246.魔女様、魔王様を救うために決断します。メテオとララは裏工作をスタートさせます
『3日後、この土地をもらう。領民の命が惜しければ、出て行け。 凱旋盗シュラ』
それはとてもシンプルな脅迫文だった。
私の持っているものをよこせとか、そんなものですらなく。
さぁ、どうしようか?
みんなの命はもちろん大事だ。
それを守ることこそが領主としての努めだ。
だけど、この土地を手放して他の場所に行く?
そもそも、3日で明け渡すことなんてできっこない。
「ご主人様、いや、皇帝陛下、この無礼者をどうなさいますか?」
脅迫文の文言を見たララが私の目をじっと見て尋ねる。
その顔には少しだけほほえみが浮かんでいた。
昔、クレイモアたちが攻めてきたときみたいに、ちょっと楽しんでいる節さえうかがえる。
「皇帝陛下、どないしよ? 尻尾巻いて逃げる準備でもしよか? うち、逃げ足には自信あるで、捕まるけど」
メテオも同じような表情。
相変わらずの軽口が戻ったようで何より。
「あっしらが作った街を燃やすなんて良い根性してやがるぜ。この代償はきっちり肉体労働で返してもらわねぇとな、そうだろ、皇帝陛下?」
ドレスも相当に頭に来ているらしい。
実際に、彼女の仲間のドワーフたちには負傷者も出ているわけで、怒りは一番強いのかもしれない。
「……そうだね」
そんな彼女たちの顔を見ていると、私のハラが固まっていくのを感じる。
そう、この場所を禁断の大地を出ていくことなんてできないのだ。
無法者に屈して明け渡すことなんて、絶対にあっちゃいけない。
そもそも、温泉があるのは世界中でここだけなんだから!
「決めたよ。凱旋盗だかなんだか知らないけど、やっつけるよっ!」
私にしては非常に珍しく、暴力的な方向に決意を固めるのだった。
少なくとも、火災への慰謝料はもらうし、魔王様襲撃の犯人の引き渡しもしてもらう。
そして何より、街を燃やしたことへの謝罪はきっちりしてもらう。
「いよぉっしゃ、やってやるでぇっ! 懲罰的損害賠償で奥歯ガタガタ言わせたるわ」
「ご主人さまに歯向かうやつは地獄送りですよ」
「……殺す」
「やるぞぉっ!」
みんなは私の決断を聞いて、一斉に声をあげる。
カルラはずーっと黙っていたけど、その一声が怖い。
誰が相手でも怖くない。
先程までの暗いムードを吹き飛ばすように盛り上がる私達だった。
「……ユオよ、事態はそう甘くないぞ」
しかし、私達の楽観的というか、ヤケクソ気味なムードに水を指したのは、イリスちゃんだった。
彼女は声のトーンを落として、ゆっくりと話し始める。
その声はまるで聞くもの全ての心を奪うような、独特の響きをもっていた。
「イシュタルについた呪いは特殊すぎる。このまま放っておくと3日と持たずに死ぬだろう。すると、どうなると思う? わらわの見立てでは、やつの治める第一魔王王国が攻めてくるぞ」
「そ、そんな!? だって、襲ってきたのは凱旋盗だって……」
イリスちゃんの口から出てきたのは、反論どころか、ぐぅの音もでない内容。
それは魔族の人たちが弔い合戦だと攻めてくるという予測だった。
「ふん、目撃者はわらわ一人だ。魔族が人間の言うことを信じると思うか? よしんば信じたとして、トップを失った魔族共は内乱を起こすだろう。100年前の戦争のときのように」
イリスちゃんはさすが女王様を長くやっているだけの人物だった。
彼女はイシュタルさんという存在が周辺各国にどんな影響を与えるかまで見ていたのだ。
「魔王大戦ですね。たしか、複数の魔王候補が争い、その戦いが人間側にも飛び火した戦い。魔族・人間ともに多数の死傷者を出したという……」
ララは歴史に詳しいらしく、100年前の戦争のことについて教えてくれる。
たくさんのモンスターや魔族と衝突した結果、人間社会はずたずたになったのだそうだ。
私が爆破させた、あの大きなトレントや金色の虫もそのときに活躍したものらしい。
「さようだ。その火蓋が切られようとしているのだ。今、ここで」
イリスちゃんが話し終えるころには、部屋の中は沈鬱な空気で満たされていた。
確かに凱旋盗をやっつけることは大切なことだ。
しかし、それにかまけているだけではダメだ。
もっと広い視点で物事を見なければならない。
何より優先すべきはイシュタルさんの命なのだと私は再確認する。
「ぐぅ……、迷惑をかけてすまんな、灼熱に、姉上よ」
イシュタルさんはこんな時でも気遣いの言葉を忘れない。
しかし、リリやエリクサーがいくら頑張ってもイシュタルさんの容態は安定しないようだ。
呪いの力はものすごいらしく、彼女の顔色は回復へと向かう兆しがない。
「ぐむぅ、温泉の成分を抽出した薬で少しは楽になるようじゃが。回復とまではいかんようじゃのぉ。あの褐色のしゅわしゅわ温泉水を飲ませてみようかのぉ」
「なるほど! それに私の聖なるエネルギーを足してみたらどうでしょうか?」
「おぉ、ええのぉ。よぉし、第一魔王様、ふぁいとなのじゃ」
エリクサーとリリはどうやったらイシュタルさんが回復できるか試行錯誤している。
その姿はまさにプロフェッショナル。
私は自分にかかった呪いを燃やすことができた。
だけど、人に取り憑いた呪いを取り除くなんて芸当できそうにもない。
そもそも、相手を燃やしちゃう気もするし。
「姉上……我々の師匠ならば……きっと」
「……そうだな、それしかあるまい」
イシュタルさんはイリスちゃんの耳元で何かをささやき、それきり眠ってしまう。
私が聞き取れたのは、「師匠」という言葉だけだった。
「……ユオ、これからリースの北へと向かうぞ。わらわを乗せて飛ぶのだ」
「でぇえええ!? これから!? イリスちゃんを乗せて?」
突然何を言い出すのかと驚いてしまう。
イシュタルさんが話していた「師匠」のところにでも行くつもりなんだろうか。
しかし、イリスちゃんを乗せて!?
私、人を乗せて飛行したことなんかないんだけど。
「ふむ、イシュタルから呪いをもらったせいで、わらわの魔力が格段に落ちてしまってな。呪い自体がそなたに伝播することはないようだが……」
そういえば、彼女もまた呪いに取り憑かれているのだった。
「頼む。イシュタルを救えるのはお前しかいないのだ」
イリスちゃんは私に対してぺこりと頭を下げる。
イシュタルさんとはずっといがみ合っていたのに、実は強いきずながあったんだろう。
そして、彼女は伝統あるリース王国の女王様である。
年下で、冗談みたいな成り行きで『皇帝』になちゃった私なんかに頭を下げるっていうのはものすごいことだ。
彼女だって戦争を起こしたくないし、何よりイシュタルさんを大事に思っているのだろう。
「わかりました。もちろんです」
私の返事は決まっている。
一人でも多くの人を救うために精一杯やるだけだ。
イシュタルさんを回復させる鍵があるのなら、それに乗らない手はない。
それに一刻も早く元気になってもらいたいし。
そもそも、イリスちゃんだって呪われて苦しいのかもしれないし。
「ララ、メテオ、ドレスにみんな、この街のことお願い。絶対に間に合うように帰ってくるから!」
外に出ると、空はまだ真っ暗。
夜明けはまだまだ遠いらしく、空には星がまたたいていた。
イリスちゃんが言うに星を目印にして、リース王国の北側を目指すという。
「任されたでっ!」
「ご武運を、ご主人さま!」
みんなは真剣な表情で言葉を返す。
大丈夫、絶対にイシュタルさんを助けてみせるから。
「それじゃ行きますよっ!」
私はイリスちゃんを背中に乗せた格好で東の空へ飛び立つのだった。
ぼぼぼぼぼっとスカートから大量の熱を吐き出しながら。
なんだかすごいことやってる気がする……。
◇ メテオちゃん・ララさん、相変わらずの裏工作開始
「さぁて、ララさん、うちらはうちらでやることやらな」
「そうですね。私はひとまず防衛計画を徹底させます」
ユオを見送った二人は火災の焼け跡を眺めながら話し合っていた。
一人はこの国の財政を預かる、猫耳の商人、メテオ・ビビッド。
そしてもう一人はこの国の法と実務を預かる、メイド服のララだった。
二人の前には焦げくさいにおいを発生させる炭化した木材の山。
せっかくサジタリアスから一級の素材を運び込んだのに、ほとんどがダメになってしまった。
投入したドワーフを始めとする職人たちの労力、街づくりへの情熱。
色々なものが水泡に帰してしまった。
「メテオさん、今回の火災で失った金額はすぐに取り戻しましょう。私、こう見えてちょっと怒ってますよ」
「……もちろん、うちもですわ。夜が明けたら、反撃開始やで」
しかし、それでも彼女たちの心には炎が灯っていた。
ユオと一緒に作り上げたこの街を絶対に守る。
いや、それどころか、この窮地をチャンスに変えてさらに発展させてみせる。
二人は焼け跡の前で、不敵な笑みを交わし合うのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この二人を組ませると嫌な予感しかしない」
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