345.魔女様、やつの一言にブチ切れて、やっぱり最後はぶちかまします! & 暗黒蝶、格の違いを知る
「もうすぐ出口だぞっ!」
リリとイリスちゃんの機転によって、私は何とか助けられた。
手のひらには二人分の熱。
たぶんきっと、聖王様とイリューシカのものだと思う。
真っ暗なのは怖かったけど、連れてこられたのはよかった。
「魔女様! よくぞご無事で!」
光を通り過ぎると、私は元の世界へと戻ってくる。
まぶしい光に目を思わずつぶってしまう。
「ユオ様、心配したでぇえええ! ん、誰やねん、それ?」
駆け寄ってきたメテオは私に抱き着いてくる。
それから彼女は私が手をつないでいる二人を見て首をかしげる。
聖王様はともかく、イリューシカは見たことないよね。
「……えっとね、こっちはみんなさんご存じの聖王様で、こっちは……誰!?」
ここで私は首をかしげてしまう。
一人は確かに気絶している聖王様なのだが、一人は誰だか分からないのだ。
まるでどこかの給仕さんみたいな服装をしている女の子である。
「クサツ魔導公国の給仕ですぅうううう! やっと外に出られましたぁあああ!」
彼女はわぁわぁ泣き出す。
そして、理解する。
そう言えば、私が子どもに戻る過程で、クサツ魔導公国の給仕さんがいなくなっていたことを。
彼女を助けられたのは良かったけど、正直、忘れていたのでびっくり。
ってことは……、イリューシカはまだ内側にいるってこと!?
私についてこなかったってこと!?
「イリューシカ、どうして!?」
私は黒い塊を見上げて叫ぶ。
なぜ彼女が出てこなかったのか、なぜ彼女が私の手を取らなかったのか。
あの温泉でどうして満足できなかったのか?
「ふふ、どうしてですって?」
巨大な黒い塊はその姿を変える。
真っ白な肌の、黒いメイド服を着た女の子へと。
白いフリフリのエプロンがかわいらしい。
私の問いかけに対して、ニヤリと笑うイリューシカ。
彼女の唇はまるで邪悪な人形のように切れ上がっていた。
「ぬるすぎるのよ。あなたのやっているのはただのお遊び。そんなものにこの私が、私たちの恨みが、怒りが、屈するわけがない!」
そして、彼女は言い放ったのだ。
当然すぎることを。
「わ、私がぬるすぎるですって……!?」
足ががくがくと震える。
彼女の言うことは真実だったからだ。
空間袋から流れ出たのはうちの村の温泉のお湯だ。
浸かるだけで体の隅々まで温まる、最高のお湯。
だけど、湯温の管理をしていたわけではなかった。
この世界には熱いお湯が好きな人も一定数いるのだ。
村長さんなんか、ダシが出るんじゃないかしらってぐらいの熱いお湯に入るし。
温泉とは相手の好みに応じて調整すべきものなのに、私としたことが迂闊だった。
迂闊過ぎた。
いや、おそらく彼女の不敵な笑みはそれだけを言っているのではないだろう。
真っ暗闇で温泉にいくら浸かっても、その良さが百パーセント発揮されるはずがないのだ。
これは聖王様との戦いの時にも感じたことだけど、お湯をかけたりするのは本来、邪道なのだ。
温泉はやっぱり流れ来るお湯に身を任せるのが最高なわけで。
安らぎの空間も作らずに、お湯だけで満足してもらおうだなんて甘すぎた。
彼女が怒るのも無理はない。
「灼熱の魔女、お前が憎い。お前のように全てに恵まれた人間が。ぬるい友人に愛され、仲間に愛され、尊重される。私はそんなお前が憎い、憎い、憎いんだよぉおおおお!」
叫びにも似た恨みの声。
そんなにも私を憎むだなんて。
私はごくりとつばを飲み込む。
この子、私の温泉のことを楽しみにしていたのに裏切られたと思っているのかもしれない。
「私は……暗黒蝶。この世界を闇に変えるのが宿命。この私を殺さないというのなら、世界を黒く塗り潰してあげる」
一転して、彼女の声のトーンが低いものに変わる。
ついで、彼女の背後に真っ黒い渦が現れる。
あれは……危険だ。
「サンライズ、他の者どもの、一斉にかかるぞっ! あれは化け物だ!」
私がイリューシカにどう声をかけていいか二の足を踏んでいただめか、イリスちゃんは皆に号令をかける。
つまり、全面対決をするってことなんだろう。
せっかく温泉を楽しみにしてくれたのに。
私のせいで、争いが起きてしまうなんて。
私はバカだ……!
私はただ温泉に甘えていただけだった!!
「待って! 私がやる!」
すごく、イライラしていた。
自分自身の不甲斐なさに。
自分自身の甘さに。
だから叫んだ。
私に彼女のことを任せてほしいと。
「あひゃあああ、なんちゅう熱気やねん!? 近づいただけで焼け死ぬで!?」
メテオが決意を固めた私を見て、そんなことを言う。
もちろん、比喩だってことは分かっている。
それだけ私のハートが熱くなっているってことだよね。
彼女たちには建物の陰に避難してもらい、私はイリューシカとの直接対決に出ることにした。
「ユオ、勝算はあるのか? あれは本物の災厄だぞ?」
イリスちゃんが険しい表情で私に尋ねてくる。
私は黙って頷く。
だって、最後に勝つのは温泉だって、決まっているんだから!
「イリューシカ、私と勝負よ! 私があなたを最高にもてなしてあげるわ!」
禍々しい渦を背負う、イリューシカにびしっと指をさす。
「ほざけぇえええええ! 闇の中で死ねぇぇええええ!」
彼女が叫ぶと彼女の体から真っ黒な何かが噴き出し、辺り一面が真っ暗になる。
そして、私の方向に何かが向かってくるのを感じる。
暗くて見えないけれど、おそらくはあの黒い腕だろう。
「もういいよ。イリューシカ、そんなもので自分を守らなくても」
私は彼女に教えなければいけないのだ。
人生はいつでもやり直せる。
そして、温泉はいつでも入り直せるってことを。
だだだだだだだだだだ!!
私に触れた何かは猛烈な音を立てて崩れ去っていく。
相当燃えにくい素材らしい。
なるほど、それならもっと出力をあげるっきゃないよね。
目の奥がメラメラと燃えるほどの高温を!
「な、な、なぁんだとぉおおおおおお!?」
黒い腕は私に触れるなり、瞬時に蒸発していく。
ばしゅん、ばしゅんっと音を立てて全てが消え去っていく。
そして、私は気づくのだ。
私の体が光を発していることを。
これって……ちょっとかっこいいかも!
「私の闇が!? 神から授かった力が、お前のでたらめな熱に効かないというのか!? どうして、どうして、光り続けるのだ!?」
暗闇の中でも光を放つ私にイリューシカは目を丸くしていた。
愕然とした表情さえも、はっきりと分かる。
「イリューシカ、本当の温泉ってやつを教えてあげるわっ! 身も心もほぐれる、最高の温泉を! えいっ!」
自分の体に慣れてきた私は一気に光を放つ。
それは先ほどよりも遥かに強い光。
「ひ、ひぃいい、目が!?」
それが直撃したイリューシカは目を抑えてうずくまる。
私は知っていたのだ、人間は強い光を浴びると一時的に身をすくめてしまうことを。
「ひさびさの熱爆破っ!」
彼女がのたうち回っている間、私は地面に手を付けて、一気に爆破する。
大きさは二人がちょうど入れるぐらいの穴ぐらい。
いい感じの大きさだ。
「ヒゲ助、まだお湯、残ってる?」
「なんとかでがんす!」
「じゃあ、ありったけ行っちゃって! 私が温度調整をするからっ!」
そして、秘密の作戦会議である。
メテオは言った。
おもてなしの秘訣はサプライズだって。
「イリューシカ、入るわよ!」
私はよろよろと起き上がった彼女を抱え、そのまま温泉に突入する。
「な、何をする!? 私がこんなことで!? くそっ、どうして腕が出ない!?」
必死に抵抗を見せるイリューシカ。
そりゃ、そうだよね、いきなり抱きかかえられたら驚くよね。
「これでダメだったら怒っていいから!」
もみ合ったまま、どっぼーんっと温泉に突っ込む私たち。
彼女には悪いけど黒いメイド服は燃やしてしまう。
やっぱり温泉には裸で入らなきゃね。
「イリューシカ、大人しく三十秒だけ入って!」
私は彼女の体をがしっと抱きしめて、一緒に浸かる姿勢で固定する。
温泉は入った瞬間が一番、キツイ。
体がぞわぞわとすることがよくある。
だけど、しばらく待てばその感覚はむしろ快感の波に押し切られてしまうのだ。
「ふ、ざ、け、る、なぁあああああ!」
「大丈夫、呼吸を落ち着けて。誰もあなたを攻撃しないし、責めたりしないから」
温泉のもたらす未知の感覚に泣き叫ぶイリューシカ。
最初は温めに、それから次第にお湯の温度を上げていく。
そうだよ、これだよ。
こういうリアクションを求めてたんだよ!
「イリューシカ、これが生きてるってことだよ!」
私は温泉の先輩として、彼女の体をぎゅっと抱きしめる。
少しでも安心できるように。
彼女に生きててよかったって思ってもらえるように。
「こんな、こんな、こんなぁああああああ、私を、私を許すというのか、お前は、お前は私を殺せるというのに、どうして、お前は」
そして、溢れ出す、嗚咽と涙。
イリューシカの顔はさっきまでとは大違いで、毒気の抜けた表情になっていた。
私は思う。
どんな人も間違いを犯す。
だけど、ずっと引きずって幸せになろうとしないのは間違ってるんじゃないだろうか。
どんな人もゼロから人生をやり直そうって思える場所。
それが温泉なのだ。
「イリューシカ、私の温泉は? ぬるくなんか、ないでしょ?」
少しだけ落ち着いたイリューシカに声をかける。
「……私の負けよ。これは……すごく温かいわね……」
イリューシカは笑った。
すごくいい笑顔で。
私はそれにつられて笑ってしまう。
温泉の不敗記録がまたまた伸びちゃったね!
◇ 暗黒蝶、最大出力で応じるも格の違いを見せつけられる
「世界を真っ暗闇に沈める、この腐った世界を……」
私を長年にわたり封印していた、術式が解ける。
何百年ぶりの世界。
腐った世界。
弱いものを虐げ、強いものが肥え太るだけの世界。
私はそんな世界を破壊するために生まれた。
目の前には灼熱の魔女。
水晶の中に閉じ込められている時から何度も殺してほしいと頼んだ相手。
彼女はただの意気地なしだった。
私を殺せば、あなたの世界は守られるのに。
子どものように駄々をこねるだけだった。
彼女の周辺には仲間たちの姿。
私に攻撃を仕掛けてくるが、無駄だ。
異界の神から授かった暗黒蝶の力は、もはや誰にも止められない。
「私は……暗黒蝶。この世界を闇に変えるのが宿命。この私を殺さないというのなら、世界を黒く塗り潰してあげる」
私は背中の羽から大量の暗闇の雲を発生させる。
かつてモウラ王国を崩壊させ、さらにはその周辺を暗黒の世界に変えた、呪いの雲。
陽の光を遮り、魔法の光さえも届かなくする、絶望の暗闇。
しかし、その世界の中で一つだけ光り続けるものがあった。
灼熱の魔女だ。
奴は自分の体を発光させていた。
原理は分からない。
どうして、私の闇が通じないのか。
「私の闇が!? 神から授かった力が、お前のでたらめな熱に効かないというのか!? どうして、どうして、光り続けるのだ!?」
それは異常な出来事だった。
全ての光を吸収するはずの私のスキルが、この女の前では役に立たないのだ。
凄まじい熱。
だが、それ以上に凄まじい光だった。
奴は自分の体をさらに発光させる。
尋常ではない光の目つぶし。
私の視界は奪われ、思わず体をすくめてしまう。
おかしい、どうして私の暗闇が出てこない。
このままでは負ける。
私の腕は?
まさか、魔力切れが起きている?
灼熱の魔女に放った腕がすべて壊されたせい?
まるで全ての力を奪われたような感覚。
あんな中途半端な子どもに負けるわけにいかない。
それなのに。
灼熱の魔女は私とは違う。
造られたものとは大きく違う。
この女、何者なのだ。
「イリューシカ、入るわよ!」
不意に体が抱きしめられ、ぐらりと浮かぶ。
凄まじい力だ。
いくら抵抗しても能力が使えず、そのまま私は水の中に落とされた。
いや、これはただの水ではない。
お湯だ。
これは世界の崩壊を巡る戦いのはず。
やつが何をしたいのか、さっぱりわからない。
わからない。
わからないけど……。
体中に感じる、熱の感覚。
奴の言うとおり、私は生きている。
私の体は、そして、心は生きていたのだ。
涙がほほを伝って流れていく。
水晶の中に閉じ込められた時も、そんなことはなかったのに。
涙はもう涸れたと思っていたのに。
涙だけでない。
嗚咽し、言葉さえも出せなくなる。
災厄と呼ばれた私が、まるで子どものように泣いていた。
ありえなかった。
だけど、起きていることは否定できなかった。
「イリューシカ、私の温泉はぬるくなんか、ないでしょ?」
涙を流す間、灼熱の魔女はずっと私のそばにいてくれた。
言葉をかけるでもなく、ただ一緒に。
そして、やっと嗚咽が止まった時、やつはニコッと笑ってそう言った。
その笑顔はあのスザクのものとよく似ていた。
「……私の負けよ。これは……すごく温かいわね……」
不思議と口元が緩む。
これがやつの言っていた、「おんせん」の力なのだろうか。
暗闇が周囲を覆う中、私は不思議と悪くない気分を味わうのだった。
【魔女様の発揮した能力】
発熱発光:尋常ではない熱を発することによって、魔法空間内でも光り続ける荒業。その熱が周囲に向かうと、それだけで大惨事である。
即席温泉工事(初級):十秒間で温泉を作りだす、まさに神業と言っていいほどのスキル。即席なので、ちょっとざらっとしているのがご愛敬。魔女様が一緒に入るので温度調整もばっちり。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ぬるい、は言っちゃいけない言葉なのか……」
と思ったら
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
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