75.サジタリアス辺境伯家の受難:レーヴェ、魔女様の災厄ぐあいに心当たりがありすぎる
「な、なにぃ、リリたんを連れて帰れなかっただと!? どういうことだ!?」
サジタリアス辺境伯のリスト・サジタリアスは娘のリリアナを溺愛していた。
しかし、それでもサジタリアスを守るために泣く泣く婚約を結んだのだった。
「り、りりたん……ですか?」
「い、いや、リリアナだ……」
彼は長男のレーヴェの前で「リリたん」などとリリアナのことを呼んでしまうほど狼狽していた。
禁断の大地から戻った騎士団の団長のレーヴェが信じられない報告をしたからだ。
彼の話によればリリアナは自分の意志で村に残りたいと熱弁したとのこと。
護衛として剣聖のクレイモアをつけているとはいうが、思ってもみない事態だった。
「リリたん……いや、リリアナを助けるためには武力行使も辞さぬと伝えたはずだ! どうなっている!?」
リスト辺境伯は怒りのあまり、顔を真っ赤にしてしまう。
辺境に住む蛮族など騎士団が向かえば一時間も待たずに蹂躙できるはずだからだ。
「それが……」
騎士団を率いたレーヴェはここで少し口ごもってしまう。
灼熱の魔女が現れ、騎士団全員を壊滅させられましたと『事実』を口にするのはたやすい。
しかし、それをリストが信じるとはとても思えない。
万が一、その話を信じたとしたら、それはそれで大変なことが起こる。
サジタリアス近郊にあの『災厄』とも言われた魔女、あるいはそれに類似する脅威が現れたことになるのだ。
『災厄』とは人間・亜人・魔族含めて、生きとし生ける全てのものにとって脅威になる存在であり、現象だ。
あのユオという少女が本当に灼熱の魔女なのかは分からないが、それに類する存在なのはわかる。
なんせ、たった一人で千を超える騎士団を壊滅させてしまったのだ。
しかも、一瞬で。
剣聖のクレイモアの攻撃さえ通じないところを見る限り、あれを刺激してこちらに攻めこまれでもしたらとんでもないことが起こる。
どうやら話の通じる魔女のようなので、できるだけ穏便に問題を解決したいとレーヴェは考えていた。
もしも、灼熱の魔女が現れたとなればザスーラ連合国の諸侯が集結し、総出で村を制圧することになるだろう。
場合によってはリース王国や聖王国、はてはドワーフの王国の諸王も参加し、ここら一帯が戦場となる可能性もある。
せっかく築き上げてきた平和を崩すことはできないとレーヴェは考えていた。
「……レーヴェ、お前は何かを隠しているな?」
口元に手を当てて言いよどんでいると、リストはそれを見透かしたように瞳を覗き込む。
リストは直情的だが勘の鋭い人物で、隠し事ができる相手ではないことをレーヴェはよく知っていた。
「……実は、禁断の大地には……」
レーヴェはごくりと唾を飲み込んで、覚悟を決める。
それから起きたことをありのままに話すのだった。
・辺境に向かうと剣聖サンライズがいたこと
・剣聖のクレイモアが『灼熱の魔女』を名乗る少女に負けたこと
・騎士団が一瞬で失神させられたこと
・リリアナは自分の意志で村に残っていること
レーヴェは一つ一つを時系列にそって説明する。
「……すまんが私は疲れているようだ。辺境騎士団がたったひとりの少女にいいようにやられるなどお前が言うはずもない。これは冗談だな、そうだろう?」
話を聞いたリストは眉間を指で押さえて頭を振る。
レーヴェの話を聞かなかったことにしたいようだが、話した以上はそうはいかない。
「いいえ、これは全て事実です。剣聖のクレイモア含めて、我が辺境騎士団の第一軍はひとりの少女に蹂躙されました。そして、彼女はあの灼熱の魔女を名乗っています」
レーヴェははぁっと息を吐いて、もう一度、本当のことを伝える。
真意が伝わるように、しっかりとリストの瞳を見つめるのも欠かさない。
「……本当、なのか?」
「本当です。その灼熱の魔女のところにリリアナは滞在しています。私のことをお疑いであるなら、副団長にお聞きください。混乱しているので話が通じるかわかりませんが」
できれば冗談であってほしいと願いながら、リストは重苦しい口調で尋ねる。
しかし、レーヴェは半ばあきれた様子で念押しをするのみだった。
「そんなことがありえるか! よいか、灼熱の魔女だぞ!」
「そんなものがもしも現れたとしたら、よくて大陸での大戦争、悪くて大陸全土の崩壊だ。灼熱の魔女というのはおとぎ話ではなく、実際に起きた話なのだぞ!」
リストは肩で息をしながら、早口で灼熱の魔女の恐ろしさをまくしたてる。
レーヴェは父親の引きつった顔を何も言わずに眺める。
「灼熱の魔女は一瞬にして千を超える騎士を殺し、剣聖の剣を溶かし、破魔の鎧を破壊し、大地を焦がす破滅の化身! そんなものが、のんびりと辺境に暮らしているはずがないだろうが!」
目を血走らせながら灼熱の魔女の恐ろしさについて力説するのをレーヴェは目を閉じながら黙って聞いていた。
彼は思う。
「心当たりがありすぎる」と。
辺境伯の言葉はむしろレーヴェの確信を強くする方向に働くのだった。
「……しかし、万が一、それが灼熱の魔女だとして何が目的だ? どうして、お前らは生きて帰れた? 戦争をふっかけてきた相手を一人も傷つけないなど聞いたことがない」
「正直言いまして、目的は私にもわかりかねます。しかし、彼女はこれをサジタリアスに卸したいといっていました。彼女の村ではこれを作ることができるそうです」
レーヴェは傍らに置いてあった革のバッグを広げて見せる。
それは灼熱の魔女のもとにいたメイド服の女性がお土産として渡したものだった。
「し、塩ではないか! これがとれるだと!? 山の奥の辺境の村ではなかったのか?」
革袋の中には大量の塩が入っていた。
目を見開いて驚くリストに、レーヴェは「不思議な泉があって、そこからとれるそうです」とだけ伝える。
「……父上、灼熱の魔女はこう言っていました。リリアナの婚姻を中止してくれるなら、ローグ伯爵の半分以下の値段でこの品質の塩を提供すると。魔女はリリアナに望まない結婚をすべきではないと伝えているそうです」
「は、半分の値段だと!? リリアナの婚姻の中止!?」
辺境騎士団が壊滅しただけで卒倒しそうな報告である。
それなのに塩の供給の申し出、さらにはリリアナの婚姻の破棄。
リストの脳内に一気にたくさんの情報が交錯し、頭痛を引き起こす。
「し、しかし、そんなことをして向こうにいったいなんのメリットがあるというのだ!?」
「それは……わかりません。ただし、彼女は村を発展させることに腐心している様子でした。おそらく、リリアナがどうしても必要なのでしょう」
「リリたんをか? リリたんは器量はいいが魔法の腕にも光るものはない……。器量はすこぶるいいがな!」
「……父上?」
「ううむ、わからん、わからんぞ!」
リストは混乱のあまり、机をどんっと叩く。
しかし、突然現れた伝説の存在とやらにどんな理由も見つけることはできない。
当然、二人の議論は紛糾するのだった。
「魔女を名乗る少女はこうも言っておりました。彼女自らがサジタリアスを訪れると」
「なっ、なんだと!? その魔女がサジタリアスに来るだと!?」
レーヴェは灼熱の魔女がサジタリアスを訪れることを伝える。
それも一週間後だ。
この判断は敵を内側に招き入れるのも同様の行為で、利敵行為とみなされても仕方のないことだった。
だが、その少女が『本物』かどうかを見定める機会になるとも言える。
「いいだろう、その交渉の場で本物かどうかを見定めよう」
「ははっ」
「よいか、レーヴェ。もし、その女が灼熱の魔女でなければ、お前は騎士団の一兵卒からやり直すことになるぞ?」
リストはまだ完全にレーヴェの言葉を信じたわけではない。
その少女に直接会って真贋を見定める腹づもりなのだ。
「わかっております。しかし、私が思うにあれは……。いえ、父上にご判断いただきたく思います。それでは、私はこれで失礼いたします」
執務室を出るとき、レーヴェは溜息を吐いてつぶやく。
あれが伝説の魔女でなければ、いったいなんなのだろうと。
「面白かった!」
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「リリたん……!?」
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