71.魔女様、クレイモアの大剣を補修する
「リリ、今回の勝負はちょっとクレイモアに分が悪かったかもしれないわね。あの子、料理が得意じゃないんでしょ?」
私は料理勝負と聞いた時のクレイモアの顔色の変化を見逃さなかった。
あの表情からして、クレイモアは料理が苦手なんだろうと思うのだ。
「ユオ様、クレイモアは料理が苦手と言いますか……」
リリは少し表情を曇らせると、クレイモアの生い立ちについて教えてくれる。
「料理自体は得意だと思うんです……」
「料理自体は?」
ずいぶん、奥歯に物が挟まったような言い方だ。
「はい、料理自体は得意だと思うんですが、そもそも料理を作ることができないんです」
「どういうこと?」
彼女の話によると、クレイモアは母親が有名な料理人だったこともあって、幼いころから手伝いをしていたらしい。
クレイモア自身の料理の腕も有名で、わずか14歳の頃にはとびきりのフルコースをつくれるほどだったとのことだ。
しかし、クレイモアが剣聖のスキルを受けると状況は変わった。
彼女のお母さんはクレイモアから包丁を取り上げ、趣味であっても料理をすることを禁止したのだそうだ。
クレイモアのお母さんが言うには、「剣の道を生きるなら料理を捨てなさい」っていうメッセージなのだという。
確かに剣の道というのは大変なものだろうけれど、料理の趣味さえも奪ってしまうなんてかなり厳しい。
反抗したクレイモアに、彼女のお母さんは包丁を大きな剣の芯材として入れ込んだとのことだ。
『あの大きな剣の中から包丁を取り出せたら料理をしてもいい』
そんなことを言われたらしいのだが、常識的に考えてそれは無理な話。
クレイモアは母親との約束を守っているために料理をすることはできないのだとのこと。
……うーむ、これは困ったぞ。
料理勝負になったのは流れとはいえ、クレイモアに不利すぎる条件となってしまった。
料理を禁じられているなんて思いもしなかった。
そもそも、私が剣を壊したときに、やたらと怒っていたのはそういうわけがあったのか。
「ララ、二人を補助してあげて。私はちょっと出かけてくるから」
ここで私の脳裏にはちょっとしたアイデアが思いつく。
勝負終了まであと1時間程度はある。
私はこの場をララに任せると、ドワーフの工房に向かうのだった。
ドレスならなんとかしてくれるはず!
◇
「と、いうわけで、この中に包丁が入ってるっていうわけなんだけど。ドレスならちゃちゃっとやっちゃうわよね?」
「ひぇええ、いくらなんでも芯材だけ取り出せなんて無理です!」
「……無理?」
「無理です!」
私の期待もむなしく、ドワーフのドレスでも無理なんて言葉を使う。
彼女曰く、剣の芯材にしたものを取り出すことは、剣の構造上、不可能なのだという。
剣を溶かすことができたとしても、芯材も一緒に溶けてしまうかららしい。
「ふぅむ、どうにかならないかしらね……」
私は腕組みをしながら二つに折れたクレイモアの大剣を眺める。
この剣の中には、クレイモアの包丁が入っているらしい。
私が熱でぶった切った断面には包丁は見えないので、ちょっとだけ安心したけれど。
「まぁ、魔女様、肉パンがありますので休憩にしましょうや」
私が難しい顔をして突っ立っているので、空気が悪くなったのだろう。
ドレスのお弟子さんが私に肉パンを差し出してくる。
これはあの古文書に描かれていた食べ物からヒントを得て、見よう見まねで作ってみたものだ。
蒸しパンの中に調理された魔獣のお肉が入っているもの、
温かくて、すこぶるおいしい軽食だ。
「うん、美味しい!」
口の中に甘い肉汁が溢れ出して、火傷しそうなほど熱い。
そういえば、肉パンのレシピ開発当時、思いっきりかぶりついたら、内側が異常に熱くて舌がひりひりした。
パンの部分とお肉の部分で温度が違ったのだろう。
しかし、私って熱に強いはずなのに、こんなことで火傷するんだな……。
まぁ、すぐに治っちゃったけど。
ん?
内側が異様に熱い?
「……それだ!」
ここで私は素晴らしいアイデアに気づく。
同じように熱しても、素材によって温度が微妙に違っているのだ!
「ま、魔女様!?」
私はクレイモアの剣の上に手を軽く当てる。
手のひらからじわじわと熱を送っていくと、温度がすんなり通るところと、そうじゃないところに分かれることに気づく。
おそらくきっと、なんらかの抵抗を感じるところに包丁があるはず。
その感覚をもっと繊細にしていく。
もっと細かく、もっと緻密に、剣の中の熱の伝わり方を感じていく。
……これだ。
私の心の中に一本の包丁の刃の部分が浮かび上がる。
よかった、包丁は無事だ!
「ドレス、クレイモアの剣を溶かすよ!」
「は、はいっ!? 魔女様、まさかこれを溶かすって? 黒ミスリルだよ?」
「たぶん、やれるわ!」
「ひ、ひぇええ!? わかりやしたよ! やりゃあいいんでしょう!」
ドレスは私の言葉が信じられないようで聞き直してくる。
もちろん、答えはイエスだ。
黒ミスリルだろうが、なんだろうが熱視線で溶けたのだから問題はないはず。
「ええい、鋳型を作るぞ、超大型のやつだ! 後で鍛えるから、とりあえずのもんでいい」
私の本気が伝わったのか、ドレスはお弟子さんをまとめて鋳型づくりをスタートさせる。
さすがは神の匠は伊達じゃない。
20分もかからずに作り上げてしまった。
「じゃあ、溶かしちゃうからね!」
私は用意された鋳型の上にクレイモアの剣をかざし、ゆっくりと熱を送っていく。
芯材の包丁には一切の影響がでないように細心の注意を払いながら。
確かに黒ミスリルはかなりの高温まで耐えられるらしく、思った以上に時間がかかる。
徐々に熱の出力をあげていくと、ぽたりぽたりと金属のしずくが型の中に落ちていく。
ふうむ、どれどれと金属の液体に指を突っ込む私。
想像したとおり、ぜんぜん熱くない。
ちょっとぬるっとしただけだ。
「ふむ……、これだ」
奥の方につっかかる感覚。
ビンゴだ、たぶん、きっと、中に入っている。
「ひぃいいいい、魔女様、大丈夫なんですかい!?」
私が剣を溶かす様子を見て、お弟子さんたちは悲鳴を上げる。
見た感じじゃ明らかにヤバい光景なんだろう。
そりゃそうだよね、溶けた金属の中に手をつっこんでいるのだから。
だけど、私は全然熱くないのだ。
熱くないどころか、ちょっとぬるいって感じるぐらいなわけで。
「よっし、包丁が出てきたわ! ドレス、これを使えるようにして!」
黒ミスリルがすべて溶け落ち、剣の掴部分に埋め込まれていた包丁の刃が顕わになる。
予想していた通り、傷は一切ついてない。
私はそれをドワーフの職人さんに渡す。
彼らは「おったまげたぁああ」などと言いながらも、急いで研ぎを入れ始めるのだった。
「それじゃ、剣をくっつけちゃおう!」
だけどこれだけで終わりじゃない。
続いて、もう半分の剣を同じようにして溶かす作業にはいる。
こっちは芯材がない分、出力を上げればOKなはず。
「ひぃいいい、黒ミスリルが水のようだぞ!?」
「魔女様の手はどんだけ熱いんだ!?」
案の定、秒速でどんどん溶けていくのだった。
鋳型の中にはクレイモアの大剣のシルエットが再び姿を現す。
あとはこれをドレスがどうにか加工してくれるだろう。
「魔女様! 出来上がりました!」
作業が終わるころには、クレイモアの包丁も仕上がる。
鈍い光を発していた包丁が恐ろしいほどの光を放つものへと変わった。
それも、その表面にはきれいな波紋が浮かび合っていた。
ドレスたちは本当になんでもできるんなだなぁと感心する私である。
「ありがとう、ドレスにドワーフのみなさんも! よっし、じゃあ、大きな剣の修復はお願いね!」
完成した包丁に皮のカバーをつけてもらうと、私は急いで温泉リゾートに駆け出す。
まだ料理対決は終わってはいないはず。
◇ ドワーフ視点
「信じらんねぇ……」
ユオが出ていったあとをドレスたちはぽかんとした様子で見ていた。
彼らはユオがあの黒ミスリルを溶かしたことを未だに信じられないようだ。
しかも、その中に指をいれて包丁を取り出す始末だった。
「魔女様は熱に強いと聞いていたが、尋常じゃねぇな」
溶けた金属の中に指をいれるなど、想像するだけでブルッと震えてしまう。
「お前ら、ぼけっとしてんじゃねぇぞ! この剣を完成さしちまうぞ!」
とはいえ、彼らの仕事はまだまだ残っている。
剣聖のクレイモアの大剣を一気に仕上げることだ。
刀鍛冶は彼らの本業ではなかったが、それでも久々の大仕事に熱中するドワーフたちだった。
【魔女様の発揮した能力】
・融解:高温を発することによって触れた金属を溶かしてしまう能力。蒸発させるほど熱くない。金属だけではなく、ガラスやその他の素材にも使用可能。人間に使用すると燃える、炭化する、蒸発する。
・熱探知:熱の伝導を緻密に感じることで、内部の構造を理解することのできる能力。鍛えることでより広範囲の熱源を察知できるようになる。夜間や盲目時の敵察知に便利な能力。
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「肉パン……」
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