310.魔女様、古文書を読んで大興奮! 領地経営に本格的に乗り出します。え? あいつが暴れてるですって?
「み、見てよ、これ! すごいよっ!」
聖王国とのゴタゴタがやっと終わり、村には平和が戻ってきた。
温泉街には冒険者や観光客の皆さんが行きかい、活気のある声が通りに響く。
平和って最高である。
絶対に平和を守っていかなきゃね。
しかるに私はとある本にかぶりついて、興奮した声をあげていた。
はしたないことだけど、しょうがない。
だって読んでいるのは例の二つ目の古文書なのである。
世界樹の幹の中から、どうにかこうにか取り出した幻の本。
この間、凱旋盗の人が隠したとか言っていたけど、世界樹に挟まっていたのだ。
なんとまぁ、こんなところに埋めておくなんて罪な女だと感心したものだ。
古文書には新しい情報は目白押しで、頭がくらくらしてくるほど。
中でも目を引いたのは、見開きページでどどんと示された驚きの光景なのである。
「な、なんやこれ!?」
「水路型の温泉ですか!? しかも、その水路、つながってますよ!?」
そう、そこに描かれていたのは、なんかもう、すごいものだった。
ぐるーっと水路みたいなものが張り巡らされており、その中を人々が泳いでいるのだ。
しかも、脇に「♨」のマークが飾られているところからして、これは温泉なのだと分かる。
「す、すげぇ技術だぜ! こんなことできるのかよ!?」
特に大きな声をあげるのがドレスだ。
彼女が言うには、水路にお湯を流し、なおかつ、循環させているのだとう。
その技術はとてつもない水準なのだとのこと。
「これ、滑り台やないですか!? うわ、めっちゃ楽しそう」
クエイクは水路の一角に巨大な構造物が設置されているのを発見。
それはぐるりととぐろを巻く蛇のような形をしているが、どうやら古代人はその中を滑り落ちているようだ。
一見するとモンスターかと思ったが、キラキラの笑顔で遊具だと分かる。
もう絶対、楽しいでしょ、これ!
「ユオ様、これがあれば天下取れるでぇ!?」
「だよねっ! みんなで泳いだり、絶対に楽しいよね!」
超古代文明の偉業を目の当たりにしたメテオは目を輝かせる。
ビジネスと言う意味においては、彼女の嗅覚に狂いはない。
温泉の癒しに、楽しさが加われば、天下無敵の完全勝利だよ。
「ユオ様、あっしは猛烈に燃えてるぜ! よぉし、徹底的に図面を作ってやる!」
ドレスは血走った眼で私の手をぎゅっと握ってくる。痛い。
しかし、彼女の決意が並々ならぬものであることはすぐにわかる。
そうだよね、色んなものが作れるとはいえ、ドレスはもとは大工なのだ。
巨大構造物があったら作りたくなっちゃうよね。
「海なしの辺境やけど、水着もばんばん売れまっせぇ!」
「この浮かぶ袋みたいなのも面白いわ!」
メテオとクエイクの姉妹は早くもどんなビジネスを展開するか模索し始める。
水着かぁ。
いいなぁ、かわいいの着たいなぁ。
「よぉし、流れる温泉プロジェクトをスタートさせるよっ!」
「やるでぇええ!」
「大儲けや!」
「おぉーっ!」
と、まぁ、こんな感じに私は絶好調に毎日を過ごしているのだった。
もっとも、こんな大きな構造物をいきなり作れるわけもないわけで綿密な計画が必要だろうけど。
◇
「ご主人様、例の件はいかがしましょうか?」
皆が持ち場に戻ると、ララが神妙な顔で尋ねてくる。
そう、何もかもが絶好調というわけではない。
当然、問題の一つや二つは抱えている。
その一つがレミトトさんへの借金問題だ。
ドレスとシュガーショックがレミトトさんの塔を訪れた時、なんやかんやあって高額請求されたのだ。
ララはイリスちゃんに間に入ってもらって、チャラにしてもらうように言う。
しかし、何でもかんでも人に頼るのもよくないと私は思う。
できるだけ努力して、それでもダメなら頼るべきなのだ。
そんな殊勝な考えのもと、とりあえずお土産をもって謝罪に行くことにした。
飛行することにもだいぶ慣れたので、私一人でずばぁあんっと飛んでいく。
最高速度でぶっ飛ぶと、かなりすんなり到達するのだった。
「おぉ、ユオではないか! よくぞ参った」
レミトトさんは相変わらず子供の姿で出迎えてくれる。
正直、エリクサーよりも幼くて、お菓子でもあげたくなる外見なのだが、こう見えて彼女、イリスちゃんよりも遥かに年上のエルフだとのこと。
数百年は生きていると聞いてびっくりである。
「ふふ、請求金額を耳を揃えて持ってきたというのだな?」
大賢者の異名を持つ偉い人らしいけど、守銭奴で基本的にお金のことばっかりである。
こんな辺鄙な塔に住んで、どうしてお金が必要なんだろうか。
色んな疑問が浮かんでくるが、私のするべきことは謝罪と借金返済の遅延の申し込みである。
「あのぉ、ちょいとばかし、お待ちいただけないかなぁと思いましてぇ。これ、うちの村で新開発している、お菓子ですぅ」
私はへこへこと頭を下げながら、お菓子の入った箱を手渡す。
ララいわく、謝罪する時にはお菓子が一番だとのこと。
今回はクレイモアが新開発した、例のお菓子を持ってきたのだ。
「遅らせてほしいじゃと? わしが菓子に目がないと知っておったのか? ふぅむ、しょうがないのぉ」
レミトトさんはぶつくさ言いながらも、お菓子の入った箱を即座にオープン。
その中に入っている、茶色いお菓子をつまみ上げる。
「……こ、これは!? 美味しいじゃないか!? うんまいぞ、これ!」
ぱくりとお菓子にかぶりついた彼女は目を丸くして叫ぶ。
まるで子供のようなリアクションである。
本当に御年数百歳の伝説的エルフなのだろうか。
「にははは! これ、美味しい! ユオよ、借金などどうでもいいから、もっと寄こすのじゃ!」
しまいにはお菓子と引き換えに借金の帳消し宣言までしてくれる始末。
ありがたいことだけれど、温泉のお菓子でチャラになるなんてちょっと複雑……。
私はとりあえず、お土産用のお菓子三箱を即座に渡すのだった。
ちょっと多めに持ってきてよかったぁ。
「はぐっ、はぐっ、んぐ。……しかるに、ユオよ、最近、お前の体に変わったことはないか?」
レミトトさんは私に質問をしてくるのだが、両手にお菓子を持ったままなので緊張感のかけらもない。
「いえ、別に元気ですねぇ」
とはいえ、こちらも別にこれといった体調の変化は感じていない。
私は温泉のおかげで元気そのものなのである。
「それならよいぞ。何事も無事が一番だ。もし、何かあったら、わしのところに来るがよいぞ! このお菓子を持ってくるのじゃ」
「は、はぁ……」
とまぁ、こんな感じに何とも締まらないまま、私のレミトトさん訪問は終わったのだった。
呆気なさ過ぎだけど借金帳消しだし、これ以上の成果はないよね。
さぁ、暗くなる前に帰ろう。
「さすがはご主人様です! 借金をお菓子で踏み倒すなど、なかなかできるものではありませんよ!」
屋敷に戻るとララはそんな風に褒めてくれる。
いい結果に違いないけど、人聞きが悪すぎる。
私は別に借金を踏み倒しに行ったわけではないのだ。
ちょっとだけ、……数十年ほど待ってほしいとお願いに行っただけなのだが。
「いえいえ、何事もご主人様の徳によるものです! クレイモア様もお喜びになるでしょうね」
ララの言うとおり、クレイモアのお菓子が大活躍だったのは間違いない。
彼女にも大好評だと伝えておかなければ。
しかし、クレイモアとレミトトさんを会わせるのは危険な気がする。
なんだか嫌な化学反応が起きそうというか。
「魔女様、こいつが暴れて大変なのだぞ! ちょっとあぶってほしいのだ!」
「は、放せっ、この暴力女が!」
噂をすれば影が差すというものだろうか、そうこうするうちに執務室にクレイモアが入ってきた。
彼女は女の人を縄でぐるぐる巻きにして、ほぼ無理やり連れてきたようである。
「き、貴様、灼熱の魔女ではないかっ!? くっ、殺せっ!」
クレイモアが連れてきたのは、聖王国とのいざこざの中で捕まえた、魔族の女の人だった。
しばらくの間、意識を失っていたのだが、ついに目が覚めたらしい。
それにしても。
灼熱の魔女という呼び名には未だに慣れない。
私ははぁああっ溜息をもらすのだった。
「ご主人様、殺してほしいそうですけど?」
「殺さないよ!?」
ララは冗談ともつかないことを私に提案してくる。
もちろん、提案は却下だ。
そもそも、彼女の母国の聖王国と私たちの村は敵対関係にある。
敵の本拠地にいきなり連れてこられたら混乱するのも分かる。
とりあえず、気持ちを落ち着けてもらわねば。
「あぶるつもりもないのだ?」
「ないわよ!」
私の返答を聞いたクレイモアががっかりした表情をする。
言っとくけど、私、誰かをあぶったこととかないからね!?
え? サジタリアスの騎士団?
なんだっけ、それ?
「とはいえ、どうしようかな?」
ここで私は彼女の処遇について考える。
この捕虜の人に帰ってもらってもいいのだけれど、ただサヨナラするだけじゃ面白くない。
せっかく村に来てもらったのだ。
色んな誤解を解いた方が面白い。
そこで私はひらめくのだった。
「ララ、温泉にするわよ!」
そう、敵意や悪意でがんじがらめになった思考を解きほぐすもの、それは温泉なのだ。
温泉に入れば、どんな人も悪意を捨てることができる。
私はそう信じているから。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ハマスさん、ついに温泉に沈んじゃうの!?」
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