241.魔女様、温泉に降臨した美少女エルフさん(百歳近く?)に村を案内します!
「服を脱ぐとは酔狂極まる……。いかにも蛮族の風習だな」
女の子は一人でぶつぶつひとり言を言いながら、温泉の手前まで現れる。
年は10歳前後だろうか、か、か、かわいい。
エルフと言えば、ここいらの地域ではほとんど見たことがない。
冒険者の中にもほとんどいないし。
しかも、こんなに小さな子供のエルフは初めて見た。
確かエルフの人って、20歳ぐらいで成長が止まっちゃうらしいよね。
ってことは、この子が子供っていうのは間違いないと思うんだけど。
「ふぅむ、呪いの類ではなさそうだが、何だこの匂いは……」
彼女は温泉の前にしゃがみ込んで、お湯をちゃぱちゃぱやっている。
なるほど、生まれて初めて温泉にきたのだろう。
よぉし、それなら、このユオお姉さんが色々教えてあげようじゃないの。
「こんにちは、お嬢さん。これは温泉って言ってね。まずはお湯を体にかけてから入るんだよ」
私は彼女に近づいて、ささっと手桶を渡す。
温泉にいきなりドボンと入るのはマナー違反だし、そもそも体に悪い。
まずはお湯で体を流すところからスタートだ。
「お、お前は!? ……これを使えと言うのか?」
彼女は私が湯けむりから突然現れたと思ったのだろうか。
一瞬だけ、すごく驚いた顔をする。
しかし、手桶を受け取ると、ゆっくりとお湯を自分にかけ始める。
うむうむ、素直でよろしい。
「それじゃ、ゆっくり入ってみてね。ちょっと温めだから入りやすいと思うけど」
彼女が十分にお湯を浴びたので、私は手を差し出して温泉に誘導する。
うふふ、お姫様をエスコートしているみたい。
すっ裸だけど。
「ええい、こんなもの一人で入れるわ! わらわを子ども扱いするでない!」
しかし、彼女は私の手をぱしっとはたく。
その口調はまるでどこぞの王族みたいで、なんだか劇がかっていた。
うふふ、「わらわ」なんて自分のことを呼んじゃうなんて。
「あらら、ごめんねぇ。何か困ったことがあったら、お姉さんに言ってね!」
とはいえ、確かにこれは私の落ち度だ。
これぐらいの女の子というのは、子供扱いされるのを極端に嫌うものだ。
むしろ、ちょっとだけ大人扱いしてあげる方がいいぐらいだよね。
それに、この子はエリクサーと同じ類いだろう。
自分の口調を変えて、ちょっと違う自分を演出しているのだ。
わかる、わかるよ、その気持ち!
私も子供のころ、自分のことを「わらわ」なんて呼んでたもの。
「ぐ、ぐ、魔法が解けていくだと!? 二重三重にかけた私の強化魔法が……!?」
彼女は膝上まで浸かりながら、何やら独り言を言っている。
お湯の感触に驚きを隠せないらしい。
後は肩まで浸かればいいんだけど、これが結構、勇気がいるらしい。
私なんか水たまり同然のやつにじゃぽんって入っちゃったけどね。
「ゆっくりでいいから入ってみたら? 大丈夫、怖くないよ」
「ええい、分かっておるわ! 見ておれ!」
私が彼女を勇気づけると、彼女は私をきっとにらみつける。
それから、勢いよくお湯の中にしゃがみ込むのだった。
じゃぽん。
「……………くはは、悪くないではないか。ふぅむ、強化・回復効果があるようだな、興味深い」
彼女の第一声はそんなものだった。
まるで年配の人みたいな感想である。
エリクサーとは違って、大分、役作りに余念がないようだ。
「温泉は最高だよね」
私たちは横並びになって静かにお湯の感触を楽しむ。
空には月が出始めて、星が遠くに見える。
お湯の流れる音だけが私たちを包み込んで、心と体を解放してくれる。
こういう静かな温泉っていうのもいいものだよね。
「……して、貴様、名前は何という?」
しばしの沈黙の後、彼女が口を開く。
そういえば、私の名前を名乗るのを忘れていた。
「私の名前はユオよ。あなたは?」
私は彼女の方に向きなおることはせず、あえて横並びのまま伝えることにした。
そっちの方が、なんだかロマンチックでかっこよさげに思えたから。
「やはり、貴様が……。わらわの名前は……イリスだ。わらわが誰かに名を名乗ったことなど、久方ぶりだぞ」
彼女はお湯をちゃぷちゃぷやりながら、少しだけ嬉しそうな声をあげる。
ふぅむ、イリスちゃんか、いいお名前。
もしかしたら、家名とかがあるのかもしれないけど、ここは温泉。
身分やしがらみから解放されてほしいから、敢えてつっこむことはしないのだ。
「ユオよ、この街はたいしたものだな。レンガ造りの街並みに石像など、なかなか見ごたえがあったぞ」
彼女はふふふと笑いながらそんなことを言う。
「あ、ありがとう。あっちゃあ、恥ずかしいなぁ」
私はその口ぶりからすべてを理解する。
なるほど、さっきから彼女が驚いた素振りを見せているのは、あの石像を見たからなのだろう。
ドレスが制作した巨大石像は未だに村のシンボルとして飾られているのだ。
たぶん彼女は、「あっ、この人、石像と同じ人だ」って思ったんだろうなぁ。
やだなぁ、あれ。
胸元とか、やたらと盛ってるしさぁ。
子供相手とはいえ、ちょっとだけ恥ずかしくなる私なのである。
「そうだ! イリスちゃん、明日、空いてる?」
空気を変えるために、私は彼女に提案をすることにした。
それはこの村を案内してあげることである。
おそらくは、この村に到着して散策し終わってないだろう。
うふふ、ただのレンガ造りのじゃないってところを教えてあげなきゃね。
「イリスちゃん、だと!? くははは! ……いいだろう。楽しみにしておこう」
彼女はそういうと、にこっと笑う。
その笑顔は何ともいえないほど純粋なもので、とにかく可愛かった。
カルラじゃないけど、鼻血が出そうなほど、である。
◇
「イリスちゃん、ユオが来ましたよぉ!」
次の日である。
私はイリスちゃんを迎えにいくことにした。
ララは朝から別の案件があるとのことで、私だけのエスコートである。
向かうは村の高台にある温泉リゾート。
温泉リゾートはうちの宿泊施設でもダントツで値段の張る場所だという。
そんなところに泊まれるなんて、イリスちゃんはお金持ちの子女らしい。
どおりで気品が半端なじゃないって思ったよ。
「ふぅむ、この宿はなかなかに素晴らしいな。この服もなかなかに良い……」
彼女は温泉リゾートで貸し出されている、古代の民族衣装を着て登場だ。
布がぴらぴらする衣服で、ちょっとだけ花柄が入っている。
うふふ、可愛すぎる。
「ちょっと待っててねっ!」
と、いうわけで私も速攻で着替えてくるのである。
だってせっかくなら、二人ともお揃いで散策したいでしょう。
温泉リゾートのスタッフに衣装を借りて、ばばばっと早着替え。
この民族衣装は紐でぐるぐるっとやればいいだけだから、着替えるのは簡単なのだ。
「それじゃ、しゅっぱぁつ!」
そういうわけで市街地を練り歩く私たちである。
まだ完全に出来上がってはいないけれど、ちょこちょこした出店はあるし、これはこれで楽しい。
待ちゆく人々が私たちの方を見て、驚きの声をあげる。
そりゃそうだよね、天使みたいなのが歩いてきたらびっくりするに決まってるよ。
そして、彼女に案内したかったのは、このお店だ。
私は人だかりのできている、お店を案内する。
その看板には「乙女の愛の夢」の文字。
「ここは……なんだ?」
微妙な顔をするイリスちゃん。
「入ればわかるよ!」と私はちょっと意地悪な返事をする。
うふふ、どんな反応をしてくれるのやら。
「おぉおおおっ! こ、これは……」
店内に入ると、そこにはキラキラと輝くアクセサリーの山。
そう、乙女にとっては夢のような世界が広がっている場所になっているのだ。
お店の名前も素敵だよね、あまくせつない感じが伝わってくる。
そう、ここは先日、オープンしたアクセサリー工房&ショップなのである。
設計はドレスが担当し、エレガントかつ軽快な内装になっている。
「あぁ、これ、かわいい!」
「このペンダント、ぜったい買う!」
女性のお客様たちがわいわいと買い物を楽しんでいる様子。
オープンして間もないけれど、人が人を呼んで盛況しているらしい。
読みが当たった私は非常に嬉しいのである。うひひ。
「へい、いらっしゃいですわ! げげぇっ!? き、貴様は……ひ、ひぃいいい!?」
奥の方からアクセサリー職人の虹ぃにょが現れる。
一つ目で七色に輝く精霊であり、この工房で働いてくれている。
しかし、虹ぃにょは私たちを見るなり、驚いたような声を出してしまう。
あっちゃあ、確かにエルフの美少女を見るのは初めてだよね。
そりゃあ確かに悲鳴ぐらいあげたくなるわ。
とはいえ、お客様相手に下品な悲鳴をあげちゃだめだよ。
貴様っていうのも、ちょっとエレガントさに欠けるし。
「も、申し訳ございませんですわ。今日はどのようなご用件ですわ?」
虹ぃにょはなんとか落ち着くと、一つ目ながら営業スマイルに戻る。偉い。
「ふぅむ、これをもらおうかな。ララにお小遣いから差っ引くように言っておいて」
私は手ごろなペンダントを選んで、購入することにした。
この間、ダンジョンで見つけた七彩晶を素材にしたペンダントで、このお店の人気商品である。
キラキラと七色に輝くそれは、乙女心をくすぐるデザインをしていた。
「イリスちゃん、ちょっと来て……」
「ぬ、貴様、一体、何を……」
私はペンダントを受け取ると、イリスちゃんの後ろに回ってつけてあげる。
彼女の首はすごく細くて、ちょっとびっくり。
白銀の髪の毛はサラサラで、この世のものとは思えない。
「うふふ、とってもよく似合うよ!」
と、いうわけで、私からのお近づきの証として、プレゼントを渡すのだった。
いやぁ、とてつもなく似合ってるよ。
イリスちゃんのミステリアスな感じがさらに引き立つというか。
いきなり会った子に、プレゼントまでしちゃうなんて貢ぎすぎって思うかもしれない。
でも、私の直感がささやくのだ。
彼女はきっと只者じゃないと。
それに、この七彩晶のペンダントが似合うに違いないと。
七色に輝くそのアクセサリーはイリスちゃんの魅力をぐっと引き出してくれるのだ。
「似合う……か。ふん、嬉しい言葉だな。受け取っておこう」
彼女の言葉は相変わらずクールなままだけど、少しだけ口角が緩む。
笑ったときに、少しだけ目が優しくなるのがかわいいなぁ。
「ふふふ、友達の証だね!」
「と、友達だと!? 貴様とわらわが?」
「そうだけど? いいでしょ?」
「……くっ、そうか、ならば受け取っておこう」
イリスちゃんは少しだけ頬を赤らめる。
照れてるんだけど、強がってそれを隠しているんだろう。
そういうところも含めてかわいい。
ふぅむ、かわいいと言えば……。
ここで私の脳裏に素晴らしいアイデアが浮かんでくる。
そう、かわいいエルフにかわいい魔族を足し算するのだ。
「よし、イリスちゃんに会わせたい人がいるんだよね! 絶対、かわいいから!」
「な、なんだぁ!? なにごとだ!?」
私は彼女の手を引っ張って、村のあの区画に向かうのだった。
◇ イリスのひとりごと
「わらわを友達だと!?」
「そうだよ!」
ユオという娘はそういってはにかむ。
その笑顔は純粋なもので、一切の打算を感じさせない。
友達、そんな言葉を久しぶりに聞いた気がする。
遠くに置き去りにした、その言葉は私の心をちくちくと刺激する。
そして、年甲斐もなく私は笑ってしまうのだった。
この十数年しか生きていない、ユオという少女と友達になってしまったことを。
それを悪くないとさえ思ってしまう自分を。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「魔女様、その人、邪悪なハーフエルフですよっ!?」
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