325.魔幼女様、呪いの沼を奇跡の温泉地に変えていくも、アクロバット入浴法にドン引きする
「ゆ、湯気があがってるのじゃぞ!?」
「ご主人様、まさか!?」
エリクサーとララの驚く声が聞こえる。
そう、まさかのまさか、なのだ。
私はこの呪酸沼の水をすべて、お湯に変えてしまったのだ。
辺り一面に温泉らしい香りが立ち上り、テンションがあがる。
おそらくは源泉から温めたから、この土地は全部、温泉地になっちゃったはず。
もしかしたら、他にも呪酸沼っていうのはあるのかもしれないけど。
「ぷはぁああっ! どう? 見た? これも温泉だったんだよ!」
息が続かなくなった私は水面にがばっと顔を出す。
そして、皆に伝えるのだ。
皆に忌み嫌われていた呪酸沼はいい感じのお湯であることを。
今はまだ整備されていないから、足元はぬるっとか、ざらっとかしている感じだし、入りたいって思わないかもだけど。
「ほ、本当ですの? ひぃいい、指を入れたらピリピリするんですのぉおお!?」
「ふぅむ、確かにちと刺激が強いのぉ」
ヨイヨイとエリクサーはお湯に指を入れて、感触を確かめる。
ふぅむ、どうやら子供の肌にはお湯の刺激が強すぎるのかもしれない。
「わしは何とも感じんなぁ」
「わらわもだ。なかなかよさそうな温泉だな」
一方、村長さんとイリスちゃんも手をお湯にくぐらすけれど、ちょうどよいとのこと。
ふぅむ、お年寄りにはいい感じなのかな。
イリスちゃんは見た目は子供なんだけど。
「……いいお湯ですね。それにしても、ご主人様のその姿は温泉向けに進化された幼女なんでしょうかね? 謎です」
ララもお湯の確認をするのだが、幼児の私がどうして平気なのかのほうが気になるようだ。
私にだって刺激は強いと思うのだが、これはこれでアリという感じなのだ。
大人の体で入ったら、もっと最高に違いないよ。
「ぐびぐび、ふぅむ、胃腸に染み渡るのぉ」
「サンライズ、おぬし、お湯なんぞ飲んで大丈夫なのか!?」
村長さんに至ってはいつものように温泉のお湯をぐびぐびし始める始末。
新しく発見したばかりのお湯なのだが、大丈夫なんだろうか。
村長さんらしくてワイルドだとは思うけど。
「魔女様がいらっしゃれば、この不毛の大地はすごいことになりますの! 呪酸沼は海の方にもあるんですの!」
ヨイヨイはぴょんぴょん跳ねながら嬉しそうな声をあげる。
彼女の言うとおり、ここら辺は呪酸沼の水のおかげで植物も生えない土地だったのだ。
温泉地になれば人がどんどんやってくるかもしれないよね。
「ご主人様、ビジネスチャンスですよ……!」
「そ、そうだね!」
お湯から上がって熱の力で体を乾かしたところで、ララが私に耳打ちしてくる。
そう、これはビジネスチャンスなのだ。
私たちの温泉以外でも温泉を開発するという、ビッグビジネス!
「ヨイヨイちゃん! 温泉ってさぁ、結構、開発とか管理? そういうのが難しいんだよねぇ? だからぁ、できたら、私たちと一緒に手を組んでリゾートを作っていかない?」
できるだけ怪しくないようにヨイヨイを勧誘することにした。
欲が出てちょっと早口になってしまったけれど。
「ひぇええ、いいんですの? 私としましては、魔女様が無毒化してくださったのですから土地ごと差し上げてもいいと思ってたんですけど……」
私の申し出にヨイヨイは斜め上の返事をする。
それはまたとないチャンスであるかのようにも思える。
なんせうちの村にはない、新しい質の温泉を無料でもらえるというのだから。
だけど、私は思う。
温泉は独占すべきじゃない。
みんなが多様な温泉を持っていて、みんながそれを訪問すれば、きっと戦争なんてなくなるのだ。
世界中に温泉を広めることこそ、積極的にやっていかねばならない。
「なるほど、それがご主人様流の世界征服ってことですね?」
「……違うよ? ララ、私の話聞いてた?」
すっごくいいことを伝えたつもりだったのだが、ララには一切伝わってなかった。
いや、曲解されていた。
「ヨイヨイ、あなたがこの温泉を最高の温泉に変えるのよ! 温泉って最高なんだから!」
ヨイヨイの手を握って、思いのたけをぶつける。
すると彼女は感極まったように目に涙を浮かべる。
そうだよ、欲しかったのはそういうリアクション!
大事なのは温泉で世界に笑顔を届けようって言う美しい心!
「魔女様! 頑張りますの! 世界征服に向けて、私、一生、お仕えしますのぉおおお!」
「違うよっ!? 世界征服は私が言ったんじゃないよ!? あんたも私の話、聞いてないよね!?」
せっかくの感動的なシーンがララのおかげで台無しになるのだった。
なんてこったい。
◇
「ぐむぅ、これはちょっと胃腸に来たかのぉ……」
「ぬぉおっ!? サンライズ、貴様、めちゃくちゃ縮んでおるぞ!?」
それでは出発しようという時になって、村長さんから不穏な声が漏れる。
振り返ると、あらびっくり。
私とララが村に来た当初の、あの痩せて小さくなった村長さんがそこにいたのだ。
どうやら先ほど飲んだお湯が消化器官にダイレクトに響いたらしい。
やっぱり温泉のお湯だからって見境なく飲んじゃダメなのだ。
お腹を壊した村長さんは体が冷えてしまい、関節がカチコチに固まっているとのこと。
「……そうだっ!」
ここで私の頭に浮かんだのは、やはり温泉に入れることである。
温泉のぬくぬくぽかぽかパワーは村長さんの関節にもいいに決まってるよね。
「ぐむぅ、難儀じゃのぉ……」
「温泉に入れればいいのだな? ほら、入るのじゃ!」
「ちょ、ちょい、イリス、押すでないぞ! お、押すな」
「ふふ、押してほしいのだな? そぉれっ!」
私が入浴を提案すると、イリスちゃんは村長さんを温泉に突き落とす。
どぼん、と鈍い水音。
っていうか、乱暴すぎる入浴法である。
リアルに「押すな」と言っていたかのように思うのだけど。
お年寄りはもっと丁寧に入れてあげるべきなんじゃないかな。
とはいえ、私の心配は取り越し苦労だった。
「よきかな……」
数秒後、ムキムキになった村長さんがお湯にぷかーっと浮かんできた。
顔には至福と威厳が満ちていて、相変わらずの美老人である。
「はわわわわ、サンライズ~~~」
イリスちゃんは村長さんの変化に黄色い声をあげる。
先ほどまでの対応は何だったんだろうか。
「すごいですの! この温泉、入るとムキムキになるんですのねっ!? 我がクサツ魔導公国は奇跡の泉を手に入れましたのぉおおっ!」
ヨイヨイは村長さんの変化を見て、絶叫するかのように喜ぶ。
いやいや、そんなことはないよ?
村長さんの体質がおかしいんだよ?
「むむ、何をしとるんだのぉ?」
ヨイヨイの声が響いたのか、どうやら付近を歩いていた魔族の人がこちらに話しかけてきた。
白髪の髪の毛をした魔族のおじいさんである。
なんだか変な訛りがある人だ。
「呪酸沼に近づいたら危ないんだのぉ?」
どうやら彼は旅人に沼に近寄らないように注意する係らしい。
杖をついて、ヨボヨボしている。
腰や足をどうやら痛めているらしい。
「いいところにおじいさんがいましたの! これ、ちょっと来て人体実験して欲しいんですの! すぐ終わりますから!」
「うぬぬ、あなたはヨイヨイ様では!? 何をされるんだのぉ? 押されると困るだのぉ! 押すなだのぉ!」
「そぉれっですの!」
ヨイヨイはおじいさんを無理やり温泉へと連れてくると、イリスちゃんがやったように突き落とす。
どうやらさっきの村長さんの入浴法を真似ているようである。
だから、それは正規のやり方じゃないから!
危ないって言うの!
ララ、早く引き上げないと、お爺さんが死んじゃうよ!?
「ご主人様、おそらく、心配いりませんよ」
しかし、ララはふっと鼻で笑う。
それから温泉の水面を指さすのだった。
「快だのぉおおお!」
十秒後、私たちが目にしたのはムキムキになったお爺さんだった。
なんだかよくわかんないけど、彼は温泉のパワーによって筋肉および身長を取り戻していた。
な、なんなの、これ!?
「クサツ魔導公国の守り神と言われた、体が復活しただんのぉおおお! ぬはぁ、村のみんなにも教えてやるだんのぉおおお!」
そういうと、ムキムキになったお爺さんはもんのすごい速さで走って消えた。
さきほどまでのヨボヨボぶりが嘘みたいである。
どうやらこの温泉、一部のお年寄りをパワーアップさせてくれるものなのかもしれない。
「それじゃ、公国の王都に出発するよ! 大臣を捕まえよう!」
呪酸沼でのゴタゴタも終わり、私たちは張り切って出発した。
ヨイヨイの言うとおり、これから私に何かを盛ってくれた大臣を捕まえて話を聞かなければならない。
場合によってはちょっと熱くしちゃうかもしれない。
「ううむ、それはなかなか難しいんですの! あの大臣はいつも裏工作ばかりしていて、表に出てこないんですの!」
ここで困った顔をするのはヨイヨイちゃんである。
確かに悪い人って言うのは、人前に出てこないことも多い。
私に至ってはその大臣の顔さえ覚えてないんだもの。
「なるほど。……それでしたら、皆様、私に策がございます」
ララはにやりと笑うと、大臣をおびき寄せる計画を話し始める。
荒唐無稽かつ、私が盛大に勘違いされそうな計画を。
◇ 一方、その頃、ビオル大臣は?
「大臣様、公王一派を弾劾する手はずが整いました!」
ここはクサツ魔導公国の大臣の屋敷である。
そこの奥にゆったり座っているのが、ビオル大臣だった。
「ぬははは! 灼熱の魔女を殺し、次は公王の番だ」
大臣はワインの入った杯を片手に嬉しそうな声をあげる。
彼の野望は民衆に後押しされて、この国の最高権力者の地位につくことだった。
ユオを傷つけることでその発端を作り、あとは公国の不安定な部分をついて転覆できると踏んでいたのである。
「だ、大臣様! ヨイヨイを追わせていた刺客と連絡がつきませんが……」
酒を飲んで気持ちよくなっていたところで、部下の一人が駆け込んでくる。
大臣は公王の娘であるヨイヨイが秘密裏に王都を抜け出し、灼熱の魔女の国に向かったことを見抜いていたのだ。
卑劣な彼はヨイヨイに刺客を送り、この世界から消そうと企んでいたのである。
「ふん……。もとはただの無法者どもだ。仕事が終わったら仲間割れでもして殺し合ったのだろう」
大臣は刺客が消えたという知らせを聞いても、たじろぐことはなかった。
無法者と連絡がつかないのはよくあることだ。
それに彼の中ではもはやヨイヨイが生きていようが、死んでいようが、勝負は決していたのだった。
あの聖王アスモデウスの秘薬を用いて灼熱の魔女は死んだのだ。
今さら何を恐れる必要があるだろうか。
大臣は報告に来た部下に計画は予定通りに進めると伝える。
そう、些細なことに気を取られてはいけない。
後は公王を滅ぼせば終わりなのだから。
大臣はにやぁと野卑な笑みを浮かべて、くははっと笑った。
そんな折である。
さらにもう一人、大臣の部屋に駆け込んでくる部下の男がいた。
「だ、だ、だ、大臣! ヨイヨイが灼熱の魔女を名乗る幼女を連れて王都に現れ、奇跡を起こすと騒いでおります!」
「な、なんだとぉおおっ!?」
彼は荒い呼吸のままとんでもない報告をする。
まさかの事態に大臣は席を立って、声を荒げるのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「温泉にはゆっくり入ろうね!」
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