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346.イリス、母親の死の秘密と暗黒水晶の真実を知る。そして




「ふはははは、無駄だ。お前たちは災厄を、真の災厄を解き放ったのだ! 暗黒蝶を!」


 アスモデウスは笑う。

 その背後には禍々しいまでの暗黒の巨人。

 少女の姿をしたそれは、これまでに感じたことのないプレッシャーを私に与える。


 間違いない。

 目の前にいるのは、災厄の化け物、暗黒蝶だった。

 災厄の六柱の一つにして、最悪の化け物。


 黒々とした巨人を見上げ、私はどう術式を組み立てるか考える。

 幸いにして、サンライズをはじめとする剣聖たちが敵の攻撃を防いでくれる。

 一気に畳みかければ、沈められるはずだ。


「私とユーリルと、ディアナの三人で封印した、異界の神の傑作! もはや世界を暗黒に染めるまで止まらぬぅうう! 暗黒蝶よ、私を吸い込むがいい! 世界の破滅の時をともに刻もうではないか!」


 そんなときのこと。

 アスモデウスは信じられない言葉を発した。

 それはディアナ、私の母親の名前だった。


 どうして、やつが私の母親を知っている?

 ユーリルというのは確か第二魔王の名前だったはず。


 やつは言った。 

 三人で封印した、と。

 どういうことだ?


 疑問が頭を駆け巡り、暗黒蝶を撃破するための攻撃魔法の構築が追い付かない。


 そんな折、アスモデウスはふらふらと暗黒蝶の体の中に取り込まれていく。

 しまった、とどめを刺すのを忘れていた。


「聖王様! あんた、バカだよ!!」


 ユオはアスモデウスを追いかけるように暗黒蝶の中に吸い込まれていった。

 あの女は本当に見る前に飛べだ。

 一切の迷いがない。

 

「ユオ様!? 相変わらず、なにやってんねん!?」


「むてっぽうはいつものことなのだっ! とりあえず、戻ってくるまで耐えるのだぞっ!」


 ユオの仲間の猫人が騒ぐも、それはどこか慣れた口調だ。

 事実、剣聖たち三人にそれほどの動揺は広がってはいない。

 みな、ユオが負けるとは思っていないという様子。


 しかし。


 彼らは知らないのだ。

 あれは暗黒蝶。

 大陸全土を覆いつくすはずの化け物であることを。


 私はごくりとつばを飲み込む。

 暗黒蝶の中に入るべきか、入らないべきか。

 無事に戻って帰ってこられるかは分からない。


 だが、おそらくあの中に私の母上様の死の秘密が隠されている。

 そんな気がしてならないのだ。

 なぜ、気高い母上様がアスモデウスなどと手を組んだのか。

 私には知る義務があった。


 それに、私はユオを助けなければならない。

 友として、私の恩人として。


 幸いにもアスモデウスとユオを飲み込んだ、暗黒蝶は動きを停止している。

 今がチャンスだ。


「サンライズ、すまん。わらわも行ってくるぞ! ユオを助ける!」


「イリス、何をしておる!? 危険じゃぞっ!?」


 サンライズの悲鳴にも似た声。

 私のことを心配しているのだろう、柄にもなく。

 

 ここ数か月、お前と旅ができたのは本当に楽しかったよ。

 本当に久しぶりで、本当に輝いていた。


 目の前には美しさを感じるほど黒々とした化け物。

 私はそれに手を伸ばす。


「あっ、見てください! 光を当てると、こいつ凹みますよっ!」


 いざ飛び込もうというタイミングで、サンライズの孫娘が声をあげる。

 彼女が何かのスキルで光を発すると、暗黒蝶の黒い体に穴が開くのだ。

 それはまるでトンネルのように奥に続いていた。


「にゃはは、あたしもできるのだっ!」


 続いて、サジタリウスの剣聖も同じ技を発する。

 穴はさらに大きくなり、人が出入りすることができるほどのサイズになる。

 今の時代の剣聖は摩訶不思議な力を発揮するらしい。


 これなら、入れる。

 私はサンライズたちに礼を言い、その穴に足を踏み入れることにした。


「シュガーショック! あたしらも行くぜっ!」


 そんなときのこと。

 私の後ろから、巨大な狼が現れる。

 にゅまっとした粘膜が身を包む感覚。

 続いて、目の前が真っ暗になる。


「ひ、ひぇえええええ!?」


 突然の出来事に、私は珍しく悲鳴を上げるのだった。





「……アスモデウス、これが本当にソレなのですか?」


 次に目を開けた時、私の目の前には母上様の姿があった。

 おそらくは過去の映像なのだろう。

 凛々しく、気高い、私の母上様。


 しかし、その表情は私の知っているものではなかった。

 美しい顔が少しだけやつれているようにさえ思える。


「呼び出しに応じてくれて嬉しいぞ、ディアナ。これが私とユーリルが封印した、暗黒蝶。貴様も知っているだろう、これには異界の神が与えた魔力が蓄えられているのだ」


 そう言ってアスモデウスが示したのは、空中に浮かぶ黒い塊。

 凝視した私は思わず顔をしかめてしまう。

 それは黒いオーラに包まれた人間だったのだ。

 目を閉じてはいるが、その肌艶はよく、おそらくは生きている。


「これをあなたの封印魔法で魔法結晶にしてくれませんか? もちろん、術式構築は私たちもお手伝いしますよ」


 アスモデウスの近くに立っていた、魔族の男が口を開く。

 美しい男だった。

 私はコイツが誰だか、すぐに直感する。

 ユーリル、現在の第二魔王になった男。

 魔王軍にとっては、遥か昔の英雄。


「ふん、お断りしますよ、そもそも、私が魔王大戦の元凶と手を組むことなど……」


 母上様はユーリルをにらみつける。

 その瞳には明らかな敵意が秘められていた。

 魔族の起こした侵略戦争である魔王大戦で人間側は多大な被害を被った。

 その反応は自然なもののように思える。

 

「……ふふふっ、そんなことを言ってどうする? 貴様がここに来たのには目的があるのだろう?」


 アスモデウスは口元を吊り上げて笑う。

 まるで母上様の本心を見透かしているかのように。


 そう、私もそれは分かっていた。

 母上様がもしも本当にアスモデウスに協力するつもりがないのなら、こんなところに来るはずもないのだ。


「君の娘はイリスとか言ったな? ひどい病に苦しんでいるんだろう? エルフ族特有の死の病に。症状がひどく、もはや誰も治せない状況らしいじゃないか」


 ユーリルは口元に笑みを浮かべながら、静かに口を開く。

 その口調にはまるで慈悲とでもいうべき感情が秘められているかのようだった。

 

 そして、私は思い出す。

 幼少期、確かに体の弱い時期があったことを。

 様々なヒーリング魔法を受け、様々な回復薬を試した。

 それこそ聖域草を含めて、ありとあらゆる療法を。

 どんな病気だったかは忘れたが、一度、発作が出たら一晩中苦しんでいたのを覚えている。


 それが、どうして?


「君がこの暗黒蝶を結晶にしてくれれば、その魔力を抽出する装置を僕は作れる。見立てでは、とんでもないものができるはずだ」


「もちろん、不死の病から生還するような薬さえも、ね」


 ユーリルとアスモデウスが口を開く。

 それはまるで母上様を誘導するかのような口ぶりで、外道なことをさせようとしていた。


 生贄の魔力を他のものに転換するという野蛮な術式。

 原理はおそらく禁忌魔法の魔力抽出だろう。


 そんなことに母上様が協力するはずがない!


 そう信じたい私だが、結果はもう分かっていた。


 なぜなら、私がこうして助かって生きているからだ。

 つまりそれは母上様がアスモデウスたちに協力したことに他ならないわけで。


「……わかったわ、話を飲みましょう」


 そして、母上様は術式を構築し、詠唱を始める。

 鬼気迫る表情。

 それは娘を助けるために他のものを犠牲するという、鬼のような決意。

 彼女の体から禍々しい紫色の魔力が出現し、それは暗黒蝶の周りで結晶を形成する。


「アスモデウス、こちらもいくぞ……」


「わかってるわよ」


 つづいて、ユーリル、アスモデウスも魔力を放出。

 暗黒蝶は黒々とした結晶の中に埋め込まれていく。

 耳をつんざく少女の悲鳴。

 目を見開いた彼女の眼窩は真っ黒に染まり、そこから黒い涙を流していた。

 恐怖で身がすくみ、目を閉じてしまう。

 


「……これが約束のものよ」


 封印作業が終わると、アスモデウスは何かを母上様に渡す。

 おそらくは私を助けるための薬剤だったのだろう。


「ディアナ、術式の完成には十年かかるわ。毎年、ここで会いましょう」


「わかりました、気は進みませんが」


「では、また」


 三人は短く挨拶をかわす。

 母上様の顔には疲労が色濃く出ていた。

 それは禁忌魔法の発動による疲れなのか、それとも暗黒蝶を犠牲する罪悪感からなのか。

 

 視界は再び暗転する。

 私は必死に胸騒ぎを抑える。

 嫌な予感がする。

 胸の奥がチリチリと痛み始めるのだった。



「……アスモデウス、ユーリル、裏切りましたね?」


「裏切ったなんて、口が悪いわね。あなたの娘は助けてあげたでしょう?」


 次に視界が開けた時には、母上様はアスモデウスたちと口論をしていた。

 いや、口論どころの騒ぎではない。

 彼女の手にはあの杖が握られており、いつでも攻撃魔法を放てる状態だった。


「暗黒水晶を保たなければ、娘は生きていけないとはどういうことですか!?」 


「そのまんまの意味ですよ、ディアナさん。暗黒蝶の魔力を通じて、願いがかなえられるのですから、その根源が断たれたら終わるだけじゃないですか」


 ユーリルはまるで母上様を小馬鹿にするかのような口ぶりだった。

 

「なぁに、心配はいらないだろう。この水晶は私が大切に保管してやる。貴様の娘も何百年も生きられるではないか」


 アスモデウスの口には笑みが浮かべられていた。

 だが、それは邪悪そのものといった笑み。

 そう、やつは母上様に言ったのだ、お前の娘の命を人質に取っていると。


「させません……、そんなことは! あなたたち、二人を封印させてもらいますよ! その水晶はわが国で管理します!」


 言うや否や、母上様はアスモデウスたちと交戦する。

 凄まじい魔法の応酬。

 私の知らない全盛期の母上様の魔法は苛烈そのもの。


 しかし、それでも彼女は劣勢に立たされていた。

 なぜなら、アスモデウスたちは暗黒水晶をすでに利用していたからだ。 


 真っ黒い腕が母上様に伸び、その魔法のほとんどを防いでしまう。

 母上様は一瞬のスキを突かれ、ユーリルの剣に叩き落せれる。

 

「ふふふ、魔王大戦の英雄も無様なものね」


「大戦時はもっと怖かったけど、異界の神を味方につけた僕らの敵じゃないみたいだね」


 勝ち誇った笑みを浮かべる二人。

 アスモデウスは邪悪に笑うが、ユーリルの顔はいつまでたっても涼し気だった。


「それなら、あなたたちごとっ!」


 母上様の発したのは自爆魔法だった。

 エルフに伝わる、古い魔法。

 尊厳を踏みにじられそうなときに発動しなさいと教えられた、爆発魔法。


 体の内側にある魔力の根源を使った大爆発で、辺り一面を荒野に変える。

 その代償は死。

 または、魔力をほとんど失ってしまうこと。


 目の前に閃光が飛び込み、轟音が響く。

 

「か、帰らなければ。イリスに会いに……」


 母上様はフラフラになりながらも生きていた。

 しかし、明らかに瀕死の状態だった。

 爆発の衝撃で杖を失い、顔の半分は焼きただれていた。


 私は気づくのだ。

 この後、母上様が死んでしまうことを。

 何が彼女の死の原因だったのかを。


「そんな……」


 気づいた時には涙がとめどなく溢れていた。

 怒りなのか、悲しみなのか、分からなかった。


 母上様の死をアスモデウスやユーリルへの恨みに転嫁できるのは分かっている。

 だけど、私は知っていた。

 母上様は私を助けるために、暗黒水晶を作り出し、そして、死んだのだ。


 私だ、私だったのだ。

 母上様を殺したのは。




 そして、視界は再び暗転する。


 信じられないものを見た思いで口の中が渇く。


 つまり、私は暗黒水晶によって、暗黒蝶によって活かされているのだ。

 

 その事実を知った時、私の中の自信が崩れ去っていくのを感じる。


 そう、私たちはもうすでに暗黒水晶を砕いてしまっていた。

 

 死ぬことが怖い、と思った。

 生まれて初めて。

 

 胸の奥が少しずつ痛み始める。

 もしかすると、私はサンライズに二度と会えないのかもしれない。




「あそこにユオ様がいるぜっ!」


 目を覚ました時、私はあの白い狼の上に乗っていた。

 母上様の記憶を一瞬の時間のうちに見ていたのだろうか。


 聖女の言葉に我に返った私は息を吐く。

 私の母上様の真実も、私の真実も、私の死さえも、もはやどうでもよかった。

 

 ユオを助けなければ!


 聖女は白い狼を巧みに操り、なんとかユオを救い出すことに成功する。

 あとはサンライズが待つ場所に戻るだけだ。

 幸い、剣聖たちが光を当てていためか、出口の場所は分かっている。


 後は一気に駆け抜けるだけだ。



 そして、ユオを助けた私たちは、破壊的な敵と相対することになる。

 暗黒蝶はもはや魔神とも言うべき存在だった。


 だが、だが、だが!


 ユオは、灼熱の魔女はそれでも強かった。


 暗黒蝶を完璧に抑え込んでしまったのだ。

 彼女は暗黒蝶を一切、傷つけずに自分のフィールドに引き込む。

 そして、あろうことか、懐柔してしまうのだった。


 ユオと一緒にお湯に浸かる暗黒蝶の少女は嬉しそうに笑っていた。


 その表情を見ながら、私はふぅっと息を吐く。

 よかった。

 暗黒蝶の少女が幸せになれて、本当に。


 少しだけ眠い。

 どうやら、暗黒水晶の力は完全に抜けてしまったようだ。


 ふわぁっとした感覚が足元に響く。

 上下がどちらかなのかさえ分からなくなる。


「イリス、しっかりするんじゃ!」


 サンライズが私を抱きかかえているらしい。

 相変わらず、力の加減を知らないやつだ。

 死に際ぐらい、優しく抱きかかえてくれればいいのに。


 意識が遠くなる中、胸の奥に感じる痛みと罪悪感。


 私は彼女に謝罪しなければならない。

 母上様の分まで。


 こんなところで死ねるはずがない。

 それなのに。


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「イリス、死んでまうのん……?」


と思ったら


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!


ブックマークもいただけると本当にうれしいです。


何卒よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 嘘をつくときは本当をちょい混ぜすれば上手く誤魔化せるんや カレー粉に砂糖を入れるみたいに
[一言] 魔女様っ!! 早くイリスを温泉に打ち込むんだっ!! まだ…なんとかなる!! (た、多分?)
[気になる点] 誤字発見 明らかに品詞の状態だった、☓ 明らかに瀕死の状態だった、○では? [一言] おおおーい?(ʘᗩʘ’)なんか予想外の所で死亡者が出かけてるけどこんなんでいいのか?!щ(゜ロ…
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