95.魔女様、塩の交渉に2つの条件を出す
「そ、それで、貴殿の要求はなんだろうか」
お湯に浸かって、きれいなドレスに着替えて、身支度を整えると爽快な気分。
それから私はついに辺境伯とちゃんとまともに向き合える時間を頂けるようになった。
場所は先ほどの大広間ではなく、執務室といった感じの場所だ。
真ん中には大きなテーブルがあって、端っこには辺境伯のものなのか甲冑がおいてある。
私以外にそこにいるのは辺境伯、レーヴェさん、リリ、そして、クエイクとなっている。
クエイクの後ろにはシュガーショックから荷降ろしした『例のもの』が置かれている。
「ぜひ、こちらのお取引をさせていただきたいと思いまして」
「ご覧ください!」
私が合図をすると、クエイクが包みを広げる。
その中身は何を隠そう、塩なのだ。
「おぉっ、塩ではないか!」
「とりあえず1週間ほどでできた分量ですけど、品質をご覧ください」
「この塩を1週間で!?」
辺境伯は私たちの塩を見て、驚きの声をあげる。
レーヴェさんもついでに目を丸くしているけれど、そういえば塩の生産体制については何の説明もしていなかった。
今度、ぜひ、うちの村にきて見てもらおう。
「父上、ものすごい品質の塩ですよ、これは」
「むぅ、お前の言っていたことは本当だったのだな……」
「ですから、私が嘘を言うはずがないじゃないですか」
「しかし、話だけだとどうしても荒唐無稽というかだな……」
二人は眉間にシワを寄せて話し合っている。
実際に塩をなめてもらって、その品質を確かめてもらう。
「しかも、お値段はここぐらいまで勉強しますわ。定期購入でさらにおまけします」
そして、クエイクは持ち前の交渉力で値段まで提示する。
彼女のにこやかなキャラクターが場を和ませてくれることを信じたい。
しかし、さっきから辺境伯は眉間にシワを寄せたまま押し黙ったままだ。
「まさか、ここまでとは……。そ、それで貴殿はこの見返りに何を求めているのだろうか?」
それから、私の目をじっと見つめて、そんなことを言う。
まるで私の本心を探ろうとしているかのようだ。
私はひと呼吸を置いて、私達の求めている見返りを伝える。
「まずはリリアナ様の婚約破棄です」
何がなんでもリリの婚約破棄をしてほしい。
それが私の条件だ。
リリは大事な仲間だし、幸せになってほしい。
あの邪悪なおっさんのところに嫁入りなんか絶対にさせたくない。
「レーヴェさんから、塩の取引の代償としてリリアナさんは政略結婚させられると聞きました。私達の塩があれば、もはやローグ伯爵と望まない結婚をする必要はありませんよね」
私は続ける。
リリがもはやローグ伯爵のところに嫁ぐ理由が一切ないということを。
彼女がもうこれ以上、苦しむ必要はないっていうことを。
「ぐむむ、レーヴェ、お前、何から何まで話しておったのか……」
「申し訳ございません、父上。私はリリアナがあまりにも不憫で……」
私の口からローグ伯爵の名前が出たので、辺境伯はレーヴェさんをにらみつけてしまう。
ひょっとすると、ローグ伯爵との結婚については極秘情報だったのかもしれない。
確かに貴族間のドロドロの内情を赤の他人に話すなんて、普通じゃありえないよね。
レーヴェさんはそれでもリリのことを思って、全てを話してくれたのだ。
それなら、こっちも正直になるしかない。
できるだけ、自分の思ったことをまっすぐに伝えたい。
リリのことを守るって決めちゃったからね。
「……わかった。貴殿の言うとおりにしよう。塩の取引をしてくれるのなら、もはやローグ伯爵と婚姻を結ぶ必要はない。違約金をふんだくられるだろうが問題はない」
しばしの沈黙の後、辺境伯は私の目をしっかりと見て、そう言ってくれた。
つまり、リリは結婚しなくてもすむっていうことだ。
私はリリの方を見て、にこっと微笑む。
本当はガッツポーズしたいぐらいだったけど。
「ユオ様、ありがとうございます!!」
さっきから黙って話を聞いていたリリは私に泣きながら抱き着いてくる。
彼女も重い空気に耐えられなかったのだろう。
せっかくのきれいなドレスが彼女の涙で濡れてしまう。
湿っぽいのは苦手だけど、とっても嬉しい。
「魔女様、ありがとうございます。何と申したらよいか……」
レーヴェさんはそう言って、はらはらと涙を流す。
うーむ、この人、涙もろい人だったんだなぁ。
「ユオ殿、本当にありがとう。リリアナの親として感謝する……」
そして、辺境伯は私に深々と頭を下げる。
私は公爵家の育ちなので、貴族が他人に、それも平民に頭を下げることの意味はよく知っている。
色々あったけど、この辺境伯も悪気があってリリを嫁に出そうとしたわけじゃないのはわかっている。
そもそも一番悪いのは、塩を条件に望まない婚姻を迫ったローグ伯爵なんだし。
あのおっさん、もし、一度会うことがあったらガツン!と言ってやりたい気分だよ。
「リリアナ、本当にすまなかった。お前の幸せを考えてやれなくて、私は親失格だ」
「お父さま……。いいえ、お父さまの愛情はしっかりと届いております」
そして、辺境伯はリリにも心からの謝罪をする。
その目には涙が光っていて、なるほど、この人も涙もろい人なんだなぁと実感する。
リリに、レーヴェさんに、辺境伯、三人ともみんな泣いているんだもの。
傍から見れば、とても感動的な場面。
これでお開きにしてもいいんだけど、私の条件はこれだけじゃない。
もう一つ、交渉すべき条件があるのだ。
「な、なに、もう一つ条件があるですと!?」
「はい」
「な、な、なんですか!? まさかサジタリアスをよこせとか」
「いやいや、ご冗談を。リリアナ様を、いえ、リリをぜひ、うちの村で働かせてください。彼女は私達の村に必要なんです」
私の求めるのはリリという人材そのものだった。
彼女は村のヒーラーとして、そして教育者として、さらにはリゾートでのヒーリングルームの運営者として欠かせない人材になっているのだ。
村の子供たちは彼女のことが大好きだし、人に何かを教えるのがうまい。
メテオやクエイクがやり過ぎたことをしたときのお仕置き要員としても必要だ。
私も村の仲間たちも、彼女のことが大好きなのだ。
「はぁあああ? リリたん、いや、リリアナを、だと!?」
辺境伯は私の言葉が意外だったのか、やたらと取り乱す。
この人、感情的になるとりりたんって言ってしまうらしい。
これまで何度も耳にしているけど、そろそろ白黒はっきりつけたい。
「辺境伯様、今、リリ、たんっておっしゃいましたよね?」
「あー、いやー、そのぉ、リリアナは知っての通り、回復魔法も初級までしか使えない。頭はいいが体も意志も弱く、辺境でやっていけるはずがないではないか。そもそも、スキルだってまだ授与されておらんのだし、その……」
私の言葉を遮るように、辺境伯は言葉を続ける。
リリの魔法の能力に関しては辺境伯の評価通りだとは思う。
戦闘時にはからっきし役に立たないのも知っている。
しかし、人間は魔法だけで測れるものではない。
その人の思いやりや、気遣いや、機転というものは適材適所で大きな力になるのだ。
「……じゃ、こうしましょう。まずは辺境伯様がうちの村に来てください。リリが働いているところを見てもらえば、どんなに彼女が必要な存在なのか、おわかりになるはずです」
「き、貴殿の村にだと!?」
「もちろん、レーヴェさんが代理でも結構です。でも、世界中のどこでも味わえない極上の体験ができると保証しますよ!」
百聞は一見に如かずというし、まずはリリの活躍を見てもらおうと私は判断する。
「む、村に来いと言っているぞ!? あの禁断の大地の村にだぞ」
「しっ、父上、失礼ですよ! 見た感じ、普通の村ですよ?」
「それが逆に恐ろしいんだろうが!」
突然の申し出だったので、二人は顔を見合わせてごにょごにょ話し合っている。
辺境伯は忙しいだろうから、レーヴェさんだけでも来てくれれば私の言いたかったことは伝わるだろう。
「わかった……、私が行こうではないか」
「ち、父上!?」
辺境伯は苦渋の決断ばかりに、自分が訪問することを伝えてくる。
そう言えば、うちの村の魅力について伝えるのを忘れていた。
温泉もあるし、食べ物もおいしいし、最高のおもてなしをしますと売り込んでおかねば。
ふふふ、この人たちも温泉に入ればイチコロだよね。
「ぐむむ……、おもてなしされてしまうとは。もはやこれまでか」
「父上、私も参ります! 父上一人がおもてなしされるわけにはいきません。サジタリアスの民のために、私だって命を投げ出す覚悟です」
二人はあぶら汗みたいなのを垂らしながら、なにやら物々しいことを言い出す。
どうやら二人とも疲れているようだ。
そう言えば、今日は余興に始まり、トビトカゲの一件もあり、けっこう疲れたよね。
「こういうときこそ、温泉です! 温泉に入ると魂が抜けるって言うか、そういう気分になりますよ。疲れている時には、ぜひおすすめです!」
サジタリアスみたいな防衛都市の領主を務めるとなると、そのストレスは甚大なものになるだろう。
温泉を通じて日ごろのうっ憤を解消してもらえるはずだ。
私はさらに温泉の魅力について売り込むのだった。
「「お、おんせん!? 魂が抜ける!?」」
二人は感激のあまり泣き出しそうになっている
まだ温泉に入ったこともないのに、そこまで喜ばれるとは結構意外だ。
よぉし、さっそく、温泉にVIPルームでも作っちゃおうかなぁ。
「それじゃあ、今回の交渉は完了ということで」
私と辺境伯はがっちりと握手をする。
これで今回の旅の目的である、塩の取引とリリの婚約破棄は達成された。
私は満足のいく結果に胸をなでおろすのだった。
しかし、今日はこれでめでたしめでたしとは行かなかった。
我々が帰ろうとした矢先、とんでもないことが起きたからだ。
どんどんどんどんっ!
ドアをノックするやいなや、辺境伯の部下の人がかけこんできて、
「辺境伯様、ローグ伯爵が面会を求めています!」
と叫んだのだ。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「まじてんごくおんせん……」
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