271.魔女様、ピンチをチャンスに変えて新たな境地へと至り、ついでに村の新名物を考案する
「この力があれば俺はすべてを手に入れられる! 世界を奪うことができるっ!」
熱視線を飛ばしながら、凱旋盗の人は狂ったように笑う。
どうやら熱の力を使えることが、それほど嬉しいらしい。
私はというと、彼女の熱視線をどうにかこうにか避けていた。
なぜ避けられるのか、その理由はわからない。
だけど、体が勝手に動いてくれるのだ。
それに彼女は連発できないみたいだし、それほど怖くないというか。
ふふふ、ちょっと面白くなってきた。
「すごいでぇ! ユカ様の神回避!」
「まるでどこから攻撃が来るかわかってるみたいやんっ!」
メテオとクエイクに褒められるとはいえ、相手に何の攻撃も与えられないのも事実。
私はあの人に勝って、新たな古文書を手に入れないといけないのだ。
さっさと勝負なんて終わらせなきゃいけないっていうのに。
「何を笑ってやがるっ! お前はもう、終わりだぁあああ! 喰らえ、熱空間!」
彼女はばばっと身構えると、私の目の前に真っ赤な直方体が現れる。
あれは私の得意とした、めちゃくちゃ熱い空間である。
あの中に入ってしまうと、骨さえ残らないはず。
しかも、どんどん、大きくなっていくし!?
「死ねぇっ!」
次の瞬間、凱旋盗の放った直方体が私を包み込む。
それに触れた瞬間、私のすべてが燃え尽きる――――はずだった。
意識が遠ざかって行くと、私は別の世界にいるような錯覚を覚える。
これが死後の世界なのか、それとも、夢、あるいは、過去の記憶なのかわからない。
ただ、目の前には真っ赤になった空が見える。
私の真上には青く光る何か。
それはこちらに向かってきていて、大きな音を立てている。
まるで世界を滅ぼそうとしているかのようだ。
「灼熱、来たのだぞっ!! 大損するわけにはいかないぞ!」
「軌道は固定した、よぉく狙えっ!!」
私の隣にいたエルフの女の子と背の高い男の人が大きな魔法陣を発生させながら叫ぶ。
エルフの女の子の顔つきはレミトトさんにそっくりだ。
男の人は見たことのない人だけど、魔族の人みたいだ。
「さぁ、こっちがあんたを滅ぼしてあげるわ!」
私はこちら落ちてくる何かに向かって叫ぶ。
体が熱くなり、信じられないほどの熱が発せられる。
私の放った熱は流れ星に直撃し、空全体が、いや世界が真っ白に光る。
その時の私は願っていた。
私はこの熱とともにありたいと。
この星と一緒にいたい、と――――次の瞬間、目が覚めた。
「た、耐えてるでぇええっ!? あのめちゃくちゃ熱い奴の中でも、生きてるやん!?」
「まさに人智を超えた生物!」
私は生きていた。
熱の空間の中にいてもだ。
能力を奪われたはずなのに、理由はわからない。
だけど、燃えずに生きているのだ。
だけど、尋常じゃない熱を全身で感じていた。
それはこれまで温泉で感じていた温かさとは違うもの。
熱い、ただただ熱い。
汗が一気に噴き出して、私の頬を濡らす。
吸い込む息が肺全体を温め、そのたびに意識が飛びそうになってくらくらとする。
さっきの夢は何が起きたんだろ、私は何をしてたんだろ。
もはやはっきりと思いだせない。
暑さの中で記憶が混濁していくのを感じるだけで。
「くそがぁああああっ! 燃えろ燃えろ、【闇を切り裂く風】!!」
凱旋盗の人は器用にも、風魔法みたいなものをこちらに仕向ける。
確かに熱に風が加われば、その効果は絶大。
私をとんでもない熱波が襲う。
クラクラして、その場にうずくまりたい感じ。
ちょうど椅子みたいなものがあれば、なんとかなると思う。
仮面に汗がしたたってきたので、さすがの私もそれを外す。
観客の皆さんもいないし、素顔でもどうでもいいかな。
本当は服だって脱ぎたいけど、それはさすがに。
「あぁっ、ユオ様!? 諦めたらあかんで、頑張れぇえええっ!」
仮面を外したことで、観念したとでも思ったのだろうか。
メテオたちは絶叫にも似た声をあげる。
でも、そういうわけじゃない。
これは何ていうか、我慢比べというか。
自分との勝負というか。
この暑さの向こう側に何があるかわからないけど。
とはいえ、私はただただ熱の空間の中で身動きできないでいるのは確かである。
今の私は攻撃のための技を出すことができないのだから。
体全身、びっしょりだ。
こんなに暑いにも拘わらず、どうして蒸発しないんだろうか。
吹き荒れる熱風の中、私は自分の体質を不思議に思うのだった。
「ご主人様ぁああっ、温泉は、温泉は温かいままでしたああっ!」
そんな折である。
出口のところから叫ぶ人がいる。
それはララだった。
彼女は大きな声でこういったのだ、私の温泉は温かいままだった、と。
「でぇええっ、ララさん、いくら何でも温泉の話をされても!?」
「戦闘中ですよぉおっ!?」
メテオは素のままのリアクションをする。
そりゃそうだよね、場違いな発言にしか思えないだろう。
だけど、私にはララの意図が分かった。
うちの温泉の温度の秘密、それはララしか知らない。
うちの温泉、それは私たちの体をほかほかに温めてくれる聖なる泉だ。
だけど、それは最初から適温だったわけじゃない。
私がスキルを使って温めたのだ。
自分にちょうどいい温度になるように、その熱源ごと。
ずっと温かいままでいますように、とお願いしながら。
未だにそれが温かいってことは私の能力はまだ持続しているということ。
つまり、凱旋盗の人に私の温め能力は奪われてなんかいないっていうこと。
よかった。
実をいうと私は、この能力と一緒にいてもいいかな、なんて思っていたのだ。
受け入れるというか、好きになってきたというか。
灼熱の魔女を自称するのも悪くないかな、なんて。
熱風に慣れてきた私の口元が緩んでいくのを感じる。
大丈夫、まだ私は耐えられる。
なんなら、もうちょっと熱くしてくれたっていいし。
しかし、次の瞬間のことだ。
熱空間がふっと掻き消えていく。
異空間から現実に戻されたような、そんな感覚。
「砕け散れ、ユオぉおおおお!! 死の棺よ、敵に永遠の眠りを与えよ、【氷柱棺】!!」
凱旋盗の人は私の周りに氷を発生させる。
それはあっという間に私を包みこむではないか。
ひぃいい、カルラと対決した時みたい!?
「あああ! これってあれやん! 熱くなりすぎたのを急に冷やしたら割れるやつ!」
「それってガラスのコップとかなんちゃう!?」
メテオたちが再び絶叫にも似た声をあげる。
私の体に猛烈な負荷がかかり、隅々まで冷え切っていくのがわかる。
なんせ体の大部分が氷に包まれているのだ、吐く息さえ冷たい。
寒い、冷たい、こんなの耐えられない……わけでもない?
なんだろうこれ。
私の体の外側に温かい膜ができているし、体の芯は温かいままというか。
自分の心臓の脈動を、生きているってことをダイレクトに感じられるというか。
そう、気持ちいいのだ。
吐く息の冷たささえも、今では愛おしいほど。
意識が中心点に向かって一気に集約していく。
心が一か所に定まっていき、余計な雑念が消えていく。
……心も体も正しい配列に整列していく。
私を構成する何もかもが……ととのう、そんな感じなのだ。
体を熱して、冷やしただけなのに、なんでこんなに気持ちいいんだろう。
これって素晴らしいよ!
気持ちいいし、最高のリフレッシュじゃん!
温泉との相性もよさそうだし、こういうの村に欲しい!!
そう思った次の瞬間、私を包んでいた氷はすべて溶け切ってしまった。
「おかげでスッキリととのったわ! だけど、お遊びはもう終わりよっ! 凱旋盗の人、古文書のありかを吐いてもらうわ!」
私は彼女を指さして戦闘開始を宣言をする。
私からスキルは失われていなかったし、私は戦う前より元気になっていた。
心身ともにととのった私に勝てる相手など、この世にはいないと思えるぐらいに。
◇ 凱旋盗さん、史上最強を自負するものの、奴はどういうわけかリフレッシュしてますよ!?
信じられないほどのエネルギーが足元から駆けあがってくる。
これは魔力ですらない。
まさにこの大地の、この世界のエネルギーそのもの。
体の中に化け物が脈を打って入ってきているような感覚。
しかし、俺はそれを手に入れたのだ。
今の俺ならば、この村どころか、国さえもたやすく破壊できるだろう。
俺をバカにした奴らも、魔王も、この世界の何もかもみんな打ち滅ぼすことができる。
俺は視線の先にすべてを焼き切る視線を発生させる。
これは奴がベラリスとの戦いで使用していたものだ。
触れたものは全て両断される、非現実的な殺人技。
しかし、奴は避けたのだ。
まるで熱視線がどこに飛んでくるかがわかっているかのように。
それに、熱視線の動きも妙だ。
あの女に紙一重で当たらない。
あの女をとらえても、避けられてしまうのだ。
まるで熱視線の方が避けているように!? まさか!?
少々の焦りを感じた俺は奴に熱空間を放つ。
それはベラリスを燃やし尽くした地獄の燃焼空間。
どんなものも燃やし尽くし、灰すら残さない赤い部屋。
それに触れた瞬間に、やつは焼き消えるはずだった。
しかし、しかし、何が起こっているのか、奴は無事だった。
顔に汗をかいて苦悶の表情をしてはいる。
だが、それだけだ。
俺はさらなる熱を与えるべく風を起こす。
しかし、奴の顔はむしろ恍惚の色を帯びていく。
何が起こっている!?
この女、いったい、何者なんだ!?
「く、くそっ。そんなバカな……」
付け焼き刃のスキルでは完全に再現できないというのか?
このままでは奴を倒せないと感じた俺は、かつて獲得したスキルを発動させる。
それは敵を氷柱の中に閉じ込める氷魔法。
奴の体に極限状態の負荷をかけることで、バラバラに破壊することができるはず。
「おかげでスッキリととのったわ! だけど、お遊びはもう終わりよっ! 凱旋盗、古文書のありかを吐いてもらうわ!」
しかし、奴は氷を溶かして現れる。
疲弊すらせず、まるで、生まれ変わったような顔つきで。
な、何があった?
整ったって何だ!?
【魔女様の発揮した能力】
超高温ととのう:熱気浴と低温浴によって心身がリセットされることはよく知られている。魔女様の場合、尋常ではないほどの高温と低温に耐えたことで、心身を最高にリフレッシュすることができた。今回の場合、凱旋盗が熱風を巻き起こしたことで、魔女様がさらに喜んだのは言うまでもない。超高温のため、いい子は真似をしてはいけない。そもそも、サウナの後に動き回るのもよくない。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「魔女様がまた新しい扉を開けやがったぜ……」
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