333.聖王様、ついに長年の大望を果たすと息巻くも、奴が非行のチャンプロードに走り出す
「灼熱の魔女を殺し、聖女は手に入れた! これで世界は我らのものだ!」
ここは聖王国の宮殿。
その支配者たる聖王アスモデウスは腹心たちを集め、大きな声で笑うのだった。
彼女を邪魔してきた、灼熱の魔女は謀略によって呆気なく滅んだ。
隣国の晩餐会に毒を仕込むという、シンプルかつ強力な方法だった。
さしもの化け物も聖王の持つ黒い水晶の力の前には無力だったのだ。
灼熱の魔女は手ごわい相手だった。
悪竜バズズを葬り、災厄の六柱の一つであるエルドラドを無力化するなど、規格外の力を持っていた。
それがいとも容易く死んでしまったのだ。
聖王は笑いを抑えることができない。
「せ、聖王様、それが、そのぉ、クサツのビオル大臣との連絡がついておりませんが……」
しかし、腹心の一人が自信のなさげな声を出す。
彼はクサツ魔導公国の工作を担当している男だった。
彼が言うには、確かに灼熱の魔女に毒薬を食べさせたものの、実行犯の大臣とは音信不通になっているとのことだった。
「ふん、あのような男のことなど捨ておけ! クサツ魔導公国など、これから踏みつぶしてくれる!」
聖王は、しかし、その報告を何でもないものとあしらうのだった。
彼女にとって関心はすでに灼熱の魔女の殲滅にはなかった。
ついに聖女を手に入れたのだ。
その力を使って、自らが世界に攻め入る時だと決断したのである。
「しかるに、計画の首尾に問題ないだろうな?」
アスモデウスは居並ぶ大臣や軍人たちに低い声で尋ねる。
その声は浮かれる大臣たちを鎮め、現実へと一気に引き戻す。
「ははっ! サジタリアス方面は問題ございません!」
大臣の一人が平伏し、これからの流れであるサジタリアス戦についてを説明する。
それは娘を誘拐されて怒り狂ったサジタリアス騎士団を聖王国の国境にくぎ付けにして、その間、手薄になったサジタリアスの王城を攻め落とすという計画だった。
サジタリアス急襲のために用意された兵士は数万。
それに加えて、多数のモンスターも従えている。
人間側の勢力で言えば、十万の兵に匹敵する兵力だった。
サジタリアスがいかに優秀な防衛都市であるとはいえ、それを崩壊させるのに十分な兵力だと言える。
「サジタリアス辺境伯はいけ好かない男だ。それが領地と領民のすべてを失い、絶望することになるとは小気味いい。ふははは」
聖王はサジタリアスが必ず攻め込んでくると確信していた。
サジタリアス辺境伯が娘を溺愛していることは間者によって明らかだったからだ。
そして、『聖女』というものは他国と戦争をしてまで奪い返す価値のあるものだと彼女は知っていたのだ。
聖王の脳裏にはかつて「大聖女」である私を求めて、多数の国が争った記憶が去来する。
その時の彼女は大聖女を演じることで、巨万の富と広大な土地を手に入れたのだった。
「クサツ方面も問題ございません! 例の呪われた沼を氾濫させ、大打撃を与えて見せます!」
そして、侵攻作戦にはもう一つ、計画があった。
それは隣国のクサツ魔導公国にも圧力をかけておくことだった。
クサツ方面に割く兵力はそれほど多くないが、そもそもクサツは弱兵ぞろいで知られていた。
恐れるに足りないと幹部たちは計算していたのだ。
「よかろう。サジタリアスとクサツを吸収した後は、禁断の大地の蛮族の息の根を止める! さらには災厄の六柱を復活させ、リース王国を崩壊させるのだ!」
聖王アスモデウスはそれからのビジョンを力強く宣言する。
禁断の大地の勢力は灼熱の魔女を失ったとはいえ、複数の剣聖や化け物じみた能力者を抱えている。
攻撃力という点において、いまだに危険なのは確かである。
また、灼熱の魔女のメイドや猫人の商人姉妹に対して、聖王は並々ならぬ警戒心を抱いていた。
あの女たちの瞳に宿る残忍さと執念深さは他の誰よりも手ごわいと見抜いていたのだ。
他国と戦争をするとき、求心力のある指導者や兵站を縦横無尽に操る実務者ほど恐ろしいものはない。
よって、最大限の兵力でもって禁断の大地をねじ伏せようと考えていたのだ。
「明日の新生式の準備は問題ないだろうな?」
その後、聖王は腹心の一人に声をかける。
新生式、それは聖王アスモデウスが新しく生まれ変わる儀式である。
聖女のスキルを授かったリリアナ・サジタリアスの体を受け取る儀式だともいえる。
「ははっ! 兵站に関係のない国民はそのほとんど教会に集め、祈らせております!」
「ふふふ、ならばよし!」
報告を聞いた聖王は気持ちよさそうに返事をする。
彼女の笑い顔は美しく、人を引き付けるカリスマに溢れていた。
しかし、どこか邪悪な意図が見え隠れしていた。
新生式では聖王が【イーター(聖)】のスキルを使って、リリアナの体に入り込む手はずになっていた。
しかし、実際のところ、それは聖王だけの力ではなしえない現象だった。
聖王の能力はあくまでも他者の聖なる力を吸収することであり、他人に成り代わることではなかったからだ。
それを可能にしたのは、彼女の持つ黒い水晶柱だった。
「熱心に祈りを捧げたものだけが救われるのだと伝えるように!」
「ははっ!」
聖王は部下に祈りを捧げさせるように厳命する。
それは決して信仰心のためではない。
彼女の力の源である、黒い水晶は他者の祈りを吸い込んで力を発揮するという特性があるのだ。
祈りを吸収した黒い水晶柱はそれこそどんな願いでもかなえてくれる。
例えば、
・敵対する人物を存在ごと消し去りたい
・最強の剣が欲しい
・失われた記憶を復活させてほしい
・死んだはずの盗賊を復活させたい
・吸血鬼が昼間でも行動できるようにしてほしい
といった、多種多様なものであっても。
聖王はそれを自分が持っている限り、絶対に負けることはないと笑うのだった。
そして、水晶柱がある限り、シレンやアリアドネといった規格外の戦士を操れるのだとも。
「暗黒蝶よ、明日は最大の祈りを喰わせてやる」
彼女はその後、玉座の裏にある黒い水晶柱に話しかける。
黒い水晶柱はどす黒いオーラを放ちながら、ゆっくりと回転する。
「寂しい……ここから出して……暗い……」
黒い水晶柱からは少女の弱弱しい声が発せられる。
か細いその声は感情を揺さぶるものだったが、聖王はそれを無視する。
彼女にとって、黒い水晶柱は生命線ともいえるものだ。
その水晶柱に封印した闇のエネルギーを解き放つなど、できるはずもないのだ。
◇
「ふふふ、これで終わりだ。……第二魔王に、いや、ユーリルに勝つのは私だけなのだ」
新生式を明日に控え、聖王は早めの床に就くことにした。
彼女の瞼の裏には、袂を分かってしまったかつての盟友の姿が浮かんでくる。
二人で世界を変えようと共に旅をし、解釈の違いによって分かれた古い友人。
強大な剣技によって今では第二魔王へと成り上がった男。
もはや百年近くも顔を合わせておらず、どんな姿になってしまったのかさえ知らない。
しかし、彼女は再会を望んでいた。
それも彼女が強大な存在として、彼を圧倒する形で。
彼に対する感情が何なのか、聖王はもう忘れてしまっていた。
だが、胸の奥にじんわりとした何かを感じる。
聖王アスモデウスは深く息を吐く。
心配することは何もない。
灼熱の魔女は死んだ。
リース王国は女王さえ抑えればなんとかなる。
そして、静かに眠りの世界に落ちようとしていた。
「せ、せ、聖王様、大変ですっ!」
しかし、腹心の一人の慌ただしい声によって彼女は叩き起こされることになる。
「何事だ!? 騒がしい」
聖王は怒りに任せて腹心を殺してしまおうかとさえ考えてしまう。
寝入りを起こされるというのは、それほど彼女の神経を逆なでしたのだった。
「そ、それが、あの、リリアナという女が聖獣を、ハティを盗んで走り出しまたぁああ!」
「なぁっ!?」
それは予想外の報告だった。
てっきりサジタリアスの進撃が早まった程度のものだと思っていたからだ。
「どういうことだ!? ハティが!? ええい、リリアナはどこへ行ったのだ!?」
「そ、それが分かりません! 行く先も分からないまま闇の中に消え去ってしまいました!」
腹心の報告は要領を得ない。
それもそのはず、ハティと言うあの黒い霊獣は懐いてはいるが、コントロールできないのだ。
戦いの場では多少、言うことを聞くものの、普段はどこかにふらりといなくなってしまう。
「あの、バカ狼が……」
聖王は舌打ちをするのだった。
しかし、聖女を連れて行ったのは由々しき事態だ。
急いで警備兵を集めて、回収するようにと指示を出そうとする。
しかし、報告はそれだけにとどまらなかった。
「アスモデウス様! あの女が宮殿の窓を、ステンドグラスを破壊しておりますぅうう!」
さらに腹心が駆け込んできて、その声が響く。
その報告に聖王は愕然としてしまう。
ハティに乗ったリリアナが夜の宮殿の窓ガラスを割っているというではないか。
それはただの装飾品ではない。
聖王のこれまでの歩みを描いた、聖書にも匹敵するものだった。
「おのれぇええええええ!」
激昂した聖王は裸足のままで駆け出すのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「盗んだ黒犬で走り出す……!」
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