85.サジタリウス辺境伯家の受難:辺境伯、魔女様を自信満々に試すつもりが返り討ちにあう
「それじゃ、やってみますね」
自称・灼熱の魔女は絶対に溶けない氷の前に立つ。
それから少しだけ目をつぶり、精神を集中させたかと思うと、「えいやっ」などと何の緊張感もないことをつぶやく。
明らかに間の抜けたひと言であり、冗談のように見える。
普通ならば物笑いの種だろう。
「おぉおおおお!? 切れ目が入ったぞ!?」
だが、金剛氷柱は真一文字に切断され、不自然なヒビが入る。
これを見ていた部下たちからは、どよめき声があがる。
少女の手には武器も何もなく、そして、彼女が動いた素振りもない。
剣による斬撃とも思えない。
ということは、魔法だろうか?
しかし、一切の詠唱をせずに発動させることができるだろうか?
まさか、先程の「えいやっ」が詠唱だったのか?
いや、それ以前に魔法陣はどうした?
私の中に様々な疑問が湧き起こる。
あの少女は別段、何もしなかったようにみえるが、確かに現実には氷に切れ目が入っている。
ということは、あの娘はおそらくなんらかの力を持っている。
それも、ある程度は強大な力を。
想定外の事態である。
事情を知っている私とシルビアは声をあげることができず、しばし沈黙する。
「な、なんだ、灼熱の魔女とやら、それで終わりか?」
シルビアはしばらく呆気にとられた顔をしていたが氷自体はまだ破壊されていない。
彼女は平静を装って少女を煽る。
確かにその通りだ。
どう考えても、今の一撃が少女の最大出力なのだ。
そうに違いない。
客観的に見れば、このユオという少女に、ある程度は能力があることがわかった。
絶対に割れないはずのシルビアの金剛氷柱にひびを入れただけでも十分だろう。
蛮族に『魔女』と祭り上げられるのも無理はない。
とはいえ、それも終わりだ。
所詮は蛮族どもの間でもてはやされただけだ。
この屈強な戦士・魔法使いの揃うサジタリアスでは五指にも至らないだろう。
彼女は降参を認めなかった。
いや、それどころか、である。
彼女は「これはどうだっ」などと、さらに緊張感のない言葉をつぶやく。
普通ならば、何の気合も入っていない、少女の戯言だろう。
結果。
我々一同は信じられないものを目撃する。
娘の目の前に赤い四角形が現れ、それが氷の塊に四角い穴をゆっくりと開けていくのだ。
不可解極まりない現象であり、赤い四角形の魔法など見たこともない。
だが、起きていることは認めなければならない。
彼女の魔法によって生まれたその穴からは大量の水が噴き出す。
次の瞬間に凍ってしまうが、金剛氷柱の一部を確かに溶かしてしまった。
「おぉおおおお、なんだ、これは!?」
これにはたまらず、驚きの声をあげる兵士たち。
シルビアの自動修復する氷柱をここまで溶かし出してしまうとは。
最初は少女に冷笑を送っていた我々も、認めざるを得ない。
彼女が相当の力を秘めた実力者であることを。
レーヴェはそれを慮ってか、「そろそろいいですよね!? これ以上は危険です」などと私のすそを再び引っ張る。
しかし、この白熱した空気を壊せるはずがないではないか。
魔法を極めし優秀な戦士同士の対決だ。
見ていたいというのが武人だろう。
「……くっ、どうだ! 私の魔法の恐ろしさがわかっただろう! お前もいい加減、あきらめたらどうだ!」
シルビアの顔色はだいぶ悪くなっており、かなり疲弊しているのがわかる。
彼女もここまでしぶとく食い下がるとは思ってもみなかっただろう。
それもそのはず、この魔法は2種類の魔法を同時に詠唱することで成立するものなのだ。
天才ゆえに可能な魔法の二重詠唱。
膨大な魔力を持つシルビアだからこそできる術式なのだ。
「しょうがない、これでいくか」
疲労困憊といった様相のシルビアと違い、少女の方はまだ力が残っているらしい。
呼吸の乱れどころか、汗すらかいていないのが見て取れる。
顔色はよく、その白い肌には焦りの表情も一切見えない。
そもそも、「しょうがない」とは何事だろうか。
まだまだ打つ手があるというのか?
奴の魔力は無尽蔵なのか!?
それとも、まさかあれは魔法ですらないのか!?
絶対に割れない氷をぶった切る能力?
赤い高温の四角形を生み出して、溶かしてしまうほどの能力?
しかし、そんなものは聞いたことがない。
全く疲労せずに熱を発し続ける力などありえるはずがない。
私はやっと理解しはじめる。
目の前にいる存在が人智を超えた存在なのかもしれない、と。
次の瞬間、彼女は「えいっ!」などと、またもやふざけた掛け声とともに手をかざす。
これまでなら物笑いの種だっただろう。
しかし、我々は目撃してしまっている。
彼女の力が嘘ではないことを。
次の瞬間!!
氷柱は赤い直方体に囲まれる。
その赤い直方体はこれまでのものよりもはっきりと目に見える。
禍々しいほどに赤く、まるで現実離れした色をしていた。
「な、なんだあれは!?」
空中に大量の水の塊が浮かび上がるではないか!
数秒後、赤い直方体が消えると、大広間には大量の水があふれかえる。
「み、水だぁああー! 何かにつかまれ!」
水の勢いは腰にまで達し、何かに掴まっていないと窓から外に押し流されてしまいそうになる。
私はリリアナの手を取ろうとしたが、むなしく宙を切る。
クレイモアが一足先にガードに入ったようだ。
「あわわ、やりすぎたかも! もっと手加減すればよかった!」
この事態を引き起こした少女がそんなことを言ったのを私は見逃さなかった。
……やりすぎたかも?
……手加減?
あの天魔のシルビアが苦心の末に編み出した金剛氷柱に対して!?
確かにシルビアの最大魔力を引き出したのに、彼女には一切の疲労も見られない。
息が切れるどころか、声は高く、血色もいい。
そして、私はあるものを目撃していた。
彼女が赤い直方体を生み出した時に、その髪の毛が一瞬だけ赤く光ったのだ。
真っ赤な筋が彼女の黒髪に浮かび上がり、毛先はさらに燃えるような色へと変化していた。
赤く光る髪、真紅の髪。
それは確かに、我々が子供時代から聞かされた、灼熱の魔女そのものの特徴だ。
私はぞくっと冷たいものを背中に感じる。
彼女が灼熱の魔女であるかはまだわからない。
しかし、確かなことがある。
あの少女は剣聖のクレイモアも、天魔のシルビアも歯が立たない【何か】を持っている。
彼女がここで本気を出したら、数秒で我々はこの城から消えるだろうと本能が告げている。
この少女の背後に巨大な陰謀がある?
この少女はただの操り人形?
それは間違いだ。
この娘は自分自身の力でここにいる。
この娘自体が大きな、それこそ強烈な力を持っている。
レーヴェめ、なんという生き物を我が領内に引き入れてくれたのだ。
私は叫び声に包まれる大広間を呆然と眺めていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「辺境伯、あわれ……」
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