330.クレイモア、シルビア、シレンの率いる漆黒軍団と戦います!
「ええい、祝賀会を襲う不埒ものを捕えよっ! 殺しても構わん!」
聖女の誕生を祝うパーティの中、乱入してきたのは真っ黒い狼だった。
その背にはこれまた黒づくめの男が乗っているようだが、フードを被っているため顔はよく見えない。
辺境伯はすぐさまリリアナや使用人、そして客人たちを避難させると、護衛兵を呼び出す。
自分の居城を襲われて、黙って見ていることなどできるはずがない。
精強で知られたサジタリアス騎士団がすぐさま排除に動くのだった。
「辺境伯、まずいのだ、それは……」
クレイモアは辺境伯に命令の撤回を促そうとする。
彼女は知っていたのだ。
あの狼は先日の凱旋盗との戦いの時に自分が戦ったものであるし、そして、それに乗る男のことは忘れもしない。
あのハンナを圧倒的な技量でねじ伏せた男だった。
その名も、シレン・ザ・ダークネス 三世。
ふざけた名前ではあるが、絶技の域に達した剣を使う男である。
いくら騎士団の同僚たちが優秀であるとはいえ、あんな化け物に勝てるとは思えない。
しかし、彼女の言葉は途中で終わってしまう。
「な、なんだ、これは!?」
「ぐはっ!?」
十数人の護衛たちはシレンを囲もうとするなり、膝から崩れ落ちる。
その方向を見やると、真っ黒い狼の足元から黒いツタのようなものが出ていて、兵士たちを締めあげてしまったようだ。
その様子を見たクレイモアは心の中で舌打ちをする。
シレンだけでも厄介なのに、あの黒い狼も相当に強力な魔物であると思われるからだ。
いや、一度戦ったことのある彼女は分かる。
あの黒い狼は魔物ではない。
シュガーショックに類するような次元の違う敵であると。
「シルビア、あの黒い狼と黒づくめのオッサンはかなり使うのだ!」
唯一、この中で戦力になりそうなのがシルビアである。
彼女とは過去にも連携して敵を撃退したことがある。
呼吸を合わせるのにも慣れている。
「く、黒いモフモフ、何あれ、あれに乗るなんて天国じゃないの……!?」
一方のシルビアは乗りこんできた真っ黒い狼の毛並みに夢中だった。
彼女はシュガーショックが乗りこんできたときも、その真っ白い毛並みにKO寸前だったのである。
「シルビア! 話を聞くのだよっ!」
「う、うっさいわね! 聞いているわよっ!」
珍しくクレイモアからツッコミが入り、シルビアは我を取り戻す。
彼女も目の前の敵が相当な使い手であることを見抜いてはいた。
しかし、それでもクレイモアのことを信頼していたし、遅れをとることなどあるはずがないと踏んでいたのだ。
「クレイモア、シルビア、やってしまえっ!」
後方からは辺境伯の檄が飛んでくる。
彼もまた、目の前の敵の正体を理解していなかった。
「辺境伯、ごめんだけど、全力で行かせてもらうのだよっ! 一撃一閃!」
クレイモアは床に転がっていた護衛兵の剣の柄を蹴りあげて拾いあげる。
そして、彼女にしては珍しく、初動から全力を込めて水平切りを放つのだった。
それはただの横薙ぎの剣技ではない。
彼女の持つ膨大な魔力が剣を通じて具現化し、対象を上下真っ二つに切り裂いてしまうのだ。
どごがががががががが!!!
猛烈な破壊音とともに、水平切りの方向にあった壁に入る横一文字の斬撃。
まるで巨大なドラゴンの爪で切り裂かれたような光景だった。
「ひぃいい!? クレイモア、貴様、城を壊す気か!?」
辺境伯は建物を破壊しかねないクレイモアをなじる。
しかし、クレイモアは「だから、ごめんって言ったのだよ」と悪びれる様子はない。
ほぼ初見殺しと言っていいほどの絶技である。
辺境伯もシルビアも敵を殺したものと思い込んでいた。
ただ一人、クレイモアを除いては。
「†ふふふ、いい技を持ってるな。さすがは白昼の剣聖というべきか†」
彼女たちの目の前には先ほどの狼とシレンが現れる。
いや、余裕を示すためなのか、男は狼の背に寝そべってすらいた。
黒い狼は大きくあくびをする。
「くぅううう、モフモフをベッドがわりにするなんて許せない……。はっ、いけない、いけない、あのオッサンから狼ちゃんを解放しなきゃ!」
その様子を見て歯噛みをするシルビア。
しかし、すぐさま我に返るのだった。
「シルビア、大きめの光源魔法を放つのだっ!」
「は? なんで? 薄暗いけど戦えるでしょ?」
「いいから、早くするのだっ!」
敵はまだ動かない。
だが、クレイモアは急かすようにシルビアに魔法を使うように指示を出す。
彼女は知っていたのだ、目の前の男が敵の影の中を移動する化け物のような技を使うことを。
クレイモアは先ほどの斬撃で使い物にならなくなった剣を捨て、新しい剣に変える。
いつもの大剣を控室に置いてきたことが悔やまれるが、泣き言を言ってはいられない。
手元にある武器で敵を仕留めるのだ。
「光で満たせっ! ライトニング!」
シルビアは不本意な顔をしながらも、光源魔法を唱える。
薄暗い部屋に明々とした光がともり、黒い野獣と不審な男をこれでもかと照らすのだった。
「†ほう、それで俺の技を封じたとでも言うのかな?†」
男はゆらりと狼から降り立つと、漆黒の剣を構える。
まるで何かに濡れているかのように怪しい光を放っていた。
「業断 ―解き放たれし陰の絶望―」
シレンはふわりと剣を動かす。
すると、彼の背後に数人の男が現れるではないか。
「ぶ、分身しただと?」
辺境伯は驚きの声を漏らす。
高速で移動すると残像が目に焼き付いて、分身したかのように見えることがある。
しかし、彼の技は異なっていた。
「†これは絶望の影だ、分身ではない†」
シレンは言葉を吐くと同時に無数の方向から斬りかかってくる。
それは四方八方どころではない。
頭からつま先まで、全ての部位に狙いを定めた斬撃が飛んでくるのだ。
「ぬぁあああああっ!」
ががががががががっと剣でいなすクレイモア。
しかし、いつもの戦いとは大きく精彩を欠いていた。
それもそのはず、彼女の剣は愛用のものではなかったからだ。
「ちっ……油断したのだ……」
そして、決着は意外なほど早く着く。
クレイモアは肩を斬られてしまい、舌打ちをしながら距離を取る。
裂けた調理服に血が滲む。
「シルビア、あれの準備をしとくのだよっ」
「わかってる……」
クレイモアはシルビアに二言三言つぶやくように言う。
距離を取った彼女であるが、珍しく作戦を練っていたのだった。
「†……なかなかやるな、白昼の剣聖†」
一方のシレンは脇腹を手で抑えるジェスチャーをする。
漆黒の鎧に身を包んでいるため分かり辛いが、どうやらクレイモアは相手にカウンターを叩き込んだらしい。
剣の切っ先を向けて、低い笑い声を出すシレン。
それを睨み返す、クレイモア。
緊張の瞬間であるが、真っ黒な狼は耳の後ろがかゆいらしく、せこせこと後ろ足でかいていた。
「てめぇ、あたしのクレイモアに手を出したら、許さないよっ!」
緊迫した空気を切り裂いたのは、クレイモアではなかった。
彼女の母親のクレアが娘を傷つける男に向かって包丁を投げつけたのだ。
クレアは元冒険者である。
腕っぷしは強く、今でもモンスター狩りをするほどだ。
当たれば命を奪いかねない包丁の一撃!
がぁんっ!
しかし、ほぼ死角から飛んできた包丁をシレンは振り返ることもせずに撃ち落とす。
まるでその方向に目があるかのような動きをする彼に騎士たちの瞳は釘付けになる。
その動きをもって辺境伯は悟ることになる。
目の前のこの黒ずくめの男はただの変質者ではないことを。
「わかっていたさ、それぐらいっ! クレイモアっ!」
しかし、クレアの動きは二段構えになっていた。
彼女は包丁を投げた後、すぐにクレイモアの所に駆け込んでいく。
クレイモア愛用の巨大な剣を抱えて。
「†それは少し厄介だな†」
冷静なのはシレンも同じだった。
彼はクレアの包丁が陽動であることに気づいていたのだ。
「クレイモア、剣をっ!」
クレアは走りながら、大剣をクレイモアへと渡す。
それは彼女から託された剣であり、剣聖の道を歩み始めた娘への最初のプレゼントでもあった。
質量のある剣であれば、シレンの攻撃をはじき返すことができるとクレアは踏んだのだ。
それは自分の身を呈してでも娘を助けたいという親心からの行動でもあった。
クレアにとってクレイモアはたった一人の娘である。
失うわけにはいかない。
「†業断 -宵闇の影-†」
そんなクレアの思惑とは裏腹に、彼女影から男の剣が伸びる。
それは殆ど不可避の一撃だった。
「母上殿っ!」
クレイモアは剣を受け取ることさえせずに、クレアをかばうようにして突っ込んでいく。
彼女は失うわけにはいかなかったのだ。
たった一人の肉親を。
せっかく親子で同じ舞台で料理をすることができたのに、ここで終わりにはできない。
「ぐぅっ………!?」
膝から崩れ落ちるのはクレイモアだった。
間一髪、彼女はクレアを突き飛ばすことに成功したものの、脇腹に一撃を喰らってしまった。
彼女は大剣で体を支えるものの、呼吸は荒い。
受けた斬撃が深い傷を作っているのは明らかだった。
「†剣を捨てるとは愚かな奴だ†」
シレンはクレイモアを見下しながら、そう吐き捨てる。
母親が命を賭してまで大剣を渡しに来たのだから、それをかばってどうするのか。
大剣を手にしていれば、あるいは自分に一撃を入れることもできたかもしれないのに。
彼の言っていることは正しかった。
クレイモアは自分の甘さに歯噛みをするが、後悔はしていなかった。
別に彼女は自分たちが負けるとは思っていなかったからだ。
「シルビアっ!」
「分かってるわよっ! 真打ちは遅れたころにやってくるってね! あんたら喰らいなさい、極寒の波動」
そう、クレイモアの動き自体も一つの囮だったのだ。
本命はシルビアの唱える超強力な魔法によって、敵を一網打尽にすること。
部屋全体を凍り付かせることによって、敵の動きを封じ込めるというものだった。
それはシルビアの身長を縮めてしまうほど膨大な魔力を使う隠し技だった。
彼女にとっては自爆攻撃と言ってもいいほどの極限魔法。
発動すれば、さしもの敵も凍り付くはずだった。
しかし。
わぁおおおおおおおおおおんっ!!!
黒い狼がその巨大な口を開けて咆哮するではないか。
口の中に光る魔法陣は古の時代の古い術式だった。
シルビアの渾身の魔法は発動直前で掻き消えてしまう。
「そ……ん……な……」
その咆哮はただの遠吠えではない。
猛烈な魔力の波を形成し、その場にいるほとんどを失神させる。
まるで失われた魔導兵器のような威力を放ち、クレイモアでさえも意識を保つのに精一杯だった。
魔力の尽きかけていたシルビアは呆気なく、膝から崩れ落ちることになる。
「あらぁ~、もう終わったね?」
そして、ガレキだらけになった大広間に少女の姿が現れる。
それは吸血鬼のアリアドネ、凱旋盗で魔王と激闘を繰り広げた女である。
彼女は避難したはずのリリアナを捕まえていた。
「ク、クレイモアっ!? お父さまもっ!?」
リリアナは床に伏せる面々を見て、悲鳴を上げる。
その目には涙が浮かんでいた。
「リリ……様……」
クレイモアは立ち上がろうとするも、毒か呪いかによって動くことができない。
歯を食いしばっても、太刀打ちできない相手。
それは彼女にとって人生で二度目の大きな敗北だった。
「†白昼の剣聖、腕を磨け。漆黒の夜に再びまみえんことを!†」
そして、シレンたちは黒い狼に乗って、サジタリアスを後にするのだった。
リリの悲鳴は夜の闇の中に溶けていく。
彼女は黒い狼の猛烈なスピードに悲鳴を上げながら失神してしまうのだった。
※作者からのお詫び:シレンの名前が「シレン・ザ・ダークネス」から「シレン・ザ・ダークネス 三世」へと変更してあります。こちらの方が燃えますよね!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「†奴が俺の失われし十四歳を刺激する……!†」
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面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
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