244.女王様と魔王様、ユオの正体に思いを馳せながら、ぶらぶら歩きます。おっと、誰か来たようだ
「ふふふ、姉上と一緒に歩くなど本当に久しぶりだな……」
「……うるさい、姉上って言うな」
ここは辺境、禁断の大地。
最近になって急激な発展を遂げたその街を二人の人物が闊歩していた。
一人はリース王国の女王イリス・リウス・エラスムス。
齢は100近くでありながら、10歳前後の容姿のハーフエルフである。
もう一人は第一魔王王国のイシュタル。
褐色の肌を持つダークエルフである。
その年齢はイリスと同じぐらいと見ていいだろう。
二人は揃いの民族衣装を着て、ユオの作り出した街を散策していた。
何も知らない人間がその様子を見れば、エルフの美少女とダークエルフの美女が歩いているようにしか見えないだろう。
温泉につかったからか、二人の容姿はさらに磨きがかかっていた。
「よいではないか、同じ師匠の弟子なのだから」
「……ふん、師匠のことなどとっくに忘れたわ」
魔王イシュタルはイリスのことを「姉上」と呼ぶ。
これは二人が同じ人物を師匠に持つからだった。
年齢的には実を言うと、イシュタルのほうが上だが、弟子入りしたのはイリスのほうが先だった。
とは言え、師のもとで修行していたのは数十年以上も前のことだ。
時は過ぎ、イリスは女王に、イシュタルは魔王の一人となった。
もはや敵対関係になった今、その呼び名で呼ばれるのを、イリスは好まなかった。
「おい、見たか、今の」
「すっげぇ美少女と美人だったな」
道行く人々は二人の姿に見惚れるものも多い。
彼らもまさかこんな辺境に大陸の重要人物二人が来ているとは思いもしないのだ。
もっとも、もしもその正体を知ってしまったときには、この街に笑顔で滞在できるかは分からないが。
「イシュタル。あれは本当に灼熱の魔女なのか?」
女王は少しだけ歩みを緩め、イシュタルに核心的な質問をする。
それはこの禁断の大地の領主、ユオが灼熱の魔女なのか、についての質問だった。
灼熱の魔女、それはかつて大陸を灼いたとされる災厄の存在。
その記録はほとんど残ってはいないが、災厄の中の災厄。
もし、現代に現れれば危険な存在であることは間違いない。
その存在を認めるということは、既存の世界の秩序にとって大きな衝撃となるだろう。
「……私の、いや、私達の見立てではそうだろうな。それに、サンライズも魔女と呼んでいたし」
魔王イシュタルは女王の質問にさらりと答える。
つまり、ユオが灼熱の魔女であることを認めるというのだ。
「し、しかし、あやつはただのそこらの娘ではないか。一日、一緒に過ごしてみたが、何も変わったことはなかったぞ。もっとも、魔族を仲間にしているのには驚いたが……」
女王はイシュタルの言葉を打ち消すように、言葉を続ける。
彼女はあえてユオの誘いに乗って、ユオを観察してみたのだ。
女王の目に映るユオの姿は普通の少女でしかなかった。
大きく違うことと言えば、誰からも愛されていること。
その点だけは、確かに他の領主とは大きく違っていた。
通常、領主というものは領民から恐れられ、その恐怖を使って統治を行うのが常だからだ。
「姉上はあれが戦っているのを見ていないからな。……ふふふ、あれは化け物だぞ」
イシュタルはそう言うと、くすくすと笑う。
彼女はユオが能力を駆使して、魔王候補とさえ言われたベラリスを完封する様子を見ていた。
魔王の見立てでは、まだユオには余裕があったとさえ感じられた。
それが故に、ユオの正体について確信しているのだった。
一方の女王イリスはまだまだ半信半疑の状態である。
ユオの戦うところを直接見なければ信じられないといった表情だ。
そもそも、イシュタルでさえ化け物そのものの力を持っているがゆえに魔王になったのだ。
そんな彼女がユオを「化け物」と呼ぶのには違和感しかなかった。
「それに、どうして灼熱の魔女がこんなところで国を開くのだ? もっといい場所があるだろうに」
「ふふふ、姉上、灼熱の目的は温泉だよ。温泉を愛しているのだ」
「……世界征服より、そんなものが大事だと言うのか?」
「その、まさかだ。あの女は本当に面白い」
魔王イシュタルは女王の質問にこともなげに答える。
彼女だけはユオのもつ温泉への偏愛を見抜いていたと言ってもいいだろう。
「お前のそのもったいぶった言い方は好かんな。何を企んでいるのやら」
「ふふふ、別になんにも考えていないのだよ。魔王にスカウトされてからも同じだ」
二人は雑談をしながら温泉リゾートへの夜道をゆっくりと帰る。
街の喧騒から離れて、辺りはひっそりとしていた。
「イシュタル、お前は」
少しだけの沈黙の後、女王が口を開いた瞬間だった。
どっがぁああああああんっ!!!
街の一角が大きな音を立てて爆発した。
それは現在建築中の新しい区画の方向だった。
どっごぉおおおおんん!!
それは明らかに何者かが攻撃したとみられる、魔法による爆発音だった。
それも、爆発は二度、三度と続き、人々の悲鳴も聞こえる。
二人の意識は否が応でも、そちらに向かう。
「姉上!!」
続いて、イシュタルの声。
突然、彼女は女王の後方に飛び出してきたのだ。
「イシュタル?」
何事かと女王は振り返る。
すると、そこには胸の中央を貫かれた、イシュタルの姿があった。
イシュタルは膝から崩れ落ち、口から血を流していた。
「†…………ふん†」
そこには真っ黒な服を着た剣士の姿があり、瞳だけがぎらりと光る。
この男がイシュタルを傷つけたのは明白だった。
それも、おそらくは致命傷に近い攻撃だ。
刃が背中から胸まで完全に貫いており、暗い夜でも血が流れていくのがわかった。
「きさまぁああああ!!」
女王は突然の奇襲に反応できなかった自分を恥じる。
敵がこのタイミングで攻撃してくることを想定していなかった自分を恥じる。
かつての仲間だったイシュタルと歩いていたことで、少しだけ緊張感を緩めてしまったことを恥じる。
何より魔王であり、妹弟子のイシュタルに自分の身を守ってもらったことを恥じるのだった。
彼女は膨大な魔力を一気に解放する。
空中に魔力が集まり、花のような渦を形成する。
ゴゴゴゴゴッと地鳴りのような音があたりに響きはじめた。
女王は黒尽くめの剣士をにらみつける。
いくら油断していようが、自分やイシュタルの不意をつくことは至難と言って良い。
相手が相当の手練であることは疑問の余地もなかった。
「破壊槍の薔薇!!」
彼女はほぼ無詠唱で魔法を発動させ、真っ黒い剣士を攻撃する。
その魔法はいかなる強化も無視して敵を貫く薔薇の槍。
その数は数百本と規格外の攻撃魔法だった。
がぎぃんっ、がぎぃんっ、がぎぃんっ!!!
しかし。
黒尽くめの剣士はこともなげにその魔法を剣で弾く。
彼の剣は紫色のオーラを纏っており、尋常の速さではない。
「白銀死の薔薇!!」
女王は魔力を結晶させた白いバラのつぼみを出現させる。
その禍々しいまで美しいバラは別名、死神のバラと呼ばれていた。
なぜなら、その魔法を見たものは、殆どが死んでしまうからだ。
数秒後に花が開くと、白いバラが動くものすべてを食い尽くす。
剣士が何者であっても、それを弾くことは能わないだろう。
「†潮どきか……†」
女王が発動させた魔法を前に、黒尽くめの男は剣を収め、どこかへと飛び立つ。
まるで仕事は終わったとでもいうかのように。
「逃がすかぁあああああっ!」
もちろん、女王も敵を放置できる性格ではない。
彼女は飛行魔法を使い、剣士の飛んだ方向へと向かう。
しかし、さきほどまで尋常ならざる殺気を送っていた、その男の気配がなくなったのだ。
空にはぽつんと三日月が浮かび、街の方では火事を消火するための声が響いていた。
女王は舌打ちをして地面へと降り立つ。
「イシュタル、おい、イシュタル、返事をしろっ! それでも貴様は魔王か!」
傷口を確認してみると、イシュタルは非常に危険な状態だ。
敵を追うことよりも、彼女を救うほうが優先されるのは明白だった。
「……ぐ、姉上、油断したな」
イシュタルは青ざめた顔であったが、それでもまだ命をとりとめていた。
イリスは回復魔法で応急処置をすると、イシュタルをかついで飛ぶ。
「死ぬなよ、イシュタル」
女王の脳裏には、かつて彼女たちが冒険をしていた頃の記憶がよみがえる。
こうやって何度も死地を乗り越えたことも。
彼女はいつも思っていた。
絶対に『仲間』を死なせはしない。
女王は最大限のスピードでユオたちのもとを目指すのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「街を爆発させてお客を傷つけるなんて、あの人の逆鱗に触れちゃうよね」
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