84.サジタリアス辺境伯の受難:辺境伯は魔女様の背後に巨大な陰謀を見る
「お初にお目にかかります。辺境の村を治めておりますユオ・ヤパンと申します」
レーヴェから聞かされていた通り、彼女は黒髪の少女であり、灼熱の魔女とは思えない風体をしていた。
私が幼いころに聞かされていた灼熱の魔女の外見の特徴は『燃えるような赤い髪』であることだ。
彼女の黒髪は似ても似つかない。
少女は辺境の領主を名乗り、スカートのすそをもって貴族風の挨拶をする。
その仕草は自然なものであり、もしかすると、貴族の子女である線も考えられる。
もっとも、モンスターで城にのり込んでくるような娘だ。
圧倒的に礼儀知らずである。
おそらくは辺境に生きる野蛮な民の末裔だろう。
「ふむ、ヤパン……とな?」
「はい、ユオ・ヤパンです」
それにしてもヤパンという家名を名乗るとはたいした度胸だ。
我々が禁断の大地と呼んでいる、あの辺境の大地の正式名称はヤパンという。
その大地のむこうには魔族たちの領土が広がっている。
緩衝地帯であるその大地は本来であれば、戦略上とても重要な土地だ。
しかし、その土地にはあまりにも多くのモンスターがはびこっている。
サジタリアスをはじめとする辺境国家はヤパン地方からのモンスターに毎年のように損害を被っている。
そのため、人間は入植を諦め、『禁断の大地』と呼ぶようになった。
誰からも支配されない土地、ヤパン。
正確な情報は分からないが、大陸の中でもかなりの面積を占めると言われている。
その土地の名を姓にいただくということは、つまり、彼女はその地域の支配者であることを宣言していることになる。
人類史上、誰もなしえなかった禁断の大地の支配。
それを我々サジタリアスに対して、大胆にも実行すると伝えているのだ。
つまり、この娘、尋常のものではない。
その胆力だけでもかなりのものだと思っていいだろう。
「くくっ。なかなか、やりおるわ」
私は挨拶を通じて、彼女の真の意図と正体について探ることにする。
彼女がおかしい動きをする場合にはシルビアの魔法で排除しなければならない。
「お父さま! 悪いのは私です!」
途中、リリアナが懇願する。
彼女は禁断の大地に囚われていたというのに健康状態はすこぶるいいらしい。
母譲りの桃色の髪も美しく、肌も相変わらず透き通っている。
その瞳には涙を目に浮かべ、どうか許して欲しいと訴える姿はまさに聖女!
久々に見たその容姿は神々しささえ放っている。
いや、もはや女神といってもいいだろう。
神の化身じゃなきゃなんなのだ、これは。
くっ、このままでは押し切られてしまう!
そこで私は無理やりに副団長の方を向くことにする。
髭づらで筋肉のむっさい副団長を凝視すれば、リリアナからの攻撃もいくぶんか収まるというものだ。
私は屈する直前で副団長に意見を求めることにしたのだった。
すると、奴はやはり「幻術の可能性もある」と面白いことを言ってくれる。
確かに、レーヴェの言っていることだけを信じるわけにはいかない。
「灼熱の魔女とやら、城に攻め入ったのを不問にしてほしいのなら、その能力を見せてもらおう」
私は敢えて横柄な態度をとることによって、彼女の能力の真偽を確かめることにする。
レーヴェは私にやめるように言うが、私は即座に却下する。
サジタリアスは辺境の強国であり、この城は人間世界の守りのかなめである。
質実剛健にして、幾重にも防御を張り巡らせた強固な城塞。
それを破壊されて、簡単に帰すことなどできない。
もしも、この情報が漏れてしまったら、非常に苦しいことになる。
「彼女を刺激するのは危険です!」
レーヴェは目の前の何の変哲もない娘を相当の脅威だと感じているらしい。
「この場にいる全員を一瞬で」などというが、そんなことはありえない。
ありえるはずがない。
そもそも、目の前の自称・魔女にはなんの殺気も感じられないのだ。
それに私には戦略がある。
わが辺境騎士団の誇る双璧が一つ、シルビア・フォートレイクがこの少女の真贋を見定める作戦を立てており、私はそれに乗ることにしたのだ。
さぁ、偽りの魔女よ、どう出るというのだ?
手も足も出ずに降参する以外にないとは思うが……。
「それじゃ、やってみます。皆さん、ちょっと離れていてくださいね」
少女はそういうと何の緊張感もなく、氷の前に歩み寄っていく。
シルビアのこの氷柱は単なる氷魔法ではない。
岩をも砕くクレイモアの拳でさえ破壊できなかったことには理由がある。
目の前に浮かんでいるのは魔法の二重詠唱によって構築されている氷柱なのだ。
たとえ傷がついたとしても水魔法で水を補充することで、自動的に修復される。
反応速度も速く、ヒビが入った瞬間に修復されるのは見ての通りだった。
この術式の名前は金剛氷柱。
森ドラゴンの皮を引き裂き、あの辺境に住む怪物トレント、ボボギリの表皮すら貫くと見ている。
つまり、辺境の少女がシルビアの前に敗北するのは火を見るよりも明らかだった。
「ふむ、やってみよ」
私はこの少女の動きを注視する。
何かおかしい真似をしたら、即座に切り捨てられるように注意しながら。
私はこの偽りの魔女が何を目的としてリリに、あるいはサジタリアスに近づいたのかを聞きださねばならない。
この辺境の大地はモンスターだけでなく、様々な脅威に囲まれている。
100年は大規模な戦争が起きていないとはいえ、その裏ではたくさんの悪がはびこっている。
今、目を光らすべきはザスーラ連合国の内側での足の引っ張り合いだ。
嘆かわしい話だが、ザスーラ連合国には相容れない勢力が複数いるのだ。
なぜ、それが分かるのか?
一つ目は偽りの魔女の付き人の猫人の存在だ。
こちらにひれ伏して完全服従しているが、あの猫人、おそらくはビビッド商会の一員だろう。
ビビッド商会は商都の王ともいわれ、絶大な財力と権力をほしいままにする連中だ。
わざわざ、この城に一緒に乗りこんできたところを見るに、この猫人は相当の手練れだろう。
この娘の裏にはビビッド商会から、大きな政治的な力が働いていると見ていい。
それに彼女の「乗り物」のあの白い狼。
私自身、モンスターハントをすることもあるが、これほど大きなシルバーウルフは見たことがない。
巨大な体躯に、鋭い爪。
神々しささえ感じさせる白く輝く体毛。
しかも、人間を襲おうとはせずに完全に服従し、あくびをする余裕すら見せている。
その仕草にかわいらしさすら感じる。
だが、明らかに不自然だ。
おそらくはモンスターを飼いならす技術を持った聖王国の使役モンスターだろう。
そうなると、この女の裏にはあの忌まわしき隣国、聖王国の影もちらつくことになる。
ビビッド商会に、聖王国……。
この娘はそれらの勢力の操り人形なのだろう。
レーヴェの言うとおり、彼女を刺激し過ぎるのは危険かもしれない。
しかし、ここでこの娘を屈服させるのには一定の意味がある。
邪悪な目は早急に摘んでおかなければならないのだ。
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