329.リリアナ様、サジタリアスでついにスキルをゲットするよ! しかし、その裏では……
「リリアナ・サジタリアス様、ではこちらにいらしてください!」
ここはザスーラ連合国の首都にある、スキル神殿。
毎年、成人を迎える子女が天啓―スキル―を授かる儀式を行う場所である。
今日、その神殿には大勢が詰めかけていた。
なぜならば、今回、スキルを授かるのはリリアナ・サジタリアス。
ザスーラ連合国の有力者であるサジタリアス辺境伯の一人娘だったからだ。
辺境伯ことリスト・サジタリアスは娘のスキルは聖女に間違いないと確信していた。
彼はリリアナが魔族の攻撃を跳ね返すほどの聖なるオーラを発現したことを覚えていた。
自慢の一人娘が一人前となり、聖女と言う誉れのあるスキルを授かるのだ。
その喜びと誇らしさは尋常のものではない。
辺境伯は今から涙腺が緩むのを感じる。
「は、はい……」
一方のリリアナは緊張した表情である。
それもそのはず、スキルの授与は完全にランダムであるとされている。
授与式までに一切の料理ができなくても、いきなり料理関係のスキルを得ることだってあるのだ。
リリはおかしなスキルだったらどうしようと不安を感じるものの、大丈夫だと自分に言い聞かせる。
そして、神官の導きに従って、神殿の中央へと向かうのだった。
神官はリリアナと同世代ぐらいの少女で、厳格な雰囲気を和ませようとしているのか、かなり明るい声で話していた。
リリアナは神官の前に頭を下げて、目を閉じる。
次第に感じる温かい光。
神からのスキル授与が始まったのだ。
「ほわぁああっ、こ、これは! リリアナ様のスキルは……!」
神官の驚いたような声が神殿に響く。
辺境伯をはじめとして、一同はごくりとつばを飲み込む。
「聖女、聖女ですぅうううっ! ここに新しい聖女が生まれましたぁっ!」
神官は大きな声でリリのスキル名を宣言する。
それは、聖女。
回復魔法や浄化魔法に秀で、魔物を祓い、この世界を救う存在。
歴史に名を連ねたものも数多い。
「おめでとうございます! 辺境伯!」
「素晴らしいですなっ!」
辺境伯の周囲にいた親族やなじみの貴族たちは、口々に祝福の言葉を述べる。
彼らにとっても、近しい位置に聖女がいることは大きなメリットだ。
辺境伯との友好関係を絶対に築いておかなければならない。
可能であれば縁組の相談をしたいぐらいである。
「あ、ありがとうございますぅううう」
スキルを授かったリリは涙を流してしまう。
緊張の糸が切れたのもあるのだろうし、これでユオにもっと貢献できると思ったのだ。
「おぉっ、クラスもありますよっ!」
盛り上がる中、神官はさらに言葉を続ける。
どうやら、聖女のスキルの後にクラスと呼ばれる区分けも発現したらしい。
「ぬぅうう、読みづらいですけど、クラスは、えーと『そうしそうあい』って出ています!」
その言葉を聞いた一同はさらに感心したような声を出す。
「そうしそうあい」とは聞いたことのないクラスだったものの、どう考えてもポジティブな響きである。
普通に考えたら、相思相愛であり、愛し愛される聖女という意味にとれる。
「愛情深いリリたんのことだ! 世界中から愛し、愛される運命なのだな! がはははは! くぅううう、泣ける!」
辺境伯はひとしきり笑うと、今度はいつの間にか泣き出すほどの情緒不安定ぶり。
リリアナのことを「リリたん」などと呼んでいることにも気づかないのだった。
ちなみに、周囲の貴族は若干、引き気味なのだった。
「あ、分かりました! 走死走愛みたいですっ! 走るのが好きなのかな? 古風な言い回しですねっ!」
神官の言葉にはさらに続きがあった。
それは「そうしそうあい」の意味についてである。
どうやら「走死走愛」と表記するらしく、神官は魔法で空中に文字を描く。
神官はもっともらしく説明するも、わけのわからない言葉の羅列である。
「こ、これが私のスキルなんですかぁ!?」
これにはリリも涙目である。
聖女のスキルを授かったはいいが、「走る」ことになじみなどはない。
彼女はそもそも運動は苦手であり、走り方も女の子然としたものである。
平たく言うと、脚がとても遅いし、何もない所で転んだりするタイプの女子である。
「そうです! 走りを死ぬほど愛し、走りからも愛されるクラスです!」
神官はなおも明るい声でクラスの解説を続ける。
彼女は全てのスキルを愛していたし、それにまつわる解説をしっかりすることでも定評があった。
「走りって何でしょうな?」
「どこへでも走って治療をしてくれるということですかな?」
周囲の人々は混乱でざわざわとし始める。
聖女であったことは喜ばしいが、聞いたことのなさすぎるクラスである。
どういった意味があるのか、読み解こうとしているのだ。
「だ、大丈夫ですよっ! たぶん、良いクラスですよ。私、この間、リース王国で灼熱って言うクラスの人にもスキル授与しましたけど、その人、すっごく喜んでましたよ」
微妙になってしまった空気を和ませようとしたのか、神官の少女は慌てたように喋り始める。
それはちょうど一年ほど前に、リース王国の公爵令嬢、ユオ・ラインハルトのスキル授与についてのものだった。
ちなみにユオはスキル神殿での一件で役立たずと完全に見切られて追放された。
まったく喜んではいなかったのだが。
「しゃ、灼熱ってあの……」
「や、やめろっ! あの女のことを口に出すな!」
ユオはこのサジタリアスで大暴れした少女でもある。
辺境伯や側近たちもその時の恐怖を最近のことのように覚えている。
灼熱の魔女という言葉はサジタリアスではもはやタブーとなっており、神殿はさらに静まり返るのだった。
「やったぁ、リリ様が聖女様なのだっ! かっこいい!」
唯一、クレイモアだけは空気を一切読まずに大喜びしているのだった。
◇
「リリアナ様、おめでとうございます!」
「本当に素晴らしいですね!」
スキル授与が終わってからは辺境伯の城の大広間で、立食形式のパーティが開かれた。
クラスは不可解なものだったが、何はともあれ、聖女の誕生である。
盛大なパーティを行うのに値する祝うべき日である。
人々は祝福の言葉を口にし、酒と料理に舌鼓を打つのだった。
「今日の料理は特においしいですね」
「そりゃそうだ、あのクレアが城まで出向いて作ってるんだから」
人々は料理の出来栄えに賛辞を贈るのも無理はない。
サジタリアスで最高の料理店のシェフがリリのために腕を振るっているのだ。
クレアはホールの一角にブースを作ってもらい、そこで精力的に調理を行っている。
「あれって、剣聖のクレイモアか? 料理してるぞ?」
「あぁ、実は料理がすごくうまかったんだってよ!」
そして、クレアの隣で嬉しそうに料理をしているのがクレイモアだった。
料理人姿の彼女は神速とも言える動きで材料を刻み、調理していく。
彼女たちの美貌も相まって、調理ブースには人が集まり始めていた。
「お父さま、私もお料理できるんですよっ!」
クレイモアの活躍が羨ましくなったのか、リリアナは自分も調理に参加したいという。
しかし、辺境伯から「パーティの主役はお前なのだから」と説得されて、彼女は諦めるのだった。
クレイモアは生まれて初めて、辺境伯リストを尊敬したのだった。
「リリアナ様、ばんざぁあああい!」
「サジタリアス、ばんざぁあああい!」
人々は大いに盛り上がり、サジタリアスの未来を誰もが祝福した。
「く……、遺伝なんて大っ嫌いだわ……」
そんな中、一人だけ溜息をつきながらワインを飲んでいる人物がいた。
それはサジタリアス騎士団の筆頭の一人、天魔のシルビアだった。
優秀な魔法使いであり、挙げた功績は数知れず。
美しいボディラインで妖艶な雰囲気を持つ美女でもある。
そして、彼女が不機嫌なのには理由があった。
それはクレイモアとクレアの母子が並んで料理している時を見れば、一目でわかる。
二人ともにどこがとは言わないが、大きいのである。
祝いの籍のための純白の調理服を着ているため、露出が大きいわけではない。
それなのに明らかにわかるボリューム感。
男たちは「すごいっすね」「瞳に焼き付けておこう」などと言いながら、二人をちらちらと見やる。
魔法の力で自分の姿を偽装しているシルビアにとって、母子で見せつけられるのは本当に癪なことだったのだ。
◇
「それでは、私の娘、そして、新しい時代の新しい聖女、リリアナより皆様にメッセージをお送りさせて頂こう!」
酒の入った辺境伯は大きな声で皆に注目を呼びかける。
パーティの締めとして、リリアナに客人たちに感謝の言葉を述べてもらい、これからの所信を伝えてもらうためだ。
この時、辺境伯は人生の絶頂にいた。
愛する、いや、溺愛する娘が聖女になったのだ。
走死走愛というクラスは意味不明だが、聖女は聖女である。
彼は娘のことが誇らしかったし、その幸せを人々に分け与えたいと考えたのだ。
「あ、あう……」
皆の注目が集まると、リリアナはどうしても言葉に詰まってしまう。
貴族令嬢とはいえ、彼女は気弱で優しい性格の少女である。
自分の意見をはっきり言うことには慣れていない。
しかし、ユオ達との暮らしの中で彼女は変化した。
彼女はふっと軽く息を吐くと、一同に向かって深々と礼をする。
そして、ゆっくりと話し始めるのだった。
「皆様、今日は私のためにお集まりいただきありがとうございます。私はこれから聖女として気合を入れて、世のため人のため本気で貢献していきたいと思います。これからも、ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
それは「気合いを入れて」「本気で」の部分以外は型通りの挨拶だった。
だが、リリアナはまるで一人一人に語りかけるように言葉を紡いでいた。
結果、客人たちの胸は感動に震えることになる。
彼女の姿勢は美しく、母譲りのドレスも良く似合っていた。
辺境伯は娘の成長を実感して、泣き出しそうになるのを必死にこらえるのだった。
「†いい挨拶だ。しかし、悪いが今日でサヨナラだ†」
そして、どこからともなく会場に不審な声が響く。
魔石のランプがちらつき、ゆらゆらと揺らめく。
「リリ様!?」
クレイモアが異変に気づき、手元のナイフに手を伸ばす。
シルビアは静かにワイングラスをテーブルに置く。
次の瞬間。
がっしゃああああああああああんっ!
かつてユオによって破壊された大広間の豪奢な窓ガラスは、再び派手な音を立てて粉々に飛び散る。
そして、そこにいたのは禍々しい黒い狼だった。
※一話で収めるつもりでしたが、楽しくて長くなってしまいました。申し訳ございません。
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