264.イリスちゃん、己の過去に決着をつけ、魔女様、めっちゃ泣く。ララのもとにはあの子が駆け付けたようですよ
「枯死の花葬!!」
ぞくり、とした。
奴が、そう、私の母親の得意とした魔法を使ったのだ。
それは禁忌魔法の一つとされていて、伝承を受けた私でさえ一度も使ったことのない魔法だった。
その花弁に触れたものは枯死のバラに取りつかれる。
そして、花弁が散る時には命まで落としてしまうのだ。
怨恨の種を拾い上げ、圧縮させた呪殺系魔法。
質が悪いことに、その魔法の源泉となる魔力はあの七彩晶の杖から生じている。
つまり、あれを破壊しない限りは止めるすべはないのだ。
いくらあの男を殺したとしても意味がないということでもある。
杖を壊す?
母上の形見を?
リースの女王の象徴を?
私が一人前であることの証となるものを?
わずかな時間の中、浅ましい選択肢が並び、心がぐらつく。
理性では分かっている。
あの杖を壊すしかないってことが。
それでも、あれを狙い撃ちすれば、私は母上との約束を一生果たせなくなる。
自分の弱い心が嫌になる。
杖を取り返したところで、過ぎ去った時間が戻ってくるわけでもないのに。
「イリスちゃん、大丈夫だから棄権して! 私が何とかしてあげるからっ! 」
そんな折、ユオの叫び声が聞こえる。
必死で悲壮な表情。
しかし、それは覚悟が備わったいい顔だった。
何が大丈夫なのか、何とかできる問題なのか。
鼻で笑ってしまう自分がいる一方、彼女の言葉に救いを感じる自分もいる。
そう、私はどこかで彼女の言葉を聞いたことがあるのだ。
何十年も前のどこかで。
……それは私が駆け出しの冒険者だった時の話だ。
あの男は、ダンジョンから大量にあふれてきたモンスターを前にして、私にこう言ったのだ。
「俺はあんたを守る。大丈夫だ、俺が何とかしてやる」
生意気にも、この私に向かって。
リース王国始まって以来の天才と言われた私に向かって。
正直、腹立たしかった。
それでも、私は嬉しかったのを覚えている。
頼ってもいいと言ってくれる誰かが傍にいてくれることに。
鼻の奥が痛み、涙腺がじわじわとしてくる。
年甲斐もなく、私は泣いているのかもしれなかった。
そして、分かったのだ。
私にはもうあの男はいない。
あの頃の仲間とも疎遠になってしまった。
だが、それでも、新しい友達とやらができていたことが。
彼女は私にとって十分すぎるほど大事な存在になっていたことが。
それならば、もはや私が迷うことなどない!!
「ほら、早く、降参しなよっ! 地面に頭をつけて謝るんだっ!」
禁忌魔法を使ったラグナは母上の顔でひどくみっともないことを言う。
違う、そんなものではない。
私の母上ならばもっと冷酷に私を殺してくれるはず、一つの躊躇もなく。
「幾星霜の時代を彩る、リースの花よ、私の力をもって……」
私は奴の顔を睨みつけ、これまでで最も大きな薔薇魔法陣を発生させる。
私の持っている全ての魔力をもって、あの杖を破壊する。
そう決めたのだった。
「さらばだっ、わらわの杖よっ! 【破壊槍の薔薇】!」
私はぎりぎりにまで練り上げた魔力を一点に集中し、まっすぐに放出する。
それは私が一番得意としているもので、テクニックなど一切なしの力押しの魔法だった。
「こ、こんなものぉおおおおお!」
私が発した真っ白い光線に敵は杖を振りかざして耐えようとする。
七彩晶の杖がまるで悲鳴をあげるかのように大量に光を発する。
それはもしかすると、杖の断末魔の声なのかもしれなかった。
「……さらばだ、母上……」
しかし、吹っ切れた私にもはや躊躇はなかった。
母上の形見だとか、100年近い感情だとか、そんなものはすべて手放した。
ただただ、ユオと同じように、人々を守るための一撃だった。
「ぼ、僕の杖がぁあっ、う、う、噓だぁああああ!!」
そして、その時が訪れる。
奴の構えていた七彩晶の杖は真ん中から、あっけなく折れてしまう。
ラグナはそのまま吹っ飛ばされて、簡単に気絶してしまうのだった。
「ふん、母上に会わせてくれた礼だ。命ばかりは助けてやる……」
奴が沈黙したのを確認した私はふぅっと息を吐く。
偽物とはいえ母上との対決には骨が折れた。
魔力がだいぶすっからかんになっているのを感じる。
私としたことが情けない。
「みんなのバラの花が消えたでぇええええ!」
「ラグナは完全に沈黙ッ! この勝負、イリス様の勝ちやぁあああっ!」
「「女王陛下ばんざぁあああいっ!」」
やかましい猫人姉妹の声が響くと、観客たちは大声で歓声をあげる。
こんな大音声は生まれてきて聞いたことがない。
私たちが悪竜を撃退した時よりも、遥かに大きな声に聞こえた。
「イリスちゃん!!!」
ユオは泣きながら駆け出してきて、私の首に抱き着いてくる。
彼女の抱擁は熱く、少しだけ呼吸が止まりそうになる。
あんな三下相手の勝利だ。
勝利して当たり前であり、大袈裟だなとも思う。
だが、素直に嬉しかった。
吹っ切れてしまった私をつなぎとめてくれるようで。
「……イリスちゃん、あの杖、大丈夫だったの!? お母さんの形見だったんじゃ」
ユオは私があの杖を探していたことに気づいたらしい。
のんびりしているように見えて、案外、勘の鋭い女だ。
「ふ……、あれは、もういい。今のわらわにはこれがあるからな」
私はユオを安心させるために、彼女の頭を撫でてやる。
そして、見せてやったのは私の首につけた七彩晶のペンダントだ。
それは村の店でユオからプレゼントされたものだ。
私は母上から杖を譲り受けることはできなかった。
だが、何十年ぶりの『友達』からこれを得ることはできた。
それは私にとって大切なものになっていくだろう。
「イリスちゃんっ! 私、大好きだよぉおおお!!」
ユオはやたらと泣き叫ぶ。
こいつはやっぱり普通の娘だ、16かそこらの。
まさかこの泣き虫が災厄の魔女だなんて思いもしないだろう。
「こら、やめよ! しつこいぞっ!?」
もらい泣きというやつなのか、こちらの涙腺も少しだけ痛む。
あぁもう、このユオという娘は私でさえも取り込んでしまうのか。
……イリス……
ユオをなんとか落ち着かせていると、砕けた七彩晶の杖から声がしてくる。
その声を私は忘れることはない。
それは母上の声だった。
七彩晶の中に残っていた母上の思念が立ち上って姿を現すのだった。
……見事です、イリス。
……あなたはよく頑張りました。
……私に縛られず、大事な人と共に生きなさい。
杖から立ち上った母上の思念はにこやかな表情だった。
何十年ぶりに現れた彼女の姿に、私は幼児に戻ったかのような感覚になる。
次の瞬間には彼女の姿は薄れ始める。
杖を破壊した結果、彼女の思念は失われてしまったのだろう。
彼女は薄れ行く姿のまま、表情を一変させる。
そして、こう言ったのだ。
……イリス……信じる人と……聖王に、異界の神に……立ち向かいなさい
ほとんど、聞き取れないような声で。
かすかな、本当にかすかな声だった。
そして、私は自分の魔力が限界に近づいたのを感じる。
急速に視界が暗転していくのを感じた私はユオに体を預けてしまうのだった。
◇ ララたちのもとに特別助っ人が駆け込みます!
「勝者、イリス様ぁあああ!」
「女王陛下ばんざぁあああい!」
闘技場からはひときわ大きな歓声が響いてきた。
ララはその声から、第四試合は自分たちが勝利したのだと確信する。
しかし、安堵できるような状況ではなかった。
目の前には口から煙を吐いている巨人が数十体、その奥には金色をした昆虫型の化け物が迫っていた。
特に禍々しいのが体中から煙をのぼらせている巨人だ。
ばきばきと森林をなぎ倒しながら、地響きをさせて行進してくるようだ。
ララは考えがあるのか、それらの進撃をまだ眺めているだけである。
彼女は最高のタイミングで撃破しなければならないと踏んでいたのだ。
「ララさん、あたしはもう我慢できないのだよっ! そろそろいいよねっ!」
迫りくる敵にクレイモアは体をわなわなと震わせる。
それはまるでお預けをくらった犬のような様子だった。
それでもララは首を縦に振らない。
彼女はある人物を待っていたのだ。
「おぉっ、すごいことじゃぞ、あれは! 噂に聞いた魔導巨兵ではないのか!」
そんな時に現れたのはエリクサーだった。
実をいうと、今回の敵の攻略のためには彼女の協力が欠かせないと踏んでいたのだ。
救護室にいた彼女はハンナと魔王の手当てが終わり、ララのもとへとやってきたのだった。
「それじゃ、クレイモアさん、カルラさん、エリクサーさん、作戦は打ち合わせた通りでいきますよ! 私が合図をしたらやっちゃってください!」
戦力がそろった以上、待つのはこれで終わりである。
それぞれが持ち場に入り、敵を迎撃するタイミングに入ったのだ。
「おぉっしゃ! 粉々にするのだっ! 怪我をしてるハンナの分までやっつけるのだよっ!」
「……みんな殺す、ユオ様のために」
「ひぃいい、わし、こやつらのほうが怖いぞ!? 頑張るけども!」
クレイモアとカルラはやたらとやる気を見せる。
一方のエリクサーはそもそも非戦闘員ということもあり、若干引き気味である。
「ここまで予想通りに来てくれるなんて、最高のショータイムになりそうですねぇ」
ララは迫りくるモンスターを眺めながら、にやっと口元を歪めるのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ペンダントぉおおおおっ!?」
「本当に怖いのはララさんなのでは?」
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