334.リリアナさん、聖王様と一騎打ち(タイマン)してやんよっと意気込む!
ハティは聖獣である。
これまで数多の大陸を文字通り踏破してきた生き物である。
屈強な戦士が斬りかかっても傷一つつかない被毛。
強大なモンスターをかみ砕く牙。
空を飛んでいるかのようなスピードを誇る脚力。
ハティはまさしく規格外のケモノだった。
そんなハティはソワソワしていた。
自分が根城にしている聖王国に不穏な気配を感じたからだ。
それは人間のそれではなかった。
自分と同類の、規格外のケモノ、それが現れたことを嗅ぎ取ったのだ。
ハティはそのケモノのことを知っていた。
先日、禁断の大地での戦いの中で相まみえた、シュガーショックと呼ばれる白い狼に違いない。
自分とは対照的に真っ白い毛並みの聖獣である。
すぐにでも駆け出して、その強力な獣と雌雄を決したいとハティは考える。
ハティは好戦的であり、挑みかかってくるものは容赦しないのだ。
しかし、ハティは今いる場所を離れることができなかった。
自分の領域の長である聖王から仕事を任されたからである。
それは牢屋の人物、リリアナという少女を見張ることだった。
その少女は牢屋の奥で一人しくしくと泣いていて、とても脱走できるとは考えられない。
ハティは与えられた仕事が面白くなかった。
食事をくれる聖王国の人々は好ましい人たちだと思ってはいた。
だが、束縛は大嫌いだった。
ハティは雲のような自由を求めていたのだ。
仕事を放りだしたい。
さっさと出て行って、強いケモノと戦いたい。
そう熱望するハティは素晴らしいアイデアを思いついた。
少女と一緒に外に出ればいいのだと。
ハティに与えられた仕事は少女を見張ること。
で、あれは、少女と一緒にいさえすればどこにいても構わないのではないか。
ハティはそう判断したのだ。
「お、おい、ハティ、何をしている!?」
ハティは常に即断即決である。
牢獄の鉄格子をぼきりぼきりとかみ砕く。
「ひ、ひぃええええ!?」
リリアナは突然のことに驚きを隠せない。
目の前の黒い狼がいきなり牢屋を破壊してしまうのだから無理もないことだが。
そして、ハティはリリアナをひょいと背中に乗せて走り出すのだった。
目指すは聖王国に入ってきた、強いケモノ。
そう、シュガーショックがいるであろう場所だ。
「ひきゃああああああ!?」
ハティは狭い地下牢の通路を風のように駆け抜ける。
リリアナは黒い毛にしがみつきながら、叫び声をあげるしかできない。
「おのれ、ハティを盗みやがって!?」
「あの女を止めろっ!」
もちろん、聖王国の兵士たちもバカではない。
彼らは勇敢にもハティの前に立ちふさがる。
もっとも彼らはハティが外に出ようとしたのではなく、リリアナがハティを盗み出したと勘違いしていたのだが。
「ふぐはっ!?」
「ひぐっ!」
しかし、ハティの突撃の前には十数人の兵士たちなど相手にならない。
弾き飛ばされた彼らは壁にぶつかり、失神してしまう。
「ひ、ひぇえええ!? し、死んでる!?」
これにはリリも戦慄してしまう。
まるで自分がハティを暴走させて殺してしまったかのような罪悪感。
「待って! 癒しの光をっ!」
目の前に傷ついているものがいるとき、リリアナはほおっておくことができない。
彼女はハティを止まらせると、即座に回復魔法を発動させて、兵士たちの怪我を癒してしまうのだった。
「わ、私を助けてくれたのは嬉しいけど、他の人に乱暴しないで」
リリアナはハティの毛を撫でながら、そう言うのだった。
ハティにはそんなことどうでもよかった。
だが、リリアナの優しい性根を感じて、ハティは心が温まるのを自覚するのだった。
「どけぇえええっ! ジャマする奴らは“轢き殺す”ぜぇえええっ!?」
しかし、数分後、ハティのスピードに感化されたリリアナはその性格を豹変させていた。
彼女の人格は豹変し、邪魔をする兵士たちを次々と跳ね飛ばすのだ。
もっとも跳ね飛ばした矢先に回復してしまうという、神業的回復魔法を発動させるのだったが。
「なんだここは?」
リリアナとハティは宮殿の最奥に迷い込んでいた。
そこは信者たちが聖王のために祈りを捧げる場所であり、色とりどりのステンドグラスで囲まれていた。
芸術品といっても過言ではないほど、精緻なモザイクで聖王のこれまでの歩みが描かれていた。
聖王とその信徒たちの正義を裏付ける信仰の対象でもあった。
しかし、それは同時に聖王の作った魔道具でもあった。
この宮殿を守り、敵を閉じ込める障壁としても機能していたのだ。
それはハティをもってしても、破るのは困難な障壁であった。
ぐるるるるるぅううう!!
ハティはステンドグラスをにらみつけて唸り声をあげる。
この窓がなければ自分は外に出られるのにとでも言いたげである。
「お前……、外に出たいんだな? 外を走りたいってわけか」
ハティを乗りこなし始めたリリアナは、その思いを敏感に感じ取ることができた。
彼女は分かってしまったのだ。
この黒い狼は目の前の魔法障壁によって閉じ込められていることを。
リリアナは自分も束縛を嫌う一人の生き物、誰よりも疾くありたいものとして、ハティに強く共感するのだった。
「あたしが禁断の大地のリリアナだぁあああっ! オウ!! “バール”持って来い!!」
「は、はいぃいいい!? バ、バールですか?」
彼女は怯える兵士に工具を持ってこさせると、ステンドグラスにそれを投げつける。
その聖なる力と相まってステンドグラスの魔法障壁は掻き消え、音を立てて砕け散るのだった。
華奢で腕力のない彼女であるが、バールと言う工具との相性は抜群だった。
聖女の魔力によって強化されたバールは、聖バールと後の世で呼ばれることになる。
「やっちまおうぜ、“相棒”!」
リリアナはハティにまたがると、ステンドグラスを勢いよく割り始める。
ガラスが砕け散る感触に彼女は一種の快感を見出すのだった。
◇
「き、貴様、何をやっている!?」
ステンドグラスがあと一枚となった時のことだ。
もはや窓ガラス破壊犯と化したリリアナとハティに鋭い声をかけるものがいる。
そう、聖王アスモデウスである。
彼女は兵士たちでは太刀打ちできないことに業を煮やして、この場に駆け付けたのだ。
「おのれぇええええええ! リリアナぁああ!」
ステンドグラスのあるこの空間は宮殿の中でも最も聖なる場所だ。
すなわち、聖王国の聖地のひとつである。
それを破壊され、一晩では修復不可能な状態にされてしまったのだ。
聖王は怒りをあらわにする。
「なんだ、テメー? “チョーシ”くれてっとボコッちまうぞ?」
しかし、リリアナは激昂する聖王を睨み返す。
その瞳は鋭く、昨日とは全く違う。
この世界に対する反骨心がありありと伝わってくる。
それはまるでむき出しのナイフであり、近づくものは容赦なく傷つけるかのような殺気をはらんでいた。
「貴様が、あのリリアナなのか!?」
彼女はリリアナという女を見誤っていたと自覚する。
この女はただの気弱な少女ではない。
鋭い牙を持っていると。
そして、もっと厄介なのはハティの存在だ。
聖王にさえコントロールできない聖獣であり、真っ正面から戦うのは分が悪い。
それをリリアナが操っているのだ。
「ふふふ、威勢がいいものだ。貴様など、私が恐れると思ったのか?」
聖王は即座に二つのスクロールを取り出す。
それは以前、対抗戦の際に凱旋盗の一番手であった、シモンズの用いたものと同じものだ。
そこには召喚魔法陣が描かれており、即ち、人工的に作り出したハティを召喚するというものだった。
ぐるるるるるっ……。
聖王の前に真っ黒い獣が唸り声をあげる。
それはハティをもとに聖王国の魔導の粋を極めて作り出した、人工聖獣だった。
クレイモアを苦戦に追い込み、あと一歩まで追い詰めた化け物である。
聖王はさしものハティも二体同時では敵うまいと確信する。
「おい、ハティ、あいつがあたしらにケンカ売るって言うぜ? あたしら、“喧嘩上等”だよなぁ?」
リリアナはは居並ぶ二体の化け物に怖気づくことはない。
彼女はハティにまたがると、不敵な笑みを浮かべる。
「地獄のリリをナメんなよ!! ああ!? ぶちまかせっ!」
そして、勝負は一瞬だった。
リリの号令にあわせて凶暴な黒い弾丸と化したハティは人工聖獣を跳ね飛ばす。
一切の技術を使わない、圧倒的な暴力。
歴然とした差がそこにはあった。
跳ね飛ばされた聖獣たちは床に転がり、ぴくぴくと痙攣する。
「ひ、ひぃいいい」
聖王の顔に恐怖が浮かぶ。
彼女はリリアナだけではなく、ハティの力さえも見誤っていたのだ。
それはまるで一種の悪夢だった。
「おぅ、立ち上がれよ。素手喧嘩したんだ、あたしらもう、“友達”だろ?」
しかも、聖王にとっての悪夢には続きがあった。
リリアナは回復魔法を発動させると、人工聖獣にもそれを発揮する。
ピンク色のオーラに包まれたそれらの傷がどんどん癒されていく。
「へへっ、今日は“狂乱の夜”だぜ?」
人工聖獣たちもリリアナの配下になったのか、ハティの後ろに陣取って唸り声をあげる。
いや、それはただの唸り声ではない。
ドルン、ゴパァ、ドドドと、まるで新手の魔導機械のような破裂音を発するのだ。
その音を背負って、リリアナはまんざらでもない表情を浮かべる。
「気合い入れろ! “踊る”ぞ! てめーらァ!!」
ドルン、ドルンとどこからもなく聞こえてくる爆音。
それは宮殿の壁を揺らし、兵士たちに言いようのない恐怖心を植え付ける。
「ひ、ひぃいいいい、化け物だ!」
「こ、殺される!」
兵士たちの中には戦意喪失して、その場から逃げ出そうとするものさえ現れるのだった。
無論のこと、リリアナは彼らを傷つけるつもりはない。
跳ね飛ばした後に、回復させるつもりではあったが。
「ほざくなぁあああああっ!」
聖獣に加えて、二体の人工聖獣。
まさかの反乱に聖王は奥歯をぎりりと噛みしめる。
「暗黒水晶よ、貯めた祈りの半分をくれてやるっ! 敵を捕らえよっ!」
とはいえ、戦いの場においては聖王の方が経験豊富だった。
リリアナたちの猛攻はここで潰えることになる。
彼女たちの足元から真っ黒い腕が何本も伸び、その体を絡め取ってしまったからだ。
「きたねぇぞ、テメー!? 一対一で勝負しろやぁあああっ!」
不意打ちを喰らったリリアナは必死にもがき、ハティは黒い腕を振り払おうとする。
だが、反撃むなしく、黒い腕はリリアナたちを捕獲してしまうのだった。
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