344.魔女様、真実へと向かっていくも、あの力を解放する
「な、なに、あれ!?」
聖王様とリリを分離したところに現れたのは、巨大な真っ黒な塊だった。
人間の形、それも女の子の形をしているのは分かる。
だけど、その顔は黒く塗りつぶされていて、表情が一切わからない。
「にゃぎゃああ!? こっちくんなやぁあああ!」
それは体中から真っ黒な腕を出現させ、メテオたちを捕まえようとしていた。
ただの人形のように見えるけれど、明らかに意思を持っているようだ。
「ハンナ、クレイモア、防ぐぞいっ!」
ばっしゅ、ばっしゅと黒い腕を撃ち落とす村長さんたち。
しかし、あまりに数が多く、その防御することしかできない。
「ふはははは、無駄だ。お前たちは災厄を、真の災厄を解き放ったのだ! 暗黒蝶を!」
それから狂ったように笑い始める聖王様。
彼女はもうフラフラのはずなのに、笑う力がどこに残っていたのだろうか。
私の心配をよそに彼女は続ける。
「私とユーリルと、ディアナの三人で封印した、異界の神の傑作! もはや世界を暗黒に染めるまで止まらぬ。……暗黒蝶よ、私を吸い込むがいい! 世界の破滅まで、ともに時を刻もうではないか!」
彼女は真っ黒な巨人の前に向かうと、両腕を広げる。
それはまるで自分が生贄にでもなるかのような振る舞いだった。
リリとの合体を阻止されて、彼女は自暴自棄になってしまったのかもしれない。
黒い塊は聖王様の言葉に呼応するかのように腕を伸ばす。
それは触手のように絡みつき、ついには彼女の体を宙に浮かせる。
「リリっ、けが人を回復させてっ! あいつをどうにかするからっ!」
「は、はいっ!」
私はリリに指示を出すと、聖王様のところに跳ぶ。
足の裏に思い切り熱を込めて、風よりも早く跳ねる、あの技で。
「聖王様! あんた、バカだよ!!」
「私はもう聖王ではない。さらばだ、灼熱よ。これで……もう……終わり……」
聖王様は黒い腕の中に取り込まれていく。
必死に手を伸ばす私。
彼女の手首を何とかつかみ取り、彼女の体に私の熱を分ける。
どんなものも破壊できる、熱い、熱い、高温の体になるはず。
だけど。
動かない。
黒い腕は破壊されない。
熱をいくら込めようとも。
どうして?
こんなこと、今まで一度もなかったはず。
「ユオ様、手を放すのじゃ! いくら何でも危険ですぞ!」
「魔女様!」
「危ないのだよっ!?」
村長さんの叫ぶ声。
クレイモアとハンナの叫び声も聞こえる。
目の前には聖王様をほとんど飲み込み、こちらに迫りくる黒い塊。
見上げれば、わずかに顔の凹凸が分かる。
その瞳らしきものからは真っ黒い涙が流れていた。
「ねぇ、私を殺して。お願い」
ついで、私の頭の中に響いてくる、あの声。
飲み込まれていく、聖王様。
私は覚悟を決める。
すぅっと息を吐いて、私はその黒い塊の中に自分から飛び込むのだった。
◇
「助けて、助けて、出して」
「憎い、憎い、許さない」
「許して、許して、お願い」
真っ暗闇だった。
だけど、女の子の声がかすかに聞こえる。
それも一人じゃない。
複数の。
私が今、どこにいるのか。
生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。
『暗黒蝶』と聖王様が呼んでいた、その黒い塊に飲み込まれたのは分かる。
どうして呼吸できているのだろうか。
もしかしたら、私は今、魂みたいな存在になっているのかもしれなかった。
「……そうか、それほどまでにこの世界を憎むか」
それから私の視界がゆっくりと開けていく。
まるで過去の世界に飛ばされたような、そんな光景が広がっていく。
目の前にはメイド服を着た、女の子。
そして、もう一人は真っ黒いドレスを着た女の子。
ドレスの女の子は私と同じような黒髪だった。
「イリューシカ、この世界を憎むか?」
ドレスの女の子はニヤリと笑う。
その顔はまるで死んだ人みたいに真っ白だった。
不穏な会話なのはすぐにわかる。
それから私は気づくのだ。
メイドの女の子の顔が先ほどの黒い塊についていた、あの顔と同じものだって言うことを。
「ダメッ!」
私はとっさにそう叫んでしまう。
イリューシカと呼ばれた女の子がとんでもない間違いを犯すような気がしたからだ。
あの黒いドレスの子は危険だ。
理由はわからないけど、直感がそうささやいている。
あの子は人間じゃない……。
「私はこの世界を憎む。この不条理な世界なんて大嫌い」
「いいだろう……。私の暗黒の蝶よ、華麗に目覚めるがいい」
でも、私の声は届かない。
黒いドレスの少女はイリューシカに黒い渦を飛ばす。
それは凱旋盗の戦いでも見た、あの禍々しい黒い渦だった。
ドレスの女の子の黒い髪の毛に金色の筋が浮かび上がる。
彼女の笑い声が響き、目の前は再び黒く染まっていく。
理由はわからないけど、瞳から涙があふれる。
あのイリューシカって女の子を助けられなかったことに?
分からない、分からないけれど、私は無性に悲しかったのだ。
「ラビちゃん、ありがと……。私、ラビちゃんに会えてよかった……」
そして、また別の場面が始まる。
修道服を着た、女の子が二人映っている。
病気なのか、ベッドに寝た修道女さんの顔色は悪い。
必死に看病するのはラビちゃんと呼ばれた女の子。
彼女の顔に私は見覚えがあった。
あれは聖王様だ。
ラビって名前だったんだ、昔は。
「これ以上、喋らないで。きっと、きっとヒーラーさんが来てくれるから!」
彼女は病気の女の子と友達だったんだろう。
その様子から、献身的に看護しているのがよくわかる。
だけど、ベッドの女の子の容態は悪化し、こと切れそうになっていた。
目をそむけたくなるような、そんなシーン。
それなのに私は呆然してしまう。
聖王様の、いや、ラビと呼ばれたあの子の後ろに黒いドレスを着た女の子が立っているからだ。
不思議なことにラビは黒いドレスの女の子に気づいていないようだ。
そして、黒いドレスの彼女は泣き崩れるラビを後ろから抱きしめる。
「ラミラト、お前の力を使うときだ。この世界を滅ぼすのだ」
まさに悪魔のささやき。
その声を聞いたラビの顔色が変わる。
真っ黒い渦が彼女の背後に現れて、その体が怪しく光る。
そして彼女は友達のエネルギーを吸い込んでしまう……。
ここで再び、私の視界は暗転する。
真っ暗な、何も見えない世界。
複数の声のすすり泣く声。
後悔の、懺悔の、怒りの、そんな感情がないまぜになった声。
イリューシカと呼ばれた、あのメイドの少女のやったことも、聖王様がやったことも、たぶんきっと、褒められたものではないのだと思う。
だけど。
その業を背負わせたのは、別の存在だった。
それはあの黒いドレスの女の子。
私によく似た黒い髪の少女。
彼女にそそのかされて、二人は坂から転がり落ちていったのだ。
もしも、彼女たちの前にドレスの子が現れなかったら?
きっと悲劇は起きていただろう。
だけど、救いようのない悲劇じゃなかったはず。
私には過去を変える力なんかない。
それでも、どうにか干渉するしかなくて。
「ユオ、助けにきたぞっ!」
「ユオ様、あたしとぶっちぎるぜっ!」
視界の隅に光を発見する。
それはイリスちゃんとリリがシュガーショックに乗っている姿。
彼女たちもあの黒い塊に入ってきたのだろうか。
なんて無謀なことをするんだろうか。
仲間って、ありがたい。
「逃げるぞ、時間がない!」
イリスちゃんは私に手を伸ばす。
そんなに必死な顔は今まで見たことがない。
それだけ私のことを思いやってくれているのかと嬉しくもなる。
シュガーショックは暗闇の中でも、そのモフモフの体で存在感を発揮する。
ありがとう、私のために。
こんな危険なところに来てくれて。
だけど。
ここで逃げるわけにはいかない。
「二人とも、ここに来て!」
私は暗闇の中に手を伸ばす。
そして、イリューシカと聖王様の二人の熱を探すのだ。
彼女たちが生きるのをあきらめていなければ、きっと来てくれる。
私はなぜかそんな確信があった。
そして、手のひらに感じる冷たい感覚。
まるで凍りのように冷えた、誰かの手のひら。
それも二つだ。
「灼熱よ、邪魔をするな」
彼女の手を握り返すと、そんな声が聞こえる。
背筋が凍りそうな、そんな声。
だけど、負けない。
「ヒゲ助、お湯を出して! 今すぐに!」
「よくわかんないけど、やるでがんすっ!」
空間袋からあふれる、大量のお湯。
それはまるで川のように流れだし、真っ暗闇の空間を満たしていく。
キラキラと光る、温かい水の流れ。
それはどんな人の身も心も温めて溶かしてしまうはず。
「リリ、聖なるオーラをぶちかましちゃって!」
「任されたぜっ!」
それからリリの聖なるオーラ。
全てを包み込み、全てを癒す、薄桃色の光が辺りを満たしていく。
「おのれ、おのれ、おのれぇえええ……」
何者かが怨嗟の声をあげるも、それは徐々に掻き消えていく。
私の手の中に感じる、温かい感触。
これなら行ける!
「さぁ、帰るよっ!」
私はシュガーショックに乗りこみ、無我夢中で駆け抜ける。
小指の先ほどの豆粒みたいな光を目指して。
【魔女様の発揮した能力:温泉ぶちかまし】
対象を温めるために温泉をこれでもかと放出する荒業。空間袋の中から大量の水が溢れ出し、温まること間違いなし。今回はクサツ魔導公国の温泉もプラスされている。誰も死なない。相手を正気に戻すことから、後のうたせ湯の原型となった。
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「怪しい黒髪の女の子……!?」
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