336.聖王アスモデウス様の受難:裏をかいたつもりが読まれてますよ?
「隊列を整えよ! 目指すは聖王国! リリアナを救出するのだ!」
ここはザスーラ連合国の北端にあるサジタリアス。
今、その辺境都市は大きく揺れていた。
その地を治める辺境伯の娘である、リリアナが誘拐されてしまったからだ。
辺境伯は自分自身で兵を率い、聖王国に攻め込むと息巻く。
突然の奇襲には後れを取ったが、戦争となれば話は別だ。
必ず聖王国を粉砕し、娘を取り戻すのだと辺境伯は息巻く。
それはさらわれたリリアナが聖女だからではない。
辺境伯は一人娘である、彼女を溺愛していたからである。
仮にリリアナにどんなスキルが授けられていたとしても、彼は攻め入っただろう。
「父上、相手は魔物を使う聖王国です。せめて、連合国の本軍を待ってからにしたほうが……」
ここで辺境伯に進言するのは、彼の息子、レーヴェである。
彼も自身の妹が誘拐されたことには腹を立てていた。
必ず取り戻すとも決意していた。
しかし、この状態で攻め込むのはあまりに拙速だと感じていたのだ。
相手はクレイモアとシルビアという二枚看板を倒した謎の男を擁している。
また、聖王国は鎖国をしており、どんな防衛体制を敷いているのかすら不明なのだ。
普通に攻め込んでも、勝ち筋が見えない。
敵を圧倒するためにも、ザスーラの中央政府からの援軍が必要だった。
あと一日ほど待てば少々の援軍は手に入るだろうと考えていた。
「いや、そんな悠長なことは言っておられん! リリアナが、リリたんが誘拐されたのだぞ!? これぞまさしく人道に反する罪! 許さんぞぉおおお!」
しかし、辺境伯は完全に頭に血が上っていて、レーヴェの言葉を意に介すことはない。
自分で自分の言葉に興奮し、怒り狂い、目を真っ赤にしていた。
リリアナは彼の亡き妻にそっくりだった。
それがゆえか彼の娘への愛情は海よりも深く、山よりも高い。
今はその愛情が沸騰し、暴走しようとしているのだった。
辺境伯は騎士団の準備が整い次第、出立すると伝える。
それはサジタリアスのほぼ全軍をもっての進撃だった。
◇
「辺境伯様、禁断の大地から使者が参っております!」
辺境伯が城外へと向かうタイミングでのことだ。
部下の一人が急いだ様子で駆け込んできた。
「使者だと?」
辺境伯は眉間にしわを寄せる。
禁断の大地とは先日の一件以降、良好な関係を築いている。
しかし、今の今まで使者と呼ばれる身分の者が辺境伯のもとに訪れたことはなかった。
明らかにこれまでとは違う空気を感じる。
彼はすぐさま使者を通すように命令するのだった。
「お久しぶりにございます、辺境伯様。お目通り頂き感謝申し上げます」
彼らの前に現れたのはメイド姿の女だった。
辺境伯はそのメイドのことを知っていた。
確か、ララという名前であり、あの灼熱の魔女の片腕の女である。
美貌の麗人であるが、その眼光は鋭く、目的のためなら手段を選ばない冷たさを放っていた。
メイドとは身の回りの世話をするための人材であるが、この女は違う。
敏腕な政務官がメイドの格好をしているだけのように思われた。
「喫緊の事態ですゆえ、用件から先に申し上げます。我らが禁断の大地の皇帝陛下、灼熱の魔女は聖王国への出兵を留めるように強く要請いたします」
通されたララは開口一番にとんでもないことを言い出す。
それは出兵を取りやめるように、という内容だった。
「なぁっ!?」
これには辺境伯も開いた口が塞がらない。
そもそも、「お願い」や「提案」ですらない。
要請なのだ。
まるで大国が小国に物言いするかのような言い回しだった。
「ララ様、そ、それはさすがに……!?」
辺境伯の傍に侍っていたレーヴェもまた驚いた顔をする。
彼自身、一旦、出兵を遅らせるのには賛成である。
しかし、取りやめるのと、遅らせるのとでは大きな違いがある。
それはつまり、リリアナの奪還を諦めよと言っているのと同じだからだ。
「そ、それはできん! 何を言うかと思えば、我々はリリアナを、愛する娘を、そして、次代の聖女を救わなければならんのだ! そう、これは聖戦なのだ!」
辺境伯はもちろん首を縦に振ることはできない。
彼は世界のためにもリリアナを取り戻すのだと語気を荒くする。
そして、内心、彼は失望していた。
禁断の大地の勢力とはこれまで良好な関係を築いてきた。
援軍の一つも送ってくれるのではないかと考えていたのに、まさかの物言いだったからだ。
辺境伯はふぅと息を吐いて、帰国を促そうと決意する。
「辺境伯様、リリアナ様を救出しないとは申し上げておりません。すでに我らが災厄の巫女、灼熱の魔女様が聖王国に侵入しております」
「も、もうすでに侵入しているだと!?」
しかし、ララから出てきた言葉は辺境伯の斜め上のものだった。
灼熱の魔女自身が奪還に動いているというではないか。
「はい。我らが、ユオ皇帝陛下の力はご存じと思います。その気になれば、辺境の大地ごと焼き払うことも可能でございます」
ララは辺境伯に臆することなく、真っ正面から彼を見据える。
辺境伯は灼熱の魔女の力を間近で見た人物の一人である。
サジタリアスの城で暴れたモンスター退治はもとより、魔族との一戦のこともしっかり覚えている。
絶界魔法陣と呼ばれる、人間にはほとんど再現不可能な破壊魔法を打ち消したのもありありと覚えていた。
確かに彼女の力をもってすれば、サジタリアス全軍で挑むよりも奪還はたやすいかもしれない。
「し、しかし! それでも、わが軍が動かないという理由にはならん! 愛娘を奪われた怒りをぶつけなければ……!」
それでも辺境伯は止まらない。
これは意地とプライドの問題なのである。
いくら灼熱の魔女が救出に協力してくれるとはいえ、それだけに頼っていられるわけではない。
貴族としての矜持を示さなければ。
辺境伯は拳を振り上げて叫ぶのだった。
「……やれやれ、ですね。辺境伯様、かつての大聖女の騒乱のことをご存じですか?」
「だ、大聖女の騒乱だと? 確かそれは……」
ここでララは小さな溜息をつくと、話題を変える。
彼女が口にしたのは、大聖女の騒乱。
もう今から百年以上も前の時代の話だが、国一つが滅びた歴史上の出来事だ。
「大聖女を巡って大陸の諸侯が争った戦乱のことであろう? それが一体、どうしたというのだ?」
辺境伯は目の前のメイドが関係のない話をし始めたことに少々の怒りを覚える。
ここで過去の歴史について議論している暇はないというのに。
「今回の誘拐事件はその時と同じなのです。その騒乱の発端は、当時、大聖女を名乗っていたアスモデウスがとある国にさらわれたこととされています」
「そ、それは……」
ララは激昂寸前の辺境伯のことなど、まるで見ていないかのように言葉を続ける。
静かだが、重い言葉。
そして、辺境伯は瞬時に事態を察知する。
今、出兵することはサジタリアス自体を危機に陥らせるものなのではないかと。
「父上! やはり、出兵はしばしのご一考を! ララさんのおっしゃる通り、あまりにも拙速です!」
先ほど一喝されたレーヴェであったが、まだその心は折れてはいなかった。
彼もまた気づいたのだ。
自分たちが出兵した途端に、聖王国が攻撃を仕掛けてくる可能性を。
そうなれば、自分たちは帰る場所を失い、最悪、全滅の憂き目を見るだろう。
「いや、そうであってもだ! これが罠であるかはわからんではないか! 私は父として、領主として、リリアナを奪還する義務がある。少数精鋭をもって私は向かうぞ!」
それでも辺境伯の意思は固い。
彼はレーヴェに城を預けて、聖王国に攻め込むという。
一国を相手に騎士団一つ程度が敵うわけもなく、言っていることはめちゃくちゃである。
しかし、辺境伯の愛情がいかにも示された言葉だった。
「それに聖王国が攻めてくる証拠など、どこにもないではないか! このまま座して待つわけにはいかん!」
「それでは、面白いものをご覧いただきましょう。もうすでに準備は整ってございます」
『証拠』という言葉を聞いたララは、この日初めて口元に笑みを浮かべた。
それは獲物が罠に引っかかった時のような、少し意地の悪い笑みだった。
彼女は後ろを振り返って合図を送る。
「にゃはは! 囮をやらせてもらうのだよっ!」
「間に合いましたぁぁああ、ビビッド商会の私兵と陰の十人もろもろ、大急ぎで連れてきました!」
そこに立っていたのは、騎士団のクレイモア。
さらにはフレアのもとに行っていたはずのクエイクである。
実を言うと、ララはクエイクに事の次第をすべて伝えていたのだ。
クエイクはフレアに相談し、ビビッド商会の私兵をサジタリアスへと連れてきたのである。
「な、なんだ? どういうことだ? 何をしようとしている?」
辺境伯は他の勢力の私兵を引き連れて何をしようとしているのか、さっぱり分からない。
そもそも、それが何の証拠になるのか?
「クレイモアさん、手はず通りにお願いします。ビビッド商会の皆様も、よろしくお願い致します」
「任されたのだっ!」
「バチバチにやったるでぇええ!」
ララの言葉を受けたクレイモアたちは意気揚々と城の外へと去っていく。
そこにはすでにビビッド商会の私兵や傭兵たちが勢ぞろいしており、千人を超える軍団ができていた。
「辺境伯様、防御と迎撃の態勢を整えてください。参りますよ」
「お、お前達は、一体何をしようとしているのだ?」
ララは話をどんどん進めていく。
その勢いは半ば強引であるが、明らかに緻密な計算がなされているかのように思える。
「ララさん、私に遠征軍の大将をさせて欲しい。敵もその方が納得しやすいだろう」
レーヴェはここにおいて、ララの意図を理解する。
彼女はおそらく敵を誘いだそうとしているのだ。
サジタリアスから軍隊が出て行ったスキをついて、怒涛の勢いで攻め込んでくるはず。
地形的には軍が森に入った頃合いだろう。
ララはもちろん、レーヴェの提案を受け入れるのだった。
そして、彼に策を授ける。
一時間ほどで軍を引き返し、敵を挟み撃ちにする計略を。
◇
「き、来ましたぁああああ! 数千を超えるモンスターの群れです! 間違いありませんっ、聖王国の軍勢です!」
レーヴェの率いる軍勢が出発し、一時間ほどたったタイミングでのことだ。
サジタリアスの北の森から鳥たちが大量に羽ばたく。
そして、砂煙を上げて迫ってくるのが、モンスターの群れだ。
それは単なるモンスターの侵入ではない。
明らかに組織され、統率された動きをする進軍だった。
「辺境伯様、これが私の証拠にございます。あれから守り切らなければ、サジタリアスは終わってしまいます」
「ぐ、ぐぅむ……」
ララは辺境伯を見据えて、静かに語る。
その言葉に辺境伯はもはや反論することはできない。
全軍をもって防衛戦に入らなければ、サジタリアスの都市は陥落し、領民たちが蹂躙されてしまうのだ。
先祖代々、治めてきた土地を破壊されることなど、絶対にあってはならない。
ここにおいて辺境伯の腹は完全に座るのだった。
「ええい、リリアナは灼熱の魔女に任せる! 我々は身の程知らずな敵を打ち砕く! 総員、配置につけっ」
辺境伯はここに私情を捨て、領主としての道を選ぶ。
それは彼がこの地域の統治者として最適な決断であり、同時に、子離れをするための決断だったとも言えた。
迫りくる魔物とそれを率いる聖王国の軍勢。
ここにサジタリアスの防衛戦の幕が開いたのだった。
もっとも、聖王国の軍勢は、クレイモア、シルビアの率いる騎士団、そして、ビビッド商会の私兵団によって完膚なきまでに叩きのめされるのだったが。
◇ おまけ クサツ戦線異状なし!
「お、おい、なんだこれは? これがあの呪酸沼なのか?」
クサツ魔導公国に潜入した聖王国の一団は不可解なものを目にしていた。
彼らが命を受けたのは、クサツ魔導公国に広がる呪酸沼と呼ばれる沼を氾濫させることだった。
しかし、実際に赴いてみると、その水はそれほど瘴気を放っていないのだ。
湯気を発している点も、彼らの知る呪酸沼とは異なっていた。
「ええい、構わぬ! 聖王様のために破壊するぞっ!」
聖王国において聖王の決定は絶対である。
彼らは多少疑問に思いながらも、命令を遂行することにした。
沼地を氾濫させれば、クサツ魔導公国は一巻の終わりという作戦なのである。
「んむぅ? おぬしら何をやってるんだのぉ? もしかして、エリクサーの言ってたやつだのぉ?」
しかし、ここに思わぬ伏兵がいるのだった。
そう、それは先日、ユオ達にも話しかけてきた老人、ダノォだった。
百歳を優に超える男だったが、彼の体が温泉によって復活していた。
それも鋼のような肉体に。
大胸筋は盛り上がり、大腿四頭筋には複数の筋が浮かび上がっていた。
「な、なんだ、貴様!? その体は!?」
「ええい、始末しろっ!」
聖王国の面々はダノォを即座に排除しようとする。
自分たちの作戦は敵に知られては何の意味もない。
それはごく当然の決断だった。
しかし。
「魔女様の作った温泉を破壊する奴は悪いやつだのぉ!」
「「「「ふぐはっ!?」」」
ダノォの渾身の一撃によって、聖王国の数十人の軍団はすぐさま沈黙するのだった。
これが後に伝え聞く、公国の守護神ダノォの復活なのだった。
※お詫び:花粉症がつらすぎて長くなってしまいました。申し訳ございません!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「クレイモア、無事で何より!」
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