81.魔女様、サジタリアス辺境伯に「どちらかと言うと魔女である」と自己紹介する
「ふむ……、それではお前が辺境の村を治める魔女というわけか」
場所はサジタリアス辺境伯の居城。
さっきまでどうなることかと思っていたけど、辺境伯本人が出てきたことで静まり返っていた。
私はとりあえずかしずくことにする。
「私はサジタリアスを治めるリスト・サジタリアスだ。まずはリリアナを無事に返してくれたことに礼を言いたい」
辺境伯はこちらに向き直り、横柄な態度のままで自己紹介をしてくれる。
リリの頭をなでているときは柔和な表情だったけど、私への疑念はすぐに伝わってくる。
私のことを「お前」呼ばわりするのは、あくまでもどこぞの村の領主として見ているからなんだろう。
貴族社会は身分にうるさいから、相手によって口調を変えるのは当然のことだ。
ここで私はララの言いつけを思い出す。
・感情に流されず理知的に行動すること
・相手に気圧されず眉毛一本動かしてはならないこと
だからできるだけ、堂々と振舞うことにした。
「お初にお目にかかります。村一帯を治めておりますユオ・ヤパンと申します」
私はもはや貴族ではないのだから、身分は向こうが上だ。
お前呼ばわりされても頭にくることはあり得ない。
ぺこりとお辞儀をして、目上の人にたいして礼儀を守ることに努めるのだった。
まずは私を話のわかる文明人だと知ってもらい、この険悪な空気を変えなければならない。
「ふむ、ヤパン……とな?」
「はい、ユオ・ヤパンです」
私は禁断の大地の正式な名称である『ヤパン』を名乗ることにした。
今まで、うちの村の地域は禁断の大地と呼ばれていた。
だけど、それじゃ印象は悪いままだ。
そこで、私がその大地の名前を名乗ることで、イメージアップを図ろうというわけなのである。
これはララとメテオのたてた戦略なんだけど、けっこう私も気に入っている。
ラインハルトなんかより、よっぽど好きだ。
しかし、どういうわけか、お城の皆さんは「ヤパンだと!?」「なんと大胆なやつ…」なんてざわついている。
ふぅむ、やっぱりあんまりいいイメージはないみたいだ。
いいところなんだけどなぁ。温泉もあるし。
「ふむ。それで呪われた大地の領主が何の騒ぎだ? モンスターに乗って窓を突き破って侵入したことにどう申し開きをする? それとも、それが辺境の村の挨拶の仕方なのか?」
私の思惑とは裏腹に辺境伯はこちらを野蛮人だとでも決めつけているようだ。
リリの帰還で和らいでいた面々も冷たい瞳でこちらをにらみつけてくるのがわかる。
「いえ、その、なんていうか、ちょっとこの子の着地を失敗しまして。大変、申し訳ございません。窓の代金はお支払いしますので」
飼い犬の不手際は飼い主の不手際だってことは私だって知っている。
人の居城に勝手に乗り込んではいけないことも知っている。
私は平謝りに謝るのだった。
「辺境伯様、最近、夜明け前に白い巨大なモンスターが冒険者を連れ立って歩く怪しい女が目撃されております。もしかすると、関係があるのかもしれません」
辺境伯の後ろに控えていた、いかにも大臣っぽい雰囲気の人が耳打ちする。
「ひぃええええ、ばれてたん!? それはかわいい出来心なんですぅううう」
シュガーショックの中からクエイクが転がり落ちてきて、その勢いのまま土下座をする。
なんて見事な早わざ!
さすがは猫人!
私は場違いにも感心してしまう。
「ふむ、まぁ冒険者は我々の管理下にはないので不問にしよう……」
「あ、ありがとぉおおございまぁす! おおきに、ほんま」
クエイクはひれ伏した姿勢のままでお礼を言う。
しっぽがびびびっとなっていて、それはそれでかわいい。
「しかし、ユオといったな、お前は灼熱の魔女と聞いているが、それは本当なのか?」
辺境伯は冷たい視線のまま、私に恥をかかせる問いかけをしてくる。
灼熱の魔女という言葉を聞いて、辺りはざわざわし始める。
「しゃ、灼熱の魔女だと!?」
「まさか!?」
兵士や側近たちの困惑の声が聞こえる。
そりゃそうだ。
『あなたは灼熱の魔女ですか?』という疑問文はこのように言い換えることができる。
『あなたはこの大地をつくった地母神様ですか?』
『あなたは天空を統べる太陽神様ですか?』
こんな質問に対して、無邪気にイエスと答えられる方がおかしい。
よっぽど残念な頭だと思われてしまう。
灼熱の魔女なんてお話の世界の産物だからね。
童話の登場人物ですかって聞かれて、「はいっ」て元気に返事をするのはかなりキツい。
ハンナぐらい単純な性格だったらいいんだろうけど。
とはいえ、返事をしないわけにもいかないよね。
村では一応、『魔女』ということで通ってもいるし。
「ど、どちらかと言えば、そうかも知れませんね?」
「どちらかと言えば?」
「どちらかと言えば、灼熱の魔女!?」
「どういうことだ!?」
「どちらかと言わなければ?」
こんな感じに曖昧に返事をすると、やはり要領を得ないようで一同は呆気にとられた表情をする。
メテオみたいにもっと面の皮が厚ければよかったなぁと後悔する私なのである。
「辺境伯様、この黒髪魔女様はぜったいに灼熱の魔女ですのだ!」
一人だけ空気を読まないクレイモアは大きな声で話す。
主君の前でも「のだ」口調は変えられないらしい。
「あたしと交戦しましたが、手も足も出ませんでした。あたしだけじゃなくて、騎士たちもばったばったと倒れたんですのだ!」
彼女はそう続けると、私の方を見てウィンクをする。
たぶんきっと、『いい仕事したよ』みたいな感じなんだろうけど、正直、微妙だ。
「剣聖を倒した!?」
「騎士をばったばった倒した!?」
ほーら、案の定、妙な空気に拍車がかかっている。
あと、兵士の皆さんを失神させちゃったのは不可抗力だからね。
「お父さま! クレイモアの言っていることは本当です! そもそもの発端は私です! 私を罰してください!」
クレイモアに加勢するようにリリも声をあげる。
よかったぁ、やっと正気を取り戻してくれたようだ。
「くっ、い、いくらりりたん、いや、リリアナであっても、今のわしはサジタリアス辺境伯。決して、否定しているわけではないが、吟味に吟味を重ねばらなぬ」
「しかし、ユオ様は私たちを無事に帰してくれております! それこそが証拠です!」
「ぐぐぐっ……!? しかし、お前を誘拐した犯人を許すわけには」
「ですから、私が抜け出したのが悪いんです! 誘拐ではないんです!」
「ぐむむむむ……、しかしだなぁ城を壊した犯人を……」
辺境伯は本当に苦しそうな顔をする。
どうやらかなりの親バカらしい。
このままリリが押し切ってくれればいいのだけれど、それでも返事はノーだ。
「そうだ! 第一騎士団の副団長よ、お前はどう思う? レーヴェとともに、この女の村へといったのであろう?」
辺境伯はクレイモアの言葉に眉毛をぴくりと動かすと、側近と思われる髭面のおじさんに尋ねる。
あっ、あの人、覚えてる!
この間、縄でぐるぐる巻きにしたおじさんだ。
騎士団が全滅した様子を見せただけで、正気を失ってしまったおじさんだ。
よぉし、おじさんよ。
本当のことをみんなに話してあげて。
私はあなたたちに傷一つつけず返してあげた優しい人物だってことを。
「そっ、それが当時の記憶は混濁しているのです。気づいたら失神しておりまして。もしかしたら、その邪悪な女の幻術の類いかもしれません」
おじさんの言葉を聞いた私は「あっちゃあ」と内心、悲鳴を上げる。
よく考えたら、この間の戦いでは広範囲の兵士を一気に失神させるために何の前触れもなく熱失神を発動させたのだった。
確かにおじさんの言うとおり、「気づいたら失神」の状態であって、別に私の能力かどうかは怪しいよね。
魔法にかかったと思う方が適切なのかもしれない。
こんなことならもっとじっくり熱を通せばよかった。
……いや、そんなことしたら命が危ないかな。
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