80.魔女様、サジタリウス辺境伯の居城に乗りこむ(そして、盛大にやらかす)
……がっしゃああああああん!
わうわおーんっ!
「あれ?」
おそらく小一時間後、私たちはそこにいた。
そことはサジタリアス辺境伯の居城の大広間。
サジタリウスの都市の入り口にある門ではない、辺境伯の居城だ。
質実剛健な内装ではあるけれど、魔石ランプがらんらんと輝き、側近っぽい人がたくさん控えている場所だった。
私たちを背中に乗せたシュガーショックはあろうことかサジタリアス辺境伯の居城に直接飛び込み、庭で降ろしてくれるかと思いきや、ひとっ飛びで窓をどかっと突き破り、大広間へと送り届けてしまったのだ。
つまり、簡単に言えば、
サジタリウス辺境伯の居城に無断侵入したってことだ。
しかも、窓を突き破って。
「な、何事だ!?」
「ひぃいいいい、巨大なモンスターが侵入してきたぞ!」
その時の騒音は尋常じゃなく、未だに耳がきぃんと痛む。
突然の巨大な白い狼が飛び込んできたら、そりゃあ驚くだろうよ。
私でも驚く。絶叫する。
そんなわけでサジタリアス辺境伯の部下の皆さんは恐慌状態に突入。
「騎士団はまだか!? 辺境伯様をお守りせよ!」
「た、助けてぇえええええ!?」
兵士は剣を抜き、魔法使いは杖を構え、メイドのみなさんは悲鳴をあげる。
ふぁあああ。
そんなことはお構いなしに、シュガーショックは大広間の真ん中にちょこんと座ってあくびをするのだった。
かわいいけど、一切の危機感を覚えないってどういうこと!?
シュガーショックもハンナやクレイモアと同じ類いの生き物なのかもしれない……。
そりゃあ確かに『サジタリアス辺境伯のところまで』って言ったけど直に乗りこむなんて思ってない。
これじゃまるで、モンスターに乗って城を襲っちゃったみたいじゃん。
「ここをサジタリアス辺境伯の居城と知っての狼藉か!!?」
「魔法防御のある窓を突き破るとは、なにやつ!?」
「くそっ、かなりの強モンスターだぞ!」
何人かの衛兵が剣を抜いて、こちらにすごんでくる。
言い訳しようにも聖獣が勝手にやりましたって言って信じてもらえるだろうか。
うん、たぶんきっと、信じてもらえないだろうし、飼い主の責任だって怒られそうだ。
私の第一印象は最悪だろうなぁ。
「あぁ、面白かったのだ! リリアナ様、ついたのだぞ!」
唯一無事なクレイモアはリリを起こそうとがっしがっし揺らして起こそうとする。
完全アウェイの状態だし、頼みの綱はリリのみだ。
早い所起きて弁解して欲しい。
『私たちは怪しいものではありません』と伝えてあげて欲しい。
「クレイモア様!? リリアナお嬢様まで!?」
「おのれ、この蛮族め! モンスターを使ってサジタリアスに攻め込むとは!」
しかし、リリはなかなか失神から立ち直らず、そうこうする間に衛兵の皆さんからは明らかに勘違いされてしまう。
それも思いっきり悪い方に。
「ま、魔女様!?」
剣を持った兵士たちに囲まれてしまい困っていると、やっとのことで事情を知ってるレーヴェさんが到着する。
「いやぁ、私のいぬがご迷惑をおかけして、本当に」
「それは犬ではありません!」
とにかく、シュガーショックのやっちゃったことを詫びる私である。
しかし、レーヴェさんは巨大になっているシュガーショックを犬ではないと看破する。
うちの村では「いぬ」で通っているんだけどなぁ。
「それにしても、いらっしゃるのがちょっと早すぎませんか!?」
レーヴェさんは予想外の時間だったと見えて、目を丸くしてなじってくる。
前もって到着時刻を伝えておいたのだけど早すぎたよね、二日ぐらい。
「いやぁ、それがちょっと手違いがありましてね、ふへへへ」
「手違いと言いますか、シュガーショックを足代わりに使ったので足違いですやん」
「あ、クエイク、うまいこと言った」
「ひへへ」
クエイクがなかなかに面白いことをいう。
こういう時にはユーモアで場を和ませるって大事だよね。うん。
「あ、足違い? し、城を破壊することがですか?」
しかし、レーヴェさんはユーモアを解すつもりはないらしい。
その顔には困惑の色がありありと浮かび上がる。
ええい、しょうがない。
ここはもう必殺の武器で乗り切ろう。
それは、可愛らしさだ。
私はレーヴェさんに「約束のものをお持ちしましたぁ」とかわいらしく笑顔で伝える。
険悪なムードを断ち切れるのは私の天使のようなスマイルしかない。
愛嬌こそがすべてに優先する。
そう判断したのだ。
そもそも、私は客人として招かれたはずだったんだ。
このままじゃ罪人になりそうだけど。
「いや、その、城の窓を突き破っておっしゃられましても、かばいようがないといいますか……」
レーヴェさんはフォローする気がないらしく、冷静にツッコミをいれてくる。
ちぃっ、こういうところで常識がある人は困ってしまう。
うちの村人ならこれぐらいのことで怒らないはずなのに。
辺りを見回せば窓ガラスの残骸がそこら中にひろがり、皆の顔はひきつっている。
城のメイドさんは泣き出し、魔法使いは杖の先に魔法陣を発動させている。
あっちゃあぁ、この状況、どうやって乗り切ればいいの!?
「ええい、レーヴェ様になんと不遜な態度!」
「そもそも栄えあるサジタリアスに攻め込んでくるとは……!!」
「リリアナ様を誘拐し、人質に取るとは、許さぬ!」
聖獣に乗ってでかけてみたら、辺境伯の居城を襲ってしまった件。
レーヴェさんが必死に鎮めようとするも、一同の驚きが私たちへの殺気へと変化していく。
「ええい、リリはまだ起きないの!?」
「う、うん……」
そんな頃合いにリリがやっと目を覚ます。
よっし、これで誤解が解けるだろう。
さぁ、リリ、『私たちは怪しいものじゃない、ただの友達だ』と説明してちょうだい!
「……お、お兄さま!? うわぁあああ、怖かったぁですぅ、死ぬかと思いましたぁぁあああ!」
そう思いきや、彼女は誤解されそうなことを言いながらレーヴェさんに抱き付く。
そりゃあ、怖かったのはわかるけど、タイミング悪すぎ。
「おのれ、リリアナ様に何を!?」
大広間には甲冑を身に着けた騎士まで到着。
非戦闘員はみんな避難したらしく、本格的にものものしい空気へと変わる。
クレイモアはそんな空気に流されることなくシュガーショックにおやつをやっている。
クエイクは……どうやらシュガーショックの毛の中に退避しているらしい。
ふわふわの毛の間から、しっぽだけが見えている。
メテオと同じく、要領のいいやつ。
私だって隠れたいよ、まったく。
「えぇえ、どうしてこうなるの!? いたいけではかなげで無力な私にシュガーショックしか味方がいないなんて。レーヴェさん、ちょっと、どうにかしてくださいよ!」
こうなったら悲劇のヒロインを演じて、私に敵意はないということを理解してもらうしかない。
そんな思いで、レーヴェさんに嘆願してみる。
「……そ、それだけで世界を滅ぼせそうですね」
しかし、レーヴェさんは引きつった笑顔でそんな冗談を言う始末。
まったく、失礼しちゃうわ。
「ええい、何をやっているか! レーヴェ、それが話していた女だというのか!」
奥の方から男性の声がしてきたので振り返ると、そこには体格のいいおじさんが立っている。
レーヴェさんを呼び捨てにするところを見るに、レーヴェさんの親族、あるいはお父さんかもしれない。
「父上! そ、そうです、彼女が話しておりました村の領主です」
声を荒げていたのはレーヴェさんの父さん、つまりはサジタリアス辺境伯その人だった。
眉間にしわを寄せて威圧するので、すごい迫力。
武人って感じの人で、レーヴェさんは最後まで言葉をつなぐのもやっとだ。
辺境伯の周囲にいる騎士からは殺気そのものが放たれていて、私はちょっと身震いする。
クレイモアほど真に迫るものじゃないけど、殺気を向けられるのは気分が悪い。
「お父さま! 誠に申し訳ございません! これには深いわけがあるのです!」
一触即発の冷たい沈黙を切り裂いたのはリリだった。
サジタリアス辺境伯のもとに向かって、地面にひれ伏して涙ながらに謝罪する。
「リリたん……、よくぞ無事で!!!?」
「リリ…たん…!?」
「い、い、いや、いや、いや、リリアナよ、よくぞ戻った」
家出娘に怒るのかと思ったら、辺境伯はリリの頭をなでるのみだった。
その表情は威厳に満ちていて、どちらかというと優しげな雰囲気。
明らかに恐ろしげなおじさんだけど、内心はリリのことを心配していたのかもしれない。
そりゃそうだよね、わざわざ辺境に騎士団を向かわせるぐらいなんだから。
それにしても、今、「りりたん」って言ったよね!?
辺境伯はしらばっくれているので、周りの人は聞こえなかったふりをしている。
だけど、辺境伯の耳は真っ赤だ。
「……お父さま?」
そして、「りりたん」呼びされたリリ本人の顔も真っ赤だ。
たぶん、きっと子供のころの呼び名なのだろう。
あぁ、これ、非常に恥ずかしい奴だ。
とはいえ、これでなんとか場が収まってくれるはず。
お願いしますよ、辺境伯様!
【魔女様の発揮した能力】
聖獣フルスロットル:シュガーショックにはっぱをかけて全速で走らせる。あまりにも早いのでクレイモアなどの特殊な人間を除き、基本的に失神するか、乗り物酔いをする。敵にぶつかるだけでも大ダメージを与え、城を破壊する。使い勝手が悪いので、あまり使わないほうがよい。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「いたいけではかなげで無力な私……!? 誰が!?」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。
 






