248.魔女様、大賢者と取引をして、イシュタルの治療薬を手に入れる。そして、灼熱の魔女の由来を知る
「え、えーと、こんにちわぁ。私、ユオって言います」
目の前に現れたのはイリスちゃんそっくりのエルフだった。
お師匠様ってことは普通に考えて、イリスちゃんよりも年上なんだと思うけど、見かけは6歳ぐらいにしか見えない。
完全な幼女である。びっくり。
エルフって年をとるごとに子供になっていくとかじゃないよね?
とはいえ、私はとりあえず自己紹介をする。
うぅう、ゴーレムを消しちゃったこと、怒らなければいいけど。
「お前が、次の灼熱か……。ユオといったね、私はイリスの師、レミトトだ」
レミトトさんはそう言うと、にこっとほほ笑む。
幼女とはいえ、エルフならではの整ったお顔である。
私は思わず見とれてしまうのだった。
「あいだっ!?」
だがしかし、次の瞬間である。
レミトトさんは威厳たっぷりに歩きだしたのだが、何もないところで転ぶのだった。
しかもほとんど顔から。
ごん、と鈍い音が空間に響く。
相当に痛そうだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「し、師匠!?」
小さな女の子がピンチとあっては黙ってられない。
私とイリスちゃんはレミトトさんのところに駆けよるのだった。
「……ふふ、恥ずかしいところを見せてしまったな。こう見えて、私は年でね。この体も自由が利かないんだよ」
イリスちゃんに起こされたレミトトさんは威厳たっぷりにそう言う。
なるほど、おそらくこの体は仮の姿みたいなものなのだろう。
本当はすっごいおばあちゃんに違いない。
ここは一つ尊敬の念をもって接しなければ。
「嘘つけ。わらわが弟子入りした時から、その姿のままではないか! いつも転んで泣いていたぞ!」
「くふふ、イリスには嘘はつけんようだな」
私が一人で納得していると、イリスちゃんがするどいツッコミを入れる。
そう、レミトトさんは普通にこの姿であり、普通に転ぶらしい。
何なのよ、この空気!?
私の静粛な気持ちを返してほしい。
このレミトトさん、一筋縄ではいかないような性格らしいぞ。
人をおちょくって楽しんでるみたいだし、どっちかというとメテオみたいなタイプなの?
「で、イリス。今回は何の用件なんだい? クソババアの住居を破壊して内部侵入までしてくれるなんて? おぉ!?」
レミトトさんはイリスちゃんに向かうと表情を一変させる。
目つきが鋭くなり、口調もとげとげしい。
その顔を見たイリスちゃんは柄にもなく、「うっ……」と低い声を漏らす。
お師匠様というのは本当だったようだ。
この人、さっきのイリスちゃんの言葉を聞いていたなんて、かなりの地獄耳らしい。
「実は……」
私たちはこの塔に来るまでのいきさつを話し出すのだった。
イシュタルさんが呪いにかかってピンチであること、その呪いを解くためにはレミトトさんの助力が必要なことを。
「ふん、イシュタルも情けないね。魔王になっても甘さが残るとはね。イリス、お前も呪われてるんだろう? えぇと、ふむ、これか……」
事情を聞いたレミトトさんはイリスちゃんの体を観察。
その後、何もない空間から棚を出すと、薬草やガラス器具などを使って何かを作り始めた。
その動きはものすごいもので、彼女は幾人かに分身して見えるかのようだった。
「違うぞ。師匠は魔法で分裂しているのだ」
「魔法で分裂!?」
イリスちゃんの説明によると、レミトトさんは自分を分裂させて行動することができるらしい。
当然、一人で行動するよりも数倍効率がよいのだそうだ。
ごつん、がっしゃん、ごつん、ごつん、どすん……
もちろん、転ぶ回数も数倍になるらしく、複数のレミトトさんがひっきりなしに転倒する。
何度も床に薬品らしきものがぶちまけられたけど大丈夫なんだろうか。
「はぁはぁ、これがイシュタルの薬だよ。持ってお行き」
数分も経たないうちに、レミトトさんは私に紫色の液体の入った瓶を渡してくれた。
彼女はイシュタルさんの治療薬を作ってしまったのだ。
「ありがとうございます……」
さすがはイリスちゃんのお師匠様である。
彼女のすごさに舌をまく私であるが、同時に、目の前の光景に複雑な感情を覚える。
あたりには様々な薬品が飛び散り、けっこうな地獄絵図である。
「これぐらい簡単なことだ。私は伝説の大賢者だからな! はーっはっはっはっ!」
レミトトさんは含み笑いをして、かっこつけてるつもりらしい。
しかし、床は散らかってるし、彼女自身、かなり汚れてしまっている。
服はドロドロだし、髪には得体のしれないものが絡まっているし。
「イリス、ここにおいで」
レミトトさんはイリスちゃんの前で腕を広げる。
まるで、自分の腕の中に入って来いと言わんばかりに。
「なぁっ!? わらわはこう見えても女王だぞ!?」
当然、イリスちゃんはなんやかんや言って難色を示す。
見た目は子供だけど、彼女はかなりの高齢なのだ。
子ども扱いは嫌なのだろう。
「私はお前の師匠だ。関係はないだろう。それに、お前にとりついている呪いだって、相当に辛かろうに」
「ぐむむ……」
レミトトさんはそれでも完全にお見通しといった風情だ。
彼女はイリスちゃんの呪いの強さを知っていたらしい。
そりゃそうだよね、この塔に連れてきたのも私だったわけで。
イリスちゃんは赤面しながら、レミトトさんの腕の中に納まる。
いつも意地を張っている彼女がまるで子供みたいに見えた。
かわいいエルフがかわいいエルフに抱っこされて、それはそれで非常に尊い。
いつまでも拝んでおきたくなるような気分。
「力が戻った……」
一分ほどで解放されたイリスちゃんは、一言だけぽつりとつぶやく。
見れば彼女の周りには白いバラの花が咲いていた。
そう、温泉リゾートで見た、あの禍々しいまでキレイな花だ。
つまりは魔力が戻ってきたというわけだ。
「これであの黒づくめ男を八つ裂きにできるっ! いや、凱旋盗のアジトごと破壊してやろう! 皆殺しのメロディを奏でよ、ふはははははは!」
力を取り戻した彼女は目をらんらんとさせて、危なっかしいことを言う。
この人、どうして破壊行為に前向きなんだろうか。
いっそのこと魔力を低下させたままの方がよかったのではないだろうか。
「ありがとうございました! 本当に助かりました!」
ともかく、である。
私はレミトトさんの手を取って、感謝の気持ちを伝える。
さすがはイリスちゃんのお師匠様!
イシュタルさんが亡くなったら世界の危機が発生するところだったのだ。
それを無償で解決してくれるなんて、すごくいい人!
「待て待て。肝心なのはここからだ。すべからくこの世はギブアンドテイクというもの」
「はい?」
「代金を支払ってもらおうか。イリスとイシュタルの治療費、そして、私の塔の修繕費、アルテマゴーレムの弁償、全て合わせて1000億ほど」
「はぁああああああ!?」
しかし、次の瞬間、彼女の口をついて出てきたのは信じられない言葉だった。
1000億である。
この間のあの宝石が100億なんだから、その十倍。
なんなのこのインフレ。
この間まで私の手持ち資産、10万ゼニーだったんだけど。
「くそっ、この業突く張りめ!」
「イシュタルが死ねば戦乱の世の中になる。イリスが無力化されれば、リースの屋台骨が崩れ、人間社会が崩れる。相応の代償だろう?」
イリスちゃんは目を三角にして怒るものの、レミトトさんはふふんと笑う。
確かに彼女の言っていることは的を射ているのかもしれない。
ぐぅの音も出ない正論でもある。
それでも、1千億だよ!?
信じられないよ。
このドジっ子エルフ、実は相当の商売人だったとか!?
私が持っている金目のものと言えば、あれぐらいだ。
私は空間袋を開いて、あいつを見つけようとするも、こういう時に限って見つからない。
出てくるのは食器とか傘とか、そんなものばかり。
あれでもないし、これでもないし、おかしいなぁ。
「……あったぁ! レミトトさん、とりあえず、これをお渡しするっていうのでどうでしょうか?」
空間袋から取り出した七彩魔晶をレミトトさんに差し出す。
私にとってはただの石ころだけど、ドワーフの鑑定団は100億の値段をつけてくれたものだ。
1000憶用意するのはさすがに無理だけど、これで納得してくれないだろうか。
「ほほぉ、これはいいものだ! これがあれば塔の修復もゴーレムの製造も楽になるだろう。これは失われた技術だからねぇ」
レミトトさんはばばっとそれを受け取ると、「ふひひひひ、棚ぼただわぁ」などと不気味な声で笑う。
その様子は先ほどまでの威厳に満ちた態度とは大違いだった。
「ふぅむ、それじゃあ、あとは500億ほどだねぇ。その袋ごと頂きたいものだねぇ」
しかし、彼女はどこまでも商売人なのだった。
私の空間袋を見て、舌なめずりをし始める。
そう言えば、この袋自体が高価なものだったっけ。
「……ユオ、さっきの技でこの塔ごと消しても構わんぞ? 消してしまえば嫌なものはすべてなくなるのだ」
イリスちゃんは私の肩に手を置いて、平然とそんなことを言ってくる。
いくら何でも建物ごと破壊するとか、そんな不躾なことできるわけないでしょうが。
「……ひぃいいい!? じょ、冗談に決まってるではないか! イリス、貴様、師匠を何だと思ってる!?」
「ただの守銭奴だろ?」
「くっ、世界の平和を守るためには金がいるのだ! ……まぁ今回はいいだろう。これで手を打とうじゃないか」
イリスちゃんの脅しに屈したのか、レミトトさんは一転して前言撤回。
これにて私たちの取引は完了したのだった。
ふぅ、よかった。
メテオとドレスは怒り狂うかもしれないけど、背に腹は代えられないよね。
「ところで、ユオといったね。お前がこの時代の灼熱なのだな?」
「は、はぁ……、そんな方向ですかね?」
レミトトさんは七彩魔晶をいそいそと懐にいれると、私に真剣な顔をして向き直る。
彼女はイシュタルさんと同じように私のことを「灼熱」と呼ぶのだ。
それはあの「灼熱の魔女」のことだろうか。
かつて大陸を焼きこがしたとか言う、おとぎ話の魔女。
私としては同意したいわけではないので、適当に相槌をうつ。
何度も言うけど、自分のことを灼熱の魔女とか自認するのは嫌なのだ。
自覚なんてみじんもないし、私はただの温泉温め係なのである。
「ユオよ、お前のもとには沢山の災厄がやってくるだろう。ひょっとしたら、過去の灼熱のものよりもずっと大きなものが来るかもしれない」
レミトトさんは神妙な顔をしながら、そんなことを言う。
表情からして、冗談を言っている素振りではないようだ。
「あのぉ、私としては災厄なんてごめんなんですけど……。災厄ナシの方向で行きたいです」
そうなのである。
私は普通に温泉開発を頑張りたいだけなのである。
世界で一番豊かな領地を作るという夢があるのだから、厄介ごとは御免こうむりたい。
災厄とかそういうのはクレイモアとかハンナとか、イリスちゃんとかに担当して欲しい。
「そればかりはしょうがない。災厄の魔女というのは、災厄を引き起こすのではない。災厄を呼ぶものだからね」
「えぇええ、何それ!? これからも色々あるってことですか!?」
災厄を呼ぶだなんて言われても非常に困る。
私は平穏無事な生活がしたいだけだし、変な奴らと戦いたいわけでもないし。
生まれついての不幸体質ってことじゃん、それ!?
「……大丈夫。明けない夜はないというじゃないか。お前も大変だろうが頑張るんだよ。私も陰から見守っておこう」
レミトトさんはメテオみたいなことを言いながらにこっと笑う。
その笑顔にはいかにも「いいこと言った」感がにじみ出ていて、ちょっとだけ腹立たしさを感じる。
もしも彼女が普通の女の子だったら、思いっきりくすぐってやるところだよ。
「さぁ、そろそろ帰る時だ。この塔は少しだけ時間の流れが早いからね」
彼女がそう言うと、部屋の壁にうぃいいんと穴が開く。
どうやらそこから飛んでいけというらしい。
空を飛べるようになったものの、まだまだちょっと抵抗があるなぁ。
私は目の前に広がる白い雲を眺めて、ぶるっと震えるのだった。
「イリス、この塔に戻ってきたということは、ちゃんと覚悟を決めたということだね?」
「……わかってる」
「ふふふ、リースの跡取りの顔を早く見たいものだ。次はサンライズを連れてこい」
「アホ抜かせ! このバカばばあ!」
去り際にレミトトさんと、イリスちゃんは何事かを話していた。
イリスちゃんが怒っているところを見るに、おそらくはレミトトさんがからかったんだろう。
しっかし、この人、最後までよくわからない人だったなぁ。
「それじゃ、ユオ、行くぞ!」
「はぁい! いっきましょお!」
そんなわけで私たちは白い雲の上を猛スピードで飛ぶのだった。
イリスちゃんを背中に乗せていた時よりも、かなりの速度を出せる。
ほっぺたを風がかすめていくのは、案外、気持ちいいかもしれない。
待っててね、みんな。
もうすぐ、戻るからね!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ひょっとして、この幼女も温泉に降りてくるのか?」
「災厄の魔女から災厄を抜いたら何が残るの?」
と思ったら
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