196.女王様、愛するラインハルト家のために最高の処分を下してあげます。ガガンは手のひらで踊らされているとも知らず、国家転覆に乗り出します!
「知っての通り、先日、サジタリアスを襲った魔族はベラリスだった。ラインハルトよ、それはお前の家に保管されているものだったはずだ。お前、ベラリスの封印書をどこにやった? まさか紛失したとでもいうわけではあるまいな?」
ここはリース王国の玉座の間。
女王は有力な貴族たちを呼びだし、その前でラインハルトを断罪することにした。
彼女の前にはガガン・ラインハルトと3人の息子たちがかしずく姿勢になっている。
「女王様、誠に申し訳ございません! その封印書は盗まれてしまったのです! あの魔族の女、ミラク・ルーに!」
最初に口を開いたのは父親のガガンだった。
彼は息子たちと打ち合わせの通りに芝居がかった口調で声をあげる。
「そうでございます! やつは偽装魔法を使って我が家に忍び込んだのです!」
ガガンの言葉に合わせるように、長男が口を開く。
「悪いのは、ミラク・ルーとかいう魔族の女です!」
それに合わせるように次男、三男と声が続く。
八方ふさがりになった彼らがとったのは、ミラク・ルーに全ての罪をなすりつけることだった。
ミラク・ルーは辺境都市サジタリアスで行方不明になっており、おそらくは死亡したものだと思われていた。
封印書を盗まれたことについての管理責任は問われるかもしれない。
だが、賠償金程度で方がつくはずだ。
ラインハルトの面々はそう判断したのだった。
「ふぅむ。ミラク・ルーよ、今の話はまことか?」
女王がさっと右手を上げると、フード姿の少女が現れる。
その娘こそがミラク・ルー、賢者という希少なスキルを保持した少女だった。
「あ、あれが、ミラク・ルーだと?」
「ひぃいい!?」
死んだとばかり聞かされていた貴族たちからはどよめきが起こる。
魔族なのではないかと、顔をこわばらせる貴族たちも多い。
「恐れながら、ラインハルト公爵様のおっしゃることはすべて偽りでございます……」
ミラク・ルーはそのままの姿勢で顛末を話し始める。
ベラリスの封印書を盗み出したのは自分ではないこと、全てはあのドグラという魔族が仕組んだことを説明したのだった。
「なぁっ!? 何を申すか! 魔族の分際で、貴様ぁああ!!」
予想外の展開にガガンは激昂してしまう。
この場でミラクに攻撃魔法を放ちそうな勢いである。
「ガガンよ、落ち着け。玉座の間で争うというのなら、私が相手になるぞ?」
「で、ですがぁ、ぐむむぅうう」
女王に一喝されたガガンは恐怖によって自分を取り戻す。
女王の背景には白い光のような魔力がゆらゆらと揺れていた。
「ガガンよ、貴様に聞きたいことはもう一つある。辺境で好き勝手に暴れているのは、貴様の娘、ユオ・ラインハルトであると聞いたが、本当か?」
「ユオですと!? い、いえ、滅相もございません! あんなものはとっくの昔に野垂れ死にしております!」
ベラリスの件でガガンを追い込むのも楽しそうだが、女王は敢えて話題を変えることにした。
彼女はあの目隠しをした少女がガガンの娘であることをミラクから事前に聞いていたのだった。
ガガン自身はベラリスの一件をどうなすりつけるかだけを考えていたため、ユオのことなど頭からすっぽりと抜け落ちていた。
彼は以前、話した通りのことを女王に伝える。
「そうか? 話によると貴様とその息子たちが、ユオに建国を促したとさえ聞いているのだが? まさかそんなことをするはずがないな」
女王は少し困った顔をして、貴族たちを見回す。
いくら禁断の大地とはいえ、建国を促すという行為はそれ自体が国家への反逆、女王への反逆ともいえる行為である。
この場でそれを認めるというのは、反逆者として即時処断されてもおかしくなかった。
「女王様、お戯れが過ぎますぞ! どこに建国を促すものがおりましょうか!」
女王の意味するところはガガンであっても十分にわかっている。
彼は少し笑い飛ばすようにして、女王の勘ぐりを否定するのだった。
もっとも、ガガン自身、建国を促した覚えなどいっさいなかった。
ユオが去るときに罵詈雑言を浴びせたのは覚えていたが。
「ミラク、やれ」
「ははっ」
女王はガガンの言葉に満足したようにうなづくと、ミラクに指示を出す。
ミラクは立ち上がると目を閉じて術式を唱え始める。
「おぉっ、なんだ?」
「これは王都ではないのか!?」
そこに映し出されるのは王都の様子、それもラインハルト家の門の前での様子だった。
映し出されているのはガガンとその三人の息子たち。
そして、追放されるユオの姿があった。
ガガンとユオの姿がズームアップされる。
『いいか、お前はもうラインハルト家とは関係がない。いっそのこと、そこに国でも作って永住してもかまわん! ヤパンなど、どうせ誰も関心のない土地なのだ!』
映像の中でガガンがそういうと、三人の息子たちはそれに同調し、罵詈雑言を浴びせる。
ミラクは『これは記録魔法です。強く念じたものだけ記録できます』とだけ説明する。
今の映像を見た貴族たちは、ざわざわと声をあげ始める。
映像の中で確かにガガンは「国でも作って」という言葉を口にした。
つまり、建国を示唆したということである。
これはすなわち、ラインハルト家に叛意ありということの証明に他ならなかった。
「な、な、な、なんだこれは……!?」
「ひ、ひ、ひぃいいい」
決定的な証拠とでもいうべきものを見せつけられたガガンたちは開いた口が塞がらない。
何か言い訳しようとしても、明らかに自分の口から出た言葉である。
言葉の綾であっても言うべきことはなく、どのように説明しようとしても難しい。
「ええい! 言いがかりですぞ、女王陛下! 先ほどから聞いていれば、その魔族の小娘の言葉ばかりを信用しておられるのはおかしいことです! 私と、その小娘の言葉、どちらを信じるとおっしゃるのですか!」
しかし、ガガンは諦めなかった。
彼は女王のよるところがミラク・ルーであることを利用し、状況をひっくり返そうと試みる。
所詮、相手は平民の、それも罪人の小娘なのだと言わんばかりだった。
「そ、そうだ。ガガン・ラインハルト様は長年、国に貢献されてきた大貴族。その言葉があの小娘と同じ重さのはずがないぞ」
「ふむ、わしもそう言おうと思っていた! 女王陛下、お考え直しを!」
ガガンはリース王国の第一の貴族の一人であり、取り巻きも多い。
前後の文脈など関係なく、「貴族だから」「ラインハルト家だから」という理由で同調し始める貴族もいるようだ。
女王はその様子を見て、ニヤリと笑う。
「ガガンよ、貴様は勘違いしている。わらわはわらわしか信じない。お前か、ミラク・ルーか、などという選択肢は存在しないのだよ」
女王はまるでこの場にいる貴族全てに声をかけるように話し始める。
その背景には再び白い魔力が現れ始め、いばらのようなものを形成し始める。
びりびりと肌に感じるその魔力だけでも、女王が一流の術者であることを十分に理解させた。
「父上、かくなる上は……」
しかし、その魔力にひるまないものも若干名存在する。
それが、ガガンと、その息子たちだった。
彼らは魔力による干渉をできるだけ防ぐ魔道具を持ち込み、女王の威圧を最小限にとどめていた。
そして、長男はガガンに最後の策の耳打ちする。
「ええい、話になりませんぞ! 女王陛下、この国の方針を忘れましたか? 魔法を磨き、魔族を挫け! 魔王大戦で多大な被害を受けた我々にとって、これが国是のはずです。あなたはその魔族の口車に乗せられているのではありませんか?」
もはや我慢の限界とガガンとその息子たちは立ち上がる。
そして、強い言葉で女王を非難し始めるのだった。
これはすなわち、彼らの政権奪還の幕開けなのであった。
ガガンの三男、ミラージュは魔道具を通じて、外に控えさせている騎士団の精鋭に合図を送る。
精鋭たちは裏通路を通って玉座の間を目指す手はずになっている。
あと少し待てば、彼らがここに攻め入ってくるはずだ。
そうなれば多勢に無勢。
邪悪な女王を親子で打ち倒せば、この国は完全に自分たちのものになる。
ガガンたちはそのように計画していたのだ。
「ふむ、それで?」
女王はにやにやと笑うと、ガガンに言葉を続けさせる。
その言葉は時間を稼いでくださいと言っているようなものだ。
ガガンは渡りに船と、大声で演説を始める。
「女王陛下、あなたは平和ボケをして魔族と手を結ぼうとしている! そんな腰抜けの王にはこの国は任せられません! もっともっと強いリーダーが必要なのです! 魔族と真っ正面からぶつかっても心の折れない、惑わされない、勇猛果敢なリーダーが!」
ここぞとばかりに演説をするガガン。
彼は自分の吐く言葉でだんだん気持ちよくなっていくのを感じる。
「ふぅむ、勇ましいことだ。見直したぞ、ガガンよ」
女王はニコニコした顔のまま、ガガンを見つめる。
今まさに政権転覆の場面だというのに、彼女は心底楽しそうな顔をしていた。
ガガンは女王の不敵な顔を憎らしく眺める。
この女王にこれまで何度、野望をくじかれてきたことだろうか。
しかし、これも今日で終わりだ。
自分の子飼いの騎士団が押し入ってくれば、政権を掌握するのも容易なはず。
「父上……、騎士団が来ません……」
「何か起きたのかと思われます……」
「お、終わりだぁ……」
しかし、息子たちの顔色は優れない。
確かに1分もすれば突入するはずの騎士団が、10分たっても現れないのだ。
戦う音さえ聞こえず、ここに辿り着く前に鎮圧された可能性さえある。
「ガガンよ、貴様の子分たちは丁重にもてなしておいたぞ」
その様子を見ていた女王はさらに嬉しそうな表情でそう言うのだった。
つまり、ガガンの目論見など最初からお見通しなのである。
「ひ、ひ、ひぃぃい」
ガガンは喉の奥が急速に乾いていくのを感じる。
そして、彼の口から出てきたのは言葉にならない音だった。
ガガンたちの額には脂汗が滲み始める。
このままではこの場で粛清されてしまう。
全てを奪われて殺されてしまう。
ガガンは今すぐにでも命乞いをしようと心に決める。
「よかろう、ガガンよ。お前のヤバス地方に独立の権限を与えようではないか。そして、ガガンに賛同するものは、この場から立ち去るがいい」
「へ……ひ……?」
しかし、女王が発したのは意外な言葉だった。
なんとガガンたちにリース王国から独立せよというではないか。
皮一枚ではあるが命はつながったという状況である。
ヤバス地方はガガンの領地の中でもひときわ貧しく治安も悪い。
だが、逆族の汚名を着せられて死ぬよりはましである。
「な、な、ならば、勝手にやらせて頂く! 勇猛果敢なるものは私に続けっ! 栄光の王国をつくってやるわ!」
ガガンたちはこれ幸いに独立を宣言して玉座の間から去っていく。
虚勢をはって高笑いをする三人の息子たち。
さらに、幾人かの強硬派の貴族はガガンに続く。
彼らはそもそも魔族と正面からぶつからない女王の態度に普段から不満を抱いていた勢力だった。
「よかったのですか?」
「構わん、命知らずは間引かねばならんし、ガス抜きは必要だ。それにヤパン地方は緩衝地帯にもなる」
側近の一人は不安げな表情で尋ねる。
だが、女王は動揺の素振りを全く見せない。
彼女には彼女なりの計算があったのだ。
禁断の大地と国境を接さないようにすることで、直接的な衝突を防ぐ意味合いもあった。
いわば、ガガンたちは得体の知れない国家との矢面に立たされる立場なのだ。
禁断の大地からモンスターが溢れてきた場合、一番被害を受けるのはガガン達なのである。
最悪な領地への追放処分であり、ほとんど生き地獄に飛ばされるのと変わらない。
しかも、リース王国からの援助は一切受けられないのだ。
「……それに玩具は多い方がよいであろう? さぁて、次はミラク、お前だな」
女王は少しだけ遠くを見て、ふふふと含み笑いをする。
ミラク・ルーは女王の笑顔を背筋が凍る思いで眺めるのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「まさかの生き殺し……!?」
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