72.魔女様、剣聖までもシャッキリポンと従えてしまう
「ハンナ、お得意の肉のバーベキューや! 美味しそうな肉の香りが鼻腔をくすぐるでぇ! 一方、クレイモアは料理を作り始めてもいないって、どういうことやねん!?」
「うーむ、戦線離脱でしょうかぁ?」
私が温泉リゾートに戻ると、ロビーにはキッチン設備が特設されていた。
しかも、それを取り囲むように客席が配置され、お客さんは二人が料理するのを見守る形になっていた。
とはいえ。
メテオとクエイクの解説が伝えるように、勝負になっていなかった。
クレイモアは腕組みをして目をつぶっているだけだそうだ。
やっぱり、お母さんとの約束のために料理を作らないつもりらしい。
義理人情にあついのはいいことだけど、ちょっとかわいそう。
「どうしたんだぁ? 剣聖様の料理が見られるってんで金払ってるんだぞぉ!」
「そうだ! リンゴの一つも剥けないのか!」
やる気がないとさえ思われたのか、クレイモアには容赦ないヤジが飛ぶ。
そりゃあ、お金を払ってるんだし気持ちはわかるけど、ここは私がおさめなきゃ!
「みんな、静かにしなさい!」
私はとりあえずマナーの悪い観客を黙らせる。
一応、これだってハンナとクレイモアの一騎打ちみたいなものなのだ。
神聖な勝負といってもいいかもしれないのだし。
「ひぃいいい、灼熱の魔女様だっ……」
「剣聖殺しの魔女様……」
「話ではサジタリアス騎士団を皆殺しにして蒸発させたっていうぜ……」
私が一喝すると、あたりはしぃんと静まり返る。
そう思いきや、ひそひそと噂話が聞こえてくる。
私の耳は地獄耳なので、根も葉もない噂が広まっていることもわかる。
サジタリアス騎士団とのあれこれについては、他言無用と伝えておかなければならない。
ふぅっと息を吐いて、私はクレイモアのほうに向かう。
あるものを渡すためだ。
「クレイモア、この包丁に見覚えない?」
私は革のカバーから包丁を取り出すと、クレイモアに見せる。
クレイモアはそれを見ると、瞳を大きく見開き、口をぱくぱくとさせた。
「こ、これは……! この包丁は!? それをどうして」
「ふふふ、クレイモア、これで料理ができるわよね?」
「……うぅぅぅううう」
さらに予想外なことは続く。
クレイモアはそれを見るなり号泣し始めるではないか。
鬼の形相で一騎打ちをしていた彼女が泣き出すなんてびっくりしてしまう。
でも、これでわかった。
彼女はずっと料理がしたかったのだ。
いくら剣聖になったとはいえ、料理への未練は断ち切れなかったのだろう。
だから、温泉の料理に無理やりクレームをつける残念金髪娘になったのだ。
手当り次第に女将を呼び出す無駄デカ女じゃなかったのだ。
「別に剣聖だからって料理したっていいじゃない。お母さんだってこの包丁を取り出せたんだったら、料理していいって言ったんだよね?」
私は彼女の背中をよしよしとさする。
しゃがみ込んでえぐえぐと泣き出す様はまさに女の子だ。
私よりも背も高いし、いろんな意味でボリュームのある子ではある。
だけど、心にはもろい部分を持っていたんだろう。
「……わかったのだ。ありがとう、恐怖の黒髪魔女様のためにも作らせてもらうのだ!」
彼女は包丁を受け取ると強い視線に戻ってそう言った。
まだ涙は目じりに残っているけれど、もうそんなことも関係ないようだ。
あと、人のことを恐怖の黒髪魔女って呼ぶな!
「おあぁー、ランチタイムの制限時間まであと10分もないでぇ!」
「まさに万事休すや! どないすんねん、剣聖さん!」
メテオとクエイクの姉妹が焦らせるように時間ぎりぎりであることをアナウンスする。
ハンナはてきぱきと料理を作り、少なくとも6品ぐらいはつくってしまったようだ。
「見るのだ! あたしの料理を!」
クレイモアはものすごい勢いで料理を開始する。
野菜・肉を空中に投げると包丁で細断し、複数の鍋やまな板でそれぞれをキャッチ。
手元が見えないほどの手さばきで、私たちはみんな圧倒されてしまう。
「おぉおお、いきなりクレイモアが本気を出してきたぁあ!」
「さっすが、剣聖! 包丁を扱うのもうまい!」
場内に響くアナウンスで、観客たちの熱気もうなぎのぼりだ。
「にひひひ、塩もしっかりあるし、素材の味を活かすだけでいけるのだ!」
クレイモアは村長さんと戦った時にも使った分身するようなスキルを発動!
複数人のクレイモアが前菜、サラダ、肉料理、はてにはデザートまでどんどん完成させていく。
そして、ご自慢の握力でトマトをばっしゃばっしゃと潰してスープを作る。
なんなのよ、これ!?
こんなのあり!?
「クレイモア、よかったですね……」
荒唐無稽な調理シーンだけど、リリは目頭を押さえている。
彼女は彼女でクレイモアのことを案じていたんだろうなぁ。
まぁ、たしかにクレイモアが料理できるようになったことはいいことだよね。
「時間、しゅうりょおぉおおお!」
メテオが試合終了を示す鐘をがんがんと叩く。
それに呼応してロビーに響く観客たちの声援。
ハンナはフルコースの8品、クレイモアはわずか10分間ながら5品の大健闘。
惜しみない拍手が二人には送られるのだった。
それでも肝心なのはやっぱり味。
結果発表は審査員の投票によって決まる。
審査員たちは白熱した試合にふさわしく神妙な顔で味見をしていく。
「こ、これは……!」
しかし、彼らの表情は途中でどんどん笑顔に変わっていく。
ハンナはうちの温泉リゾートの料理を担当する現役シェフでもあるし、クレイモアは幼いころから料理を実践してきたサラブレッド。
二人の料理はたぶんきっと、美味しいのだろう。
うぅ、うらやましい。
「柔らかでやさしい味や!」
「このお肉、シャッキリ、ポンと舌の上で踊る!」
なにやら物々しい表現で料理を評価する猫人姉妹。
私は剣を修理するので駆けずり回っていたから審査員になれなかったけど味見ぐらいはしたい。
ていうか、メテオとクエイクの二人が食べるっておかしいでしょ!
とりあえず二人のほっぺたを引っ張りに行く私なのである。
「おぉっ! 結果が出ました!」
「結果は10対10のドロー! さすがは剣聖のクレイモア、怒涛の追い上げでしたぁ! しかし、ハンナの腕も見事でした!」
「次回の温泉食堂対決もお楽しみに!」
冒険者も村人も拍手喝采で勝負は幕を閉じる。
ハンナもクレイモアも笑顔で握手をして、仲違いはこれで終わりみたいだ。
リリは感極まったようでクレイモアに抱き付いて喜んでいる。
今回は審査員ができなかったけど、次回は絶対になってやる。
「ユオ様、ありがとうございますなのだ。あたしの包丁を取り出してもらえるなんて!」
「わわわっ、別にいいよ、頭をあげてよ!」
クレイモアは私のもとに来て、私の前にかしずく姿勢をとる。
騎士が目上の人に対して行うもので、感謝の気持ちを表す最敬礼だともいえる。
うーむ、クレイモアのくせに真面目な態度。
これには正直、びっくりしてしまう。
だいたい、私はあの大きな剣を溶かしただけだし。
そこまで感謝されると逆に恐縮してしまうんだけどなぁ。
「いいえ、あたしの第二の人生はリリアナ様とユオ様のために使うのだ!」
クレイモアはそう言うと私にがばっと抱き付いてくる。
感激のあまりってことなんだろうし、悪い気はしない。
しかし。
彼女の胸の中に埋もれながら私は気づくのだ。
柔らかすぎて、息ができない。
この子のお胸は凶器にもなるのだと。
……剣聖、おそるべし。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「10分で6品の料理を作る……」
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