275.魔女様、クレイモアにお土産開発を依頼するも試食ばかりが盛り上がる
「ご主人様、ついに街並みが出来上がってきましたね」
リラックス熱空間の完成と時を同じくして、凱旋盗に燃やされた区画も修復が進みつつある。
おそらくはあと一週間もすれば、プレオープンできるんじゃないしら。
異民族の服を着て、みんなで街を練り歩いたりしてみたい。
うふふ、今からでも楽しみで胸がワクワクする。
「それじゃ、クレイモアのところに行ってみようか」
私が笑顔なのにはもう一つ理由がある。
クレイモアにお菓子の開発をお願いしていたのだ。
それも、村に来た旅人のお土産のためのお菓子である。
どうして、そんなものを思いつくに至ったかって?
そのいきさつをざっくり説明しちゃおうじゃないの。
◇
現状、うちの村に来る人は冒険者の皆さんが一番多い。
彼らは冒険者ギルドで仕事をもらって、魔石や素材を回収したり、魔物をハントしたりして、それを手土産にして自分の国に帰っていく。
その次に増え始めているのが、純粋な旅行者の皆さんなのだ。
この間のメテオたちの摩訶不思議な魔道具による映像の配信によって、禁断の大地はだいぶ有名になったらしい。
ザスーラ連合国やリース王国はもちろんのこと、遠くの方からも旅人が来ているという。
彼ら、彼女らには温泉に入って、美味しいものを食べて、珍しいものを見つけて、大いに楽しんでいるとのこと。
私だったらそれだけで十分って思ってしまう。
「それだけでもええやんって思うやろ? でもなぁ、ちょっと弱いねん」
しかし、我らが商売人、メテオはそれだけでは満足しないのだ。
村の中だけで満足するだけじゃ、まだまだ甘いのだと。
「人間はすぐに忘れてしまうねん。この村で最高の体験をしても、帰り際に恐ろしい魔物に出くわしたら、記憶はすぐに上書きされてしまうやろ」
メテオは含み笑いをしながら、そんなことを言う。
なるほど、お客さんたちがうちの村のことを忘れないようにする仕掛けが必要ってことね。
「せや。それがお土産ってわけやな」
「なるほどぉ」
「一応、クエイクの開発した怪しい白い温泉の粉、それと一つ目精霊のつくるアクセサリー辺りはいけると思うんやけど、ちょっと足りひんねん。やっぱり、皆と簡単にシェアできるもんやないと」
「そうなると……、食べ物なんかがいいんじゃない?」
「それや! さすがはユオ様、わかってるぅ!」
「だったらさ、クレイモアに飛び切り美味しいお菓子を作ってもらおうよ!」
「くふふ、お菓子はええなぁ! 値段がそこまで張らないやつならバカバカ売れるしな」
「大儲けだよっ!」
「大儲けやなっ!」
とまぁ、そんなこんなでメテオと私は「ぐふふ」と笑い合い、お土産づくり大作戦を企画したのである。
「ユオ様、お姉ちゃんに似てきたで? 笑い方とか、ほんまに」
そんな私たちをクエイクは何とも言えない表情で眺めていた。
◇
「どんなお菓子が出来上がってるか楽しみだねぇ」
「美味しいことは確定やろうからなぁ、くふふ」
私たちはニマニマしながらクレイモアのところに向かうのだった。
一緒に行くのはララとメテオとクエイクである。
この猫人姉妹、試食とあらば必ず駆けつける。
仕事は大丈夫なんだろうか。
「クレイモア、調子はどう?」
温泉街の一角にできた、『クレイモアのお菓子工房』の扉を開けると、焼き菓子の美味しそうな匂いが私たちを襲う。
うひぃい、たまんないね。
「ユオ様、完全にいきづまったのだ! 助けて欲しいのだよ」
「ひゃぶ!?」
しかし、工房の中に入ってから1秒後、私を襲ったのはクレイモアの凶悪なハグだった。
彼女に抱き着かれては、ほとんど呼吸ができなくなるのは必定。
っていうか、相変わらずすごい胸圧。死ぬ。
「どうしても満足のいくやつが作れないのだよっ! クッキーとか、フィナンシェなんかの普通の焼き菓子じゃピンとこないのだ」
どうにか落ち着かせて事情を聴く私たちである。
工房の中のテーブルにはたくさんの焼き菓子が置かれており、どれもこれもいい出来だ。
もう十分すぎるほど美味しそうだと思うのだが、彼女は満足していないらしい。
「なんだかしっくりこないのだよ。せっかく温泉があるっていうのに、活かしきれてないのだ。ぐぅむ」
そのまま腕組みをして考え込むクレイモア。
彼女の料理への情熱は並々ならぬものがある。
私たちが説得するのは難しいかもしれない。
「このクッキーでもええやん? これに温泉マークの焼き印でも入れれば十分に売れるんと違う? もぐもぐ、お味もばっちりやん」
「えらい美味しいわぁ。これ、熱い恋人っていう商品名はどう?」
「えぇな、それ。くひひ、灼熱の月でもええで」
もっともらしい顔で話し合いはじめるメテオとクエイクである。
しかし、彼女たちの本当の目的はどう考えても試作品の味見だろう。
その食欲たるやすさまじく、すっごい勢いでなくなっていくのだから。
それにしても、そのネーミング、なんだか悪い予感がするから却下だわ。
「クレイモア様、あんまり根を詰めてもうまくいきませんよ、もぐもぐ。ちょっと息抜きをされたらと思いますが、むしゃむしゃ」
ララは的確なアドバイスを飛ばすも、やはり何かをぱくぱくとつまみながらである。
そう、かくいうララも美味しいものには目がないのだ。
クレイモアの話を真面目に聞いているのは私だけなんじゃないかと思えるほどだ。
「ふぅむ、そうだな。よぉし、ひと狩り行ってくるのだ! 戸締りよろしく! にゃはは、大暴れしてやるのだ」
クレイモアはそういうといつものでっかい剣をもって工房からでて行くのだった。
こういう素直なところが彼女のいいところなんだよなぁ、きっと。
「このドラゴン卵の濃厚プリン、ほんまにヤバいやつやん!」
「絶対、行列するわぁああ!」
「もぐもぐもぐ……」
残された私たちは、ただただ、お菓子を食べるのだった。
うわぁああ、止まんないよ、これ。
ララが終始無言なのもうなづけるね。
◇
「これ……なんだろ?」
屋敷に戻った私は例の古文書を取り出して眺めていた。
その中には古代人たちの温泉での暮らしが活き活きと描かれており、クレイモアのために何かいいヒントがあるのではないかと思ったからだ。
「温泉の印がしてありますね? 茶色くて丸い……食べ物でしょうか? 魔法爆弾にも見えますが」
私が指さしたのは、お皿に盛られた茶色くて丸い何かが描かれている様子である。
お皿の上にあるってことは、おそらくは食べ物なんだと思う。
わざわざ爆弾をお皿に盛るわけがないし。
「あっ、このページにも似たようなものがありますよ。ここにも」
ララは古文書をペラペラめくると、いくつかのページに同じような形式の食べ物があることを発見する。
しかも、内側が割れて黒っぽい何かが見えているスタイルのもある。
「この断面……おそらくは菓子の類でしょうね。古代人はこれを食べていたのでしょうか。味は分かりませんが……。あ、こちらのは具がちょっと黄色っぽいですね」
お菓子作りに定評のあるララでも詳細はわからないらしい。
だけど、何らかの具を何らかの生地で包んでいるお菓子なのは確かである。
そして、どれもこれも私の大好きな温泉マークがほどこしてあるのだ。
正体はわからないけど、食べてみたい気がするし、このお菓子こそがクレイモアのヒントになるんじゃないかな!
私とララは明日の朝いちばんにクレイモアに教えてあげようと決意するのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「熱い恋人……燃やされそう」
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