63.魔女様、サジタリアスの千の軍勢を一瞬で壊滅させる
「よっし、剣もなくなったことだし、私の話を聞いてほしいんだけど」
相手の剣を奪ったので、ここからは対話による交渉だ。
いくら剣聖でも、これ以上の戦いは無駄だと思うんじゃないだろうか。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
「剣がなくても、あたしは負けないのだ!」
二度も剣を破壊されたクレイモアは私に拳をもって挑みかかってくるではないか。
ぶるんっと大振りなパンチながら、当たれば絶対に痛そうだ。
いや、失神どころか、命さえ奪われちゃうような気さえする。
「ちょっとぉおおお、話を聞いてよ! 話せばわかる、だよ!」
「何を言ってるのだ! リリアナ様を誘拐した罪は絶対に消えないのだ!」
クレイモアは私の提案を無下にし、あくまでも戦いで決着をつけるつもりらしい。
しかし、私は熱鎧を敢えて解除する。
はっきり言って、今の私に触れると火傷をする。
いや、剣が一瞬で蒸発する温度なのだ。
火傷どころじゃすまないだろう。
腕ごと炭になるか、蒸発するかのどっちかだ。
私は別に彼女を傷つけたいわけじゃないからね。
「ごめんね!」
とはいえ、彼女の動きは怒りと焦りで読みやすいものになっていた。
いくら剣聖とはいえ、剣を二度も失い、頭に血が上っていれば御しやすいのかもしれない。
私は彼女に向かって手をかざし、私の熱が彼女の体温を一気にあげることをイメージする。
名付けて、熱失神。
以前、王都にいたときに生き物は急激な体温上昇によって失神してしまう性質があるというのを聞いたことがあった。
その性質を応用した技だ。
まぁ、そもそもは村の気温をあげすぎて怒られたことによって開発した技なんだけどね。
ちょっと乱暴に見えるけど、あくまで彼女の体を無事に済ませるための技だと言える。
森にいる大きなトカゲも一発で卒倒する技だ。
普通ならこの一発でかたがつくはず……。
「ふぐううぅぅうう」
だがしかし、彼女は倒れなかった。
恐るべしは剣聖の精神力というべきか。
それとも、そもそもの耐久力が違うのだろうか。
「わ、わたしはこんなところで負けられないのだ! リリアナ様を取り戻すまでは!」
彼女はぎりぎりと奥歯をかみしめて、私の前に仁王立ちする。
血走った目から水蒸気が立ち上り、ちょっと怖い。
せっかくの美人が台無しだとすら感じる。
彼女はそう言ってなおもこちらに向かってくる。
必死の形相で、リリに対する強い思いを感じる。
決して、彼女は悪い人間じゃないってこともわかる。
だから、絶対に殺したくなんかない。
「あ、ごめんね、鎧が壊れちゃった」
さきほどの熱鎧の影響がまだ残っていたらしい。
クレイモアの白い鎧の留め具が壊れてしまい、彼女の鎧は一気に外れてしまったのだ。
彼女の体には傷一つついていないのは、ま、まぁ、不幸中の幸いってやつ……だよね!?
「にぎゃあああああ!? な、なんだこれは!???? ひぃえええ」
とはいえ。
鎧を外された彼女は下着だけの姿になってしまい、大きな声で叫ぶ。
どうやら下着の上に直接鎧を着こむ主義だったらしい。
……ちくちくして痛くないのかな?
「ちょっとぉおお、嘘なのだぁああ!??」
へたへたと地面に座り込むクレイモアにはもはや戦士の面影はなくなっていた。
彼女は熱失神の威力がいまさらやってきたのか、ぐらりと体勢を崩す。
そして、そのまま地面に突っ伏してしまった。
熱失神はあくまでも失神させるためだけの技なので、別に命に別条はないと信じたい。
よっし、勝った!
たぶん、私の勝ちだ!
「サジタリアスのみなさぁん、今回の件は誤解がもとになってますよぉお! 話し合いで解決しましょう!」
そこで私はサジタリアスの人々に大きな声で叫ぶ。
一騎打ちで相手を負かせたんだし、少しは相手も落ち着くだろう。
リリが仲介に入れば、きっと私達に対する誤解は解けるはず。
「う、嘘だろ、クレイモアがやられたぞ!?」
「おのれ、あの女、下着姿にするなど、すばら……汚い真似を!」
「クレイモアはサジタリアスの宝! 全軍、あの女から奪還せよ!」
一件落着かと思いきや、向こうの軍隊の皆さんはそうは思っていないらしい。
どどどどと地響きを立てて、こちらへと向かってくる。
どうやらクレイモアを殺されたと思ったんだろうか。
「あー、この人、死んでませんよー! ちょっと失神してるだけー!」
などと叫んでみるも、
「黙れぇえええ!」
「クレイモアのかたきぃぃいいい!」
などと、激高していて、話し合いにはならない様子だ。
やっと話し合いに持ち込めると思ってたのに、一息つくひまもない。
そもそも、か弱い女の子相手に数で押して来るなんて卑怯だって思わないの?
こっちは話し合いで解決しようっていうのに。
そりゃあ、一騎打ちに横槍を入れちゃったのは悪かったけどさぁ。
「ララ!」
とはいえ、私は勝てない戦いはしない主義だ。
こうなった時の対策もすでに用意している。
片手を大きく上げて、ララに合図を送る。
「うぉおおおおお! 剣聖を救えぇえええ!」
向こうからは怒号をあげながら、大量の兵隊が剣を抜いて迫ってきている。
普通に考えたら恐ろしくて身動きできないだろう。
「だけど。そうもいかないのよね」
彼らを見すえると、私はふぅっと息を吐く。
「話し合いのできない人たちは黙って寝てなさい!」
目の前に来襲する軍隊に向けて熱失神の波を放ったのだ。
簡単に言えば、超高温の熱の波動。
触れたものの体温を一気に上げて、その場で卒倒させるだけの安全な攻撃スキル。
クレイモアに放ったやつの広範囲バージョン。
「ひぐぅ……!?」
どどどどっと雪崩のような音が響き、兵士たちは一気に倒れていく。
数秒後には大量の軍隊が一人残らず地面に倒れる。
けいれんしている人を除けば、もはやぴくりとも動かなくなっていた。
熱失神の波なんて初めてだったけど、この前は村全体を温めたわけだし、一瞬だけならこういうこともできるよね。
「ご主人様! 流石です!」
「おぉおおおおお! やりおったで!」
「ユオ様、やっぱり人外!」
後ろを振り返ると、みんなが氷のドームの中で飛び跳ねて喜んでいる。
ララには熱波を防ぐために、できるだけ大きな氷の壁を作ってほしいと言っておいたのだ。
ふぅ、今回もなんとかなった……のかな?
【魔女様の発揮した能力】
・熱失神:対象を無力化するために開発したもの。強烈な熱を対象に向かって放ち、一気に失神まで追い込む。あまりに高熱だと即死するので加減が難しい。痕跡も残さないので、暗殺にも向いている。
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「ユオ様、やっぱり人外……」
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