320.魔女様、ついに記憶を取り戻します! しかし、あれがあぁなってしまい大ショック
「お……ん……せ……ん……」
温泉は不思議だ。
一度、足を踏み入れたなら、それなしでは生きていけなくなる。
温泉に入れない日が続くと、どうしてもイライラする。
しかも、温泉に入れば入るほど、体に耐性ができてくるのか入浴時間が増えていく。
もちろん、温泉に入ればすべて解決。
ふぅーっと息を吐けば、日ごろの憂さも疲れも全部吹き飛ぶ。
そして、次第に温泉のことしか考えられなくなる……。
温泉があればいい、温泉だけがあればいい。
温泉こそが私の光なのだ。
「へはっ!?」
ずっと暗い闇の中にいた私は一筋の光に手を伸ばす。
それに触れた瞬間、目の前にはもうもうとした湯気の沸き立つ、いつもの空間が広がっていた。
そう、温泉である。
私は戻ってきたのだ。
光の世界に!
「やったぁ! 戻ってきたよ! 温泉に!」
お行儀の悪いことだけど、私はじゃばぁっと立ち上がってしまう。
なんだか頭がくらくらしているけど、とにかく温泉に入っているのだ。
これ以上の幸福はない。
「ユ、ユオ様!?」
「第一声が温泉やん……」
「もはや禁断症状出てるんとちゃう!?」
私が突然叫んだように見えたからか、一緒に温泉に入っていた面々もびっくりした表情。
禁断症状だなんて失礼なことを言うわね。
私はただ温泉がないと生きていけないっていうだけで。
「ご主人様!? 記憶は大丈夫なのですか!?」
「わっぷ!?」
皆に抗議しようと思ったところ、ララが私に抱き着いてくる。
一緒に温泉に入っていたらしく、向こうも裸。
すなわち、私は彼女の胸に顔全体を埋められるわけで呼吸ができない。
ぐむむむむ、この感覚覚えてるよ。
さっきも無意識に窒息しそうになった気がする。
「……あれ? ララ、何だか、大きくなった!?」
それになんだか不思議な感覚なのだ。
ララのお胸が大きくなったというか、いや、体全体が大きくなったというか。
確かにララは私よりも身長が高いし、何かとは言わないけどあれも大きい。
しかし、顔全体が埋まっちゃうほど大きかっただろうか。
これじゃもうイシュタルさんと同じサイズである。
「いえ、あの、ご主人様がその……」
「……気づいてないやん」
「……誰が教えるん? うちは遠慮したいわぁ」
私の素朴な疑問にララは困惑気味の表情。
まるで何かを喋るのを躊躇しているような顔。
加えて、メテオもクエイクも険しい表情である。
温泉に場違いな張り詰めた空気が辺りを包む。
「ぬははは! ユオ殿がついに目覚めたのじゃな? 何はともあれ、めでたいのじゃ!」
そして、現れたのがエリクサーである。
小柄でかわいい、うちの村の永遠の孫。
と思いきや。
「あれ? エリクサー、あんた大きくなってない?」
そう、エリクサーがいつものエリクサーではないのだ。
体つきが大きいというか。
成長したわけではなく、そのまま大きくなっているというか。
そもそも、立ち上がった姿勢の私がエリクサーを見上げるなんてことはありえないわけで。
「ユオ殿、気づいておらんかもしれんが、おぬしは今、子供になっておるのじゃぞ! わしのほうが大きいのじゃ! エリクサーお姉ちゃんなのじゃ!」
ふふんと鼻息を荒くするエリクサー。
その得意げな表情は子供そのもの。
「は? 何を言ってるの? 私が子供に戻ってるなんて、そんなこと有り得ないじゃん」
ぽかんとする私。
事態を呑み込めない。
だって私は十六歳の乙女であって、同年代の女子の平均ぐらいの身長なのだ。
色んな部分が成長しているのであり、成長していくのだ、もっと。
「ユオよ、心配したぞ」
「イリスちゃん!?」
ここで現れたのがイリスちゃんである。
エリクサーと同い年ぐらいに見える女王様である。
何でうちの村の温泉にいるのか混乱してしまうのだが、彼女も大きくなっていた。
そのままの姿で大きくなっていた。
「お前は何らかの力によって子供になってしまったのだ。自分の体を触ってみれば分かるのではないか?」
「は? え? うっそぉおおおおお!?」
胸元に手を伸ばした私はすべてを理解する。
そう、ないのだ。
いや、もともとそんなにあったわけじゃないけど、なくはなかった。
しかし、今はもう完全にないのである。
私の大事な大事な成長の結晶が。
これから育っていくべき場所が!
「ひゃ、へ、そんなぁあああ!? ふわ……」
温泉でのぼせてしまったのか、それとも心労が祟ったのか、私の意識は急速にホワイトアウトしていく。
嘘よ、こんなの。
ありえない、私が子供の体になっているなんて!?
「ご主人様!?」
皆の悲鳴を遠くに聞きながら、私は温泉のお湯にダイブするのだった。
◇
「うわ、やっぱり夢じゃなかったんじゃん!?」
おそらく数十分後、私はやっと目を覚ます。
真っ先に確認したのは自分の体だ。
そう、子供に戻ってしまった私の体である。
手のひらに感じる、真っ平らな感覚、すなわち完全なる子供の体の感覚。
ううう、やっぱり子供になっちゃってるよ!?
「ご主人様、お帰りなさいませっ!? 記憶は大丈夫なのですか!?」
ララは私に再び抱きついてくる。
体全身に感じる、彼女の温もり。
自分よりも大きい人に抱きかかえられるって、こんなに気持ちよいものなのだろうか。
私にはママがいないのに、なんだかすっごく懐かしいというか。
「記憶? あー、うん、普通だけど?」
ララはしきりに記憶がどうとか聞いてくる。
私はと言えば、クサツ魔導公国にいた時までの記憶はしっかり覚えている。
それからどうやって戻ってきたかは知らないけど。
「よかったなぁ、ホンマ。ユオ様が子供に戻った時はびびったで」
「そやなぁ。ぴぃぴぃ泣いてたから」
メテオもクエイクも嬉しそうな表情である。
しかし、彼女たちの口ぶりからすると、私は記憶までもが子ども時代に退行していたということではないだろうか。
うっそぉ、それはそれで嫌なんだけど。
変なこと口走ってないでしょうね、子ども時代の私は。
「なんかおじいさまぁああって喚いてたな」
「そやな。お父さんのこと、大嫌い言うとったで」
メテオはいつものちょっと意地悪な表情をしてからかってくる。
おじい様か、確かに私は父親や兄達とはそりが合わなかった。
だけど、おじい様だけはすっごく好きだった。
おじい様が辺境から戻ってきている間はいつも一緒にいたぐらいである。
自分の幼少期を覗かれるのはちょっと恥ずかしい。
「記憶が戻られたようで安心しました。お体の状態はいかがでしょうか? 痛い所や、違和感のあるところはございますか?」
「ううん、平気。いつも通り、すっごく元気だよ!」
ララは私の体に異常がないか心配しているようだが、私はむしろ快活だった。
これが子供の体というものだろうか、なんだか無性にやる気が湧いてくるのだ。
ベッドから飛び降りて、辺りを駆け回って見せる。
「ご主人様、念のため、リリ様に浄化魔法をかけて頂くのはどうでしょうか? これは呪いの類かもしれませんし」
ララは私の体をどうにかもとに戻す方法を探っているらしい。
彼女の提案するのは、リリによる聖魔法である。
確かに、呪いの類なら浄化されるんだろうけど、過去の体験から察するに、この力は呪いじゃないと思うのだ。
なんかもう、私の存在ごと消し去る力というか。
私の歴史ごと、消し去る力だというか、そんな摩訶不思議なパワーが働いた気がする。
そもそも、リリは今、サジタリアスに帰郷しているはず。
スキル授与は一世一代のイベントなのだし、辺境伯の家でも大々的に執り行うのだろう。
そんな時に押しかけたり、呼び出したりするのは気が引けてしまう。
「でしたら他の策を探りましょう。ご主人様はクサツ魔導公国での記憶はどこまで覚えていらっしゃいますか?」
「ええと、晩餐会でお茶を飲むところだけど」
私が覚えているのは、クサツ魔導公国の大広間で公王様とお茶を飲んだところまでである。
お茶の前には美味しい海の幸をこれでもかと食べた。
エビがとても美味しかったなぁ。
「ふぅむ、なるほど、怪しいですね……」
「十中八九、それやん」
「食あたりで若返り!?」
口元に手を当てて考え込むララと猫人姉妹。
別段、お腹を下したわけでもないから、食あたりって訳じゃないと思うけど。
「おそらくはクサツ魔導公国で何かをしかけられたのでしょう。それも、食事中に」
ララは私の目を見て片眉を上げ、おっそろしいことを言ってくる。
つまり、ほいほいと案内されて行ってみたら、クサツ魔導公国の人に狙われたというのである。
「あのヨイヨイとかいうのが食わせ者やったんかいな」
「ちぃ、ツインテール、許さへんでぇ」
珍しく怒り顔になるメテオとクエイク。
ふぅむ、ヨイヨイちゃんはいい子だったし、私に危害を与えようとしていたとは思えないけどなぁ。
私は人を見る目には自信があるので、ヨイヨイちゃんが犯人だとは思えない。
とはいえ、あちらの国で何かがあったのは事実。
腕組みをして考える私。
こういう時はどう対処すればいいのだろうか。
事実確認をしなきゃいけないよね。
「ふはは、話は聞かせてもらったぞ! あちらは国家元首を傷つけたのだ! これはもう戦争だ! クサツとやらに攻め込んでぶっ潰し、謝罪と賠償をさせるのだ!」
ばばんとドアを開けて、勇ましい声をあげるのはイリスちゃんである。
うわぁ、ややこしいのが来たと内心思ってしまう私。
ひぇええ、攻め込む!?
私、暴力反対の平和主義者なんだけど!?
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「温泉依存の悪循環やん……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。






