250.魔女様、イシュタルを回復させてほっと一息……つけるはずもなかったです、ごめんなさい
「なんだか、すっごい騒がしいんだけど……」
大急ぎで村に戻ると、何やらものものしい雰囲気。
人々は大急ぎで何かの作業をしているようだった。
ドワーフの人たちが大きな声を張り上げて、何かを作っているのが見える。
ふぅむ、砦か何かだろうか?
とはいえ、今、一番大事なのはイシュタルさんに回復薬を飲ませること。
あのお師匠様が苦心して作ってくれたものなのだ。
「ユオ様、お帰りなさい!」
「おぉっ、待っていたのじゃ!」
治療院に到着すると、リリとエリクサーが出迎えてくれる。
イシュタルさんは小康状態が続くものの、依然として容態が悪化することもあるという。
「おぉ、姉上、灼熱、よく戻ってきてくれた……」
イシュタルさんは声を出せるものの、その顔色はまだまだ悪い。
輝くほど美しい褐色の肌だったのが青黒く変色しちゃっているというか。
声にも元気がないのが見て取れる。
「……よし、飲ませてみるのじゃ」
エリクサーに薬の入った小瓶をわたし、イシュタルさんに飲ませてもらう。
「……うぐっ、げふっ、苦い。ふふふ、私は甘党だぞ……?」
こんな場面でもイシュタルさんはユーモアを忘れない。
いや、本当に苦いのかもしれないけど。
「苦すぎるぞ、これ、本当に死ぬかと思ったぞ……」
薬を飲んだ後、イシュタルさんはゆっくりと寝落ちする。
おそらくは沈静作用のある薬だったんだろう。
これで回復してくれるならいいけど。
「……見てください! お顔の色が!」
リリが高い声をあげる。
イシュタルさんの顔色がさっき見た時よりも遥かによくなっている。
明らかに効いているサインなのではないだろうか。
「エルフ特効の呪いと毒だ。まだまだ完全回復とはいかないだろうが、峠は越えたな」
イリスちゃんは安心したようにふぅと溜息をもらす。
よかったぁああ。
いがみ合っていたけれど、実は心配だったんだと思う。
相手が魔王であるとか、それ以前に一人の人として気遣っていたんだろう。
「なぁっ!? そんなわけあるか! わらわが魔王の心配をするわけがない!」
そんなことを言うと、顔を真っ赤にして怒り出す。
ふぅむ、だんだん、この人の扱い方がわかってきた気がする……。
「ユオ様、待っとったでぇええ! おっかえりぃいい!」
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
病室でイシュタルさんが回復していくのを見届けていると、メテオとララがやってくる。
そういえば、空から治療院に向かったので、誰にも帰還の挨拶をしていないのだった。
イシュタルさんを救うためだったとはいえ、事後報告になっちゃって申し訳ない。
「たっだいまぁ! 無事で何よりだよ、二人とも」
もちろん、二人に抱き着く私である。
二人の顔色はよさそうだし、火事から立ち直っているのが見て取れる。
悪い人達が攻め込んできたわけじゃなさそうだし、一安心。
「ほんでなぁあ、ユオ様、ちょっと楽しいことが起きとんねん。うん、ここで話すのもなんやから、ちょっと場所変えよ!」
メテオは何やら嬉し気な表情。
相変わらず可愛らしい笑顔である。
「えぇ、楽しいことって何よぉ?」
メテオのその表情についついこちらの頬も緩んでしまう。
ひょっとして、盗賊の人たちと折り合いがついたとかなんだろうか?
それだったらいいなぁ、誰とも争わないのが一番だよね。
「ふふ、秘密や!」
「女王陛下も、私どもと一緒にご足労くださませ」
サプライズイベントでも準備しているのかっていうぐらいに、ニマニマしているメテオ。
ララはイリスちゃんをうやうやしく案内する。
ふぅむ、こりゃあ、楽しみだぞ。
そんなわけで、私とイリスちゃんはメテオと屋敷の会議室に向かうのだった。
◇
「き、禁断の大地武闘会!?」
屋敷について聞かされたのは、私の想像の斜め上の展開だった。
確か、私たちは盗賊にこの領地を出ていけと脅されていたはず。
それなのに何だかよく分からない大会が開催されようとしていた。
「お、踊る方の舞踏会じゃなくて?」
「……戦う方に決まってるやん」
ぶとうかい、と言えば、着飾った男女が社交を深める舞踏会というのもある。
私は社交デビューする前に追放されちゃったけど、憧れていた記憶がある。
それだったらいいなぁと思っていたが、やはり、相手は盗賊集団。
ダンスなんかしてる場合じゃないというわけらしい。
「げぇええ、どういうわけで戦う方の武闘会なのよぉ?」
私はメテオとララにことの経緯を聞きだすことにする。
この間までダンジョンでごたごたしてたというのに、次は何だか物々しい武闘会。
みんなのおかげで村は順調に発展していっているけれど、どうしてこうも血の気の多いイベントばかり起こるのか。
「実はな……」
メテオは私たちにことの経緯を説明するのだった。
相手は神出鬼没のテロリスト集団で、街を破壊されるよりは堂々と優劣をつけた方が被害が少ないこと。
そして、盗賊たちと公衆の面前でぶつかることで儲けることもできるということ。
「言っとくけど、めっちゃ儲かるでぇ、こういうビジネスは!」
「儲かる? どうして?」
メテオの口から飛び出した、「儲かる」の言葉が腑に落ちない私。
どうして、力比べをするのがお金儲けにつながるのか。
「この世界の人はみんな、どっちが強いとか、どっちが勝つとかに飢えてるんや! ほら闘争国家ガブリアスの殺し愛・愛死合トーナメントとか有名やろ? しかもやで、それを大陸の主要都市に配信したらどんなんなると思う? もうこりゃあ、えらいこっちゃ」
かなりの早口で説明を繰り出すメテオ。
闘争国家なんて良くない噂しか聞いたことないし、不穏な匂いしかしない。
つまり、彼女の言いたいのは、人々が熱狂する舞台を用意することでがっぽがっぽ儲かるとのことだ。
確かにクレイモアやハンナが戦う様子を見てみたいって人もいるだろうけど……。
しかし、配信ってそんなことが可能なんだろうか?
え、ドレスが髪を振り乱して頑張ってる……!?
「しかも、ですよ、ご主人様。儲けは配信料だけではありません。一番おいしいのはギャンブルです」
「は? ギャンブル?」
「そうです。出場者の誰が勝つかを、賭ける場所を作るのです。公営ギャンブルってやつですね」
「でぇええ!? そんなことしちゃっていいの?」
ララの口から飛び出してきたのは、さらなる悪企みだった。
ふぅむ、どうなんだろう。
あんまり賭け事に興味はないし、いいイメージないなぁ。
「いいですか、ご主人様。君主たるもの光と闇の両方を司ってこそ一人前です。建築費用のための必要悪ってやつです」
彼女が言うに、このような大会を開けば何がどうあれギャンブルをする輩が現れるとのこと。
そうであれば、こちらが公的にそれを管理した方がいいのだという。
「むかし、毒ドラゴンで南方都市が荒廃した時にも、賭けレースの開催で復興資金をねん出したんやで? 案外、そこかしこで開催されるんやわ。別にぜんぜんいかがわしくないって」
「ご主人様、ギャンブルは胴元がいちばん儲かるものですよ」
メテオとララはやたらめったらおすすめしてくる。
確かに彼女たちの言うとおり、私たちの村を復興させるためには必要なのかもしれない。
それに賭け事をきっちりこちらが管理するなら、裏で変なトラブルが起こるのを避けられるかもしれないし。
未成年者には参加させないとか、そういうルールは絶対に必要だけど。
しかし、禁断の大地武闘会かぁ、よくそんな話が盗賊との間で通ったよね。
メテオの交渉力には驚いてしまう。
「ふふふ、負けた時にはうちらの全財産くれたるわ! 言うてやったからな」
「はぁ……、全財産? あ、あのぉ、うちらって、もしかして私も入ってる?」
「そらそうやん、ユオ様とうちは一心同体なんやし。将来を誓い合った仲やし」
「でぇえええええ!? あんた、何、決めちゃってくれてるのよ!? 将来は誓ったけど、そういう意味!?」
前に受け取った脅迫状では「数日以内に領地を明け渡せ」だったはず。
しかし、今回はさらに条件が厳しくなっている。
なんせ全財産を賭けるっていうのだから。
そうなったら私の持っている温泉水を無限に収納できる空間袋さえとられちゃうってことでしょ?
えぇえ、やだなぁ。
「とはいえ、この土地の温泉なしにご主人様が生きていくのは難しいのではありませんか?」
「ぐうぅっ……」
ララがいつになく優しい笑顔でそんなことを言う。
思わず言葉に詰まる私。
くっ、なんという正論。
確かに、私はこの温泉のある土地を追い出されたら、何もかもやる気を失っちゃうかもしれない。
はっきり言って、温泉ナシの私なんて生ける屍である。
私に選択肢なんてないと言ってもいい。
正直、お金よりも大事だし。
「分かったわよっ! だけど、私は出ないからねっ!」
こうなったらしょうがない。
受けて立とうじゃないの、私以外が!
うちの村にはハンナやクレイモアや燃え吉、あるいはカルラといった腕利きの人材がたくさんいるのである。
別に私が出る必要はないのだ。
適当にやっつけてくれれば、私の街を燃やしてくれた憂さだって晴れるというものかもしれない。
うふふ、そうだよね。
「……ま、大丈夫やろ、うん、たぶん」
「……なるようになるでしょうね、はい」
メテオとララは「ふーん」みたいな顔をしているが、絶対に出ないよ。
今回ばかりは領主様らしく皆を見守る立場を決め込みたい。
そもそもハンナやクレイモア一人で十分なんじゃないだろうか。
武闘会では村の複数の代表者と盗賊団の複数の代表者が戦って、その勝敗の数で最終的な決着となるとのこと。
「それで、イリス女王陛下にはぜひ、こちらに出ていただきたいと凱旋盗からの指定がありました」
私が腕組みをしていると、ララがイリスちゃんにまさかの一言。
ううむ、この武闘会ってあくまでも、うちの村と盗賊集団との対決なんでしょ?
リース王国の女王様を巻き込んじゃって大丈夫なの!?
「ふはははははは! わらわに出てこいだと? 望むところだ、わらわが全員滅ぼしてやる!」
しかし、イリスちゃんは相変わらずの好戦モード。
この子、根はいい子なんだろうけど、暴れるの大好きっぽいんだよなぁ。
彼女が出てくれるのなら、私の出番は一切ないと言ってもいいよね。
そんなわけで、私は何か大切なことを言い忘れた気のするまま、『第一回 禁断の大地武闘会』への準備に入るのだった。
ん? 第一回って何?
ひょっとして、毎年開催するつもりじゃないよね!?
ま、いいか。
とりあえず、温泉に入ろっと!
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