193.魔女様、プライベートな会話だとおもって独立宣言をぶちかましてしまう。ララはその裏でほくそ笑む
「ふむ、これをこうするのか……」
エリクサーを地面に置いた魔王は空中にいくつか魔法陣を出現させる。
魔法で攻撃するってわけでもなく、何かの操作をしているような様子。
大事なことをしているようなので、ちょっと放置しておこう。
「しかるに灼熱よ」
それから私に向き直る。
その表情はさきほどとは打って変わって真剣そのもの。
うぅう、イケメンだと思っていた、そのお顔は美の権化みたいに見える。
まつげ長すぎでしょ、足長すぎでしょ、どうなってんのよ。
「えーっと、私は灼熱じゃなくて、ユオ・ヤパンという名前があるんだけど」
そして、さっきから気になっていることがあったのだ。
それは私のことを灼熱と呼ぶことである。
言っておくけど、私は灼熱の魔女なんかじゃないからね。
どこでその噂を聞きだしたのか知らないけど。
「ふむ。そうか、ユオ・ヤパンか。くははは、それはいい! 気に入ったぞ! ヤパンの大地の支配者というわけだな」
私が名前を伝えると、即座に修正を受け入れてくれる。
面白そうに笑うさまは、私のことをからかっているようにも見えるけど。
「それでは、ユオ、貴様に聞きたいことがある。貴様の村の所属するリース王国では魔族と人は相容れないことを国是としている。これを貴様は知っているのか?」
魔王は真剣な目つきで話し始める。
それは私の母国であるリース王国の決まりについてだ。
『魔族は人間の天敵である』
この教えは100年前の大戦の時からのルールとして定着している。
人間は魔族に対抗するためにも魔法の力を磨くべしというもの。
「知ってはいるわ……」
知っているかと聞かれたら、知っていると答えざるを得ない。
一応、こう見えても私、公爵令嬢でしたから。……実家を追放されたけど。
「しかし、貴様はエリクサーと協力し、サジタリアスを救った。これはリース王国の意思と反する行為だ。つまり、貴様はリースの女王に反旗を翻すというのか?」
魔王は冷たい表情のまま、私に問いかける。
青緑色の美しい瞳は本音をむりやりひきだす水晶玉のように見える。
とはいえ、私は本音を隠したいわけじゃない。
これから話すことは真実だし、サジタリアスの面々にしか聞こえてないだろうから。
「そうなるかもね。だって、大切なのは他人に善意を持っているか、悪意を持っているかじゃない? 魔族とか、人間とか、そういうのどうでもいいから」
私は覚悟を決めて自分の本音をざっくばらんに伝えることにした。
威厳たっぷりの魔王にため口で話すのは結構きつい。
そもそも美形すぎる人としゃべるのはそれだけで緊張する。
とはいえ、口調を変えるのは今さらだ。
「少なくとも私の治める領地はそうでありたいと思ってる」
今、私が口にしているのはリース王国のポリシーからは真逆のもの。
魔族と人間は敵対するべしではなく、仲良くできると言っているものだ。
これはサジタリアス辺境伯の所属するザスーラ連合国でも同じことである。
もし偉い人たちに聞かれたら、大目玉を喰らってしまうだろう。
でもまぁ、魔王とのプライベートトークだし、本音を話しちゃえばいいよね。
「くくくっ、貴様にそんなことが可能なのか?」
魔王は少し挑発するような表情。
ちょっと歪んだ顔さえ美しいのはズルいって思ってしまう。
しかし、私はひるまない。
「可能よ。人間も魔族も、あるいはそれ以外の種族だって、イキイキと共存できる場所にしてみせるわ! 仲間の力と温泉があれば、なんだってできるもの!」
ばばーんと魔王に向かって格好をつけてみる私である。
売り言葉に買い言葉ってやつであり、思いのたけをぶちかましてあげた。
私には素晴らしい仲間がいる。
いくつもの困難をみんなと乗り越えてきたのだ。
そして、魔族もヒトも無理やりつなげちゃう、万能ほっこり兵器が温泉なのである。
温泉に入れば、争う心などなくなって平和な気持ちになってしまう。
そこに種族の壁なんか存在しない。
エリクサーの村で思ったことだけど魔族側の「人間は敵」っていう思い込みもひどい。
この魔王もおそらくは魔族なんだろうし、そこらへんを改善してほしいんだけどなぁ。
「おんせん……なるもので解決するのか?」
魔王は眉間にシワを寄せる。
うふふ、温泉に興味津々みたいね。
「するわ、温泉があれば。魔王様だって大歓迎するわよ、私たちの温泉で暴れないなら」
私はコクリと頷いて、言葉少なく温泉を売り込む。
魔族の人たちも宝石とか持ってるみたいだし、お金には十分になりそうな予感がある。
「くくく、そうか。考えておこう」
すると、魔王様はまっすぐ私の目を見てそういう。
彼女の言う「考えておく」っていうのはいわば、社交辞令だっていうことはわかっている。
偉い人はおいそれと自分の国を留守にできないものね。
「しかし、その言葉はまるで建国宣言だな」
魔王は私のさっきの言葉にニヤリと笑う。
「そんなものかしらね」
こちらも負けじと口のはじっこを持ち上げる。
うーむ、この魔王って人、思った以上に会話になるのかもしれない。
少なくとも辺境伯と初めて話した時よりもよっぽど理解力がある。
とはいえ、相手が納得してくれているのかはわからないけれど。
「……いいだろう。これを聞いている全ての人間と亜人、そして魔族と精霊たちに伝える! 特にリース王国の白い薔薇よ、よく聞くがいい!」
私の言葉を聞いた魔王は突然、空に向かってしゃべりだす。
まるで演技をしているみたいに、やたらといい発声で。
「今、このユオ・ヤパンは禁断の大地の王となることを宣言した! 人間と魔族の共存する国家を作ることを!」
彼女はさらに一人芝居を続ける。
やだ、これって王都で見た、男装歌劇みたい。
めっちゃくちゃ、かっこいいやつじゃん!
……いやいや、見とれている場合じゃなかったんだ。
この魔王、やたらと大げさなことを言うんだよなぁ。
私は王とか国家とかどうでもいい。
隠れてこそこそ温泉開発したいだけなんだけど。
「そして、その国の名前は?」
「……は?」
一人芝居をしていた魔王がいきなりこっちに話を振ってくる。
「えぇえ、ここは一人で場を盛り上げるパートじゃないの」などと困惑する私。
だいたい、国の名前なんておいそれと答えられるものじゃない。
私の仲間たちと話し合ったこともないし。
この場にせめてララがいれば、いいアイデアがもらえるかもしれないけど。
「ご主人様! ただいま到着しました!」
突然、私の下にかしずく姿勢で現れた人物がいる。
その声の主はララだった。
私の専属メイドにして、私の村の影の支配者の一人。ちなみにもう一人はメテオ。
彼女はシュガーショックにのっていきなり、ばびゅんっと現れてくれるのだった。
なんていうタイミングのよさ。
髪の毛はぼっさぼっさだけど。
「ええぇ、なんでここに? 村は?」
「村は大丈夫です! 巨大兵器がありますので!」
「きょ、きょだい!?」
「その話はまた今度にしましょう。ご主人様、かっこよく名乗ってください! くふふ、いつものあれを名乗るのです!」
ララは私に国の名前を名乗れと言ってくるが、アイデアなんて出てこない。
いつものあれって言われても、温泉リゾートの名前だし。
「魔女様に逆らうやつは地獄行き!」
「仲間は天国送り!」
後ろの方からハンナとクエイクの冗談めいた声が響く。
確かにとりあえずのその場しのぎだったら、その名前でも面白いかもしれない。
この魔王様がうちの温泉のことを宣伝してくれるかもしれないし。
ララの方を見ると無言でコクリとうなずく。
「私の国の名前は、魔地天国温泉帝国よっ! そんな感じ」
ばばんと魔王に言ってのける私なのである。
帝国というのには深い意味はない。
大昔、大陸にあった大きな国をモチーフにしただけだ。
その国を舞台にしたお話が好きだったっていうのもあるし。
まぁ、これはあくまで魔王の一人芝居にあわせた茶番みたいなものだけどね。
「まじてんごくおんせん帝国……! なるほど、美しい名だ!!」
魔王はうむうむとうなづくと、ばばっと片手をあげる。
そして、こういうのだった。
「よかろう。我が第一魔王国、国王イシュタルは、このユオ・ヤパンの治めるまじてんごくおんせん帝国の独立を認める! 人間の王たちよ、刮目してみよ!」
そして、再び始まる一人芝居。
さっきよりもさらに激しい演技。
くうぅっ、絵になるわよ、魔王様!
花束投げたい!
「エリクサーよ、お前は人間を知るためにユオの村で厄介になるがよい。第三魔王には私から話を通しておく! 歌ってあげたいが時間がない。それでは、さらばだ! くくく、姉上、愛しているぞ!」
それだけいうと魔王はばびゅんっとすごい勢いでどこかに飛び立った。
その速さはシュガーショック並で、私でも追いつけるかわからない。
……それにしても、姉上って誰?
「やったぁああああ! ついにうちの村が国になりましたぁああ!」
「なんだか分からないけど、暴れられるならいいのだぁ!!」
「ふくく、大儲けの予感やぁああ!」
「ユオ様、おめでとうございます!」
首をかしげている私のところに村の仲間たちがなだれ込んでくる。
今のは茶番なんだけど、ハンナもクレイモアもたぶん、よくわかってないみたいだ。
「ご主人様、立派に成長されましたね……。うぅっ、ぐすっ、この日をどれだけお待ちしていたことか」
ララに至っては泣いちゃってるし。
今の劇って、泣くほど感動的なものだったかしら?
ひょっとして、私ってそういう才能があったりして?
◇ メテオとドレス、2度失神する
「いったれぇえええ! あと少しやで!」
「おぉおおお! 勝てるかもだぜっ!」
ここは世界樹の村。
一仕事終えたメテオとドレスは世界樹に現れた映像に釘付けになっていた。
それはユオが魔族を懲らしめる様子を映し出していたからだ。
戦いも佳境に入り、二人は村人たちと一緒に歓声をあげていた。
しかし。
「えっ、あかんで? あかんで、ユオ様、それだけはあかん!!!」
「ひぇええ、やめてくれよ、まずいって! ちょっとぉおおおお!?」
戦いの最後に、ユオが女神の涙を使い切るのを目撃した二人は絶叫してしまう。
彼女たちにとって、その素材は喉から手が出るほど欲しいものだったからだ。
ユオが消費した分だけで、村の年収以上の価値があったはずだ。
頭に強烈な一撃を喰らったような精神的ショックで、二人は失神するのだった。
「メテオ様、ドレス様、大変です! 起きてくださぁあい!」
しばらく後。
魔族の村人が失神した二人をむりやり起こす。
その顔は青ざめていて、何かとんでもないことが起きつつあることを予感させた。
二人はくらくらする頭をおさえながら、なんとか立ち上がってスクリーンを眺める。
すると、そこにはこんな会話をするユオが映し出されていた。
「これを聞いている全ての人間と魔族に伝える! 特にリース王国の白い薔薇よ、よく聞くがいい!」
そこには長身の美女が映し出されており、こちらに向かって演説をしていた。
それは明らかに一般の魔族とは違っていた。
よく通る声と、整った容姿はまるで歌劇を見ているような錯覚さえ与える。
魔族の村人にこの人物は誰かと尋ねると、第一魔王と答える。
つまり、二人が気絶している間に魔王が現れていたのだ。
「ほ、ほんまに!?」
「でえぇええ、なんでいつの間に!?」
突然のことに目を白黒とさせる二人。
しかし、魔王の演説はそれだけでは終わらない。
「今、このユオ・ヤパンは禁断の大地の王となることを宣言した! 人間と魔族の共存する国家を作ることを!」
「私の国の名前は、魔地天国温泉帝国よっ!」
魔王に続いて、ユオは自分の国の名前を高らかに宣言する。
その表情はむしろ柔和で楽しんでいるような顔でもある。
「うっそぉ、うちらの村、国になってまうのん?」
「えれぇことだぜ、こいつは……」
メテオとドレスは呆然とした表情でスクリーンを眺める。
現実を理解しようにも、話の前後が分からないので何とも言えない。
しかし、あのユオが独立宣言したのは確かなのだ。
その衝撃はさきほどの女神の涙100粒消費事件よりも、さらに二人の魂を揺さぶる。
「にひひ、今後は魔族とも取引して儲からせてもうらうでぇ!」
「魔族領のもっといい素材を手に入れるぜっ!」
二人の内側にはわくわくした気持ちがわいてくるのだった。
ユオと一緒に世界で一番豊かな国を作ろうと決意する二人は、がしっとハグをするのだった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「……温泉帝国?」
と思ったら
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