256.ハンナ、アレを使って逆転しようとするも撃退される。そして、ついに目覚めます
「ぐぅっ……」
シレンの攻撃によって、ハンナは窮地に追い込まれていた。
その攻撃というのはわき腹にかすかに当てた一撃にしか過ぎない。
骨どころか、皮一枚を削った程度の傷なのだ。
痛みに強いハンナならば、耐えられる傷だ。
だからこそ、ハンナは自分の体に走る痛みが信じられなかった。
最初は毒を疑うものの、禁断の大地の野山で修業した彼女にほとんどの毒は効かない。
それに、彼女は本能でそれは毒ではないと理解していた。
彼女の視界には現実ならざるものが去来し、彼女の耳には何者かが声をかけてくるのだ。
「†悪いな、お前はもう呪われているのだ†」
そう、シレンのいうとおり、彼女に現れているのは呪いの症状だった。
しかも、それはただの呪いではない。
魔王さえも追い詰めるほどの一級毒呪である。
並の精神ではすぐに崩壊し、魔力の発動を止めてしまう邪悪極まりないものなのだ。
ハンナはそれでも耐えていた。
足元のふらつきを必死で抑え、その視線の先にシレンをとらえる。
「ハンナ、なんとか立っているが苦しそうだぁあああ! 逆転できるかぁあああ!?」
メテオのアナウンスの通り、ハンナの勝ち目は薄いようにさえ見える。
しかし、彼女にはまだ奥の手が用意されていた。
「ぐっ」
ハンナは奥歯の後ろに仕込んでいた、あるものをかみ砕く。
それは油紙に包まれた、とある薬剤だった。
数日前にメテオから「一回目はタダでえぇよ」などと渡されたそれは、死ぬほどのピンチになった時に使う薬だと聞かされた。
その時のメテオの表情はいつになく真剣で、その薬が尋常のものではないことはハンナでもわかった。
「ピンチの時に飲め」というのなら、今がその時だろう。
薬剤をかみ砕くと、とんでもないえぐみが口の中に広がる。
それだけで目が覚めそうになるほどの強烈な味。
ついで、自分の体に気力と体力と魔力が充満していくのを感じる。
呪いの幻覚も幻聴も、どこかへ飛んでいってしまった。
魔力の激しい放出のためだろうか、彼女の金色の髪の毛は逆立ってしまう。
「私は無事ですよっ!」
ハンナはシレンに向かって再び攻撃を開始する。
その速さはさきほどを凌駕するほど、凄まじいものだった。
繰り出される突きは確実に敵の命をえぐりとるものであり、シレンとて直撃すれば致命傷をおったであろう。
ハンナは呪いが解除されたわけではないと気づいていた。
それに、この力も一時的なものであることにも。
メテオの表情から言って、危険な副作用も出るかもしれないことも。
それでも、いいとハンナは思った。
ユオによって救われた命を今、ここで返すのみなのだと。
「おぉおっとぉおおお! いきなりハンナがシレンを攻めたてるぅうう!」
「えぇぞぉおお、逆転やぁあああ!」
外から見るものには突然のハンナの猛攻である。
静まり返っていた観客たちは熱狂し、ハンナの組織する親衛隊の面々も大声をあげる。
そうだ、負けられないのだ。
村の皆のためにも。
一緒になって発展させてきた、この村を守るためにも。
薬剤を仕込んだことについて恥じ入ることはなかった。
敵は呪いの剣を持っており、それと同じことだと自分に言い聞かせる。
「勝てばいいんですよっ! 勝てばっ!」
ハンナは加速をどんどん強める。
もはや常人の目にとらえられる速度を越え、闘技場には剣のこすれ合う金属音だけが響き渡る。
「†なるほど、速いな。俺よりも速いかもしれん。しかし……†」
それでもシレンは倒れなかった。
彼はハンナの軌道を読み切り、彼女の剣を寸前のところで切り抜ける。
それでも追い詰めたとなった矢先に、再び姿を消すのであった。
「あぁーっと、シレンが消えたぁああ!」
「先ほどのわけのわからない、消えるスキルの発動やぁああ!」
シレンは身構えた姿勢から、ふっと闘技場から消えてしまう。
一切の影はなく、一切の空気のぶれもない。
「あのおじさん、いなくなっちゃってるよ……?」
ユオは困惑の表情を浮かべる。
そう、彼は闘技場にはいなかった。
物理的に消えていたのだ。
彼女の熱探知であっても消えたシレンを捉えることはできない。
「カウンターを決めてあげますよっ!」
ハンナは目を見開いて、全神経を集中させる。
メテオにもらった薬剤によって、肌全体が精妙なセンサーへと変化していた。
わずかな空気の流れすら即座に感じ取れる。
敵が現れたところで、確実に串刺しにできる。
ハンナはそう信じていたのだ。
しかし。
彼女は避けられなかった。
それもそのはず、彼女は自分の影という完全な死角から攻撃を受けたのだ。
「でぇえええ、あのおっさん、影からでてきたでぇええ!? まさに陰キャラやん!?」
「お姉ちゃん、人聞きの悪いこと言うたらあかんで!?」
しかも、驚くべきことに、シレンの攻撃はまるで観客に見せつけるかのような緩いものだった。
彼は敢えて自分の手の内を観客に、あるいはハンナにさえ示したのだ。
「ぐぅっ……」
今度は右足を貫かれ、機動力を完全に失ってしまうハンナ。
激しい痛みに意識がぐらつく。
しかも、それだけではなかった。
彼女の内側にさらに強い呪いが流れてきたのだ。
ぐらぐらと視界が揺れ、先ほど以上の痛みと幻聴と幻覚がハンナを襲う。
失神したほうが、遥かに楽だと言える。
ハンナは目の前に現れた暗い闇の中に吸い込まれていくのだった。
◇ ハンナ視点
「ここは……?」
戦いの最中だというのに、私は真っ黒い闇に飲み込まれてしまった。
そこは何の音もなく、何の感覚もない、まるで死後の世界のような雰囲気。
こんなところにいるわけにはいかない。
私は魔女様のために勝利しなければならないのだから。
抜け出そうともがくも、どこに出口があるのかわからない。
いや、それどころではないのだ。
どっちが上で、どっちが下なのかすら分からない。
暗く沈んでいく中で、私のこれまでの人生がゆっくりと流れていく。
これはもしかしたら、走馬灯というものなのかもしれない。
私は自分の戦うさまを見ながら、自分には才能がないことを理解する。
そう、私には剣の才能がないのだ。
おじいちゃんみたいに変幻自在の技を繰り出せるわけではない。
クレイモアみたいに重い武器を扱えるわけでもない。
このシレンという男のように圧倒的な回避能力を持っているわけでもない。
剣聖のおじいちゃんの弟子として恥ずかしくないように努力してきた。
少しずつ少しずつ強くなっているっていう実感もあった。
私は自分の持ち味のスピードだけは負けないつもりだった。
だけど、それさえもこの黒ずくめの騎士には対応されてしまった。
メッキがはがれたような感覚が悔しかった。
皆を、魔女様を失望させることが悲しかった。
「ララ、もう降参を申し入れるよっ!? 動けなくなっちゃってるじゃん!」
真っ暗闇の中、遠くの方からかすかに魔女様の声が聞こえる。
私のことを心配してくれてのことだろう。
私は勝ちたかった。
魔女様は私の村に光を与えてくれた存在だから。
魔女様がいなかったら、私はただの弱い村人だった。
魔女様がいたから、私は自分を信じることができた。
外の世界をみることができたし、沢山の友達だって手に入れたのだ。
私にとって魔女様は太陽そのもの。
だから、私はなりたい。
魔女様を守る剣に。
魔女様を守る盾に。
魔女様ほどの光が必要なわけじゃない。
闇を照らす、少しだけの光があればいい。
次の瞬間。
暗闇の中に、地平線が光って浮かび上がる。
その中央にはオレンジ色の暖かな光。
それは暗い闇を切り裂き、世界を照らし始める夜明けの光のように見えた。
「……これだ」
暗闇の中で私がぽつりとつぶやいた瞬間!
私の視界は元に戻っていた。
闘技場の上で、私は剣を構えていた。
観客たちの大きな声が聞こえ、試合が続行していることに気づく。
「†さらばだ†」
そして、目の前には私の命を奪うのであろう、敵の黒い剣が迫っていた。
不思議なことに、そんな光景さえゆっくりに見える。
大丈夫、私は、まだやれる。
魔女様のために、魔女様を世界の主にするために!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「メテオ、お前、なんちゅうものを無料で配布しとんねん……」
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