90.魔女様、ドラゴンの群れが襲来するも、かたくなにトビトカゲと言い張る
「いやー、すみませんね。本当に、あはは、びっくりした」
大広間に押し寄せた大量の水はなんとかなくなった。
私たちの壊した窓を通じて外へ流れ出していったのだ。
ふむ、不幸中の幸いってやつである。
幸運なことにけが人はでなかったらしい。
あぁ、よかった。
他の人を巻き込むところだった。
腰まで濡れてしまったけど、言われたことをやったまでだし、しょうがないよね。
シュガーショックはとっさの判断で窓からどこかにとんでっちゃったので、きっと塩は無事だろう。
よし、切り替えていこう。
「レーヴェさん、そろそろ、お取引の話をさせていただきたいんですけど」
私は自分に言い聞かせるように敢えて明るく振舞うのだった。
そう、私たちがここに来たのは氷を溶かすためじゃない。
塩を売り込むためなのだ。
そして、塩を取引する条件としてリリの今後について相談するのが主目的だ。
「ま、まままま、魔女様、申し訳ございません! 父上は羽目を外したがる癖がございまして! 今のは何と言いますか、余興じみたもので……」
レーヴェさんは濡れた雑巾みたいになって登場する。
焦った表情は情けないことこの上なしであり、こっちのほうが申し訳ない気分。
あたりを見れば水浸しだし、こののままじゃ会見は中止になってしまうかもしれない。
よっし、みんなを乾かしてあげよう。
私は自分の内側にある熱がこの大広間にいる人々の衣服にまとわりついている水を乾かしてしまうのをイメージする。
高温になると危ないので、そこらへんはスキルに自動でやってくれることをお願いする。
こういう時には本当に便利。
「おぉおお、服が乾いてきたのだ!??」
「本当です! ユオ様がやってくれているんですね!」
勘のいいクレイモアやリリは気づいてくれたようだ。
他の面々はというと呆然とした表情で私のことを見ている。
まぁ、魔法でも同じような能力がありそうだし、珍しくもないと思うけど。
シュガーショックもいつの間にか現れて、そのもふもふとした体毛を乾燥させたようだ。
「ま、魔女様、これは!?」
「あぁ、えーと、ずぶ濡れだと商談もできないので乾かしました」
「乾かした?」
「えぇ、熱で」
「ね、熱で……」
「熱で乾かさないでどうするんですか?」
「そ、そ、そうですか……」
レーヴェさんが信じられないといった顔でこちらを見ているので種明かしをする。
口をぱくぱくさせて何かを言いたげだったけど会話は続かない。
ふぅむ、服を乾かしただけなんだけどなぁ。
とはいえ。
服も乾いたことだし、やっとサジタリアス辺境伯と交渉できるというものなのだ。
なんせこっちはシュガーショックにたくさんの塩を括り付けている。
これを売りさばくことができなければ、サジタリアスに来た甲斐がない。
このままじゃ、レーヴェさんの言うとおり、余興で氷を溶かしただけになっちゃうよね。
わぉおおおおおんん!
突然、シュガーショックが耳をぴぃんと立たせたかと思うと、大きな声で遠吠えをする。
まるで私に何かを伝えようとしているかのようだ。
「な、ななな、なんだ!? 化け物女の狼が吠えたぞ?」
「ひぃいいい、食われる???」
「助けてくれぇええ」
シュガーショックの見た目は凶悪なモンスター然としているので、サジタリアスの皆さんの中には悲鳴を上げる人もちらほら。
あれ?
今、化け物女って言葉が聞こえた気がするんだけど……、気のせいだよね?
「こらこら、お城の中で吠えるなんて行儀が悪いわよ。ほーら、伏せ」
飼い主の責任として、落ち着かせてあげなきゃ。
シュガーショックはあごの下をもふもふしてから、『伏せ』と命令する。
この子は見た目は怖いけど、忠実な愛犬なのだ。
ふふふ、皆の衆、シュガーショックのかわいさに悶絶するがいい。
ん?
あれ?
いうことを聞かないぞ、どうしたんだろ?
耳をぴぃんと立たせて、明らかに何かを警戒している感じなんだけど。
「へ、へ、辺境伯様! 西の空にドラゴンが見えます! それも大規模な群れとなっています!」
次の瞬間、大広間に兵士がやってきて大きな声で報告をする。
その表情は顔面蒼白というやつで、明らかに悪い知らせと言った雰囲気。
「ドラゴンだと!?」
私の聞くところによると、辺境のドラゴンというのは大層恐ろしい存在なのだそうだ。
城を破壊し、人間をさらうと言われている。
そんなのが群れになって現れた!?
「総員、上空を確認しろ!」
「にゃははっ! 暴れたりないと思っていたのだ!」
辺境伯やクレイモアたちはまさかの事態に慌てて城の大広間から出ていってしまう。
残されたのは私とクエイクとシュガーショックのみ。
ぽつーんと大広間に残された私たちは顔を見合わせる。
「ま、魔女様、どうします? ドラゴン言うてますけど、この隙に逃げます?」
クエイクが不安そうな顔で聞いてくる。
確かに、危険な目に遭うぐらいなら逃げるっていう選択肢は正しい。
「クレイモアもいるし、大丈夫じゃない? それに私たちは塩を売りに来たんだから大人しくしとこうよ」
「そ、そうでした! すっかりど忘れしてました! にゃはは」
クエイクはそう言って苦笑いする。
たしかに彼女の気持ちも分かる。
着地失敗からの大洪水、それからドラゴンだもんなぁ。
息つく暇もないっていうのはこのことだ。
ふーむ、どうしたものだろうか。
ここでぼんやりしてるのも居心地が悪いし、私も様子を見に行くことにしよう。
クエイクはシュガーショックと一緒に待ってもらうことにした。
「あ、あれはアークドラゴンではないか!?」
兵士の皆さんが集まっているところにこっそり潜入する。
すると、辺境伯の隣の兵士が望遠鏡のようなものを覗き込んで声をあげていた。
「魔女様、ドラゴンが来ております! 城の中に避難してください」
こちらに気づいたレーヴェさんが慌てた様子でそんなことを言う。
しかし、腑に落ちないのだ。
上空にいるモンスターのシルエットはうちの村にも出没する『トビトカゲ』のものによく似ているのだ。
陸にいるトカゲに翼が生えたやつで、あまり大きくない。
人間の数倍の大きさで、群れで襲ってくる。
だけど、頭は悪いし、皮膚は柔らかいし、正直弱い。
村のハンターたちがいとも簡単に討伐するので、今では『トビトカゲ』って呼んでいる。
確かにあぁやって空を旋回する習性があった気がする。
「いや、トビトカゲだよ? シルエットもトカゲっぽいでしょ?」
「いえ、あれはドラゴンでして」
「ドラゴンっていうのは、大きな翼があって爪がある奴でしょ? あれはなんていうか、柔らかいし」
「柔らかい?」
「うん」
しかし、レーヴェさんとの会話はいっこうに嚙み合わない。
向こうはドラゴンだと主張するし、こちらはトカゲと主張する。
うーむ、あれをドラゴンだなんて、みんなびっくりしすぎじゃないのかな。
柔らかいんだけどなぁ。
【魔女様の発揮した能力】
自動乾燥:文字通り、対象の水分を自動察知し、乾燥させる能力。温度の高低を選ぶことも可能。高温で行った場合にはミイラ状になる。即死技。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「たぶん、トカゲじゃないよね……」
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