25.魔女様、農業を熱烈に応援した結果、気候変動を引き起こす
「ご主人様、温泉のお供にお茶はいかがでしょうか」
「ありがとう。本当に夏なのに冷えるなんておかしな気候よね。辺境だからかしら」
ここはリース王国の北方に位置する辺境の土地。
古くはヤパンと呼ばれ、どの国の管理下にも置かれていない無法地帯。
別名、禁断の大地。
今、この村は夏にもかかわらずひんやりと寒いのだ。
普通ならさんさんと照りつける太陽もその威力を失い、光が弱いように感じる。
私はというと温泉に浸かって、ぽかぽかと暖をとっているのだけども。
「うーん、どうでしょうね。辺境の土地とはいえ、標高はないはずなのでそこまで王都と変わりがあるとは思えないのですが……」
ララは思うことがあるようで、そのまま何かを考え込んでしまう。
私は冷夏なのかなぁなどと思いながら、ぼんやり空を眺めてお茶をすする。
バラの花びらの香りとキイチゴの酸味が溶けあって格別な風味。
これは村の名物になりそうな気もするな。
温泉に加えて、こういう優雅な名物っていうのも悪くないかも。
「この村は寒くても温泉があるからええなぁ。温泉に入ると、数時間、ぽかぽかしっぱなしやし」
私と同じく温泉に入っているメテオはそう言って笑う。
彼女いわく、温泉に入るとしばらく温かいのだそうだ。
女性には冷え性も多いし、ご婦人方には冷え対策としても温泉を喜んでもらえるかもしれない。
「あっしは冷え性なんざ知らねぇなぁ! だけど、温泉は大好きだぜ!」
同じく温泉に入っているドワーフのドレスはそう言って「あはは」と笑う。
うむ、たしかにドレスは筋肉質だし、冷え性とか知らなさそう。
まぁ、かく言う私もぜんぜん冷える体質じゃないのよね。
「魔女様、お話があるんじゃが、ちょっと村はずれまでご同行願えないかのぉ」
そんな風にのんびりしていると、温泉のドアをたたく人がいる。
ララがドアを開けてみると、そこにいたのは村長とその孫のハンナだった。
二人とも浮かない顔をしていて、なにかネガティブなことがあったことがわかる。
モンスター相手だと嬉々として向かっていく二人なのだから、よほどのことがあったに違いない。
私とララ、そしてメテオは急遽、温泉から出て、彼らと一緒に村の外れまで行くのだった。
「ここですじゃ」
村長に案内されたのはそこは何の変哲もない農地だった。
丁寧に耕されていて、一定の間隔で何かの作物が植えられているようだ。
しかし、どことなく様子がおかしい気がする。
「今年は気候がおかしくて、作物が育ちにくいんですじゃ。見てください、苗もまともに育っておりません」
「魔女様、申し訳ございません!」
ハンナが私に泣きついてきたことで、私もやっと合点がいく。
なるほど、たしかに畑に植えられている作物はどれもこれもひょろひょろで実をつけていない。
「ハンナが謝る問題じゃないよ。まずいでしょ、これ……」
モンスターの肉で食料は賄えているとは思っていたけど、毎日肉ばかりってわけにもいかないし、主要産業の一つである農業が危ないってヤバい状況だよね。
人間はしっかりと色んな種類のものを食べないと健康が維持できないのだ。
「困りましたね。栄養状態が悪いと、今年の冬を越えられるかわかりませんね」
「せやなぁ、うちの地元でも田舎の村は飢饉がでたりして大変なんやで」
私の背中にララとメテオの言葉が突き刺さる。
一年には四季があり、冬ともなれば採れる作物は一気に減る。
交易のない村ではそれまでに食べ物の備蓄をしなければ、生活は苦しくなるだろう。
家族からバカにされ疎まれて育ったとはいえ、私はあくまで貴族の温室育ちだ。
想像している以上に、辺境での暮らしは過酷なのだろう。
とはいえ、税金を免除する以外に私に何ができるだろうか?
「うちも冬は寒いから嫌いやなぁ。一年中、春が続けばいいんやけどなぁ」
メテオは猫耳をぴくぴくっとさせながらそんなことを言う。
キャットピープルの彼女は南の方の出身だと言っていたし、寒さには弱いのだと思う。
一年中ぬくぬくしているのってやっぱり理想だよね。
「…そっか、温めればいいのか」
私の脳裏には、とあるアイデアが思いつく。
そのアイデアとは『この村の敷地全体を温めてみる』っていうことだ。
空気みたいに流れていくものを温められるのか?
そんなに都合よくいくかは分からないけど、なんでも試してみなきゃわからない。
だいいち、ずっと流れてくる温泉のお湯だって温められているんだし、空気だって温められる可能性は大いにある。
ま、ダメもとでいいからやってみよう。
私のヒーターなんて能力は温めるぐらいしかできないんだから。
「……よし、この村を温めてみる」
私はそう言って精神集中をはじめる。
想像力を働かせて、温めたい場所を頭の中に描く。
それだけで熱がその場所にいきわたる。
そんなイメージをするのだ。
「それはさすがに無茶なのでは……」
ララが心配そうな声を出すけど、私は「大丈夫」とだけ答える。
確証はないけど、できそうな予感があるのだ。
私の脳裏にあるのは村全体をオレンジ色の光が包み込んで、ぽかぽかと暖かくなっていくイメージ。
いつまでも半袖で暮らせるような楽園のような暖かさだ。
「なんや、なんか温かくなってきとらん?」
「本当です! ぽかぽかしてきました!」
数秒後、メテオやハンナが声をあげ始める。
自分の体から熱が届いていくイメージが届き始めたらしい。
よぉし、もっともっと暑くしちゃおう!
「あっついわ! ユオ様、暑すぎるって! 暑さで死んでまうわ!」
「魔女様、このままじゃ農作物が枯れます!」
気づいた時には太陽がじりじりと照りつけ、初夏というよりは夏真っ盛りといった様相になっていた。
さっきまで太陽の光はかなり弱っていたのに、あっちゃぁ、ちょっとやりすぎた!?
「うぬぬ……」
今度は慎重に出力をちょっと落としてみよう。
「ぬぉおお、例年通りの夏になりましたぞ! よぉし、わしは村中に熱がいきわたっているかみてくるぞい!」
「私も行ってきます!」
村長さんとハンナはどこまで暖かくなっているのかを確認しに颯爽と飛び出していき、数分も立たないうちに、やたらと興奮した面持ちで帰ってくる。
「建築中の温泉のあたりまでぬくぬくしてました! 村全体が楽園みたいです!」
「村の柵のあたりまで暖かくなっておりますぞ! これで農業もバッチリですぞ」
二人によると村全体に熱がいきわたっているらしい。
「よっし、計算通りね!」
ガッツポーズをする私なのである。
これでなんとか農業も復活してくれるだろうか。
「……なぁ、ユオ様ってホンマに魔女じゃないん?」
そして、私の摩訶不思議な能力を目にしたメテオが鋭い視線をしながら聞いてくる。
普段のニマニマした顔とは違って、かなり真剣なまなざし。
それでも私は適当に流すほかない。
だって、ただのスキルだし、これ。
「魔女とかありえないでしょ! 私は魔力ゼロで魔法の一つも使えないんだから!」
「そんなん言ってもなぁ、村全体を熱で覆うとかもうわけわからんやん。魔女じゃないんなら、なんやねん、それ……」
メテオは渋い顔をするが、ヒーターの能力は私が一番よくわかっていないのだ。
私にできることはこれをみんなのために能力を使うってことだけだ。
「いいじゃないですか、ご主人様はこうやって独立国家への道を歩まれるのです!」
ララが場をうまくまとめる感じで入ってくるけど、独立国家への道を歩むつもりはない。
メテオは「せやなぁ〜、がっぽり儲けような」などとニマニマ顔に戻る。
うーむ、こいつらは何を考えているのだろう。
私は領地を豊かにしたいって言うだけなのに。
◇ 一方、そのころ村人たちは
「聞いたか!? 魔女様が村の天気を暖かくしてくれたってよ!」
「ほ、本当か!? どうりで最近、暖かくなってきたのか」
「あぁ、サンライズ様がおっしゃってたぜ。魔女様がちょちょいのちょいで、ぽかぽか陽気に変えてくださったそうだ」
「あぁ、なんてありがたい。今年は作物が育たなくてやばいと思ってたんだよ」
「本当に魔女様には一生、ついていくしかないぜ……!」
「魔女様のために魔石でもなんでもお供えしないと……!」
村人たちは今日も感激の声をあげていた。
彼らは気候が温暖になったことがユオの力であることを知ったのだ。
崩壊寸前の村を分け隔てなく救うユオにたいして、村人たちは尋常ではない忠誠心を蓄えていくのだった。
————後日談
「魔女様! 見てください! すごいです!」
「ひぃいい!?」
領主の館の前にどすんっと置かれたのは巨大なトマトやスイカだった。
びっくりした。
新手のモンスターの首かと思った。
どうやら先日の温度変化によって、作物はすくすくと育ち始めたらしい。
中でも、一部の植物はやたらと巨大化してしまい、スイカなんか私だけじゃ抱えられないぐらいに大きくなっている。
どうやら村の気候が作物の生育にぴったり適合してしまったようだった。
作物が取れ過ぎて困ることもないだろうし、これはこれでよしとしよう。
ゆっくりとではあるけれど、事態はいい方向に向かっていると確信する私なのであった。
【魔女様の発揮した能力】
・気候操作(温暖化):一定区画の気候を温暖化させることのできる能力。想像できる範囲であれば、どこまでも対処可能。加熱しすぎると草木も生えなくなる。人間の都市に発揮した場合には、範囲型の即死攻撃となる。
【魔女様の手に入れたもの】
・育ちすぎる作物:気候温暖化によって生育が異常化した作物。栄養価も高く、病害虫にも強く、美味しいの三拍子。
「面白かった!」
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「気候変動の原因って、もしかしたら……!?」
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