327.魔幼女様、非道な大臣についうっかりやってしまう(知ってた)
「これは奇跡のお湯なんですの! インチキではございません!」
大臣の声に猛抗議するのは、ヨイヨイである。
抗議に来たはずの民衆はその様子を固唾を飲んで見守っていた。
「どなたかこのお湯に入ってくださいまし! きっと、効果を実感できますの!」
ヨイヨイは人々を見回して、その奇跡の効果を実証すると息巻く。
確かに私のお湯には素晴らしい力がある。
入った人の疲労を癒し、明日への活力を与えてくれる。
入ってくれれば、すぐに分かるはずなのだ。
「何を言ってるんだ!? 呪酸沼のお湯に入れだと?」
「お、俺はごめんだぜっ!?」
「私もよっ! 死ぬのは嫌!」
しかし、人々の頭の中にはまだまだ呪酸沼の水っていうイメージがこびりついているのだ。
ぐぅむ、どうしたものだろうか。
着衣したままでもいいから、誰か入ってくれないかな。
「よ、よし、わしが立候補じゃぁあああ……」
ここで声をあげてくれたのが、村長さんだった。
しかし、体調が悪いままなのか、大分縮んでしまっている。
「なんだぁ? そんな小さなジジイが入ったら死んじまうんじゃないのか?」
「止めとけ爺さん、年寄りの冷や水ってやつだぞ!」
人々は村長さんを心配しているかのように声をあげる。
確かに得体の知れない液体に入るなんて、彼らからしたら狂気以外の何物でもないかもしれない。
「よぉし、サンライズ、わらわが手伝ってやろう。【捕食の蔓薔薇)】!」
ぷるぷる震える村長さんをイリスちゃんは介助してくれるとのこと。
うふふ、このコンビ、思い合っていて本当に素敵だな。
と、思いきや。
彼女は禍々しい薔薇の触手みたいなのを出現させ、村長さんにからめる。
「ぬはぁああああ!? イリス、きさまぁあああ!?」
そして、村長さんをお湯の中に頭から突っ込ませた。
どうしてそこまでバイオレンスにできるんだろう!?
「お、おい、大丈夫なのか?」
「あのダークエルフ、まともじゃねぇぞ?」
人々はもはやイリスちゃんにドン引きである。
この人を連れてきたのは完全に間違いだったと思う。
あの時、私が断っておけば、村長さんも死ななくて済んだのに。
ごめんね、ハンナ。
私は村長さんの溺死を覚悟したのだった。
しかし、十秒後。
「ふっかぁああつっ!」
村長さんはお湯から5メートルほど飛び上がり、空中で一回転すると床に着地する。
相変わらず服はびりびりに破けているけど、下着は無事だった。
よかった。
「ぬははは、これぞ温泉の効果! 魔女様の奇跡じゃぞ、皆の衆!」
村長さんはそのままポーズ披露の場に移行。
ご自慢の肉体美をこれでもかと人々に見せつける。
「す、すげぇ! じじいが復活したぜ! 最高じゃないか!」
「なんてバルクだ! こっちに迫ってくるようだぜ!」
魔族の人々は村長さんの変貌ぶりに大歓声。
入浴法はともかく、これでお湯が奇跡のお湯だってわかってくれただろうか。
よっし、これで争わずにすんだよね!
「それはそのじじいが特殊体質なだけだろう! お湯に入って体が膨らむだと? ふざけるなっ!」
しかし、ここでも野次を飛ばす人がいる。
例の大臣とその取り巻き達だ。
いや、言っていることはすっごくまともなんだけどね。
常識的に考えて、筋肉が膨らむとかありえないし。
「そ、そうだよな? 冷静に考えてありえないか」
「あの爺さんが変態だっただけか?」
魔族の人たちの間にも、私同様、常識を持っている人達がいるらしい。
彼らは声をあげることをやめ、疑いの視線を向ける。
「ふふふふ、貴様らも入ればわかる! 優しいわらわが介助してやろうではないか」
ここでイリスちゃんはさらに魔力を解放。
彼女の背後にうねうねと無数の薔薇の蔓が現れる。
その蔓で魔族の人たちを強制的に入浴させようとしているらしい。
「ひぃいいいっ! ダークエルフがえげつない魔法を使ったぞ!?」
「第一魔王といい、ダークエルフは頭がおかしい奴ばっかりなんだよ!」
「ひきゃあああ、あなただけでも逃げてぇえええっ!」
「お母さぁあああんっ!」
巨大な蔓が人々をからめとり、まさに阿鼻叫喚。
魔王が攻めてきたかのような有様。
「わはははは! 逃げまどえ! わらわに抵抗して見せよっ!」
もはや入浴させることなどそっちのけで捕まえることに熱中するイリスちゃん。
よっぽどこの人のほうが魔王だよ。
うねうねと動く蔓は人々をことごとく捕まえて締め上げてしまう。
中には恐怖のあまり、失神する人まで現れる。
「ふぅむ、こりゃあ、順番待ちの行列ができそうじゃのぉ」
村長さんはこのありさまを見て、しみじみとそんなことを言う。
いや、行列とかそんな問題じゃないから!
あの暴君を抑え込まなきゃ、大変なことになるんだって!
「ちょっと待つのじゃ! でぇえええ、何が起きておるのじゃ!?」
混乱の中に現れたのは、シュガーショックに乗ったエリクサーだった。
しかも、それだけじゃない。
シュガーショックと一緒に魔族の人も現れたのだ。
「皆の衆、信じるのだのぉおお! わしは魔女様のお湯で復活したのだのぉお」
そう、呪酸沼の近くで無理やりムキムキになった、あのお爺さんである。
彼は相変わらずのいい体のままで、阿鼻叫喚に陥る人達に声をかける。
「あ、あれは、公国の守護神、ダノォ様ではないか!」
「やせ細った爺さんだって聞いていたけど、すごい筋肉だ!」
「俺は信じるぞっ! それは奇跡のお湯だっ! 許してくれ!」
「私も信じるわっ! だから、はやくこれを解いて!」
ここで流れは完全に変わった。
エリクサーが連れてきたお爺さんのお蔭で、魔族の人たちもついに理解したのだ。
「わかればいいのだ! はっはっはっ! わらわのサンライズに失礼は許さんぞ!」
もっとも、半分以上はイリスちゃんの魔法から逃れたいがために無理やり納得したのだと思う。
圧倒的にな暴力の前では黒いカラスも白くなる。
「み、み、認めんぞぉおっ! わしは認めん! その小娘が灼熱の魔女だと!? ふざけるなぁっ! ええい、やれっ!」
しかし、一人だけ最後まで納得していない人物がいた。
大臣である。
彼はこちらに怒号を上げて、大声で何かの指示を飛ばす。
「ご主人様!?」
それは一瞬の出来事だった。
おそらくは大臣の手下か何かが、こちらに弓矢を撃ってきたのだ。
以前の私なら熱鎧で防ぐこともできただろう。
でも、今の私は違う。
何もできない、かよわい少女なのだ。
私は縮こまって矢を避けようとする。
一方、ララはとっさに私をかばうように前に出た。
「ララっ!?」
そして、私が見たものは肩から血を流すララだった。
幸い、皮膚を一枚切っただけだったものの、当たりどころが悪ければ大変なことになったはず。
「魔女様、ララさん、ご無事ですか!?」
村長さんも身を呈して守ってくれたらしく、彼の周りには折れた矢が何本も転がっていた。
どうやら素手で飛んできた矢を撃ち落としてきたらしい。
「こんの痴れ者どもがぁああっ! 貴様らの臓腑を引きずり出してやる!」
イリスちゃんは物陰にいたのであろう、大臣の手下たちを続々と捕縛する。
セリフから何から、もう完全に悪役である。
もちろん、殺しちゃダメだと私は叫ぶのだが。
「お怪我はございませんか? ご主人様」
優しく微笑むララ。
彼女の肩から流れた血が地面に落ちているにも関わらず、私の心配だけをしてくれているのだ。
ララと私の付き合いは長い。
公爵令嬢時代は私の専属メイドだった。
私が一人で辺境に追放された時も笑顔でついてきてくれた。
お金がなくてどうしようもなかった時も、笑顔で一緒に計画を立ててくれた。
ララと私は一心同体なのだ。
それを、この大臣は……!
ぷつっと何かが切れた気がした。
私は頭に来たのだ。
私の大事なララを傷つけたことに。
「あんた、許さないよっ!」
子供の姿ではあるが、言うべきことは言ってやらねばならない。
こんな悪逆非道なことをしていいはずがないって。
「ぬははは、子供になった貴様に何ができるというのだ! ルルイエよ、見せてやるのだ! 貴様のその破壊の力を!」
大臣は邪悪に顔をゆがめて、手を大きく振る。
おそらく、他にも隠し玉を用意していたのだろう。
しかし、訳が分からない。
彼が合図を送る方向には何もないのだ。
「ルルイエじゃと!? なんか、聞いたことがある気がするのぉ」
「呆けたか、サンライズ! 透明魔獣ではないか! 空から攻撃をしてくるやつだ!」
どうやらイリスちゃんは敵の正体を知っているらしい。
透明魔獣って名前の通り、透き通った魔獣だとのこと。
つまり、この空のどこかにその魔獣とやらが浮かんでいるのだ。
「ご主人様、私を置いて、お逃げくださいっ……!!」
ララは悲壮な顔をして、私を助けようとする。
明らかに顔色が悪い。
ひょっとしたら矢に毒でも塗られていたのかもしれない。
確かに、イリスちゃんと村長さんに任せれば逃げることもできるかもしれない。
だけど!
だけど!!
ララを見捨てることなんかできるわけないよっ!
「やれぇええええ! 民衆ともども、蹴散らすがいい!!」
大臣は声を裏返させて、モンスターに命令を下す。
彼はここにいる人達を巻き添えにしても心が痛まないらしい。
この男、本当に許せない。
胸の奥に感じる、熱い塊。
世界のすべてを焼き尽くすようなエネルギーの衝動。
「このバカぁアンギャアアアアアアアアアア!」
そして、私の口から大量の炎が飛び出した。
城門の前の空一面を焦がす青い炎。
それは高さ十メートルほどのところで何かにぶつかり、ヘンテコなシルエットを形成する。
次の瞬間、ボンッと音をたてて、それは消え去ってしまった。
「ぬがぁあああ!? 私の、私のルルイエが燃えただとぉおおお、借金してまで購入したのぃいいい!?」
地面に突っ伏して、泣き叫ぶ大臣。
何だかよく分からないけど、私が放出した炎によって魔獣は燃えてしまったのだった。
なるほど、あのシルエットは化け物のかたちだったのか。
泣き叫ぶ大臣を見て、すっきりする私である。
大臣はその後、村長さんによって身柄を抑えられたのだった。
「どうですか、皆さま! 幼女になっても魔女様は健在ですの! 魔女様、ばんざい! 魔幼女様、ばんざい! 魔女様の世界征服のために我々も手を貸しますのぉおおおお!」
イリスちゃんと大臣のおかげで修羅場と化した城門の前は静まり返っていた。
そして、最初に口を開いたのはヨイヨイだった。
彼女はとんでもないことを抜かしてくれたのだ。
「灼熱の魔女様、ばんざぁあああい!」
「破壊神様は健在だぁあああ!」
「魔女様の世界征服に俺たちもついていきまぁあああす!」
ヨイヨイの声に呼応して、始まる魔女様コール。
「な、なにこれ!?」
愕然とする私。
自分の村ならまだしも、他人様の国でこんなことが起こるなんて。
そもそも、私はなんてはしたない真似をしてしまったのだろうか。
口から火を吐きたかったわけではない。
大声を出したら、自然とこみ上げてきただけで。
ああああ、どうしよう。
この人たち、盛大な勘違いをしてるよぉおお。
「お見事でしたよ、ご主人様。私も演技を頑張った甲斐がありました」
驚き焦る私の傍らで、拍手をして立つものがいる。
口調からお分かりの通り、ララである。
彼女は無事だったのだ。
いや、無事どころの騒ぎではない。
顔色もよく、いつの間にか包帯で手当てすら終わっていた。
「演技を頑張った、それってどういう!? あんたまさか……」
ここで私は気づいたのだ。
ララは長年の戦いで弓矢程度は魔法で防ぐことができるのである。
彼女は敢えて傷を作り、私の感情を刺激したのだ。
「くふふ、まさか口から火を噴いて巨大な魔獣を仕留めるとは思いませんでしたけれど。ご主人様、さいっこぉでしたよ!」
はめられた。
そう、私は彼女の策にまんまとはまってしまったのだった。
うわぁああああ、穴があったら入りたい!
「魔幼女様、ばんざい」の声が鳴り響く中、私は大きく、大きく、溜息をつくのだった。
なんでこうなるのよ!?
ちょっとぉおお、私、やっぱり、魔女じゃないんですけどぉおおっ!!
◇ 大臣の叫び
「あの魔女、半端ないって! もぉおお、あいつ半端ないって! 口から青白い炎、めっちゃ出すもん! わしの魔獣燃えてるやん! そんなんできひんやん、普通……そんなんできる!? 言っといてやぁああ! できるんやったら……」
捕縛された大臣は取調室でそう泣き喚いたという。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「大臣、お前、魔女様のサインもらっておけばよかったな」
と思ったら
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