70.魔女様、ハンナとクレイモアを勝負させる
「ぜっっっっっったい、このトマトは火を通すべきなのだ!」
「何言ってるんですか! うちのトマトは素材の味を活かして生一択です!」
「ええい、お前じゃ話にならん! 女将をよぶのだ!」
「悪質クレーマーに会わせられる女将なんていません!」
「二人とも落ち着いてくださぁああい! ちょっと、ひぐうぅうう」
温泉についてみると、私の想像よりは、「まだまし」だった。
確かにクレイモアとハンナが温泉の食堂で大声を出していた。
今にも取っ組み合いのけんかをしそうになっていたが、リリがそれを必死な顔で押さえている。
というか、二人の胸に挟まれており、息も絶え絶えといった様相だ。
話の内容を聞いていると、彼女たちはどうやら料理の調理法についてもめているらしい。
「二人ともやめなさい! 他のお客様のご迷惑になるでしょ!」
二人に割って入ってリリを助ける私なのである。
リリは胸で圧縮されたのが辛かったのか、「柔らかいものに殺される」などと言いながら私にしがみついてくる。
私の胸でほっと一安心みたいな顔をするのはちょっとムカつくことだけど。
「魔女様、申し訳ございません! 頭空っぽな金髪女が私たちの料理にケチを……」
ハンナは平謝りに謝ってくる。
それでも、クレイモアのことが気に食わないことは確かなようだ。
頭空っぽな金髪女って言うけど、ハンナと髪の毛の色はほとんど同じなんだけどなぁ。
いや、この子は自分を顧みない性格だったわ。
「何を言っているのだ! この金髪残念娘にちょっと意見を伝えただけなのだ!」
クレイモアも一歩も引くつもりはないらしい。
彼女は彼女でハンナのことを金髪残念娘と罵る。
これまでの行動からすると、あんたもだいぶ残念娘なんだよ?
お互いともに自分をかえりみないらしく、この二人、実は似た者同士なのではないかと思う。
「お、おい、剣聖と狂剣がケンカしてるぞ」
二人をなんとかいさめているとお客に来ていた冒険者からひそひそ声があがる。
剣聖のクレイモアはわかるとして、ハンナは狂剣というあだ名をつけられているようだ。
強そうなあだ名だとは思うけど、うら若き女の子につけるのはどうなんだろう。
それにしても疑問が残るのはハンナだ。
彼女はメテオから教育を受けて、お客様には失礼のないように行動できるはず。
たしか、『あんたなんか1秒で殺せると思えば、ムカつかないですむ』とメテオに教わっていたはず。
これまでも冒険者が酒場で調子に乗ることはあったが、ハンナは決して怒ったことはない。
どうしてクレイモアにここまでつっかかるのだろうか。
「私はおじいちゃんをあんな目に合わせた、この無駄デカ女を許してませんから!」
「あれは騎士同士の正々堂々とした一騎打ちなのだ! 私だってあと一歩で死ぬところだったんだから、お互い様なのだ! 無駄ちび女が偉そうに!」
ハンナはいまだにぷりぷり怒っているのだが、その真意がつかめてきた。
なるほど彼女はクレイモアが村長さんとの結果に納得がいっていなかったのだ。
確かにクレイモアは鎧を着こんでの重装備での一騎打ちだったものね。
「へぇええ、私とやるんですか!?」
「そのケンカ、買ってやるのだ! 秒速で叩き切るのだ。片手で十分なのだ」
「ふん、それなら私は指二本で十分です」
「あたしは指一本なのだ!」
「「ぐぬぬぬぬ」」
二人はおでこがくっつくぐらいにまで近づくと、すごい血相でにらみ合う。
目が吊り上がり、まるで犬とか猫みたいだ。
それも見境なしにかみつくタイプの。
「……いい加減、黙れっつーの」
私は溜息を吐くと二人の背中に両手を伸し、熱失神を問答無用で放つ。
とにかく他のお客様が怖がることは止めてほしい。
それにこの二人が暴れたら、温泉リゾートが木っ端微塵になる。
「「ふぐぅう」」
ハンナとクレイモアはその場で目をぐるんと白目にして床の上に倒れこむ。
私と戦ったときには一度目の熱失神に耐えたクレイモアだったけど、今回は不意を突かれたのかあっけなかった。
「あの二人を止めるなんて、さすがは魔女様……」
「しっ、喋るとお前もあぁなるぞ……」
冒険者たちの怯える声が聞こえてくるけど、とりあえず無視。
まずはクレイモアが暴れないようにしなきゃいけないようだ。
はぁああ、塩も用意しなきゃいけないってのに。
◇
「……うぅう、あれ!? 私は性格の悪い金髪女に絡まれる夢を見てたんですか!?」
「……うぅ、あたしもそんな夢を見たのだ。ぎゃあぎゃあうるさい金髪小娘だったのだ」
ハンナとクレイモアはほぼ同時に目を覚ます。
開口一番がお互いへの悪口。
もはや仲がいいといっていいのかもしれない。
二人はお互いが近くいることに気づくと、再び「ぐるるる」とうなり始める。
ええいやめんか、あんたらは犬か。
「魔女様! この女と勝負させてください!」
「望むところなのだ! 恐怖の黒髪魔女はともかく、この小娘には負けないのだ!」
二人は勝負、勝負とまるで荒くれ者みたいなことを要求してくる。
ここは温泉リゾートで決してそういう場所じゃないんだけどなぁ。
あと、クレイモア、あんた今、人のこと恐怖の黒髪魔女って呼んだよね?
「ひぃいいい、ちょっと言い間違ったのだ。ま、魔女様って呼ぶのだ! 気絶させられるのは嫌なのだ」
あんまりすごんだつもりはなかったのだけど、クレイモアは顔を青くして訂正する。
それを見たハンナは「やーい、怒られてやんの、きひひひ」などとちょっかいを出し、それにクレイモアが目を三角にして再びかみつく。
「やめろ、子供か、あんたらは!」
私はとりあえず二人を椅子に座らせる。
お行儀の悪い子たちなので、縛った方がいいかもしれないけど、こいつらの怪力じゃロープも役に立たないだろう。
うーむ、勝負ねぇ。
口元に手を置いて考える私である。
確かに、二人を納得させるにはなんらかの勝負をさせた方がスッキリするだろう。
とはいえ、ハンナはうちの大切なスタッフだし、クレイモアはリリの客人だ。
いくらなんでも二人が怪我をするようなことは認められない。
この血の気の多さたっぷりの二人が納得する平和的な方法があるだろうか。
「ユオ様、ここは一つ、これで勝負させてみればええやん!」
どんな勝負方法にするべきか考えていると、メテオが耳打ちしてくる。
あった、あったよ、平和的な解決方法が!
「ハンナ、クレイモア! あんたたちの勝負を許可してあげるわ!」
彼女たちに許可を下すと、二人は飛んで喜ぶ。
リアクションもほぼ同じであり、とても良く似ている。
それから「ぎったぎたにしてやるのだ」だの、「返り討ちにしてやりますよ!」だの、血の気の多い返事。
「ふくく、泣くまでやってやるのだ!」
「ふふひ、いい声で泣いてもらいますよ」
などと不穏な空気を出し始める二人。
とはいえ、もちろん、一騎打ちなんて許せるはずがない。
「勝負の種目はお料理よ! 温泉リゾートにふさわしいお料理を調理しなさい! 制限時間は夕方の鐘が鳴るまで」
メテオに耳うちされたのは料理対決だった。
二人は料理についてケンカしてたんだし、これなら納得するだろう。
「りょ、お料理ですか!?」
「そうよ。そもそも、料理が発端になったんだし」
「魔女様がお決めになったのなら仕方のないことです。よっし、私、負けませんから!」
「料理勝負……、それはちょっと……」
やる気を見せるハンナに対して、クレイモアはちょっとたじたじした雰囲気になる。
顔色は悪いし、料理は苦手だったんだろうか。
「あっれぇ〜、天下の剣聖様はお料理もできないんですかぁ〜? 振り回せるのは剣だけですかぁ〜? でもでも、肝心の剣は壊れちゃったものねぇ?」
「く、くっそっ! やってやるのだ!」
料理勝負と聞いて、たじろぐクレイモアだったけど、ハンナが煽りに煽るので、どうにかやる気を振り絞ってキッチンへと向かっていった。
ハンナってここまで性格悪かったっけ。
それとも、クレイモアとの相性が悪いのか。
「よっしゃ、イベント発生や! うち、村中からお客さんを集めてくるさかい! クエイクはリゾートの中の人に声をかけてや! 観客は一人千ゼニー、試食のできる審査員は一人、五千ゼニーやで」
「くひひ、ビジネスチャンスやな! 儲けさせてもらいまっせぇえええ!」
メテオとクエイクの商人姉妹は嬉々とした表情で、お金儲けに走っていく。
なるほど、このお料理勝負をイベントに活用して商売しようという魂胆か。
彼女の商売上手っぷりに尊敬すら感じる私なのであった。
「面白かった!」
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「女将を呼べ……!」
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