317.灼熱の魔女の沈没と聖王アスモデウス様の再起
「ユオ様!」
「ご主人様!?」
クサツ魔導公国の客人として招かれ、盛大にもてなされたユオ達一行。
その訪問した日の夜のこと、彼女たちは未知の事態に陥っていた。
食事中にユオが眠り始めたのだ。
ユオは緩く見えるが、公爵令嬢としての教育を受けてきた元・貴族である。
いくら歓待されて気が大きくなっているとはいえ、人前で眠り始めることはない。
サジタリアスでの失敗を反省し、今回はしっかりと使者としての仕事を果たそうと心がけていたのだ。
しかし、その日のユオは違った。
クサツ公王が在席しているにも関わらず、お茶の途中で寝息を立て始めたのだ。
「……寝てますわ。疲れてたんとちゃいます?」
クエイクはユオの背中をさすって、その寝息を確認する。
すーすーと規則的な寝息であり、気分が悪いわけではなさそうだ。
「ふぅむ、ユオ殿が温泉に入らずに眠るなど珍しいのぉ」
一方のエリクサーはいぶかし気な表情だ。
確かに彼女の言うことももっともで、ユオが湯に浸からずに入眠することなど有り得ないと言ってよい。
ララも異変を察知して、眉間にシワを寄せてしまう。
「ヨイヨイ様、ユオ様はお疲れの様子ですので、今日はこれにて失礼させていただきます」
ララはクサツ魔導公国の面々に挨拶をすると、ユオを抱きかかえて部屋を出る。
ユオの寝顔はいつもと変わらぬ愛らしいものだったが、ララは言い知れぬ不安を感じていた。
ララは念のため、明日の予定は白紙に戻して欲しいとヨイヨイに頼んでおく。
杞憂に終わればいいのだが、明らかに様子がおかしい。
こちらの呼びかけに答えないのだ。
そればかりか、時折、体を震わせたり、奥歯にぎゅっと力をいれたりしている。
明らかに何らかの力が働いているかのように思えた。
「ユオ様の髪の毛が……」
しまいには、ユオの黒髪が赤く光り始めるではないか。
それはユオが能力を使っている時のサインなのだが、ベッドが熱くなっている様子はない。
それならば、この事態は一体何なのか!?
ララは額に脂汗が滲むのを感じる。
そして、ユオの手を取って看病を始めるのだった。
「悪い夢でもみてるのかのぉ」
エリクサーは即席で夢見の良くなる薬を作り、ユオの額に湿布として貼ってあげる。
ララもエリクサーもクエイクも、何らかの胸騒ぎを感じていた。
これは明らかに異常事態だと、気づき始めていたのだ。
「……ヨイヨイ様、ユオ様の体調がすぐれぬゆえ、我々はお暇させて頂きます」
次の朝。
ユオはどれだけ声をかけても、ゆすっても目覚めなかった。
由々しき事態と判断したララはヨイヨイのもとにそれだけを伝えてクサツ魔導公国を後にする。
本来であれば、様々な商談や条約の交渉などが控えていたのだが、それらもすべてキャンセルした。
失礼極まりないことではあるのだが、国家元首のユオが倒れているのだ。
のんびりと外交をしている場合ではない。
「ユオ様は大丈夫なのですか!?」
ララの報告に驚くヨイヨイ。
だがララは詳細を話すことなく、その場を立ち去ることにする。
ララはヨイヨイやクサツ公王に敵意がないことを見抜いてはいた。
しかし、この国のどこかに敵意を持った人物がいないとも限らないと考えていたのだ。
そうなれば、ここはあくまでも敵地であり、長く滞在するのはより危険な状態を生むと判断したのだった。
ララはシュガーショックにユオを乗せ、できるだけ早い速度で村へと急ぐ。
「ユオ殿、頑張るのじゃぞ」
「ユオ様、あともう少しで村に着きますいたしました」
クエイクも、エリクサーも、ユオの手のひらをぎゅっと握るのだった。
◇ 魔女様、眠りながら戦う
ここはどこだろうか。
真っ暗な世界だ。
体の中に亀裂が走る感覚。
粉々に砕けて、自分がいなくなっていく感覚。
これは何だろうか。
私が小さく、小さくなっていく。
誰かが私の足を引っ張っている感覚。
その姿は見えない。
だけど、冷たい手の感覚だけは分かる。
ひんやりして少しだけ気持ちがいい。
だけど、引きずり込まれるわけにはいかない。
私は熱を集める。
命を、燃やす。
訳がわからない、わからないけど、私の中に入ってくるソレを押し戻す。
私は負けない。
温泉から海を眺めるまでは。
そうだよ、温泉に入らなきゃ。
◇ 聖王アスモデウス様、作戦の成功に大笑い
「聖王様、ビオルが成功させたようです!」
ここは聖王国。
その頂点に君臨する聖王アスモデウスは部下からの報告にほくそ笑んでいた。
「よくやったと伝えておけ。然るべき地位を用意してやるとな! ふははは、灼熱の魔女など、あっけないものだ!」
聖王は大声で笑う。
災厄の六柱のうち、最悪最強とも呼ばれるエルドラドを粉砕した灼熱の魔女をやっとのことで成敗できたからだ。
全ては彼女の思惑通りであり、ユオに盛った秘薬は彼女が生み出したものだったからだ。
「暗黒蝶よ。よくやったぞ」
彼女は玉座の後方にある部屋に向かうと、真っ黒い水晶柱に声をかける。
その黒い水晶は真っ黒いオーラをまといながら、ゆっくりと回り続けていた。
「助けて……ここは暗い……私はどうして二つに……痛い……」
水晶柱からかすかに声が聞こえてくる。
それは少女の声で痛々しい響きを伴っていた。
悲痛そのものの声だが、聖王はそれに応えることはない。
「黙れ。貴様には愚民どもの祈りを食わせてやったではないか! 大罪人が甘えたことを言うな」
それどころか、怒り気味に水晶柱に言葉をかける始末だ。
聖王の冷たい言葉を受けたせいか、水晶柱はそれ以上、声を発することはなくなった。
「これであの魔女は終わりだ……。後は私の新しい依り代を用意するのみだな。邪魔者は消し、体を新生させれば、第二魔王に負けることはない……」
聖王はぎゅっと手のひらを握りこむ。
その体は何年も何十年も、いや、何百年も若さと美しさを保ち続けている奇跡の体である。
しかし、聖王は違和感を覚えていた。
あの灼熱の魔女と戦って以降、体の調子がおかしいのだ。
特に指先に麻痺が残るのを感じていた。
灼熱の魔女の力は無尽蔵であり、その攻撃も無限と言えるものだった。
回復力を根こそぎ奪われた彼女は、その体を完全に回復できないでいたのだ。
そして、劣化を決定づけたのが、目の前にある水晶柱へのエネルギーの転化だ。
水晶柱を通じて灼熱の魔女を消失させる薬剤を作り出せたはいいが、同時に聖王自身の体も軋みを上げていた。
このままでは灼熱の魔女を倒したとしても、自分の命は数年ももたないだろう。
そこで彼女が必要としたのが、次の体、聖女の体だった。
聖王アスモデウスは数百年生きる魔女のような人物だったが、その力の源泉は聖なるエネルギーを内側に取り込むことにあったのだ。
彼女は目を閉じて、これまでのことを思い出す。
◇
「公爵令嬢ラミラト・トトキア様、あなたのスキルは、イーター(聖)です。な、なんだ、このスキルは? 聞いたことがないぞ? ヒーラーではないようだが」
これは聖王がまだ十六歳の頃の話だ。
スキル神殿の神官は戸惑いの声を上げる。
未知のスキルにうろたえる神官たち。
娘の不甲斐ないスキルに歯噛みをする、父親の顔。
自分を邪魔者扱いしていた、継母の嬉しそうな顔。
アスモデウスはそれを昨日のことのように覚えていた。
「イーターだなんて、何を食べるというの? 邪悪極まりない」
「まるで魔石を食べる災厄のラヴァラガンガのようだ」
スキルの名前を聞いた人々は、口々に彼女のことを罵った。
イーターという言葉の響きが、まるで怪物のようだと人々の感情を刺激したのも理由の一つだろう。
彼女の父親は言った。
邪悪なスキルを持った、お前は神の道で生きるしかないと。
そして、彼女は貴族令嬢にも関わらず、問答無用で修道院に追放されたのだった。
彼女は名前を「ラビ」と改名させられ、新たな人生を歩むことになる。
修道院でつつましく、神への祈りのためだけに過ごす日々。
ラミラト、改め、ラビは、穏やかで何の事件もない日々を過ごしていた。
役立たずのスキルと言われた自分であったが、同じような境遇の友人もできた。
特にひとりの少女と仲良くなった彼女は姉妹のように、いつも一緒にいるのだった。
「ラビちゃん、今日も頑張ろうね」
「うん!」
辛い状況でも泣き言一つ言わない、明るい親友。
自分の境遇を恨むことはあったが、決して不幸ではなかった。
多少退屈ではあるが、孤児院の子供たちの面倒を見たり、それなりに充実していたのだ。
だが、その幸せはそう長くは続かなかった。
ある日のことだ。
疫病が流行し、修道院でも多数が病に倒れた。
必死に看病を続けるも、一人、また一人と命を落としていく。
そして、ラビの親友もまた死の淵を彷徨うことになる。
顔色が悪くなっていく親友の手を握り、一心不乱に祈った。
もしも、神様がいるのなら自分の命を引き換えにして親友を救ってほしいとも。
「ラビちゃん、ありがと……。私、ラビちゃんに会えてよかった……」
青白い顔を通り越し、土気色の顔になった親友は呟くようにそう言った。
彼女の唇は紫になっており、言葉を発するだけでも辛いことが見て取れる。
「これ以上、喋らないで。きっと、きっとヒーラーさんが来てくれるから!」
苦しそうに呼吸をする親友の背中をさする。
どうにかよくなって欲しいと願いながら。
ラビは思う、どうにかよくなって欲しいと。
誰か助けて欲しいと。
しかし、有力貴族の後ろ盾もない修道院は常に金欠で、ヒーラーが来ることはなかった。
回復薬を手に入れることさえ、難しかった。
ラビは自分の境遇を呪った。
理不尽な世界を呪った。
どうして、優しい親友がこれほど苦しまなければならないのかと。
「ううん、もう、いいの。ラビちゃん、私の分まで生きて……、私の命の分まで……」
親友はそう言うと、ぎゅっとラビの手を握り返す。
それはおそらく、親友なりの最後の悪あがきだったのかもしれない。
その時だった。
ラビの内側に強い、強い、空腹感が沸き起こる。
もう何日も、何も食べていないような、強い飢餓感が。
ラビは親友の手のひらから、何かが伝わってくるのを感じる。
淡い色をした、その光は一般に聖なるオーラと呼ばれるものだった。
ある種の人が他者を思いやる時に発せられる、神の慈悲を表現する光だった。
その光は彼女の胃をぎりぎりと刺激する。
親友との今生の別れにも関わらず、ラビは願ってしまった。
食べたい、と。
死にゆく親友の聖なるオーラを。
いや、親友のオーラを食べることによって、彼女と一緒に生きたいとも願ったのだ。
「さよなら」
ラビはそれだけ呟くと、親友の細い手を握り返す。
骨ばっていて、もはや生気を感じられない彼女から、徐々に伝わってくる聖なるオーラ。
ラビは自分の飢えが満たされていくのを感じる。
そして、親友の一部が自分の中に備わっていくことも。
食べ終わった彼女は愕然とした。
自分の呪われた運命を自覚したのだ。
彼女に与えられた、スキルはイーター(聖)。
他者から聖なるオーラを奪い取ることができる能力。
冷たくなっていく親友を看取りながら、ラビはすべてを理解した。
そして、死の淵で苦しむ同僚のために何をすべきかも。
仲間たちを看取り、彼女は修道院を後にした。
彼女は決めた。
自分は親友のためにも、永遠に生きてやろうと。
この世界のありとあらゆる理不尽を正してやろうと。
この世界に神などはおらず、そのために祈っても無駄であることを。
彼女はあるときは傾国の大聖女となり、あるときは世界を救う冒険者となり、あるときは魔王大戦の裏切者となった。
ラビという名前もとっくの前に捨てた。
今の彼女は聖王アスモデウス。
大陸でもっとも勢いのある国家の国母にして英雄。
灼熱の魔女が倒れた今、自分を止められるものはいない。
聖王は真っ黒い水晶柱を眺めながら、これからの計画を思い浮かべるのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「イーターってかなり禍々しいスキルだよ……」
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