279.魔女様、謎の黒い球体を活用する方法を思いつくも、やつのせいで再び危機に陥る
「で、何なのよ、これ? どういう経緯でこれになったの?」
ドレスが返ってきたはいいけれど、持ち帰ってきたのは子供の描いた落書きのような代物だった。
まん丸ボディのそいつは子供みたいな笑い声と、謎の数字しか喋らない。
えーと、私は凱旋盗の内側にあった魔石の解析をお願いしたと思うんだけど。
「それがですねぇ、レミトトさんと頑張ってたんですが爆発したんですわ」
「ば、爆発!?」
「えぇ、シュガーショックが体をぶんぶんやったら、レミトトさんの設備のコードみたいなのが抜けて。それでレミトトさんがずっこけて、なんやかんで、どかんと大爆発……」
「なんやかんやで、大爆発!?」
ドレスの報告はまさしく驚きそのものである。
簡単に言えば、復活に失敗したってことなんだろうけど爆発するなんて危ないなぁ。
ぐぅむ、これで古文書についての情報は無くなってしまったってことだろうか。
ドレスが無事に帰ってきたことが一番うれしいことだけど。
「謎が謎を呼ぶ物体ですね。とりあえず、新型燃え吉の中に入れてみますか?」
「……ナイスアイデアだぜ、ララさん! あっしもそれしかないって思ってたんだ」
ララとドレスはごにょごにょと何か言っているが、良からぬことじゃないことを祈る。
この二人、案外、気が合うのよね。私にとって悪い意味で。
ドレスの報告はそこそこにして休憩に入ってもらうことにした。
温泉で長旅の疲れを癒してほしい。
「けけっ、巡回セールスマン問題」
私たちの手元に残されたのは、謎の言葉をつぶやき続ける謎の物体である。
数字以外も喋れるようだが、意味がわからない。
真っ黒で見た目は重そうだけど、結構軽く、直径は三十センチほど。
よぉく見ると、簡単な目と口のようなものもあるようだ。
それに、下の方には穴が三つ空いている。
なんていうか、めちゃくちゃ転がしたくなるフォルムをしている。
「失われた文明の残りカスですかねぇ?」
ララは感心したような声を出すも、博識な彼女ですら知らないらしい。
凄いものかもしれないし、残りかすって言ってほしくないなぁ。
「ま、気を直して、ご飯に行こうよ。クレイモアの所でもいいし、リゾートでもいいし、新しくお店もできてるし」
私たちの村には冒険者の人たちがたくさん来るのもあって、飲食店も数多い。
通りを歩けば屋台もあるし、美味しそうな匂いにそれだけでワクワクする。
リース王国にいた時には、そういうお料理を食べる機会なんてなかったからね。
よっし、それじゃリフレッシュも兼ねて、今日は屋台料理にチャレンジしようかな。
私は適当な屋台に並ぶと、美味しそうなものを注文する。
まずはお肉が串にささったやつだ、ふひひ、美味しそう。
「はい、お嬢ちゃん、これがお釣りの百万ゼニーだよ」
屋台のおじさんは私のことを知らないらしく、お嬢ちゃんなんて呼ばれてしまう。
とても新鮮であり、あぁ、こういう会話が市井の人の愉しみなんだなぁと感心する。
それにしても、お釣りの言い方が洒落ているよね。
「けけっ、本当のお釣りは百五十ゼニーだぜ」
しかし、私の手元にある黒い球はここでも謎の言葉を発するではないか。
本当のお釣りは百五十ゼニーですって?
えぇと、そうだったっけ? 金額をちゃんとチェックしてなかったわ。
「申し訳ございませんが、お釣りを間違っていらっしゃいませんか? 百五十ゼニーだと思うのですが」
傍で見ていたララがささっと割り込んでくれて、取り直してくれる。
彼女は私が一人で注文できるか見守ってくれていたのだ。
子ども扱いしないでよねって言いたいけど、正直助かった。
「おぉっといっけねぇや、ごめんよ、お嬢ちゃん。わざとじゃねぇんだ。ほら、百五十ゼニー、ついでにこれはお詫びのサービスだ、気を悪くしねぇでくれよ」
お釣りの間違いに気づいた叔父さんは、きちんと謝ってくれて、さらにはお詫びだと肉の串をもう一本つけてくれる。
いい人じゃん、この人!
「あれ、魔女様、今日は屋台料理ですか! ここは新しい店ですけど美味しいですよっ!」
肉の串をもってワクワクしている、ハンナと遭遇する。
リゾートで働く、他のメンバーもいるようだ。
相変わらずの人懐っこい笑顔で、「魔女様、肉串が似合います」なんて言われる。
「へ、魔女様? お、お嬢ちゃんが? ひぃいいい、こ、殺さないでくださぁぁあい!?」
すると、お店のおじさんが素っ頓狂な声をあげるではないか。
そう、ハンナのおかげでバレてしまったのだ。私がこの領地の領主だってことが。
彼はその場にすぐに土下座をして、「俺は燃えないゴミ野郎ですぅうう」などと震え始める。
ひぃえええ、どうしてこうなった。
「おい、あの親父、魔女様相手に釣り銭を間違ったらしいぜ」
「ひっ、消されるぞ、あいつ」
「しかし、釣り銭を間違えただけなのに、魔女様も容赦がないな」
「バカ、獅子はウサギを倒すのにも全力を尽くすっていうだろう?」
いつの間にかギャラリーが増えて、あることないことをあーだこーだ言い始める。
えぇええ、私のほっこり屋台タイムが一瞬で台無しになったんだけど!?
私はおじさんに何も問題がないことを伝えるも、おじさんは涙で顔は濡れ、あぶら汗びっしょりである。なんだかなぁ。
その後、私たちはハンナたちも交えて屋台料理に舌鼓を打つのだった。
ララの料理に慣れている私には味が濃かったけど、それはそれで美味しかった。
今度は変装して屋台に来ちゃおう。
「それにしても、この球体、釣り銭の額を計算したよね?」
帰り際、さきほどの不思議な体験を思い出す。
それは私たちの抱えているこの謎の球体が釣り銭の正しい金額を教えてくれたことだ。
「してましたね。……三千ゼニー引く二千七百五十ゼニーは?」
すると、ララはおもむろに引き算の問題を出す。
おそらくは先ほど屋台料理で使った金額だろうけど。
「けけっ、二百五十ゼニーだぜ」
すると、このヘンテコな球体は事もなげに答えるではないか。
私の計算ともぴったり合致しているし、どうやら計算ができる物体らしい。
「すごいよ、これ! ララ、他にも問題言ってみてよ!」
こんなものは見たことがない。
確かに魔道具で多少の計算補助ができるものがあると聞いたことがあるけど、口伝えで計算してくれるなんて便利じゃん。
「じゃあ、ユオ様のサイズの計算をお願いします。アンダーがろく」
「ちょぉおっ!?」
しかし、ララは何を思ったのか、とんでもない計算をさせようとするではないか。
何考えてんだ、この人!
いくら二人だけの会話とはいえ、繁華街である。誰かに聞かれたら終わる。
どことは言わないけど、プライバシーの侵害だよ。
「ふぅむ、そうですか。残念ですが、ご主人様の反応が面白かったらいいとしましょう」
怒りでぷるぷる震える私であるが、ララはそんなのお構いの様子だ。
むしろからかって遊んでいる様子さえある。
「ご主人様、これ、使えるかもしれませんよ?」
「使えるって、何に? また良からぬことに使うのはナシだからね?」
「メテオさんの補助にです!」
突然、ララが真面目な顔をしてきたので身構える私である。
そういう時にこそ不真面目極まりないことを言ってくるのだ。
しかし、彼女が目をキラリとさせて口にしたのは、まさかのグッドアイデアだった。
なるほど、お土産の計算で頭を悩ませていたメテオに活用してもらうのか。
私のサイズを計算させるんじゃなきゃ何でもいいわ。
◇
「けけっ、一人当たり売り上げ予測は三千二十ゼニーだぜ」
「ぬおっほぉおお!」
次の日、私たちはメテオに謎の球体を渡す。
最初はインチキの怪しい水晶玉呼ばわりしていたメテオであったが、すぐにその機能に感激。
彼女は一日も立たずして、不思議な球体を使いこなすに至ったのだ。
「にゃははは! これがあれば仕事がどんどんはかどるでぇ! 大儲けの予感やぁ!」
「計算地獄から抜けられてよかったぁああ!」
メテオもクエイクも大喜びである。
彼女たちの補助スタッフはもちろん必要だけど、役に立てるようで良かったよ。
メテオたちの裏方の仕事があるからこそ、私たちの村がうまく回ってるんだなぁと痛感するよね。
本当にありがとね。
「ユオさまぁーっ! ここにいるのかい?」
そんな風に二人をねぎらっていると、私の名前を呼ぶ声がする。
あぁ、はいはい、いつものあれでしょ?
モンスターが出てきたとか、盗賊が出てきたとか。
この村に来て、私は相当胆力がついた。
そんなに簡単には驚かないよ?
ドアを開けると、そこにはドレスが立っていた。
「ユオ様、これをレミトト様から預かったんだった。忘れてたぜっ!」
ドレスはそういうとバッグから手紙を取り出す。
なぁんだ、お手紙か。
何だろうか、また遊びにおいでよとか、そういうのかな?
しかし、そこには大きな文字でこう書いてあった。
「請求書 レミトトはユオ・ヤパンにアーティファクト級魔道具を破壊したことによる損害を請求する。 金額:百億ゼニーまたはそれに値する物品」
「ぬがぁ!?」
次の瞬間、私の体から聞いたこともないような音が漏れてきた。
だって、百億だよ。
だいたい、アーティファクト級魔道具を破壊って?
「あぁ、あの丸っこいのが生まれるときに大爆発が起きたって言っただろ? あれだよ。床まで抜けて、辺り一面焼け焦げたからな」
ドレスはきょとんとして、そんなことを言う。
あれだよ、じゃないよ!
うっそぉお、まじで、どうなってんの!?
「ひ、ひ、ひひひ、百億……」
「お、おわ、おわ、終わった……」
そして、私の後ろの方でメテオとクエイクの姉妹も同じように愕然としているのだった。
あわわわ。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「釣り銭間違えたら、そりゃ消されるわな……」
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