255.ハンナの前に最強のおじさん(中身は14歳)が立ちはだかる。こんな奴に負けるな、聖騎士!
「†娘、悪いが俺は女相手でも手加減はできない。棄権するなら今のうちだ†」
シレン・ザ・ダークネスはハンナに声をかける。
彼なりの気づかいなのか、それとも、挑発なのか、それはハンナには分からない。
「ふふん、クレイモアが勝った以上、魔女様親衛隊隊長の私が出ないわけにはいきませんよ!」
ハンナは挑発にのるほど軽い剣士ではない。
彼女は皆から『狂剣』とあだ名されるほど剣の使い手だが、戦闘時の頭自体は非常にクールだった。
激高しやすいクレイモアとは大きく違っていた。
シレンはハンナの返事に黙って首を振る。
話にならないとでも言うかのような態度だった。
「それでは試合開始ぃイイイ!」
かくして、メテオの絶叫とともに開始のゴングが鳴らされる。
二人は剣を構え、間合いを推し量る。
ハンナは持つのは、片手でも扱える軽めの剣である。
サンライズから与えられたわざものであり、ハンナの腕力であっても岩を砕く。
これまでの戦いの中でも何度となくピンチを切り抜けてきた相棒だった。
一方、シレンは女王との戦いにも使用していた真っ黒い剣だ。
蛇のような魔物がからみつくような禍々しい装飾がしてあり、怪しい光を放つ。
彼の黒づくめの鎧とも合わさって、異様な雰囲気を醸していた。
「†ハンナよ、来るがいい†」
シレンは黒い剣をゆったりと構える。
彼の構えを見たクレイモアは「おっさん、強いな」と声を出す。
いつも脳天気に見える彼女であるが、相手の強さを推し量るのには長けている。
シレンの構えには甘さがなかった。
付け入るスキもなかった。
迂闊に攻め込めば撃ち落とされるのがわかる、完成された構え。
これはおそらくハンナもそう感じていただろう。
「じゃあ、いただきますよっ!」
しかし、待つのはハンナの性分ではない。
いくら相手が強かろうと、サンライズほどではないはずだ。
彼女のスピードはクレイモアのそれを凌ぐ。
ゼロの状態から急加速し、一気に敵を屠る。
そうやってこれまでに沢山の魔物を蹂躙してきたのだ。
ハンナの繰り出す剣がシレンの喉元に迫る。
がぎぃんっ!!
しかし、すんでのところで防がれ、さらなる追撃もいなされる。
がぎぃんっと、金属の擦れ合う音が闘技場に響く。
「おおっと、いきなり怒涛の攻撃! 急所を狙った殺人技!」
「よぉっしゃ、ハンナ、行ったれぇええ! 中二病の痛いおっさんなんぞ斬り伏せろ!」
達人たちの見事な攻防に観客たちは息を呑む。
ハンナの速攻は凄まじく、さきほどのクレイモア以上に手数が多い。
対するシレンは防戦一方であり、攻撃の糸口さえ見つかっていないように見える。
素人が見れば、ハンナが押しているかのように思えただろう。
「†ハンナと言ったな、いい腕だ。誰の弟子だ?†」
シレンはハンナと距離を取ると、声をかける。
試合中だというのに彼の呼吸は穏やかなもので、試合前から一切の変化が感じられない。
「ふふん、私は剣聖のサンライズの孫、つまり、剣聖の弟子です!」
対するハンナの呼吸は少しだけ上がっていた。
達人ともいえる相手の急所を的確に狙うことは、想像以上に彼女の体力を奪っていた。
ハンナはそれをはねのけるように、敢えて元気な声を出すのだった。
「†……そうか。そんな男は知らんが、まったく惜しいことをするな。お前はまだ若いのだが……†」
そう言って、シレンは先ほどとは構えを変える。
彼の剣からは紫色の光が溢れ始め、何かが起こることを予感させた。
ハンナは呼吸を整え、敵の出方を見守る。
どんな動きも見逃さず、どんな技が来ても迎撃する。
そんな覚悟を構えの中に閉じ込める。
先程まで熱狂とでも言うほどの声を張り上げていた観客たちもしぃんと押し黙ってしまう。
戦闘の素人であってさえも、次に何かが起こると理解したのだ。
「あ、あれは、あの時の……」
イリスは闇討ちを受けたときのことを思い出す。
その時、シレンの剣からは似た色の光を放っていたのだ。
あの夜は月のない夜だったため視界は悪かった。
イシュタルに大事なことを聞こうと思っていて、気が逸れていた。
しかし、それはどう考えてもおかしい。
自分はどんなに気が散漫になっていても、全方位からの殺気に対応できるはずなのだ。
それなのに、全く何の対応もできなかった。
もしも、この男があれを正攻法でしかけていたら?
この逃げも隠れもできない空間でさえ、それをやってのけたら?
イリスの頭の中に想像したくないものが生まれ始める。
それはつまり、彼女の知らない「剣」の存在を意味しているからだ。
それは摩訶不思議な剣のスキル。
彼女の弟子であるミラクが図書館で見つけた、あの本で扱われていた禁忌のスキル。
その名は……。
「†業断 -宵闇の影-†」
男は低い声でぼそっとつぶやく。
そして、次の瞬間、忽然とその姿が消える。
文字通り、影もなく。
「あれ、いなくなったぁああああ!?」
「えぇえええ。おらへんでぇええ!?」
シレンは何の障害物もない空間の中で忽然と姿を消したのだ。
メテオもクエイクも、そして、観客たちも騒然とする。
闘技場には影さえも落ちておらず、ハンナだけが取り残されたようだ。
ざわつき始める闘技場だが、数秒ほど経っても姿は見えない。
上に飛んだのではないかと人々は探し回るが、それはあり得ない。
闘技場は虹ぃにょの防壁が張り巡らされているため、ちょっとやそっとでは突破できるはずがない。
「ふぅむ、困りましたねぇ? 逃げたんですかねぇ?」
ハンナは余裕ぶって、そういうものの殺気を解かないわけではない。
構えを取ったまま、何が起きても最速のカウンターを打てるようにしていた。
呼吸を落ち着けて、空気の振動を観察する。
殺気が流れてくる方向へ最大加速のカウンターを叩き込む。
ハンナの得意な戦法でもあり、これまでに一度も失敗したことはない。
だが、次の瞬間、あり得ない方向から斬撃が飛んできた。
彼女の真隣にシレンが現れたのだ。
「うぐっ……」
そして、闘技場の床には脇腹を押さえてうずくまるハンナの姿があった。
彼女の脇には血が滲み、明らかに攻撃を受けた形跡が見られる。
そして、黒尽くめの剣士はそれを見下ろしていた。
何が起きたのか、どうして自分が攻撃されたのか、ハンナにはわからない。
しかし、起きていることは全て正しい。
それを理解することでしか勝利を手繰り寄せることはできない。
「あぁーっと、ハンナが攻撃を受けたぁあああ!?」
「何が起きてんねん、これぇええええ!」
この世のものとは思えない攻撃に観客たちは色めき立つ。
姿を完全に消し、しかも、死角から攻撃する。
そんな真似ができる剣士がいるとは思えない。
「なかなか、やるじゃないですか……、さすがは暗黒騎士ですね……」
ハンナはかろうじて距離を取るも、その痛みに悶絶する。
まるで傷口から全身に毒がしみ込んでくるような感覚。
呼吸は乱れ、視界がぐらつく。
これまでサンライズと過酷とも言えるトレーニングをしてきたハンナは、痛みにも毒にも強かった。
剣で脇腹をこすられる程度ならこんなことはないはず。
「†悪いな、お前はもう呪われているのだ。俺の黒王呪剣によって†」
シレンはハンナを追撃することはない。
まるでオオトカゲが獲物を毒によって弱らせて仕留めるかのように、ただ相手が崩れ落ちるのを待っていた。
圧倒的な強者の登場に、観客たちは騒然とする。
勝負を見守るクレイモアとイリスは奥歯をぎりっと噛みしめるのだった。
「魔女様の聖騎士はこんなところで負けません……」
呪いによって意識があいまいになる中、それでも、ハンナはシレンをにらみつける。
彼女の内側でも何かが生まれようとしていた。
◇ 魔女様ビジョン
「ララ、おのおじさんの技、かっこよくない? 宵闇の影……だよ?」
ユオはごくりと唾をのむ。
彼女の中で何かが生まれつつあった。
これまでも何度か刺激されては萎えていった、あの若き日の情熱が再び胎動しはじめたのだ。
彼女は誓う。
自分ももっとかっこのいい技を作ってしまおうと。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「†なんつぅ、話し方だよ……、真似したくなるやんけ†」
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