64.別視点:剣聖のクレイモア、灼熱の魔女の前に崩れ落ちる
「なぁっ!?」
あたしの名前はクレイモア・ウィンターレイク。
サジタリアスの料理屋の娘で、出自は平民だ。
成人の儀で剣聖のスキルをいただいたことで、サジタリアス辺境騎士団の一員として平和を守るために頑張っている。
今回の仕事はあのリリアナ様を誘拐した犯人を捕まえるというものだ。
リリアナ様はあたしが子供のころから知っている人で、すごくいい人。
とんでもなく優しく、平民出身のものでも気遣ってくれる。
貴族なのに嫌味なところがなくて大好きなのだ。
そんな人があの禁断の大地の蛮族に誘拐されたという。
あたしは訓練で遠征したことがあるけれど、あの大地のモンスターはめっちゃくちゃ強い。
サジタリアス近郊のモンスターとは比較にならないし、そもそも人間が生きているってことだけでも驚きだった。
「あんなところに生きている人間がいるのか?!」
あたしは自分がワクワクしているのを感じる。
だって、そんな土地に生きている蛮族なんて、めっちゃくちゃ強いに決まっているからだ。
団長が村の前に陣を敷くと、向こうから一騎打ちの申し出があった。
しかも、出てきた相手はまさかの黄昏の剣聖。
「竜殺し」の異名は学のないあたしだって知っている。
じいさんから立ち上るオーラは本物で、斬り合う前からその実力がわかった。
もうかなりの年だというのにあたしの放つ一つ一つの技を軽やかに受け流していく。
じいさんはあたしの渾身の一撃をかわし、そこからカウンターまでも放つ。
この年でこの動き!
速い、速い!!
これまでに戦ったどんな相手よりも強い。
しかし、防具がその勝敗を分けた。
あたしはサンライズの放った一撃を兜で敢えて受け流したのだ。
武器や防具の良しあしも戦場の重要な要素であって、卑怯だと思うつもりはない。
母さんはいつも、『持っているものは全部使え』って言っていたし。
「……白昼の剣聖よ、一思いに斬るがいい。ここがわしの散り際じゃ」
サンライズはもう打つ手もなくなり、スタミナ切れでがくっと膝を落とす。
そして、自分の負けを認める言葉を吐いた。
本当ならば、ここで幕引きでもいいかもしれない。
しかし、サンライズ本人が引導を渡せというのだ。
「サンライズ、あんたのことは忘れないのだ!」
そこにあたしは必殺の一撃を放つ。
止めをさせというのなら、手加減する必要もない。
サンライズは一刀両断されるだろう。
しかし、結果は違った。
あたしの剣が、大事な剣が折れたのだ。
最初はサンライズとの戦いで摩耗したのかと思ったけど、剣の断面は直線的だった。
まるで何かに斬られたような断面になっていた。
そこに現れたのは二人の少女だった。
一人はあたしと同じような髪の色をした女の子で、サンライズのことを「おじいちゃん」と呼んでいる。
確かに剣聖の孫らしく、その身のこなしは機敏で目つきも鋭い。
あたしに対する激しい敵意も漏れ出ているし、剣の腕もたつのかもしれない。
もう一人は黒髪で色白の少女。
彼女はどこからどう見ても『戦士』には見えなかった。
一騎打ちの場はいわば戦場であって、ここに来るのは相当の覚悟が必要なはず。
それなのに彼女からは一切の恐れや緊張が伝わらない。
いや、それどころかあたしに対する殺意や敵意さえ感じられない。
こんな相手は生まれて初めてだった。
しかも、黒髪の少女はあたしの前に立ちふさがって、あたしと一騎打ちをするという。
あたしは黄昏の剣聖ですら破ったのだ。
今さら、それ以上の戦士がいるはずもないのに。
「そのお方は灼熱の魔女様です!」
遠くから少女の仲間たちの声が響く。
品の悪い猫人の声もよく聞こえてくる。
灼熱の魔女の名前は知っている。
おとぎ話に出てくる、大陸をほろぼしかけた化け物のことだ。
おそらくきっと、あたしを油断させるために大声を出しているのだろう。
「灼熱の魔女……? ええい、リリアナ様を誘拐した罪、覚悟してもらうのだ!」
こういう時は相手のかく乱には乗ってはいけないとレーヴェ様から言われている。
自分のペースで戦えば、あたしが絶対に負けることはないのだから。
もちろん、相手のペースにのったところで負けるとも思えないが。
「覚悟!」
あたしは予備の片手剣を抜き、彼女に切りかかる。
サンライズの時とは違い、今度は完全に命をもらい受ける一撃。
相手は何もできずに、痛みすら感じないままにこの世界からいなくなる一撃。
————そのはずなのに。
「なぁっ!?」
信じられないことが起こる。
あたしの片手剣が溶けたのだ。
魔法を唱えた形跡もないのに、いきなり液体になった。
そして、びりびりと伝わってくる熱。
暑い?
いや、熱いのだ。
どこからか尋常ではない熱を感じる。
何が起きている?
あたしの剣は彼女に当たったはずなのに、その首が地面に落ちていたはずなのに。
剣とか、魔法とか、そんなくくりじゃない。
さっきのサンライズは確かに好敵手と呼べる人物だ。
だけど、この子は明らかに違う。
過去に戦ったドラゴンとも、悪い竜騎士とも、何もかもが。
そもそも、本当に人間なのだろうか。
あたしは別の何かの相手をしているのではないか。
ぞくり、と背筋に冷たい汗が流れる。
「剣がなくても、あたしは負けないのだ!」
しかし、あたしは剣聖として負けるわけにはいかない。
渾身の力を込めて少女に必殺の拳を叩き込む。
剣聖とは剣の扱いだけじゃなく、武芸百般にだって優れている。
あたしの拳は岩をも砕き、地面に穴をあける。
こんな何の変哲もない少女に避けられるはずがない!
「ごめんね」
そう彼女がつぶやいた瞬間、どんっと、体の中に凄まじい衝撃が走る。
体中の血液が一瞬で沸騰するような感覚。
目の前がちかちかして、視界の四隅が真っ白になる。
意識を保とうとしなければ、即座に気絶してしまうような謎の一撃。
……だけど。
「ふぐううぅぅうう、剣聖はこんなところで負けられないのだ」
しかし、あたしは負けない。負けられない。
体中から水蒸気が立ち上る。
だけど、歯を食いしばって堪える。
リリアナ様のために、あたしの精神はなおもまだ戦いを挑もうとしていた。
だが、あたしの鎧は違った。
鎧の留め具が崩れ落ちてしまったのだ。
気づいたときにはあたしは裸同然になってしまっていた。
「あ、あれ、にぎゃあああああ!? な、なんなのだこれは!????」
驚きと、羞恥でその場でしゃがみ込んでしまう。
そして、ふっと意識が飛んでいくのがわかる。
地面が目の前に現れ、私は今、まさに昏倒しようとしていた。
「剣聖を救え!」
レーヴェ様の号令の下、男たちの大きな声が聞こえる。
遠くから騎馬兵が駆けこんできているのだ
仲間たちは必死であたしを救わなければと思ったのだろう。
「ダメだ、来てはいけない!」
こいつは危険すぎる。
おそらくは少女から次の攻撃が発せられたのだろう。
直後、一秒とたたないうちに、自分の意識が完全に遠ざかっていくのがわかる。
消えゆく意識の中で、あたしの視界は悪夢のようにぐるぐると回り続けた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「こんなん無理ゲーすぎる……」
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