283.これまでの数々の失敗から聖王様に左遷させられたけど、やっとチャンスが巡ってきたようです。それなのに貴男と出会ってしまうなんて! 運命に引き裂かれる私はどうすればいいの?
「ハマス様、ついに六柱会がこの村を支配しました!」
私の名前はハマス。
かつて聖王国の司令部にいたエリート中のエリートである。
幼少のころから才能を見出され、これまでに数々の作戦を成功させてきた。
あのドワーフ王国を滅亡寸前まで追い込んだ軍略の天才でもある。
しかし、今はこれまでの敗戦の責任を取らされて、禁断の大地に偵察兵として潜入していた。
言っておくが、これは断じて私の失態ではない。
突然、悪竜パズズが空中分解したり、突然、黄金蟲が燃え始めるなど、とんでもない不運に見舞われたのである。
少なくとも私の責任ではない。
上役からの命令は禁断の大地の村の情報を探ること。
つまり、今の私は左遷させられた身なのである。
とはいえ、私は僻地に追いやられても腐るような人物ではない。
私は着任後、ダンジョンの近くにアジトを打ち立て、聖王様の教えを広めることにした。
さらにはダンジョンの探索を行い、その中に眠る二つの災厄を復活させようと目論んでいる。
ふふふ、いくら頭の固い上層部でも、災厄の六柱を復活させたのならば、私を引き上げるに違いない。
それに災厄の六柱さえいれば、村のあの暴力女どもを蹴散らせるに違いない。
あの金髪の化け物女二人組だけは絶対に許しはしないと心に決めているのだ。
◇
「なぁっ!? 温泉ができあがってるだと!?」
ダンジョン近くの村の支配が着々と進んでいる、そんなある日のことだった。
私は信じられない知らせを部下から受ける。
それはこちらの村にもドワーフが出張ってきて、温泉とやらを作ってしまったということ。
温泉、それは湯につかって疲れをとるとか言う馬鹿げた迷信の産物だ。
迷信であるにもかかわらず、効能をうたい、宣伝をし、この禁断の大地ではごく当然のものとして受け入れられている。
全くもって愚かな蛮族である。
温かい湯に浸かれば回復するだ?
バカも休み休み言え。
しかも、今回作られた温泉は簡易的なものではなく、しっかりとした建築物を一晩で作ったというではないか。
話を聞けば、休憩所や食堂、簡易的な宿泊施設まであるという。
あの魔女がやったのかと思ったが、報告ではどうもそうではないらしい。
客引きは昨日挨拶に来た、あの猫人たちが担当しているとのこと。
おのれ、あの猫人姉妹め。
目の奥が笑ってないと思っていたが、そういうことか。
「ハマス様、それで、そのぉ、門番の男の人がかっこいいんですぅう!」
私の腹が怒りでふつふつとたぎっている時に、部下の一人が本心からどうでもいいことをぬかす。
確かにこの部下は年頃の女ではある。
しかし、我々は聖王アスモデウス様に身も心も捧げた身。
たかだか辺境の門番程度に声をあげるなど、はしたないことこの上ない。
私はと言えば、生まれてこのかた二十数年間、一切の出会いなどない。
いや、出会いなどいらない。
なぜなら聖王様に仕えること、それこそが私の幸せだからだ。
「金色の髪に青い瞳で、背も高くて、すごいんですぅ! あんな美男子、見たことないですよっ!」
偵察に行ったもう一人の部下もそんなことを言う。
目を潤ませて、頬を赤らめて、何を言っているのか。
愚か者どもが、俗世の欲にからめとられおってからに。
まぁ、聖王国の聖都では私も劇場には足しげく通っている身ではある。
推しの俳優には毎回花束を投げている。
敵国とはいえ、美男の存在が気にならないかと言えば、嘘になる。
美男を圧倒的な武力で屈服させることに意味があるんだがな。
「くふふふ、あーはっはっはっ!」
「……ハマス様?」
おっといけない、あふれ出た妄想のために部下が困惑の表情を浮かべている。
ええい、お前達が余計なことを言うからだぞ。
それにしても、温泉を作られたのは計算外だ。
集めた情報によると、あの魔女は温泉に目がないと聞く。
新しい温泉ができたとなると、こちらの村にやってくる可能性も高い。
我々が災厄の六柱を見つけるまでは、探られるのはどうしても避けたいところだ。
「叩き潰すぞ!」
私は魔獣使いの手練れを二人ほど連れて、やつらのところに乗りこむことにした。
ミノタウロスでも見せつけてやれば、営業をすぐに止めるだろうと思ったのだ。
しかし、到着後、私は悟ることになる。
はわわわわわ!
かっこいいい!
なんなのあの門番しゃま、かっこよすぎるぅううう!
そう、温泉の入り口に立つ男が美しすぎたのだ。
絶世の美男と言ってもいいぐらいに整った顔である。
清潔感もあり、無言でクールな表情もいい。
ふひひ、危ない、よだれが垂れそうだ。
どうしよう、あの男がいないときにいちゃもんをつけに行こうか。
そうよね、性格の悪い女だって思われるのも嫌だし。
でも、手をこまねいていては、あの魔女が来る可能性もある……。
行くべきか、行かないべきか、葛藤が私の胸を穿つ。
それにあの男が私に気があったりなどしたら一大事だ。
敵対する勢力とのやむにやまれぬ恋愛。
悲劇しか想像できないではないか。
「ハマス様、門番が今、いなくなりましたよ! 今がチャンスです!」
しばらく逡巡していたところ、チャンスが到来する。
あの美形の男がいなくなり、温泉の入り口には猫人だけとなったのだ。
よぉし、これなら暴れまわることができる。
私は強面の手下を引き連れて、脅しに向かうのだった。
ふはは、美男さえいなければ、お前らなどただの愚物だ。
だが、起きたことは信じられないことだった。
手下の召喚したミノタウロスが一瞬で斬られたのだ。
しかも、美形の男に。
彼は私と目を合わせると、「……で?」とだけ言うではないか。
私はすべてを理解する。
そう、この男、私のことが好きなのだ、と。
彼はおそらくこう言いたかったはずなのだ。
「……で? その綺麗なお姉さんが俺の相手をしてくれるの?」と。
言葉少ない男だからこそ、私には分かるのである。
劇でこういう場面を何度も何度も見てきた私だからこそわかるのである。
はわわわわ、どうしよう。
私には聖王様という主君がいるというのに。
生まれてこのかた、誰とも付き合ったことがないというのに。
そもそも、相手なんて言われても心の準備がある。体の準備もある。
とはいえ、今は敵同士である。
いくら愛し合っているとはいえ、殺し合ってもおかしくない立場なのだ。
「くっ……あなたたち帰りますわよっ!」
過酷な運命を前にこれ以上、彼と刃を交えるわけにはいかないと判断する。
私は苦渋の選択でアジトに戻ることにした。
そう、まずは着替えて、髪とメイクを整えて、それからリベンジだ。
女は困難を前にすると強くなるのだ。
彼を説得してこちら側に引き入れればいい。
そう、時間はたっぷりあるのだ。
アジトがある限り、何度でもアタックできる。
今は敵同士でも、毎日顔を合わせることで思いがつながるなんてことがあるに決まっているのだ。
「なんだよ、また来たのか?」とため息をつく門番の彼。
「また来たって何よ!」と怒って見せる私。
「……まぁ、待ってたけど、お前のこと」と、ぽつりとつぶやく、あの人。
はわわわわ!
これである。
こういうキュンキュンするのが欲しかったのだ。
僻地に飛ばされたと思っていたが、やっと私の人生は始まったのだ。
しかし、その夢は速攻で潰えることになる。
アジトがないのだ。
我々が根城にしていた場所が完全に破壊されており、しかも、十人はいたはずの部下たちもいない。
「ハマス様、こんなものが落ちてました!」
部下の一人が紙を拾い上げる。
そこにはこう書かれていた。
『警告に従わないため、こちらの施設は法令違反により強制執行をいたしました。大聖石という名の呪物は浄化のうえ、廃棄されます』
そう、我々がいちゃもんをつけに行ったタイミングで、手薄になった根城が狙われたのである。
警告ってなんだ、そんなこと一度も言われなかったぞ。
「くっそがぁあああ!」
先ほどまで美男子の余韻に浸っていた私であるが、怒りのあまり声を荒げてしまう。
絶対に彼には聞かすことのできない、低い声で。
「……ハマス様、関係者は出頭するようにとありますが」
しかも、その紙には続きが書かれていた。
出頭するようにとのことだが、捕まれば即縛り首なのは分かり切っている。
「するか、そんなこと! お前達、帰国するぞ!」
我々は怒り心頭のまま聖王国に戻るのだった。
不当な、本当に不当な謀略によって我々は築き上げたものを失ったのである。
私は誓う。
あの美形の男と、再び、相まみえることを。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ハマスさんの脳内再生力よ……」
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