66.魔女様、リリを救うためにサジタリアスと交渉することにする
「そもそもの原因は塩の流入が極端に減ったことにある」
「塩?」
レーヴェさんの口から塩という言葉が出てきたので意外に思ってしまう。
どうして、塩の交易とリリの結婚が関係するのだろうか。
「そう、塩だ。私たちサジタリアスは内陸で海を持っていない。そのため、どうしても塩を別の国や地域から買わなければならない。そして、我々が塩を取引しているのがローグ伯爵の息のかかった商会なのだ。……だが、塩の取引を断られている状態なのだ」
レーヴェさんが言うにはローグ伯爵は諸侯との塩の取引を独占していて、もし、彼らとの関係がさらに悪化した場合にはサジタリアスはかなり厳しい状況になるだろうとのこと。
うちの村もそうだったけど、塩は生活の基礎である食事を支えるものだからだ。
「今回のローグ伯爵との婚姻は塩の取引をもっと強固にするために、先方から提案されたものなのだ」
「つまりは塩の取引と引き換えにリリを嫁に欲しいというわけ?」
「……そうなる」
レーヴェさんは事の背景を丁寧に教えてくれる。
早い話が塩の代わりにリリを嫁に出すということで、私は辺境伯の決断に多少なりとも憤慨してしまう。
それに一番気に食わないのはローグ伯爵だ。
塩という弱みを握って、かわいいお嫁さんをもらおうとか職権乱用甚だしい。
まぁ、貴族なんてそんなものかもしれないけど。
「ザスーラの中では取引されていないの?」
「今は、されていない。そもそも、ザスーラ連合国の内側のほうが敵が多い状況なのだ」
レーヴェさんが言うにはサジタリアスの所属するザスーラ連合国は諸侯同士がけん制し合っていて、塩が戦略物資と化しているとのこと。
国の中でいがみ合うなんてちょっと不毛な気もするけど……。
「リリアナ、すまない。父上も私も本当は今回の婚姻に賛成しているわけではないのだ。しかし、サジタリアスのために涙をこらえての決断だ。許してほしい」
レーヴェさんはリリに深々と頭を下げる。
領民の安堵を願えばこその苦肉の策であり、領主としての非情な決断なのだろう。
同情の余地もある。
それだけ領民の生活を守るってことは大切なことなんだよね。
しかし、私には腑に落ちないことがあるのだ。
だって、うちの村では塩はざっくざっく取れているのだから。
「塩……ね。レーヴェさん、もし、安価で高品質な塩の取引が大量にできるとしたら、その婚姻は考え直される可能性はあるの?」
「そ、それは……。私の口からはなんとも言えないが可能性はあるだろう」
「ふむ。いいじゃん、それ」
「しかし、サジタリアスは十万人を抱える辺境最大の都市だ。近隣の村々の人口を考えれば、もっと多い。その人口を賄える塩などあるはずが……」
レーヴェさんは思いつめた顔をして押し黙ってしまう。
そんなに大量の塩など見つかるはずがないと思っているのだろう。
「お兄様、申し訳ございません! 私が悪いのです!」
「いや、謝るのは我々のほうだ。私たちの家のためにお前の人生を台無しに……」
リリとレーヴェさんの兄妹がしんみりしている間に、私はララやメテオと小声で話し合う。
メテオの計算ではうちの崖から算出される塩だけでも、結構な供給量になるとのこと。
こんな場面でもメテオたちは「儲けさせてもらおう」などと商売っ気を発揮する。
「よっし、決まりよ。レーヴェさん、塩は私たちの村がサジタリアスに提供するわ」
そして、一つの結論に行きついたのだ。
塩ごときで、リリが結婚する必要なんかないってことを。
「な、何を言っているんだ!? 塩なんかこんな内陸地にあるはずがないだろう!?」
レーヴェさんは私の言葉に声を荒げる。
塩は海から採れるもの。
確かにそう思うよね、私もそうだったもん。
でもね、私たちには温泉という強い味方がいるのだ。
「レーヴェ様、こちらは私たちの村でとれた塩です。味を見てもらっても構いませんよ」
そう言ってララが懐から差し出したのは紙に包まれた味付け用の塩だった。
万能メイドである彼女はいつだって料理用の一式を携帯している。
それもお料理用に精製したほんのり甘さすら感じる高級な温泉の塩を。
ララの機転に「ナイスフォローだよっ」とジェスチャーを送る。
「こ、これが……君たちの村で採れただって?」
真っ白な結晶を目の前にして、目を丸くして驚くレーヴェさん。
彼は恐る恐る塩をなめて、それが塩であることを確認する。
「どうかしら、レーヴェさん、いい取引だと思うけれど」
「どうして、我々のためにそこまでしてくれるんだ!? 私たちは君の村を攻め落としにきたっていうのに!?」
塩を提供するというと、レーヴェさんは目を白黒させて驚く。
「リリの家族だからね。できることなら、仲良しでいてもらいたいし」
そんなことを言うと、レーヴェさんは涙を流さんばかりになってしまう。
リリは感激したらしく泣きながら私に抱き付いてくる。
とはいえ、私からすれば村だけでは消費できない塩を取引するだけでいいのだから、渡りに船でしかないけど。
「じゃあ、1週間ぐらい経ったら、あなたのお父さまのところに塩を持っていくわ。その時はリリもつれていくから安心して」
「……わかった。君の言葉を信じよう」
レーヴェさんは物分かりがいいようで、今回のことを不問にしてくれることのことだ。
事情はサジタリアス辺境伯に説明してくれるらしい。
ララは急いで村まで戻り、これまでに作っていた塩の一部をレーヴェさんに手渡す。
前もって塩を見せておかないと、レーヴェさんは激怒されるだろうから。
「お兄様、お願いがあります! クレイモアをしばらくこの村においていってください。きっと、彼女にとっていい影響があると思います」
リリはお兄さんに抱き付いて、失神しているクレイモアを村においてもらえないかとお願いする。
いつも控えめな彼女にしては珍しいことだ。
「ふうむ、わしからも頼む。こやつには聞きたいことがあるからな」
後ろの方からクレイモアと戦った村長さんが現れる。
額の包帯が生々しいけど、命に別状はなさそうだ。
「父上にはクレイモアはお前の護衛として残ると伝えておこう」
レーヴェさんは二人の熱い視線を確認すると、ふふっと笑って、許可してくれる。
なんていい人なんだろう、私のろくでなしの兄とは大違いだわ。
そこからは話が早かった。
レーヴェさんは手際よく騎士団をまとめあげ、サジタリアスまで帰っていくのだった。
騎士団の面々には「和解した」と伝えたようだけど、それだけで納得させられる辺り、彼もまたなかなかの求心力を持っているのだろう。
私は彼の背中を見送りながら、次に行うべきことについて思索を巡らせるのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「塩が戦略物資……」
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