邪悪なおっさんと相まみえるのは非常に避けたいところだ。
そもそも、私は自分が追放されたときに顔を見られている。
追放された私がサジタリアス辺境伯と一緒にいるというのは、よからぬ憶測を生む可能性がある。
どんどんどんっ!
「辺境伯殿ぉおお! 花婿のぉおぉお、ローグがぁあああ、参りましたぁああ!!」
廊下からローグ伯爵の声が響く。
礼儀知らずにもローグ伯爵は許しもないのに城に押し込んできて、あろうことかドアを叩き始めたのだ。
明らかに頭に血が上っている感じのテンション。
「えーと、私はちょっと隠れていますねぇ……。クエイクも隠れてよう」
そういうわけで、私は部屋にある甲冑の裏に隠れることにした。
本当は部屋から出たいんだけど、ドアは一つしかないし、やり過ごすしかないだろう。
「サジタリアス辺境伯どの! お開けください!」
「しょうがない、レーヴェ、開けて差し上げろ」
ローグ伯爵がドアを叩き続けるので、辺境伯はレーヴェさんに命じてドアを開けさせる。
うぅう、やっぱりこうなるよね。
いくら礼儀知らずでも相手は貴族だ。
いきなり追い返すことはできないのだろう。
「ひぃひぃひぃ、サジタリアス辺境伯どのぉお! 花婿のローグがご息女のリリアナ様をお迎えに上がりましたぁああ」
ドアを開けられたローグ伯爵は息を切らしながら、そんなことをいう。
顔色は悪く、明らかに様子がおかしい。
もとから不気味なおっさんだったけど、今日は心配になるような雰囲気だ。
「……そうでしたか。ローグ伯爵どの、リリとの婚約については私からもお話があります。とりあえず、お座りください」
辺境伯はふぅっとため息をついて、ローグ伯爵に着席を促す。
貴族同士の取り決めである婚約をこれから破棄するというのだ。
やはりきちんとした態度で臨みたいのだろう。
「いいえ! そんなお話などどうでもよいのです。おぉっ、リリアナではないか! 愛する花婿が参りましたよ!」
「ひいぃいいいっ」
しかし、ローグ伯爵は辺境伯との会談を拒否。
謎の勢いでリリに迫る。
レーヴェさんの背後に隠れていたリリはたまらず悲鳴を上げる。
「ローグ伯爵様、お座りください! 大切な話があるのです!」
あまりにも失礼な態度に辺境伯は声を荒げる。
普通だったらつまみ出してもいいと思うけど、そうしないのはローグ伯爵の家がリース王国の名門だからなんだろうか。
「な、な、な、なんですか、大声をだすとはけしからん! 元はと言えば、あなたが娘をちゃんと確保しておかないから、私がこうやってこんな辺境に来る羽目に」
大きな声を出されたローグ伯爵は沸点が低い人なんだろう。
かなり失礼なことを言って場を凍らせる。
その様子を見た辺境伯は「はぁ」とため息を吐く。
そして、あの言葉を口に出すのだった。
「……立ったままで失礼する。ローグ伯爵殿、誠に遺憾ながら貴殿と私の娘、リリアナ・サジタリアスとの婚約については破棄させていただく」
ついに出たよ、婚約破棄!
辺境伯の厳しい眼差しは、その言葉が本気であることを示している。
「な、な、なぁあああ!? 何を言っておるんだ!? 私と婚約破棄だとぉおお!?」
予想外の出来事だったのか、たまらず大きな声を上げるローグ伯爵。
「えぇ、決まったことです。正式な文書はいますぐご用意します」
「何を言うか!! 婚約破棄をするとなれば、私の塩を売ってはやらんぞ! 塩が入ってこなくなれば、サジタリアスの民衆は黙っておるまい!」
伯爵は結婚の交渉材料としていた、塩の取り引きについて切り出す。
確かに今までであれば、辺境伯はぐぅの音もあげられなかっただろう。
でも、今は違う。
私達の村と交易をすることで、塩の心配はなくなったのだから。
「ローグ伯爵、ご心配にはおよびません。サジタリアスはとあるルートから塩を入手できるようになりました。もはや、あなたの塩は必要ないのです」
辺境伯は勝ち誇ったかのように伝えると、先程の交渉のときに私達が用意していた塩の包みを見せる。
「こちら、全部が塩です」
レーヴェさんは包みの一つを開いて中身を見せる。
その様子を見た伯爵は「へひ」とかいう妙な呼吸音をあげる。
「な、な、な、ど、どうしてだ!? ここに塩があるだとぉおおお!? 私が大陸中に賄賂を渡して塩を止めていたというのに! あっ、しまった」
ローグ伯爵はそうとう焦っていたんだろうと思う。
なんと愚かなことか、自分自身の策略をここで白状してしまったではないか。
なるほどね、あのおっさん、塩を独占するためにそんな汚い手を使っていたのか。
「今、なんとおっしゃいましたか、ローグ伯爵!? 貴殿はこのサジタリアスを塩で陥れたというのか!!」
もちろん、これには辺境伯も平常心を保ってはいられない。
もはや喧嘩が起こる寸前のテンションになってしまう。
それも無理もない話で、ローグ伯爵はリリと結婚するために、あの手この手で策略を弄していたのだ。
「うわぁぁ、あのおっさん、やばいわ」
「……だよね、知ってた」
クエイクと私は思いっきりため息を吐く。
リース王国にいるときから嫌な目つきしていると思っていたが、ローグ伯爵ってほんとうに最悪なやつだったんだなぁ。
「ええい、そんなものはどうでもいい。リリアナ、お前はどうなのだ!? 私と結婚したいのだろう!? 愛しているといってくれ!」
「ひぃいいい!?」
ローグ伯爵は性懲りもなくリリにすがりつく。
本当ならきっぱりノーを突きつけるべきなんだけど、リリはあまりの勢いに悲鳴を上げてしまう。
「ぎひひ、私と一緒に帰るのだ。わからずやの辺境伯など置いといて、我が領土でぜいたくな式をあげようではないか! そうだ、愛のために二人で」
「ひえぇえええ、お兄様ぁああ!」
何を血迷ったか伯爵は「愛のために」などと浮ついたことを連呼する。
痛すぎて目も当てられないけど、その目はらんらんとしていてヤバい状態。
人間って追い詰められたら、あぁなるんだろうか。
「伯爵様! 婚約はもう破棄されたのです! 無礼にもほどがありますよ!」
レーヴェさんはリリの盾となって伯爵を近づけない。
頑張れ、レーヴェさん!
なんならちょっと、ひっぱたたいちゃえ! 正当防衛だ!
「ローグ伯爵、先程の話の決着がついておりませんぞ?」
議論の矛先を変えようとしたローグ伯爵に辺境伯が迫る。
鬼気迫るとはこのことで、辺境伯はローグ伯爵の胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「な、なにを偉そうに! そもそも、貴殿に人望がないから、ザスーラでも孤立するのだ! 塩を売ってもらえないのは、貴殿の問題だろうが!」
「なっ、なんだと!? もう一度、言ってみろ!」
「ふん、何度とでも言ってやるわ。私とリリアナの愛を邪魔するのなら、リース王国のラインハルト家と一緒に踏み潰してくれる!」
「くっ、いいのか! こちらには剣聖と天魔がいるのだぞ!」
「ふふん、こちらには魔剣と火炎帝がおるわ!」
「やるか!」
「やらいでか!」
辺境伯とローグ伯爵はもはや開戦寸前までにヒートアップする。
もはや喧嘩じゃすまない様子だ。
しかも、伯爵は私を追放してくれたラインハルト家の名前までも持ち出す。
あぁ、そう言えば、あのクソ親父、ローグ伯爵と仲が良さそうだったものなぁ。
類は友を呼ぶってやつなんだろうか。
ちなみにバカ親父は火炎帝、長男は魔剣なんていう二つ名を持っている。
いがみあう二人をみながら、私ははぁああとため息を吐くのだった。
【魔女様の発揮したスキル】
隠れる:対象から気配を消して隠れるスキル。魔女様は黒髪なので物陰では目立ちにくい。殺傷能力はない。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ローグ伯爵ぅうう、残念すぎる……」
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