253.クレイモア、霊獣の出現に防戦一方となりますが、最後はあれで片付けます。そして、魔女様の新たな野望が動き出す……
「おぉっとぉおおお、シモンズの後ろからまた強そうなやつが出てきたぁああ!」
「あの狼、なんか見覚えあるかもわからへん! なにとは言わへんけどぉぉおおっ!」
シモンズが二体目のモンスターを召喚したことで、再び盛り上がる闘技場である。
クエイクの言うとおり、そこに現れたモンスターは彼女のよく知る霊獣にそっくりだった。
もふもふとした真っ黒い毛並みに凶悪な牙、そして大きな体躯。
明らかに霊獣シュガーショックと同じ特徴を持ち合わせている。
「ふははは! こいつをブラックウルフと一緒にするなよっ! これは何を隠そう、あの白き霊獣フェンリルと対をなす存在、ハティを人工的に作り出したものだ! この牙と爪はあまたのモンスターを屠り、この毛並みはどんな攻撃もはねかえす!」
沸き上がる観客たちを前にシモンズは気が大きくなったのだろう。
ペラペラと手持ちのモンスターの解説を始める。
いや、それはモンスターではなかった。
彼が召喚したのは作られた霊獣だったのだ。
それも伝説の霊獣の一つ、月喰いのハティの召喚である。
「黒いもふもふ、ありかもしれない……」
さっきまでの触手モンスターに辟易していたユオであったが、黒い狼には興味津々のようだ。
白と黒のもふもふを従えるのもいいなぁ、癒されるだろうなぁ。
彼女はシュガーショックを抱きながら考えていた。
「いいか、クレイモア、貴様に本当の敗北を教えてやる。生まれてきたことを後悔するほどの暴力を通じてな!」
シモンズはクレイモアに勝利宣言をする。
彼にとってこの霊獣の召喚は奥の手と言えるものであり、それが故に自分の勝利を疑うことはない。
その気になれば、敵を全員なぎ倒し、この会場ごとめちゃくちゃにすることさえできるのだ。
「そんな劣化版、ぜんぜんっ、怖くないのだよっ! あそこに同じのがいるのだ、ばーか!」
しかし、相手はクレイモア。
シモンズのペースに乗せられることはない。
彼女はびしっとある方向を指さすのだった。
「なんだとぉ? こいつと同じのがいるだと?」
シモンズが睨みつけたその先には、真っ白いもふもふっとした生き物を抱えるユオの姿があった。
くぅううう……?
皆の視線が集まったことで、シュガーショックは困ったような声をあげる。
その生き物は犬というよりは、クッションのほうがよっぽど近い。
闘技場に召喚された黒い霊獣とは似ても似つかないものだ。
「ふははははは! 何を言うかと言えば、俺をからかいやがって! あんな犬っころなんぞ、飼い主同様、ただの間抜けな駄犬ではないか!」
シモンズはクレイモアが自分を挑発しているのだと理解する。
自分の気を逸らせ、注意力を散漫にしようとしているのだと。
「まったくだ! あんな綿あめみたいなのが霊獣だと!?」
「こりゃおもしれぇや! 笑わせてくれるぜ」
クレイモアの行動を「冗談」だと理解した観客たちも大声で笑う。
もっとも、その観客たちは村の部外者の面々で、ユオのこともシュガーショックのことも知らなかったのだが。
「なぁっ、なぁんですってぇええ!?」
彼の言う、「飼い主同様、ただの間抜けな駄犬」という言葉はもちろん、ユオを激昂させる。
シュガーショックを侮辱された怒りで、彼女の髪の毛の一部は少しずつ赤く変色していく。
「ひぃいいい、やべぇぞ、あの召喚士の男、消されるぞっ!?」
「この会場ごと消されやしないだろうな!?」
ユオの変化に気づいた面々は顔を引きつらせて、ひそひそ声で話すのだった。
「クレイモア、やっちゃいなさいっ!」
ユオは「むきぃ」などと声をあげて、彼女にしては珍しく戦闘にGOサインを出す。
さきほどまで戦いなど面倒くさいなぁなどと言っていたのだが、致し方なしという表情。
クレイモアはその言葉にうなずいて応える。
「あの女を食い殺せ!」
シモンズは霊獣に号令をかける。
人工霊獣は召喚士の心と結びついており、ほとんど自由に操ることができる。
ぐるるる……
霊獣は低く唸りながら、クレイモアに近づいていく。
その様子はまるで狩りをするときのシュガーショックにそっくりだった。
「さぁ、図らずもやばい人を敵にまわしちゃったシモンズ、どう出るかぁ!」
「この世界には煽っちゃいけない人がおるんやけど、取り急ぎ、頑張れぇ!」
闘技場は大きくヒートアップし、第一試合ながら歓声が飛び交う。
そして、一瞬の間をおいて仕掛けたのは霊獣だった。
うごがぁああっと口を開け、風のような速さでの突撃!
並の冒険者なら反応もできずに食われてしまうだろう。
しかし、相手は剣聖のクレイモア。
圧倒的な動体視力をもって猛烈な突進さえもひらりとかわす。
さらには拾い上げていた大剣で脚を思いっきり斬りつける。
「あぁーっ、霊獣の機動力を奪うクレイモア渾身の一撃!」
「クレイモアらしいクレバーなやつやん!」
メテオとクエイクの解説の通り、クレイモアの戦い方は大味だが効率を重視したものである。
敵の弱点を見抜き、そこを猛烈な打撃で叩くことをスタイルとしていた。
ぐるるる……
しかし、今度ばかりは相手が悪かった。
霊獣の黒々とした毛並みはクレイモアの斬撃さえも受け付けないのだ。
機動力を奪ったつもりだが、霊獣はむしろ怒りに任せて追撃を食らわせてくる。
「こりゃあ固いやつなのだ!」
クレイモアでさえも、相手の防御力の高さには舌を巻く。
もっとも彼女の剣が先の戦いで粘液まみれになっており、切れ味が著しく落ちていたことも原因ではあるが。
「くはははは! 貴様の攻撃などこいつには効かん! ハティは国一つ落とせる霊獣なのだっ!」
シモンズは自分の霊獣がいかに素晴らしいかをここでも力説する。
この男、放っておけば、何時間でも人工霊獣の素晴らしさについて語り続けただろう。
うごがぁああっ!
霊獣はさきほどよりもさらに攻撃速度を上げて突撃する。
しかも、その攻撃はただの突進ではない。
変則的に体をぶれさせることで、不規則な軌道を描いていた。
「ぐぅうっ……!?」
さしものクレイモアも反応に遅れを取り、ふっとばされてしまう。
闘技場の床は非常に頑丈なものだが、それでも破壊的な衝撃でヒビが入ってしまう。
さらには追い打ちをかけるように、あおむけ状態のクレイモアに牙と爪が襲い掛かる。
クレイモアは必死にかわすが、明らかな劣勢だ。
「どうした、剣聖とはそんなものか? わははは、やはり霊獣こそが至高だ! 私に勝てる者などいるものかっ!」
霊獣の突撃の成功にシモンズは高笑いをする。
彼は今、人生の頂上にいるような気分だった。
「クレイモアがなんとか抜け出したでぇっ!」
「黒い狼は敢えて攻撃をしかけませんっ! あの狼、賢いみたいです、カウンターを警戒してます!」
防戦一方のクレイモアだったが、持ち前の瞬発力で敵から距離をとることに成功する。
彼女の太ももや腕にはいくつかの傷ができており、うっすらと流血していた。
負傷することに慣れているにせよ、決定打をもたないクレイモア。
先ほどのイカ型モンスターとの戦いで鎧のほとんどは砕かれ、胸当てと腰当てぐらいしか残っていない。
彼女の勝利がはるか遠くにあることを、闘技場の誰もが予感するのだった。
「……ここまで同じだと、ちょっと引くのだな」
それでもクレイモアは不敵に笑うのだった。
彼女が本気を出す時、すなわち、相手を殺してもいいと思った時、その表情は真剣そのものとなる。
しかし、今の彼女はまだまだ笑顔をキープできていた。
それはすなわち、過去に戦ったボボギリや魔族のベラリスほどの強敵ではないことを意味していた。
「何が同じだというのだっ! 錯乱したかっ! やれぇえええええ!」
シモンズはクレイモアのおしゃべりには付き合わないと素振りで、大声をあげる。
彼の号令に合わせて、霊獣は再び唸り声をあげる。
対するは息が上がり、疲労の色の見えるクレイモア。
誰もがクレイモアの負けを予感し、ごくりと唾を飲む。
「あたしの特製のやつなのだよっ!」
次の瞬間だった。
クレイモアは胸元から何かを取り出すと、それを高く掲げる。
「な、なんやぁ!? クレイモアがなんか出したでぇ?」
「武器とちゃいますやん、何あれ?」
メテオたちはクレイモアが取り出したものが何だか分からず、困惑の声をあげる。
「あれ……干し肉やん……」
メテオが鑑定スキルでその正体を見破った次の瞬間!
クレイモアはそれを無造作に闘技場の端っこに投げる。
それはまるでシュガーショックにエサをやるような素振りで。
ひゅごがぁあああああっ!
黒い霊獣は牙を顕わにして飛びかかる。
その牙はギラリと光り、対する敵を八つ裂きにするものだろう。
しかし、相手が違った。
霊獣がとびかかった相手は干し肉だったのだ。
「な、な、何をしているぅううううう!?」
霊獣のまさかの動きに激昂するシモンズ。
しかし、いくら彼が念じても霊獣は動かない。
人工の霊獣とはいえ、その本能には抗えない、そのことを見せつける結果だった。
「おっさん、隙だらけなのだっ!」
「ふぐぅおおおおおお!!?」
シモンズは死角から飛んできたクレイモアの突きに吹っ飛ばされる。
彼は3回ほどバウンドすると、完全に意識を失ってしまうのだった。
干し肉に舌鼓を打っていた霊獣もシモンズの魔力が途切れたことで掻き消えていく。
劣勢であるかに見えたクレイモアの圧倒的な勝利だった。
「ま、ま、まさかの奥の手でクレイモアの勝利!! お料理剣聖の見事な作戦勝ち!」
「大きな胸当ては伊達じゃなかったぁあああ!!」
メテオとクエイクの絶叫が響き渡り、観客たちは大声でクレイモアの勝利を祝福。
かくして、第一戦はユオ達の勝利となるのであった。
◇ 魔女様とララの会話
「……ねぇ、ララ、あいつの霊獣って人工って言ってたよね? ってことは、コピー元がいるってことじゃない?」
「……ご主人様、飼いませんよ?」
「まだ何も言ってないってば……、でもでも、村も大きくなってきたし、二頭いてもいいんじゃない? 白黒のもふもふだよ? 絶対に楽しいよ?」
「ダメですよ、多頭飼いは争ったりして大変なんです。どうしてもっていうんなら、ブラックサバスっていう名前にしましょう。略してブサスです」
「とんでもない略し方じゃん! ロッキーロードか、ダブルココアがいいかなぁ」
ユオは真っ黒な霊獣の出現にわくわくが止まらないのだった。
【クレイモアのお料理】
干し肉:非常食として常備しているもの。クレイモアのお手製であり、ふっくらジューシーでとても美味しい。シュガーショックと行動を共にすることも多いため、餌付けにも使用していた。もちろん、シュガーショックも大好きである。鎧の胸当てでどんな風に格納されていたかは謎。詮索するとふっとばされそう。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「なんつぅところから肉を取りだしとんねん……」
「黒い霊獣の本体はどこにいるんだ?」
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