194.ラインハルト家の崩壊と栄光:リースの女王、本格的にラインハルト家を潰しにかかります。それでも、ガガンと三兄弟は最後の悪あがきを始めます
「な、何が起こってるのだ!?」
リース王国の女王、イリス・リウス・エラスムスは玉座の間で頭を抱えて叫んでいた。
不可解極まる事件が次から次へと起こったのだ。
魔族がサジタリアスを襲ったのはまだ理解できる。
しかし、それを黒髪に赤の混じった少女が撃退してしまう。
少女は目を隠しており、完全にはその顔はわからない。
だが、話をしているのを聞く限り、人間であることは確かだった。
これだけなら一つの英雄譚であり、リース王国からも褒章を与えようと称賛の声があがる。
しかし、場面は急展開を見せる。
突如、第一魔王イシュタルが現れ、とんとん拍子に少女は禁断の大地に国家を立ち上げるというではないか。
その名も『まじてんごくおんせん帝国』である。
「帝国だとぉおおおお!?」
これには女王も驚きを隠せない。
帝国とは広大な地域を占有し、さらに各地域の王を傘下にいれる侵略的な国家のことだ。
そのトップに座る皇帝は、いわば王の中の王。
歴史的に見ても、大陸で帝国を名乗るということは、すなわち大陸の征服を目論んでいる、と公言するのに等しい部分があった。
娘の言う『まじてんごくおんせん』なるものがいったい何かは女王にはわからない。
だが、不吉な未来を予感させるのだった。
「禁断の大地に国を作るだと? まじてんごくおんせんとは一体……?」
女王は口に手をあててぶつぶつとひとり言を言いながら考える。
禁断の大地の人口はわずか100人程度しかいなかったはずだ。
それが国を作れるほどに発展したというのだろうか?
それとも、わずか百人、あるいは千人程度の人口で国を作るというのだろうか?
それに、あの娘はユオ・ヤパンと名乗っていたが、一体何者なのだろうか?
ユオ…、どこかで聞いた名前だが、思い出せない……。
女王の頭の中で思考がぐるぐると回る。
「我が国は、私は、どうすればいいのだ?」
女王は額を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
あの第一魔王イシュタルは『禁断の大地の独立を認める』と大陸全土に向けて宣言した。
魔王の国に認められるということは、逆に言えば、人間の国には認められないということでもある。
しかし、相手はあのイシュタルなのである。
第一魔王国の首領イシュタル。
魔王領の中で、もっとも発展している国家を治める魔王だ。
強力無比の魔力を秘め、多数の魔族を抑えて魔王になった天才魔法使い。
そして、何を隠そうイシュタルは、リース王国の女王、リウス・エラスムスの妹弟子でもある。
二人とも、ある一人の魔法使いの弟子だった時期があったのだ。
ハーフエルフであるリウスと、ダークエルフであるイシュタルは出会いはじめのころこそ反発していたが、次第に姉妹のように仲良くなった。
というか、イシュタルが一方的にリウスを好きになった。溺愛に近かった。
しかし、とある事件でたもとを分かって以降、顔を合わせることはなかった。
「姉上、愛してるぞ!」
女王はイシュタルの去り際の言葉を思い出す。
その瞳は昔と変わらず、深く美しい青緑色をしていた。
「あんのバカ……」
女王の小さな体から大きなため息がとめどなく溢れてくるのだった。
「何の因果でこんなことになるとは……」
女王は揺らいでいた。
魔族と対立することを国是とするリース王国として、体面上は魔王と対立しなければならない。
しかし、女王本人としては出来るだけ衝突を避けたいというのが本音だった。
彼女は気づいていた。
大多数の人間の魔法は魔族相手にほとんど通用しないということを。
ここ100年の平和で人間の戦力は落ち込み、戦争になった場合には圧倒的に不利になる。
これは今回のベラリスに指摘されたことでもあるし、実際の戦いを見れば明らかだった。
あの化け物のような娘はともかく、サンライズたちでさえも歯が立たなかったのだ。
「ええい、大臣たちを呼べっ!」
女王は王国の中でも特に頭の切れる貴族たちを呼びよせ、今後の方針について話し合いをさせる。
ちなみに、休養中のガガン・ラインハルトは蚊帳の外である。
そして、女王は侃々諤々の議論をさせるのだった。
「魔王に認められたのなら敵ではないのか? 早急に派兵すべきだ!」
「禁断の大地の一部はリース王国のはずです。これは我が国への侵略とも言える行為ではないか」
「そもそも、あんな化け物女を首領に据える蛮族など正気ではない! あれも魔族なのではないか?」
独立など認めずに鎮圧すべし。
議論の中、最も多いのはこの意見だ。
あの少女がリース王国に敵対する可能性があるなら、さっさと排除してしまおうというものだ。
禁断の大地に一気に攻め込めば、国家が成立する前に全てをなかったことにすることもできるかもしれない。
しかし、女王にはまだ決断できない。
各国の動向がよく分からないのだ。
王都に現れた映像が映し出された窓は、各国の主要都市にも現れた可能性が高い。
ザスーラ連合国をはじめ、ドワーフや聖王国、あるいはそれ以外の国でも、今回の一件は大々的に報道されているはずだ。
魔族と人間が協力し、敵を打ち倒すというのは、まるで神話の逸話すら思い出させる光景だった。
それにシンパシーを感じる権力者がいてもおかしくない。
「ザスーラはどっちに動くのだ?」
特に気になるのがザスーラ連合国の動きである。
今回、攻められたサジタリアスはこの少女に救われたと言ってよい。
無法地帯の禁断の大地に国家ができるのなら、辺境の治安はだいぶ改善するだろう。
その意味で、ザスーラは独立宣言を認める可能性さえあると女王はにらんでいた。
「話によると、あの独立宣言をした娘とトトキア首相はもともと懇意だったそうです。また、ザスーラ連合国のビビッド商会とも裏でつながっているとの情報も! ザスーラ連合国はどっちに動くか分かりません!」
「くそっ、あのタヌキ親父に、よこしまな猫人商会め……」
報告を聞いた女王は歯噛みをする。
あの少女は想像以上にやり手で、前もっていくつものパイプを作り出していたのだ。
噂によると、ザスーラの流行病の解決にも貢献したという。
「ぐぬぅ、あのユオとかいう女、ただの小娘ではないようですぞ……」
報告に重臣たちは苦い顔をする。
あの独立宣言はその場のアイデアではなく、かなり前から地盤固めをしておいたというのが正しいようだ。
おそらくは独立を以前から入念に計画し、最高のタイミングで成し遂げてしまったのだろう。
しかも、魔王登場というハプニングすら逆手にとって。
女王はユオという少女に空恐ろしさすら感じるのだった。
「派兵は難しい、というわけだな……」
「残念ながら、いきなり派兵とはいきますまい。そもそも、禁断の大地はほとんど手つかずです。どこの村かもわかりませんし」
「ぐぬぬ」
ザスーラ連合国が少女の国を認める可能性がある場合、リース王国だけが出兵するのは著しく困難だった。
場合によっては、ザスーラ連合国と対立する事態にさえ発展する。
慎重に駒を進めなければ、むしろリース王国が世界から孤立する可能性もある。
情報を取捨選択して、最適な判断を下さなければならなかった。
もっとも女王にはもう一つの選択肢がある。
それは自分自身が乗りこんで、ユオ・ヤパンの村を焼いてしまうことだ。
姿を隠して飛行魔法で乗りこめば、難しくもないだろう。
しかし、彼女は強硬策に出るにはまだ早いと感じていた。
「ガガン・ラインハルトを呼び出せ」
そして、女王にはやるべきことがもう一つあった。
それはラインハルト家の処遇を決めることだった。
サジタリアスを襲った魔族は『闇霧のベラリス』と名乗った。
その名前を聞いた時、女王は仰天する。
その魔族はかつての魔王大戦の頃に封印されたことが知られていたからだ。
その封印書が保管されている場所こそがラインハルト家だった。
それが復活したということは、すなわち、ラインハルト家から封印書が流出したことを意味している。
ベラリスは過去の大戦時に大きな戦禍をもたらした存在であり、紛失しただけでも大問題である。
「リース王国で封印しているはずの魔族が復活し、隣国の都市を襲った……。これはすなわち、リース王国こそが責任を問われる立場にあるということだ」
女王は眉間にしわを寄せて自問自答する。
この責任問題をどうにかしなければ、非常にまずい事態になる、
特にザスーラのトトキアはやり手の政治家だ。
あの手この手で莫大な賠償を求められる可能性もある。
彼女のすべきことは最も責任の重いラインハルト家にしかるべき対応をすることだった。
流出の経緯を詳しく問いただし、必要があれば貴族籍の取り消しさえも選択肢に入れる必要がある。
「愚かだと思ってはいたが、これほどまでとはな……。くふふ」
女王ははぁっと溜息をはく。
しかし、それと同時に、ぞくぞくわくわくとした感覚が浮かんでくるのを感じるのだった。
◇ ラインハルト家、相変わらずです
「な、なんだこれはぁあああ?」
休養から戻ったガガンは女王からの書状を見て青ざめる。
そこには今回のベラリスの一件について、しかるべき回答をせよというものだった。
休養していたガガンは魔族のベラリスの一件についてはほとんど知らなかった。
ザスーラの辺境が襲われた程度にしか理解していなかったのだ。
その問題が自分にも関係があると聞かされ、びっくりしてしまう。
彼は家のものに急いで封印書を探させるも、どの倉庫にも金庫にも見つからない。
大切に保管されていたはずなのに、どこにも見当たらないのだ。
紛失したとなると、これはかなり厳しい事態だ。
管理責任を問われ、公爵からは降格される可能性さえある。
現状の広い領地を奪われ、さらに厳しい立場に置きこまれる可能性さえあるのだ。
「ち、父上、じ、実は……」
「落ち着いて聞いてください……」
頭を抱えている時に二人の息子が部屋に入ってくる。
彼らは青ざめた表情をして、事の顛末を話し始めるのだった。
すなわち、彼らが魔族と取引をして封印書を渡してしまったことを。
「な、なんということをしてくれたのだ!? このままでは貴族籍の抹消、家の取り潰し、いや、我々は罪人として流刑されてもおかしくないのだぞぉおおっ!」
これには激怒するガガンである。
もちろん、落ち着いて聞いていられる話ではなかった。
魔力を一気に放出させたため部屋の窓は割れ、棚の中身は床に滅茶苦茶に散乱する。
「し、しかし、父上、このままではもうどうしようもありません!」
「そうですよ、たとえ、我々を差し出したとしても、ラインハルト家はお先真っ暗です」
怒り狂うガガンだったが、二人の息子が言うことはもっともでもあった。
たとえ、彼らを断罪して女王に引き渡したとしても、ガガンは責任をとらなければならない。
跡継ぎは罪人としていなくなり、当主は追放。
栄光のラインハルト家が完全に終わる状況なのである。
「……父上!! 目が覚めましたぞっ!」
沈黙する三人の部屋に、入ってきた人物がいる。
それはラインハルト家の三男、ミラージュだった。
彼は禁断の大地に攻め込んで以降、幼児退行していた。
それが何の由縁か正気に戻ったのだ。
「夢の中でにっくきユオが国を作るなど申しまして、はっと目が覚めたのです!」
ミラージュはそう言って笑うが夢ではない。
あの巨大な窓の映像には大音量が伴っており、それが昼寝中のミラージュの耳にも入ってきたのだった。
「父上、兄上、話は聞かせてもらいました! こういうのはいかがでしょうか!」
ミラージュはこの現状を打開するとっておきのアイデアを披露する。
それは引くに引けないラインハルト家の現状を打開するのに最も適したもののように思えた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「ガガン、頑張ってくれぇえええ……!!」
「ラインハルト家の崩壊と栄光……?」
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