258.第三試合が波乱の幕開けを迎える。そして、ララは相変わらず邪悪にほほ笑む
(敵は一体何を求めている? わざわざ観客の前で興行につきあっている理由は何だ?)
ララは口元に手を当てて考えていた。
彼女は自問していた。
凱旋盗という犯罪者集団が自分たちと闘技場で戦う理由について。
本来であれば、一方的にテロ行為をしかければ村を焼くことはできたはずだ。
あるいは、あの黒ずくめの剣士を使えば、村の実力者を一人残らず殺すこともできたかもしれない。
それをしなかった理由はなんだろうか?
リースの女王を打ち倒すため?
それとも、他の理由?
頭の中に様々な問いが出現するも、簡単には答えは出ない。
しかし、一つだけ分かったことがある。
相手は何かを隠している。
それは決して、好ましい発見ではなかった。
「ご主人様、外の空気を吸ってまいりますね」
彼女はユオのいる部屋を出て、ある場所へと向かう。
(もしも、私の予測が確かならば……急がなければマズいですね……)
冷静沈着なララであるが、その額には汗がにじんでいた。
◇
「さぁて、戦いはいよいよ中盤戦やぁああ! 禁断の大地の化け物どもが、凱旋盗の化け物を撃退できるかぁああ!」
「まさに化け物同士の夢の対決! ありえへんでぇええ!」
一方、闘技場ではメテオとクエイクの明るく元気な声が響く。
彼女たち二人はほくそ笑んでいた。
商会のスタッフの報告によると、今回の戦いによってとんでもない金額が入ってきているからだ。
そして、自分たちが安全圏から試合を見ていられるだけというのもポイントが高い。
ユオ達の戦いに巻き込まれて、これまで散々な目にあってきた二人である。
今日はここぞとばかりに、実況解説の地位を利用していた。
「あんのバカ、あとで覚えておきなさいよ……」
一方、凱旋盗との戦いを見守るユオは仲間が化け物呼ばわりされて憤っている。
もっとも、自分はその化け物のカテゴリーには含まれていないと思っているようだが。
「それじゃ、次は誰が行く?」
「そろそろあっしの出番でやんすよ!」
「……私が行って殺してくる」
ユオの問いかけにこたえるのは、燃え吉とカルラの二人である。
イリスはまだ相手の出方を見ているようで、「わらわは大将戦で出よう」と辞退する。
ユオとしても、おそらくは最強戦力のイリスを残しておきたい気持ちもあったので、それはそれで良しとする。
「燃え吉は強いけど、暴走が怖いからなぁ。ふぅむ、それじゃあ、カルラ行ってもらえる?」
「……絶対殺してくる」
「……殺さなくていいよ? 気絶でいいからね? 万が一、危ないと思ったらすぐに棄権してね?」
次の三戦目は確実に勝ちたいとユオは思っている。
その意味で、暴走気味に戦う燃え吉にはリスクがある。
その点、カルラは冷静沈着。
狙い通りに敵をやっつけてくれるだろう。
ただし、カルラの冷酷無比な部分には若干引いてしまうのだったが。
「おぉーっと、魔地天国温泉帝国からは氷の無表情カルラの登場やぁああ!」
「村に居ついたS級冒険者の天才が今日も敵を氷漬けにするかぁああ!?」
カルラが闘技場に現れると、大歓声が起こる。
それもそのはず、カルラは人間界では最上位とされるS級冒険者である。
これまでに数々の魔物を討伐したことも知られており、剣聖のクレイモアに並ぶビッグネームだった。
(……勝ったらユオ様に褒めてもらう、くふふ)
当のカルラ本人は歓声など一切耳に入らない。
彼女はこの戦いに勝利して、ユオにたくさん褒めてもらおうとほくそ笑んでいた。
「さすがは氷の無笑のカルラ! こんだけの舞台でも表情一つ変えんでぇえええ!」
かなり失礼なアナウンスにも関わらず、カルラは相変わらず少し眠そうな顔である。
もっとも、本人は
(さくっと殺し……じゃなくて勝利したら、ユオ様とみんなで一緒に温泉に入って、くふふ……)
などと、よからぬ妄想にふけっていたのだが。
「……私が行くね。次の相手は人間だし、相性がバッチリね」
対する凱旋盗からは、いかにも魔族とわかる少女が現れる。
彼女の背中には大きな翼が生え、髪の間からは立派な角が見えた。
先日、サジタリアスを襲ったベラリスは、人間の体を借りていたのだが、こちらは正真正銘の魔族だ。
まだ幼い容姿をしているエリクサーとは異なり、成熟した魔族であることがうかがい知れる。
顔立ちだけをみれば美しいと言えなくもないが、その外見はあまりにも禍々しい。
闘技場に魔族が現れたことに、恐怖を感じる観客さえ現れるのだった。
「凱旋盗の闘技者はアリアドネ! あの吸血鬼一族のエリートやでぇええ!」
「……ごっつい化け物つれてくるやん、凱旋盗のおっちゃん」
メテオが魔族の紹介をアナウンスすると、にわかにざわつき始める観客たち。
吸血鬼と言えば人間の天敵とも言える魔族だ。
かつての大戦時には少数の吸血鬼に都市一つが陥落させられたことから、吸血鬼を『人間の天敵』と呼んだ人々もいた。
人間社会に多くのトラウマを植え付け、今の時代でさえも吸血鬼を忌避する人々も多い。
アリアドネは明るい場所に平気で出てくるなど、従来の吸血鬼とも違うようだ。
その点も観客たちの心をざわつかせる。
「……お前が私の相手だね? 悪いけど、一滴残らず頂くね」
アリアドネはニヤッと人懐っこい笑みを浮かべる。
その笑みは脅しでもなんでもなく、捕食者としての対応だった。
彼女にとっては自分の同族やより上位の魔族以外はすべてがエサだった。
吸血鬼の一族は残忍で、昔は同じ魔族であっても襲うことがあったぐらいである。
「……殺す、凍らせて踏んで砕く」
一方のカルラはただただ淡々とアリアドネをどう始末するか考え始める。
もっとも、魔族と戦ったことは一度もないし、多少の手さぐりになることは分かってはいたが。
「……カルラよ、悪いが、ここは私に譲ってくれ」
「それでは準備はいいかぁあああ!」などととメテオが叫ぼうとしたときのことだ。
突如として闘技場に黒い影が舞い降りる。
その人物は漆黒の鎧に身を包んだ、魔王イシュタルだった。
「でぇえええ!? 魔王様? なんで、どうして?」
もちろん、観客のみならず、これにはユオもびっくりである。
「……断る」
何か考えがあるようで自分と交代するように伝えてくるイシュタル。
だが、カルラはそれを即座に拒否。
彼女は彼女で怖いもの知らずなのである。
「実は外でおかしな動きがある。お前でなくてはおそらく防げないだろう。ユオの街を守るために一肌脱いでくれないか? ユオもきっと感謝してくれるだろう」
そういうと、イシュタルはカルラの手のひらを開いて何かを手渡す。
「……こ、こりは!?」
普段はこの上なく無表情なカルラであるが、この時ばかりは眉毛をピクリと動かす。
なぜならば、彼女に手渡されたものは尋常のものではなかった。
最新の魔法工学で作られた、ユオの肖像を納めたペンダントだったのだ。
その肖像は単なる絵ではなく、まるで生きている姿そのままを閉じ込めたような姿をしていた。
「ここを押すと、ユオの声がするぞ?」
イシュタルはカルラのペンダントのはじにあるボタンを押す。
すると、「これが私たちの温泉パワーよっ!」などと声があがる。
イシュタルが言うには、さらに10種類ほどの音声を収録しているとのこと。
「……はわわわわ、やびゃい、これ」
カルラは表情をほとんど変えていないものの、その口調は明らかに動揺した様子。
よく見れば頬は赤くなっているし、瞳も潤んでいるのだが。
「どうだ? 交代してはもらえぬだろうか?」
「……代わる。外を守る」
カルラはそう言うとペンダントをそそくさと懐にしまい、足早に闘技場から出ていってしまう。
「な、なんや? どういうこと? 魔王の人が戦うっちゅうわけ?」
「そうみたいやなぁ、なんか渡してへんかった?」
これにはメテオもクエイクも、そして観客たちもあんぐり口を開けざるを得ない。
そもそも、魔王が人間側であるユオ達の加勢をするというのだから、二重の意味で驚きなのだ。
「ど、どうすんの? イシュタルさんって怪我してるでしょ?」
「あんのバカイシュタル……」
ユオとイリスはイシュタルに戻ってくるようにと伝える。
だが、イシュタルはニコッと笑うと首を横にする。
「……アリアドネ、私が相手だ」
「……ダークエルフの血は大嫌いね。特に死にかけのやつはまずいからね?」
かくして、観客やユオたちの困惑などなんのその。
闘技場の上で二人はバチバチと火花を散らし始めるのだった。
「ええい、この魔王さん、人の話聞かんタイプやし、行ったれぇええ!!」
「第三試合、試合開始やぁあああ!」
メテオとクエイクは半ば強引に試合開始をアナウンス。
かくして、イシュタルとアリアドネは戦いを始めるのだった。
魔族の戦いを見たことがない観客たちは目を見開く。
ましてや一人は魔王である。
この禁断の大地は魔族との融和を謳ってはいるが、それでも魔王と聞けば震え上がるのが常人というものだ。
背筋に冷や汗が流れるも、それでも見つめざるを得ない戦い。
「……ええええ、決着ぅううううう!?」
「……うっそぉおお、こんなんありなんんん!?」
しかし、二人の戦いは予想以上に早く決着がついてしまう。
あっけない結末に観客たちは声さえあげることができないのだった。
◇ カルラさん合流する
「申し訳ございません。カルラ様、交代していただいて」
「……別に」
カルラが闘技場から出ると、そこにはララが待っていた。
彼女を外に呼び出したのはララだったのである。
魔王イシュタルに特製のペンダントを渡し、カルラに交代を促してもらったのだ。
これについてはメテオにさえ伝えず、ララとイシュタルの二人で決めたことだった。
「……敵は?」
カルラは相変わらずの無表情で、闘技場の外を眺める。
彼女はこう見えてS級冒険者である。
場を読む力には長けており、ララの表情からして緊急事態であると理解していた。
「うしし、けっこう、沢山いると嬉しいのだっ!」
横から出てきたのは、第一試合を戦ったクレイモアである。
彼女はほぼ無傷であり、そのまま村の防衛に入っていた。
もっとも、まだまだ暴れたりないというのが本音だったが。
「無法者どもがおとなしく最後まで試合をするとは思えません。まぁ、敢えて穴を作りましたので、おそらくはそちらからだと思いますが……」
ララはそう言うとニヤリと笑う。
彼女もまだまだ暴れたりないと思っていたのだ。
ユオが率いる凱旋盗との本戦の裏で、クレイモアたちの防衛戦が始まろうとしていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「カルラさん、凍らせて踏んで砕くってあんた……」
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